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作戦
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九条は額に汗を滲ませる。
「そんなことがまかり通るか……日本は法治国家だぞ? そんなメチャクチャなこと許されない。前田警視監はいったい何故、そんな組織に手を貸しているんだ」
「それは先程の彩美さんの話でわかりました。アクビスは南雲美帆の隠れ蓑なんです。さっきの話の通り美帆はサイコパスで、父親である前田警視監は美帆の異常さに手が追えなくなり養子に出して切り離した。その美帆を受け入れたのが、アクビスの教祖ザラムこと南雲丹治だったんですよ。私は、美帆が教祖の娘という認識でしか頭になかった。まさか美帆が前田警視監の娘だったとは知らなかったんです」
「そういう理屈か。でも、だったらどうして菊田たか絵をその親子部門に入れたんだ。そのお達しとやらに引っ掛かったら危険だろう」
冷静さを取り戻してきた九条が訊けば、遥はソファから身を乗り出した。
「だからです。こちらで調べた限り、人が消えるのは勧誘部門と生活部門からだけ。親子部門からは、アクビス発足以来人は消えていません」
「発足以来? 君がアクビスを調べ始めたのは、菊田たか絵から依頼のあった一ヶ月前からではないのか」
「あ、いや……」
遥は再びソファに背をつけると、誤魔化すようにこめかみを掻く。
探偵事務所を開いた三年前から、遥と翔太は神野要ことマウトの所在や行動に気を配っていた。
アクビスに身を落ち着かせたことは把握していたが、結界の関係で中で何が行われているか探るのには時間が掛かる。それでも翔太の感知能力で、里の内部から何人もの人の気配が消えている異変には気がついていた。
「とにかく、親子部門からは人が消えない。だからたか絵さんと舞ちゃんは無事なんです。涼子さん、黙っていたのは謝りますから協力してください」
俯いたまま黙っていた涼子は勢いよく顔を上げた。その視線に捕まった遥は一瞬ビクつく。
「……上等よ。もう隠し事はないでしょうね? たか絵さんたちは本当に大丈夫なのよね?」
「はい。たか絵さんには盗聴器と発信機、それから通信機を持たせて、アクビスに潜入した日から毎日翔太に会話を拾わせに行かせています。今も翔太が確認しているはずです」
涼子は眉毛をヒクつかせた。
「へえ……白井くんも知っていたの。仲間外れはあたしだけ、ってわけね」
「え? なんか言いました?」
「何でもないわよ」
涼子は不機嫌を引っ込めて気持ちを切り替える。
「それで、これから一体何をするつもりなの? あたしと遥でアクビスの里に潜入するのよね」
「はい。涼子さん、信者への接触は?」
「したわよ。パンフレットも貰った。それとなく父が松永エステートの社長だって伝えたら目の色変えていたわ」
「それにどれくらいの効果があるか。できれば、涼子さんは幹部部門に配属されて欲しいんですよね」
「え……松永エステートって、あの、CMの!?」
驚く彩美に、遥が言う。
「彩美さん、今話した通りアクビスはとても危険な組織です。洸太さんは南雲美帆の身内。連れ出して十三年前の真実を週刊誌に、と考えているのならそれはもう厳しいかもしれません。今はたか絵さんと舞ちゃん、それからたか絵さんの知人をアクビスから連れ出すことが最優先なんです。お金はお返しします、ですから今回の件からは」
「いいえ、私も一緒に潜入します」
「それはできません」
遥の言葉に彩美は鼻を膨らませた。
「洸太くんは大切な人です。私は洸太くんを助けたい!」
「彩美さんあなた、もしかして」
涼子の言葉を遮るように彩美は続ける。
「アクビスの里のパンフレットには、医療従事者は大歓迎だと書いてあります。私は看護師、きっと受け入れてもらえるはずです」
遥は彩美の声に固い意志を感じ取った。
「わかりました」
遥の返事に、今度は九条が反応する。
「おい。そんないっぺんに入って本当に大丈夫なのか? どうやって抜け出すつもりなんだ」
遥は自分で調べた方の資料から二枚の紙を取り出すと、テーブルの中心に置いた。
一つは施設内部の地図。もう一つには、これから行う作戦が箇条書きに綴られている。
「アクビスの里では月に一度、教祖の南雲丹治を囲む『ザラムの集い』が開かれます。勧誘部門と生活部門から三十六人の信者が選ばれ、その中から南雲美帆が八人を選定。残りの二十八人は里を出されるんです。脱出は、その二十八人に紛れ込んで決行します」
遥は地図上の親子部門の場所を指差す。
「たか絵さんが舞ちゃんと潜入している親子部門の人間は、選定の場に居ることができません。ですから私と涼子さんがそのどちらかに配属されたあと、三十六人に選ばれるよう工作し、そのあと里を出されるタイミングで二人と入れ替わります。幸い、里を出るときには皆が同じ服でバスに乗せられる。たか絵さんには男性用の大きめな服を用意し、その中に舞ちゃんを隠して連れ出してもらう。バスに乗り込みさえすれば監視は解かれます。バレる可能性はそんなに高くないはずです」
九条と涼子は、遥が指し示す脱出ルートを記憶に叩き込むようにじっと地図を眺めた。
「それでも念のため、九条警部にはバスがアクビスを出たところから追跡をお願いしたい。異変があれば、警察の権限でたか絵さんと舞ちゃんを保護してください」
分かった、と九条。ここで遥に質問を投げる。
「前田洸太、それから菊田たか絵の知り合いだという大さんはどうする」
「たか絵さんからの情報では、大さんは勧誘部門にも生活部門にも姿がなかった。洸太さんの情報はありませんから、二人は潜入後に探し出すしか手がありません」
「目星はついているのか」
「多少は」
「見つけたあとはどう脱出する?」
真剣な目の九条。
自分のしがない作戦にこうして耳を傾けてくれる九条の懐の深さに、遥は思わず本音を吐露した。
「正直、たか絵さんと舞ちゃんの脱出以外は、どうなるかわかりません。なぜなら洸太さんはまだしも、大さんは自らアクビスに身を置いている。本人に脱出の意思がなければ連れ出す事は叶わない」
「だめだ」
ここで九条は初めて遥の計画に意見した。
「菊田たか絵とその娘が脱出できたら、もう手を引け。脱出ルートは確保はできてるんだろう?」
「それはできません」
「どうして」
「彩美さんの気持ちがひとつも晴れないからです」
遥と彩美の視線が重なる。
「好きなんですよね、洸太さんのこと。あなたは私の依頼人です。あなたの納得のいくように、少なくとも三十万円分の努力を私はしなければならない」
笑顔の遥を見て、彩美の瞳に涙の膜が張る。一瞬の揺れで今にも溢れそうなのを、彩美は必死で抑えた。
「ありがとう……邪魔はしません。洸太くんは私が必ず救ってみせます」
「あら彩美さん、良い顔するじゃない」
涼子の言葉に彩美が笑えば、九条はうなじ辺りを面倒くさそうに撫でた。
「女ってのは何でこう、無駄に強いんだか……」
「そんなことがまかり通るか……日本は法治国家だぞ? そんなメチャクチャなこと許されない。前田警視監はいったい何故、そんな組織に手を貸しているんだ」
「それは先程の彩美さんの話でわかりました。アクビスは南雲美帆の隠れ蓑なんです。さっきの話の通り美帆はサイコパスで、父親である前田警視監は美帆の異常さに手が追えなくなり養子に出して切り離した。その美帆を受け入れたのが、アクビスの教祖ザラムこと南雲丹治だったんですよ。私は、美帆が教祖の娘という認識でしか頭になかった。まさか美帆が前田警視監の娘だったとは知らなかったんです」
「そういう理屈か。でも、だったらどうして菊田たか絵をその親子部門に入れたんだ。そのお達しとやらに引っ掛かったら危険だろう」
冷静さを取り戻してきた九条が訊けば、遥はソファから身を乗り出した。
「だからです。こちらで調べた限り、人が消えるのは勧誘部門と生活部門からだけ。親子部門からは、アクビス発足以来人は消えていません」
「発足以来? 君がアクビスを調べ始めたのは、菊田たか絵から依頼のあった一ヶ月前からではないのか」
「あ、いや……」
遥は再びソファに背をつけると、誤魔化すようにこめかみを掻く。
探偵事務所を開いた三年前から、遥と翔太は神野要ことマウトの所在や行動に気を配っていた。
アクビスに身を落ち着かせたことは把握していたが、結界の関係で中で何が行われているか探るのには時間が掛かる。それでも翔太の感知能力で、里の内部から何人もの人の気配が消えている異変には気がついていた。
「とにかく、親子部門からは人が消えない。だからたか絵さんと舞ちゃんは無事なんです。涼子さん、黙っていたのは謝りますから協力してください」
俯いたまま黙っていた涼子は勢いよく顔を上げた。その視線に捕まった遥は一瞬ビクつく。
「……上等よ。もう隠し事はないでしょうね? たか絵さんたちは本当に大丈夫なのよね?」
「はい。たか絵さんには盗聴器と発信機、それから通信機を持たせて、アクビスに潜入した日から毎日翔太に会話を拾わせに行かせています。今も翔太が確認しているはずです」
涼子は眉毛をヒクつかせた。
「へえ……白井くんも知っていたの。仲間外れはあたしだけ、ってわけね」
「え? なんか言いました?」
「何でもないわよ」
涼子は不機嫌を引っ込めて気持ちを切り替える。
「それで、これから一体何をするつもりなの? あたしと遥でアクビスの里に潜入するのよね」
「はい。涼子さん、信者への接触は?」
「したわよ。パンフレットも貰った。それとなく父が松永エステートの社長だって伝えたら目の色変えていたわ」
「それにどれくらいの効果があるか。できれば、涼子さんは幹部部門に配属されて欲しいんですよね」
「え……松永エステートって、あの、CMの!?」
驚く彩美に、遥が言う。
「彩美さん、今話した通りアクビスはとても危険な組織です。洸太さんは南雲美帆の身内。連れ出して十三年前の真実を週刊誌に、と考えているのならそれはもう厳しいかもしれません。今はたか絵さんと舞ちゃん、それからたか絵さんの知人をアクビスから連れ出すことが最優先なんです。お金はお返しします、ですから今回の件からは」
「いいえ、私も一緒に潜入します」
「それはできません」
遥の言葉に彩美は鼻を膨らませた。
「洸太くんは大切な人です。私は洸太くんを助けたい!」
「彩美さんあなた、もしかして」
涼子の言葉を遮るように彩美は続ける。
「アクビスの里のパンフレットには、医療従事者は大歓迎だと書いてあります。私は看護師、きっと受け入れてもらえるはずです」
遥は彩美の声に固い意志を感じ取った。
「わかりました」
遥の返事に、今度は九条が反応する。
「おい。そんないっぺんに入って本当に大丈夫なのか? どうやって抜け出すつもりなんだ」
遥は自分で調べた方の資料から二枚の紙を取り出すと、テーブルの中心に置いた。
一つは施設内部の地図。もう一つには、これから行う作戦が箇条書きに綴られている。
「アクビスの里では月に一度、教祖の南雲丹治を囲む『ザラムの集い』が開かれます。勧誘部門と生活部門から三十六人の信者が選ばれ、その中から南雲美帆が八人を選定。残りの二十八人は里を出されるんです。脱出は、その二十八人に紛れ込んで決行します」
遥は地図上の親子部門の場所を指差す。
「たか絵さんが舞ちゃんと潜入している親子部門の人間は、選定の場に居ることができません。ですから私と涼子さんがそのどちらかに配属されたあと、三十六人に選ばれるよう工作し、そのあと里を出されるタイミングで二人と入れ替わります。幸い、里を出るときには皆が同じ服でバスに乗せられる。たか絵さんには男性用の大きめな服を用意し、その中に舞ちゃんを隠して連れ出してもらう。バスに乗り込みさえすれば監視は解かれます。バレる可能性はそんなに高くないはずです」
九条と涼子は、遥が指し示す脱出ルートを記憶に叩き込むようにじっと地図を眺めた。
「それでも念のため、九条警部にはバスがアクビスを出たところから追跡をお願いしたい。異変があれば、警察の権限でたか絵さんと舞ちゃんを保護してください」
分かった、と九条。ここで遥に質問を投げる。
「前田洸太、それから菊田たか絵の知り合いだという大さんはどうする」
「たか絵さんからの情報では、大さんは勧誘部門にも生活部門にも姿がなかった。洸太さんの情報はありませんから、二人は潜入後に探し出すしか手がありません」
「目星はついているのか」
「多少は」
「見つけたあとはどう脱出する?」
真剣な目の九条。
自分のしがない作戦にこうして耳を傾けてくれる九条の懐の深さに、遥は思わず本音を吐露した。
「正直、たか絵さんと舞ちゃんの脱出以外は、どうなるかわかりません。なぜなら洸太さんはまだしも、大さんは自らアクビスに身を置いている。本人に脱出の意思がなければ連れ出す事は叶わない」
「だめだ」
ここで九条は初めて遥の計画に意見した。
「菊田たか絵とその娘が脱出できたら、もう手を引け。脱出ルートは確保はできてるんだろう?」
「それはできません」
「どうして」
「彩美さんの気持ちがひとつも晴れないからです」
遥と彩美の視線が重なる。
「好きなんですよね、洸太さんのこと。あなたは私の依頼人です。あなたの納得のいくように、少なくとも三十万円分の努力を私はしなければならない」
笑顔の遥を見て、彩美の瞳に涙の膜が張る。一瞬の揺れで今にも溢れそうなのを、彩美は必死で抑えた。
「ありがとう……邪魔はしません。洸太くんは私が必ず救ってみせます」
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