24 / 41
刑事、九条
しおりを挟む
場所は変わり、ここは埼玉県警本部。
デスクの上の資料に目を通していた前田恭介は、部屋の外に響く足音に気づくと自身のスマートフォンの電源をそっと切った。
ノックされ、前田が返事をする間もなく扉が開く。
「前田警視監。南雲美帆による浦和連続強盗殺人事件の証拠隠滅罪で、聴取をしたいのですが」
「覚えがないな」
九条は鋭い眼光で前田を見た。
「南雲美帆の自宅から、すべての靴を持ち帰りましたよね? 自宅前の自転車屋に設置してある防犯カメラに、ゴミ袋に詰められた大量の靴を運ぶあなたの姿が映っていましたよ」
「ああ。あれは知人に頼まれて、靴を移動しただけだ。証拠隠滅なんて認識はなかった」
「知人? 南雲美帆はあなたの実の娘ですよね?」
前田はデスクに向いていた視線を上げ、ゆっくりと九条を見る。メガネに光が反射して、その表情は読み取れない。
「とうの昔に養子に出した娘だ。知人と言って、何か問題でも?」
「家族だと認めれば刑の免除も見込めるってのに、あくまで南雲美帆とは他人で自分は何も知らないと言い張るのか」
「口の利き方に気をつけ給え。警部風情が。私に意見するな」
「靴は今どちらに?」
「言う義務はない」
「スニーカーの靴紐が凶器に使われている可能性があります。それとも、もう処分してしまわれましたか」
「忘れた。もう良いかな、私はこれから出かけるんだ」
「そういうわけには——」
九条が言いかけると、扉が開いた。
車の用意ができたこと告げられると、前田は立ち上がる。
「九条くんといったな。処分を待ちなさい。私を侮辱した罪は重いよ」
去っていく背中に舌打ちをしたと同時、九条のスマートフォンが震える。佐藤だった。
「警部……査問委員会が、九条警部の単独捜査に調査の意向を示したと県警に連絡が。民間人に捜査情報を漏らした疑いがあると」
九条はたまらず、足元のゴミ箱を思い切り蹴飛ばした。
遥と美帆とのやりとりを聴いていた九条は、すぐさま美帆の自宅の向かいにある自転車屋の防犯カメラを確認した。
遥はおそらくカマを掛けただけだったが、状況的に一番的を射た発言だった。
南雲美帆が中山静香と北宮ありさ、更に洸太を殺害したことを、警視監である前田が知っていたとしたら……前田はアクビスの里に美帆を籠らせて証拠隠滅を図る。
いくら養子に出したと言えど、結局は実の娘。殺人犯の親だという前田への風当たりは免れない。
あくまで知人という体で美帆に協力し、バレそうになった時は美帆が洸太を殺害したことを自ら提言。それを盾に、美帆に全ての責任を取らせるつもりなのだろう。
「前田警視監は必ずアクビスの里とコンタクトを取る。佐藤、警視監を追尾しろ」
「いや、でも」
佐藤は狼狽えながら言葉を続けるが、九条に佐藤の声は届かない。
(靴はどこだ。凶器さえ見つかれば……いや、別角度から前田恭介を切り崩す策はまだある。だが俺には時間がない)
ブブッ
気づけば佐藤との通話は切れていて、再度スマートフォンに着信が入った。
「はい」
「あ、九条警部? 俺です、翔太っす!」
「きみか! すまない。防犯カメラの一件を聞いてから、ついこちらの捜査に目を向けてしまって……その後どうなった?」
「たか絵さんと舞ちゃんは無事、保護しました。旦那さんの晃さんに連絡をして、今は二人とも病院に居ます」
九条は驚くと同時に、疑問を抱くような不思議な感情で言った。
「そうか。ザラムの集いは十時からだと聞いていたが……今まさに真っ最中だろう」
現在時刻は十時十分だ。
「俺もバスが出る頃には向かう予定だったが、二十八人の信者はもう里を出たのか? 菊田たか絵の保護はきみが?」
重なる質問になんとか答えながら、翔太はそれよりも、と本題に入る。
「前田恭介の件、どうなりました? 防犯カメラに姿が映ってたんすよね?」
「すまん、追い詰め切れなかった。前田には逃げられ、俺は証拠も出ない家を家宅捜索したこと、それからアクビスへの捜査を単独で、しかも民間人と行った件で査問委員会に掛けられる。そっちが大変な時に申し訳ない」
「え!? それやばいじゃないっすか! そうなったら九条さん、警察クビ?!」
「それで済めば良いが。最悪捕まるかもな」
九条は諦めたようにネクタイを緩める。
「ったく。昔から前田はアクビスと裏取引があるってもっぱらの噂だったのに、県警はそれに目を瞑り続けた。今度の連続強盗殺人事件も、君たちから南雲美帆の名前が上がる前に何故か上は捜査人員を減らして捜査本部は解散する流れに。所轄に引き継げって言われていたんだ」
「その裏取引って、麻薬すか?」
「そうだ。押収した麻薬は記録上廃棄処されて——」
九条はふと、眉間に皺を寄せた。
「おい、なぜきみがそれを知っている」
「涼子さんがアクビスの保管庫に入った時、見たって」
九条は口元に手を当て、小声になる。
「確かなのか」
「はい。映画やドラマで見るみたいな、透明なビニールに詰められた粉がいっぱい。段ボールには『一九九一極秘』って……あ!」
「今度はなんだ!」
「先輩と涼子さんの潜入がバレて、美帆に捕まってたんでした!」
「おまっ……なんでそんな大事なこと先に言わねえんだよ!」
「うわ、すみません! たか絵さんと舞ちゃんが里を出たことで美帆は激昂してると思うし、通信機器ももう使えないんです」
翔太の落ち込む声とは裏腹に、九条は活力を取り戻していく。
「すぐに里に向かうぞ」
「でも九条さん今、大変なんじゃ」
「……まだ」
「え?」
九条は緩めたネクタイを締め直す。
「まだ、やれることはあるさ」
デスクの上の資料に目を通していた前田恭介は、部屋の外に響く足音に気づくと自身のスマートフォンの電源をそっと切った。
ノックされ、前田が返事をする間もなく扉が開く。
「前田警視監。南雲美帆による浦和連続強盗殺人事件の証拠隠滅罪で、聴取をしたいのですが」
「覚えがないな」
九条は鋭い眼光で前田を見た。
「南雲美帆の自宅から、すべての靴を持ち帰りましたよね? 自宅前の自転車屋に設置してある防犯カメラに、ゴミ袋に詰められた大量の靴を運ぶあなたの姿が映っていましたよ」
「ああ。あれは知人に頼まれて、靴を移動しただけだ。証拠隠滅なんて認識はなかった」
「知人? 南雲美帆はあなたの実の娘ですよね?」
前田はデスクに向いていた視線を上げ、ゆっくりと九条を見る。メガネに光が反射して、その表情は読み取れない。
「とうの昔に養子に出した娘だ。知人と言って、何か問題でも?」
「家族だと認めれば刑の免除も見込めるってのに、あくまで南雲美帆とは他人で自分は何も知らないと言い張るのか」
「口の利き方に気をつけ給え。警部風情が。私に意見するな」
「靴は今どちらに?」
「言う義務はない」
「スニーカーの靴紐が凶器に使われている可能性があります。それとも、もう処分してしまわれましたか」
「忘れた。もう良いかな、私はこれから出かけるんだ」
「そういうわけには——」
九条が言いかけると、扉が開いた。
車の用意ができたこと告げられると、前田は立ち上がる。
「九条くんといったな。処分を待ちなさい。私を侮辱した罪は重いよ」
去っていく背中に舌打ちをしたと同時、九条のスマートフォンが震える。佐藤だった。
「警部……査問委員会が、九条警部の単独捜査に調査の意向を示したと県警に連絡が。民間人に捜査情報を漏らした疑いがあると」
九条はたまらず、足元のゴミ箱を思い切り蹴飛ばした。
遥と美帆とのやりとりを聴いていた九条は、すぐさま美帆の自宅の向かいにある自転車屋の防犯カメラを確認した。
遥はおそらくカマを掛けただけだったが、状況的に一番的を射た発言だった。
南雲美帆が中山静香と北宮ありさ、更に洸太を殺害したことを、警視監である前田が知っていたとしたら……前田はアクビスの里に美帆を籠らせて証拠隠滅を図る。
いくら養子に出したと言えど、結局は実の娘。殺人犯の親だという前田への風当たりは免れない。
あくまで知人という体で美帆に協力し、バレそうになった時は美帆が洸太を殺害したことを自ら提言。それを盾に、美帆に全ての責任を取らせるつもりなのだろう。
「前田警視監は必ずアクビスの里とコンタクトを取る。佐藤、警視監を追尾しろ」
「いや、でも」
佐藤は狼狽えながら言葉を続けるが、九条に佐藤の声は届かない。
(靴はどこだ。凶器さえ見つかれば……いや、別角度から前田恭介を切り崩す策はまだある。だが俺には時間がない)
ブブッ
気づけば佐藤との通話は切れていて、再度スマートフォンに着信が入った。
「はい」
「あ、九条警部? 俺です、翔太っす!」
「きみか! すまない。防犯カメラの一件を聞いてから、ついこちらの捜査に目を向けてしまって……その後どうなった?」
「たか絵さんと舞ちゃんは無事、保護しました。旦那さんの晃さんに連絡をして、今は二人とも病院に居ます」
九条は驚くと同時に、疑問を抱くような不思議な感情で言った。
「そうか。ザラムの集いは十時からだと聞いていたが……今まさに真っ最中だろう」
現在時刻は十時十分だ。
「俺もバスが出る頃には向かう予定だったが、二十八人の信者はもう里を出たのか? 菊田たか絵の保護はきみが?」
重なる質問になんとか答えながら、翔太はそれよりも、と本題に入る。
「前田恭介の件、どうなりました? 防犯カメラに姿が映ってたんすよね?」
「すまん、追い詰め切れなかった。前田には逃げられ、俺は証拠も出ない家を家宅捜索したこと、それからアクビスへの捜査を単独で、しかも民間人と行った件で査問委員会に掛けられる。そっちが大変な時に申し訳ない」
「え!? それやばいじゃないっすか! そうなったら九条さん、警察クビ?!」
「それで済めば良いが。最悪捕まるかもな」
九条は諦めたようにネクタイを緩める。
「ったく。昔から前田はアクビスと裏取引があるってもっぱらの噂だったのに、県警はそれに目を瞑り続けた。今度の連続強盗殺人事件も、君たちから南雲美帆の名前が上がる前に何故か上は捜査人員を減らして捜査本部は解散する流れに。所轄に引き継げって言われていたんだ」
「その裏取引って、麻薬すか?」
「そうだ。押収した麻薬は記録上廃棄処されて——」
九条はふと、眉間に皺を寄せた。
「おい、なぜきみがそれを知っている」
「涼子さんがアクビスの保管庫に入った時、見たって」
九条は口元に手を当て、小声になる。
「確かなのか」
「はい。映画やドラマで見るみたいな、透明なビニールに詰められた粉がいっぱい。段ボールには『一九九一極秘』って……あ!」
「今度はなんだ!」
「先輩と涼子さんの潜入がバレて、美帆に捕まってたんでした!」
「おまっ……なんでそんな大事なこと先に言わねえんだよ!」
「うわ、すみません! たか絵さんと舞ちゃんが里を出たことで美帆は激昂してると思うし、通信機器ももう使えないんです」
翔太の落ち込む声とは裏腹に、九条は活力を取り戻していく。
「すぐに里に向かうぞ」
「でも九条さん今、大変なんじゃ」
「……まだ」
「え?」
九条は緩めたネクタイを締め直す。
「まだ、やれることはあるさ」
0
あなたにおすすめの小説
王女様は聖女様?おてんば姫の大冒険~ペットのドラゴンが迷子なので冒険者になって探しに行きます!~
しましまにゃんこ
ファンタジー
アリシア王国の第3王女ティアラ姫には誰にも言えない秘密があった。
それは自分が全属性の魔力を持ち、最強のチート能力を持っていた「建国の賢者アリシア」の生まれ変わりであること!
8才の誕生日を境に前世の記憶を取り戻したものの、500年後に転生したことを知って慌てる。なぜなら死の直前、パートナーのドラゴンに必ず生まれ変わって会いにいくと約束したから。
どこにいてもきっとわかる!と豪語したものの、肝心のドラゴンの気配を感じることができない。全属性の魔力は受け継いだものの、かつての力に比べて圧倒的に弱くなっていたのだ!
「500年……長い。いや、でも、ドラゴンだし。きっと生きてる、よね?待ってて。約束通りきっと会いにいくから!」
かつての力を取り戻しつつ、チートな魔法で大活躍!愛する家族と優しい婚約者候補、可愛い獣人たちに囲まれた穏やかで平和な日々。
しかし、かつての母国が各国に向けて宣戦布告したことにより、少しずつ世界の平和が脅かされていく。
「今度こそ、私が世界を救って見せる!」
失われたドラゴンと世界の破滅を防ぐため、ティアラ姫の冒険の旅が今、始まる!
剣と魔法が織りなすファンタジーの世界で、アリシア王国第3王女として生まれ変わったかつての賢者が巻き起こす、愛と成長と冒険の物語です。
イケメン王子たちとの甘い恋の行方もお見逃しなく。
小説家になろう、カクヨムさま他サイトでも投稿しています。
短編【シークレットベビー】契約結婚の初夜の後でいきなり離縁されたのでお腹の子はひとりで立派に育てます 〜銀の仮面の侯爵と秘密の愛し子〜
美咲アリス
恋愛
レティシアは義母と妹からのいじめから逃げるために契約結婚をする。結婚相手は醜い傷跡を銀の仮面で隠した侯爵のクラウスだ。「どんなに恐ろしいお方かしら⋯⋯」震えながら初夜をむかえるがクラウスは想像以上に甘い初体験を与えてくれた。「私たち、うまくやっていけるかもしれないわ」小さな希望を持つレティシア。だけどなぜかいきなり離縁をされてしまって⋯⋯?
春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話
登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。
精霊姫の追放
あんど もあ
ファンタジー
栄華を極める国の国王が亡くなり、国王が溺愛していた幼い少女の姿の精霊姫を離宮から追放する事に。だが、その精霊姫の正体は……。
「優しい世界」と「ざまあ」の2バージョン。
冤罪で辺境に幽閉された第4王子
satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。
「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。
辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
偽夫婦お家騒動始末記
紫紺
歴史・時代
【第10回歴史時代大賞、奨励賞受賞しました!】
故郷を捨て、江戸で寺子屋の先生を生業として暮らす篠宮隼(しのみやはやて)は、ある夜、茶屋から足抜けしてきた陰間と出会う。
紫音(しおん)という若い男との奇妙な共同生活が始まるのだが。
隼には胸に秘めた決意があり、紫音との生活はそれを遂げるための策の一つだ。だが、紫音の方にも実は裏があって……。
江戸を舞台に様々な陰謀が駆け巡る。敢えて裏街道を走る隼に、念願を叶える日はくるのだろうか。
そして、拾った陰間、紫音の正体は。
活劇と謎解き、そして恋心の長編エンタメ時代小説です。
愛人を選んだ夫を捨てたら、元婚約者の公爵に捕まりました
由香
恋愛
伯爵夫人リュシエンヌは、夫が公然と愛人を囲う結婚生活を送っていた。
尽くしても感謝されず、妻としての役割だけを求められる日々。
けれど彼女は、泣きわめくことも縋ることもなく、静かに離婚を選ぶ。
そうして“捨てられた妻”になったはずの彼女の前に現れたのは、かつて婚約していた元婚約者――冷静沈着で有能な公爵セドリックだった。
再会とともに始まるのは、彼女の価値を正しく理解し、決して手放さない男による溺愛の日々。
一方、彼女を失った元夫は、妻が担っていたすべてを失い、社会的にも転落していく。
“尽くすだけの妻”から、“選ばれ、守られる女性”へ。
静かに離婚しただけなのに、
なぜか元婚約者の公爵に捕まりました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる