【完結】カエルレア探偵事務所《中》 〜アクビスの里〜

千鶴

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激怒

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「うそ……冗談でしょ? 今、十二月なのよ」
 
 水の張られたプール。
 そこには椅子が二つ固定されていた。
 
「春野彩美、あんたの分はないから……うーん、そうだ。この辺りを刺せば、時間的にちょうどいいのかな」
 
 そう言うと、美帆はナイフで彩美の下腹部をサクっと刺した。
 その行為はただ手を前に動かしただけの、一切の躊躇も見られないものだった。
 
「彩美さんっ」
 
 遥と涼子の声が重なる。
 刺された彩美は、傷口を抑えてうずくまった。
 
「安心して? 致命傷じゃない。ただ時間が経てば、出血多量で死んじゃうわね」
「なんてことすんのよ! あんた、まともじゃない!」

涼子が喉が切れるほどの大声で叫ぶも、美帆は無機質な表情を変えない。

「ゴミ虫になにを言われても気にならないわ。あんたは静香やありさみたいな偽物よりかは幾分マシだったけど、もう終わり。人の心配してる場合じゃないわよ? あんたたちも後数分でサヨナラなんだから」
 
 遥と涼子はプールに沈められた後、椅子に体を固定された。
 ちょうど肩ほどまでかかっている水面が揺れて、時々口元に水がかかる。
 
「放水ー」
 
 美帆の言葉と共に、プールの壁から水が放出する。涼子は水の勢いに力なく呟いた。
 
「こんなの……五分も持たないわよ」
「安心なさい。あなたたちはここで死ぬけど、これから先アクビスの里の広告塔として永遠に生き続けられるんだから」
 
 美帆は自分のスマートフォンを取り出し、録画ボタンを押す。
 
「ほらほら! 強がってないでもっと怯えなさいよ! もうすぐ死ぬのよ、死んじゃうのよ? なんか言い残したこととかないのー?」
 
 美帆が叫ぶ中。遥と涼子は小声で話す。 
 
「本当に、大丈夫なの?」
「信じるしかありません。全世界の人々を。九条さんを」
 
 水かさはどんどん増える。陽も落ち始めた夕方、二人の体温はあっという間に奪われ、すぐに命の危機がやってきた。
 遥は首元まで来ている水面が波打たないよう、静かに呼吸を繰り返す。
 
「お腹、すいた……」
 
 嘘だった。
 
「生きて、帰れたら。高級しゃぶしゃぶを、約束するわ」
 
 紫色に変色した唇を震わせ、涼子は精一杯口角をあげる。それを見た遥は意を決し、今出せる限りの精一杯の声を上げた。
 
「ならば。一つだけ、教えてください。あなたに指示を出していた“あるじ”とは、一体何者ですか」
あるじはこの世の全てよ。気高くて、歪んでいて、美しい。私そのものなの。彼がいる限り、私は永遠に——」
 





 
「確保!!!!」
 
 一斉に機動隊が突入する。美帆と側にいた男たちが床に制圧されると同時に、九条と翔太がプールへと飛び込んだ。
 既に意識も朦朧とする遥と涼子の口には酸素マスクが当てられ、水中に潜った隊員が手足のロープを切る。九条は涼子をプールサイドに上げると、懸命に声をかけた。
 
「おい! 大丈夫か、しっかりしろ!」
 
 翔太によって遥がプールサイドに上げられたことを確認しながら、九条は涼子に毛布をかける。
 
「彩美、さんを……出血が……」
「わかっている。救急が対処している。大丈夫だからもう喋るな」
 
 真っ白な顔で震える涼子に、九条は歯を食いしばって目を瞑る。
 
「すまない。時間が掛かった」
「らしく、ないわね。いつもみたいに……嫌味の一つでも、言ったらどうなの」
 
 見つめ合う二人。
 笑顔を作る涼子、微笑む九条。
 
「なーに韓国ドラマしてんすか。まあ、その調子なら大丈夫そうっすね」
 
 震える遥をさすりながら翔太が言えば、拘束された美帆が感情の抜け落ちた顔で口を開く。
 
「なーんだ。あんたたち、まだ発信機とか持ってたの。つまんないなあ。もう少しで死に顔が見れたのに」
 
 遥は能面のような美帆の顔を見て、小さく吹き出した。
 
「……浸っててウケる。発信機なんてないよ。この状況は、全部あんたのミスが生んだ結果だから」
「ミス? ミスってなによ」
「教えねーよ!!!!」
 
 割れた叫び声に、翔太を含めた皆が驚きで遥の方を向いた。
 
「敵に弱点教えてやるほどお人好しじゃないんだよ! ミスに気づけない限り、あんたはこれからなにをやっても中途半端なゴミ虫以下。自分で支配しているつもりで、影で笑われてる道化役だ。誰もあんたのことなんか気にも留めない!」
 
 美帆は顳顬こめかみに血管を浮かせて、怒りと共にみるみる感情を取り戻していく。

「自分の人生の主役にもなりきれない甘ちゃんが。人様の人生、めちゃくちゃにしてんじゃねーよ」

 遥のトドメに、美帆は目を血走らせて必死に遥の顔を目に焼き付ける。
 
「……伊東遥、っていったな。忘れない。お前は、必ず私が殺してやる!!」
「私は忘れるよ。あんたのことなんて」
 
 今にも遥に向かって行きそうな美帆を、警察は引きずるようにして連れて行った。
 
「なに挑発してんのよ」
 
 涼子が若干引き気味に言えば、遥はため息をついた。
 
「あんなん、刑務所入っても反省なんてしやしない。罪悪感情が欠落してるんだから。いずれ出所して、また自分勝手な理屈で人の人生おもちゃにするんです。どうせどこかで起きる未来なら、あの女の矛先を私に向かせたくなった。あいつの頭で考えつく計画なんて、全部私が潰してみせますよ」
「いつになく本気じゃない」
「ムカついたんで」
「危ないことしないでよ」
「ああもう、言っちゃったんだから仕方がないじゃないですか!」
 
 遥は恥ずかしさを隠すように下を向いた。翔太は遥らしい、と笑う。
 
「とりあえず、ほら。着替えましょう。警察の人が適当に服を持ってきてくれてるみたいなんで」
「それにしても、よく考えついたな。あんな方法で居場所を知らせてくるとは」
 
 九条が言えば、遥は顔を上げた。
 
「美桜ちゃんのおかげですよ」
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