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主
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エレベーターが三階に着く。
扉が開くと一本道で、薄暗い廊下の壁にはブラックライトに照らされた長い水槽が奥まで続いていた。
「本当に俺はここで待っていていいのか」
「はい。すぐに終わらせます」
遥は通路を進み次の扉の前まで来ると、その構造を見て小さく息を吐いた。
(……こんなこったろうと思った)
扉を開け、中に入る。
廊下のブラックライトが薄暗く照らす部屋の中は、中央に紫檀色の蓮の花が一輪あるだけの、殺風景なものだった。
ゆっくり。一歩ずつ。
遥は光る蓮の花へと手を伸ばす。
「いらっしゃい。待っていましたよ」
一瞬だった。背後から声がした遥は動きを止め、思い切り左手を振り切って後ろを向く。
「こっちだよ。相変わらず威勢がいいですね、きみは」
声のした方を更に振り返った遥は、目の前の人物の顔を見て絶句した。
「晃……さん?」
黒いローブを身に纏う目の前の人物。
その容貌が、たか絵の夫である菊田晃にそっくりだったのだ。
「なんで、晃さんが」
「ああ。きみは晃と面識があったんでしたね。でも違う。この身体は、菊田大。晃と大は、双子なんだよ」
「双子……大さんに転生したのは今? それとも、ずいぶん前からその身体に?」
「質問で時間を稼いで機を見る作戦ですか。まあ、いいでしょう。答えてあげます。この身体になったのは一ヶ月ほど前。君と最後に会った神野要の身体から一度転生したのですが、なかなか上手く馴染まなくて。今の身体にも、少し不具合が起きているのです」
マウトはそう言うと、ローブの下の服を捲る。左胸のあたりが腐敗しているようで、黒い斑点が広がっていた。
「人間の臓器ってのは凄い。それぞれが意思を持って動く、一つ一つが生命体です。その臓器を処理して、生贄のミイラを八体も作り、完璧な儀式をもってしてもその成功率は約半分。そして、今のこの身体は失敗作です」
マウトは目の前の蓮の花を人差し指でつつく。遥は隙のないこの状況に一歩も動けなかった。
「神野家と菊田家にはなにか繋がりが? その血筋以外にも、あなたに適合する家系は存在するのですか」
「うーん。まだどこかにあるかもしれませんね。でも家系というより、僕は適合者が転生するのを待ってるだけなんです。血縁でも、僕との繋がりが薄いと上手くはいかない。神野家では政尚がドンピシャだった。それを燃やされてしまった時は物凄く気分が悪くなりました。でも三年前に菊田たか絵のお腹の子の気を見た時。そのモヤモヤが吹き飛ぶほど嬉しかったのを覚えています」
「舞ちゃんの身体があなたの器に適合すると分かったからですね」
「そう。あの身体はもしかすると、今までで一番の代物かもしれない。でも彼女はまだ生まれてから間もなく、あのサイズじゃ僕を留めておけない。だからせめて適合する八歳になるまでは手元に置いておきたかった。外では、いつ何処で身体に傷がつくか分からない。だから里に招待したんです」
マウトの視線が遥を捕らえる。
「なのにきみは今回も邪魔をしました。美帆は馬鹿だけど、なかなかのキレものなんですよ? それを騙し通すなんて。大したものだ」
「でもあなた、はじめからこの場に涼子さんや私を寄越すつもりだったでしょう」
遥はマウトから視線を外したい気持ちを必死に抑えた。
「浦和の連続殺人の被害者である中山静香と北宮ありさは、あなたが儀式で作り出したこの里の信者。それも、信仰のあまり家族や友人と縁の切れた二人だった。あなたはその二人を殺すように美帆を焚き付け、さらにその捜査情報や美帆へ繋がるヒントとして橘達也、春野彩美、九条警部が一堂に会するように、探偵事務所に誘導した」
ほう、と声を漏らすマウト。
「美帆に殺人を犯させる必要が?」
「美帆は快楽殺人者です。きっと知らないだけで、他にも人を殺している。その度に父親の前田恭介に処理をさせていたんです。南雲丹治の養子になってからはこの里が尻拭いをしてきた。美帆の欲求を満たす為にザラムの集いで選抜した生贄の処理をさせ、それでも満足しない美帆に中山静香と北宮ありさを充てがった。そしてそれを表沙汰にすることで、あなたは前田恭介もろとも美帆を社会的に抹殺しようと考えたんです」
「なぜ」
「単純に手に余ったから。そしてもう一つの理由は、薬物だ」
マウトは一瞬鼻を膨らますと、目一杯口角を上げた。
「素晴らしいですね。この里の人間が薬物漬けになっていたことに、きみは気がついていたというのですか」
「違和感を覚えたのは最初に出迎えてくれた幹部の女性たちの笑顔でした。表情が固まり、ピクピクと痙攣するほど力を込めた笑顔……言葉はまともに発せるが、口の端からはよだれを垂らしていた。九条さんから薬物の話を聞いて、私の仮定は現実味を帯びました」
マウトは噛み締めるように、何回か手を叩いた。
「見事です。僕が雲島から出られなくなったのをいいことに、南雲丹治はこの宗教団体を滅茶苦茶にしていました。薬物っていうのはね、魂を穢す代物なんです。穢された魂は死んでも転生しない。冥界の片隅に積まれて封印される、いわばゴミクズとなる。僕はこれでも一応神だからね。魂を粗末にするのは気に食わない。だからアヌビスに頼んで冥界にある古代エジプト人の魂を呼び出し、穢れた魂と入れ替えた。信者から薬物反応さえ出なければ、まだアクビスの里にも生きる道はあるでしょう?」
カタッ
遥は背後に、九条の気配を感じとる。
扉が開くと一本道で、薄暗い廊下の壁にはブラックライトに照らされた長い水槽が奥まで続いていた。
「本当に俺はここで待っていていいのか」
「はい。すぐに終わらせます」
遥は通路を進み次の扉の前まで来ると、その構造を見て小さく息を吐いた。
(……こんなこったろうと思った)
扉を開け、中に入る。
廊下のブラックライトが薄暗く照らす部屋の中は、中央に紫檀色の蓮の花が一輪あるだけの、殺風景なものだった。
ゆっくり。一歩ずつ。
遥は光る蓮の花へと手を伸ばす。
「いらっしゃい。待っていましたよ」
一瞬だった。背後から声がした遥は動きを止め、思い切り左手を振り切って後ろを向く。
「こっちだよ。相変わらず威勢がいいですね、きみは」
声のした方を更に振り返った遥は、目の前の人物の顔を見て絶句した。
「晃……さん?」
黒いローブを身に纏う目の前の人物。
その容貌が、たか絵の夫である菊田晃にそっくりだったのだ。
「なんで、晃さんが」
「ああ。きみは晃と面識があったんでしたね。でも違う。この身体は、菊田大。晃と大は、双子なんだよ」
「双子……大さんに転生したのは今? それとも、ずいぶん前からその身体に?」
「質問で時間を稼いで機を見る作戦ですか。まあ、いいでしょう。答えてあげます。この身体になったのは一ヶ月ほど前。君と最後に会った神野要の身体から一度転生したのですが、なかなか上手く馴染まなくて。今の身体にも、少し不具合が起きているのです」
マウトはそう言うと、ローブの下の服を捲る。左胸のあたりが腐敗しているようで、黒い斑点が広がっていた。
「人間の臓器ってのは凄い。それぞれが意思を持って動く、一つ一つが生命体です。その臓器を処理して、生贄のミイラを八体も作り、完璧な儀式をもってしてもその成功率は約半分。そして、今のこの身体は失敗作です」
マウトは目の前の蓮の花を人差し指でつつく。遥は隙のないこの状況に一歩も動けなかった。
「神野家と菊田家にはなにか繋がりが? その血筋以外にも、あなたに適合する家系は存在するのですか」
「うーん。まだどこかにあるかもしれませんね。でも家系というより、僕は適合者が転生するのを待ってるだけなんです。血縁でも、僕との繋がりが薄いと上手くはいかない。神野家では政尚がドンピシャだった。それを燃やされてしまった時は物凄く気分が悪くなりました。でも三年前に菊田たか絵のお腹の子の気を見た時。そのモヤモヤが吹き飛ぶほど嬉しかったのを覚えています」
「舞ちゃんの身体があなたの器に適合すると分かったからですね」
「そう。あの身体はもしかすると、今までで一番の代物かもしれない。でも彼女はまだ生まれてから間もなく、あのサイズじゃ僕を留めておけない。だからせめて適合する八歳になるまでは手元に置いておきたかった。外では、いつ何処で身体に傷がつくか分からない。だから里に招待したんです」
マウトの視線が遥を捕らえる。
「なのにきみは今回も邪魔をしました。美帆は馬鹿だけど、なかなかのキレものなんですよ? それを騙し通すなんて。大したものだ」
「でもあなた、はじめからこの場に涼子さんや私を寄越すつもりだったでしょう」
遥はマウトから視線を外したい気持ちを必死に抑えた。
「浦和の連続殺人の被害者である中山静香と北宮ありさは、あなたが儀式で作り出したこの里の信者。それも、信仰のあまり家族や友人と縁の切れた二人だった。あなたはその二人を殺すように美帆を焚き付け、さらにその捜査情報や美帆へ繋がるヒントとして橘達也、春野彩美、九条警部が一堂に会するように、探偵事務所に誘導した」
ほう、と声を漏らすマウト。
「美帆に殺人を犯させる必要が?」
「美帆は快楽殺人者です。きっと知らないだけで、他にも人を殺している。その度に父親の前田恭介に処理をさせていたんです。南雲丹治の養子になってからはこの里が尻拭いをしてきた。美帆の欲求を満たす為にザラムの集いで選抜した生贄の処理をさせ、それでも満足しない美帆に中山静香と北宮ありさを充てがった。そしてそれを表沙汰にすることで、あなたは前田恭介もろとも美帆を社会的に抹殺しようと考えたんです」
「なぜ」
「単純に手に余ったから。そしてもう一つの理由は、薬物だ」
マウトは一瞬鼻を膨らますと、目一杯口角を上げた。
「素晴らしいですね。この里の人間が薬物漬けになっていたことに、きみは気がついていたというのですか」
「違和感を覚えたのは最初に出迎えてくれた幹部の女性たちの笑顔でした。表情が固まり、ピクピクと痙攣するほど力を込めた笑顔……言葉はまともに発せるが、口の端からはよだれを垂らしていた。九条さんから薬物の話を聞いて、私の仮定は現実味を帯びました」
マウトは噛み締めるように、何回か手を叩いた。
「見事です。僕が雲島から出られなくなったのをいいことに、南雲丹治はこの宗教団体を滅茶苦茶にしていました。薬物っていうのはね、魂を穢す代物なんです。穢された魂は死んでも転生しない。冥界の片隅に積まれて封印される、いわばゴミクズとなる。僕はこれでも一応神だからね。魂を粗末にするのは気に食わない。だからアヌビスに頼んで冥界にある古代エジプト人の魂を呼び出し、穢れた魂と入れ替えた。信者から薬物反応さえ出なければ、まだアクビスの里にも生きる道はあるでしょう?」
カタッ
遥は背後に、九条の気配を感じとる。
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