34 / 41
主
しおりを挟む
エレベーターが三階に着く。
扉が開くと一本道で、薄暗い廊下の壁にはブラックライトに照らされた長い水槽が奥まで続いていた。
「本当に俺はここで待っていていいのか」
「はい。すぐに終わらせます」
遥は通路を進み次の扉の前まで来ると、その構造を見て小さく息を吐いた。
(……こんなこったろうと思った)
扉を開け、中に入る。
廊下のブラックライトが薄暗く照らす部屋の中は、中央に紫檀色の蓮の花が一輪あるだけの、殺風景なものだった。
ゆっくり。一歩ずつ。
遥は光る蓮の花へと手を伸ばす。
「いらっしゃい。待っていましたよ」
一瞬だった。背後から声がした遥は動きを止め、思い切り左手を振り切って後ろを向く。
「こっちだよ。相変わらず威勢がいいですね、きみは」
声のした方を更に振り返った遥は、目の前の人物の顔を見て絶句した。
「晃……さん?」
黒いローブを身に纏う目の前の人物。
その容貌が、たか絵の夫である菊田晃にそっくりだったのだ。
「なんで、晃さんが」
「ああ。きみは晃と面識があったんでしたね。でも違う。この身体は、菊田大。晃と大は、双子なんだよ」
「双子……大さんに転生したのは今? それとも、ずいぶん前からその身体に?」
「質問で時間を稼いで機を見る作戦ですか。まあ、いいでしょう。答えてあげます。この身体になったのは一ヶ月ほど前。君と最後に会った神野要の身体から一度転生したのですが、なかなか上手く馴染まなくて。今の身体にも、少し不具合が起きているのです」
マウトはそう言うと、ローブの下の服を捲る。左胸のあたりが腐敗しているようで、黒い斑点が広がっていた。
「人間の臓器ってのは凄い。それぞれが意思を持って動く、一つ一つが生命体です。その臓器を処理して、生贄のミイラを八体も作り、完璧な儀式をもってしてもその成功率は約半分。そして、今のこの身体は失敗作です」
マウトは目の前の蓮の花を人差し指でつつく。遥は隙のないこの状況に一歩も動けなかった。
「神野家と菊田家にはなにか繋がりが? その血筋以外にも、あなたに適合する家系は存在するのですか」
「うーん。まだどこかにあるかもしれませんね。でも家系というより、僕は適合者が転生するのを待ってるだけなんです。血縁でも、僕との繋がりが薄いと上手くはいかない。神野家では政尚がドンピシャだった。それを燃やされてしまった時は物凄く気分が悪くなりました。でも三年前に菊田たか絵のお腹の子の気を見た時。そのモヤモヤが吹き飛ぶほど嬉しかったのを覚えています」
「舞ちゃんの身体があなたの器に適合すると分かったからですね」
「そう。あの身体はもしかすると、今までで一番の代物かもしれない。でも彼女はまだ生まれてから間もなく、あのサイズじゃ僕を留めておけない。だからせめて適合する八歳になるまでは手元に置いておきたかった。外では、いつ何処で身体に傷がつくか分からない。だから里に招待したんです」
マウトの視線が遥を捕らえる。
「なのにきみは今回も邪魔をしました。美帆は馬鹿だけど、なかなかのキレものなんですよ? それを騙し通すなんて。大したものだ」
「でもあなた、はじめからこの場に涼子さんや私を寄越すつもりだったでしょう」
遥はマウトから視線を外したい気持ちを必死に抑えた。
「浦和の連続殺人の被害者である中山静香と北宮ありさは、あなたが儀式で作り出したこの里の信者。それも、信仰のあまり家族や友人と縁の切れた二人だった。あなたはその二人を殺すように美帆を焚き付け、さらにその捜査情報や美帆へ繋がるヒントとして橘達也、春野彩美、九条警部が一堂に会するように、探偵事務所に誘導した」
ほう、と声を漏らすマウト。
「美帆に殺人を犯させる必要が?」
「美帆は快楽殺人者です。きっと知らないだけで、他にも人を殺している。その度に父親の前田恭介に処理をさせていたんです。南雲丹治の養子になってからはこの里が尻拭いをしてきた。美帆の欲求を満たす為にザラムの集いで選抜した生贄の処理をさせ、それでも満足しない美帆に中山静香と北宮ありさを充てがった。そしてそれを表沙汰にすることで、あなたは前田恭介もろとも美帆を社会的に抹殺しようと考えたんです」
「なぜ」
「単純に手に余ったから。そしてもう一つの理由は、薬物だ」
マウトは一瞬鼻を膨らますと、目一杯口角を上げた。
「素晴らしいですね。この里の人間が薬物漬けになっていたことに、きみは気がついていたというのですか」
「違和感を覚えたのは最初に出迎えてくれた幹部の女性たちの笑顔でした。表情が固まり、ピクピクと痙攣するほど力を込めた笑顔……言葉はまともに発せるが、口の端からはよだれを垂らしていた。九条さんから薬物の話を聞いて、私の仮定は現実味を帯びました」
マウトは噛み締めるように、何回か手を叩いた。
「見事です。僕が雲島から出られなくなったのをいいことに、南雲丹治はこの宗教団体を滅茶苦茶にしていました。薬物っていうのはね、魂を穢す代物なんです。穢された魂は死んでも転生しない。冥界の片隅に積まれて封印される、いわばゴミクズとなる。僕はこれでも一応神だからね。魂を粗末にするのは気に食わない。だからアヌビスに頼んで冥界にある古代エジプト人の魂を呼び出し、穢れた魂と入れ替えた。信者から薬物反応さえ出なければ、まだアクビスの里にも生きる道はあるでしょう?」
カタッ
遥は背後に、九条の気配を感じとる。
扉が開くと一本道で、薄暗い廊下の壁にはブラックライトに照らされた長い水槽が奥まで続いていた。
「本当に俺はここで待っていていいのか」
「はい。すぐに終わらせます」
遥は通路を進み次の扉の前まで来ると、その構造を見て小さく息を吐いた。
(……こんなこったろうと思った)
扉を開け、中に入る。
廊下のブラックライトが薄暗く照らす部屋の中は、中央に紫檀色の蓮の花が一輪あるだけの、殺風景なものだった。
ゆっくり。一歩ずつ。
遥は光る蓮の花へと手を伸ばす。
「いらっしゃい。待っていましたよ」
一瞬だった。背後から声がした遥は動きを止め、思い切り左手を振り切って後ろを向く。
「こっちだよ。相変わらず威勢がいいですね、きみは」
声のした方を更に振り返った遥は、目の前の人物の顔を見て絶句した。
「晃……さん?」
黒いローブを身に纏う目の前の人物。
その容貌が、たか絵の夫である菊田晃にそっくりだったのだ。
「なんで、晃さんが」
「ああ。きみは晃と面識があったんでしたね。でも違う。この身体は、菊田大。晃と大は、双子なんだよ」
「双子……大さんに転生したのは今? それとも、ずいぶん前からその身体に?」
「質問で時間を稼いで機を見る作戦ですか。まあ、いいでしょう。答えてあげます。この身体になったのは一ヶ月ほど前。君と最後に会った神野要の身体から一度転生したのですが、なかなか上手く馴染まなくて。今の身体にも、少し不具合が起きているのです」
マウトはそう言うと、ローブの下の服を捲る。左胸のあたりが腐敗しているようで、黒い斑点が広がっていた。
「人間の臓器ってのは凄い。それぞれが意思を持って動く、一つ一つが生命体です。その臓器を処理して、生贄のミイラを八体も作り、完璧な儀式をもってしてもその成功率は約半分。そして、今のこの身体は失敗作です」
マウトは目の前の蓮の花を人差し指でつつく。遥は隙のないこの状況に一歩も動けなかった。
「神野家と菊田家にはなにか繋がりが? その血筋以外にも、あなたに適合する家系は存在するのですか」
「うーん。まだどこかにあるかもしれませんね。でも家系というより、僕は適合者が転生するのを待ってるだけなんです。血縁でも、僕との繋がりが薄いと上手くはいかない。神野家では政尚がドンピシャだった。それを燃やされてしまった時は物凄く気分が悪くなりました。でも三年前に菊田たか絵のお腹の子の気を見た時。そのモヤモヤが吹き飛ぶほど嬉しかったのを覚えています」
「舞ちゃんの身体があなたの器に適合すると分かったからですね」
「そう。あの身体はもしかすると、今までで一番の代物かもしれない。でも彼女はまだ生まれてから間もなく、あのサイズじゃ僕を留めておけない。だからせめて適合する八歳になるまでは手元に置いておきたかった。外では、いつ何処で身体に傷がつくか分からない。だから里に招待したんです」
マウトの視線が遥を捕らえる。
「なのにきみは今回も邪魔をしました。美帆は馬鹿だけど、なかなかのキレものなんですよ? それを騙し通すなんて。大したものだ」
「でもあなた、はじめからこの場に涼子さんや私を寄越すつもりだったでしょう」
遥はマウトから視線を外したい気持ちを必死に抑えた。
「浦和の連続殺人の被害者である中山静香と北宮ありさは、あなたが儀式で作り出したこの里の信者。それも、信仰のあまり家族や友人と縁の切れた二人だった。あなたはその二人を殺すように美帆を焚き付け、さらにその捜査情報や美帆へ繋がるヒントとして橘達也、春野彩美、九条警部が一堂に会するように、探偵事務所に誘導した」
ほう、と声を漏らすマウト。
「美帆に殺人を犯させる必要が?」
「美帆は快楽殺人者です。きっと知らないだけで、他にも人を殺している。その度に父親の前田恭介に処理をさせていたんです。南雲丹治の養子になってからはこの里が尻拭いをしてきた。美帆の欲求を満たす為にザラムの集いで選抜した生贄の処理をさせ、それでも満足しない美帆に中山静香と北宮ありさを充てがった。そしてそれを表沙汰にすることで、あなたは前田恭介もろとも美帆を社会的に抹殺しようと考えたんです」
「なぜ」
「単純に手に余ったから。そしてもう一つの理由は、薬物だ」
マウトは一瞬鼻を膨らますと、目一杯口角を上げた。
「素晴らしいですね。この里の人間が薬物漬けになっていたことに、きみは気がついていたというのですか」
「違和感を覚えたのは最初に出迎えてくれた幹部の女性たちの笑顔でした。表情が固まり、ピクピクと痙攣するほど力を込めた笑顔……言葉はまともに発せるが、口の端からはよだれを垂らしていた。九条さんから薬物の話を聞いて、私の仮定は現実味を帯びました」
マウトは噛み締めるように、何回か手を叩いた。
「見事です。僕が雲島から出られなくなったのをいいことに、南雲丹治はこの宗教団体を滅茶苦茶にしていました。薬物っていうのはね、魂を穢す代物なんです。穢された魂は死んでも転生しない。冥界の片隅に積まれて封印される、いわばゴミクズとなる。僕はこれでも一応神だからね。魂を粗末にするのは気に食わない。だからアヌビスに頼んで冥界にある古代エジプト人の魂を呼び出し、穢れた魂と入れ替えた。信者から薬物反応さえ出なければ、まだアクビスの里にも生きる道はあるでしょう?」
カタッ
遥は背後に、九条の気配を感じとる。
0
あなたにおすすめの小説
王女様は聖女様?おてんば姫の大冒険~ペットのドラゴンが迷子なので冒険者になって探しに行きます!~
しましまにゃんこ
ファンタジー
アリシア王国の第3王女ティアラ姫には誰にも言えない秘密があった。
それは自分が全属性の魔力を持ち、最強のチート能力を持っていた「建国の賢者アリシア」の生まれ変わりであること!
8才の誕生日を境に前世の記憶を取り戻したものの、500年後に転生したことを知って慌てる。なぜなら死の直前、パートナーのドラゴンに必ず生まれ変わって会いにいくと約束したから。
どこにいてもきっとわかる!と豪語したものの、肝心のドラゴンの気配を感じることができない。全属性の魔力は受け継いだものの、かつての力に比べて圧倒的に弱くなっていたのだ!
「500年……長い。いや、でも、ドラゴンだし。きっと生きてる、よね?待ってて。約束通りきっと会いにいくから!」
かつての力を取り戻しつつ、チートな魔法で大活躍!愛する家族と優しい婚約者候補、可愛い獣人たちに囲まれた穏やかで平和な日々。
しかし、かつての母国が各国に向けて宣戦布告したことにより、少しずつ世界の平和が脅かされていく。
「今度こそ、私が世界を救って見せる!」
失われたドラゴンと世界の破滅を防ぐため、ティアラ姫の冒険の旅が今、始まる!
剣と魔法が織りなすファンタジーの世界で、アリシア王国第3王女として生まれ変わったかつての賢者が巻き起こす、愛と成長と冒険の物語です。
イケメン王子たちとの甘い恋の行方もお見逃しなく。
小説家になろう、カクヨムさま他サイトでも投稿しています。
短編【シークレットベビー】契約結婚の初夜の後でいきなり離縁されたのでお腹の子はひとりで立派に育てます 〜銀の仮面の侯爵と秘密の愛し子〜
美咲アリス
恋愛
レティシアは義母と妹からのいじめから逃げるために契約結婚をする。結婚相手は醜い傷跡を銀の仮面で隠した侯爵のクラウスだ。「どんなに恐ろしいお方かしら⋯⋯」震えながら初夜をむかえるがクラウスは想像以上に甘い初体験を与えてくれた。「私たち、うまくやっていけるかもしれないわ」小さな希望を持つレティシア。だけどなぜかいきなり離縁をされてしまって⋯⋯?
精霊姫の追放
あんど もあ
ファンタジー
栄華を極める国の国王が亡くなり、国王が溺愛していた幼い少女の姿の精霊姫を離宮から追放する事に。だが、その精霊姫の正体は……。
「優しい世界」と「ざまあ」の2バージョン。
春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話
登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。
冤罪で辺境に幽閉された第4王子
satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。
「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。
辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
愛人を選んだ夫を捨てたら、元婚約者の公爵に捕まりました
由香
恋愛
伯爵夫人リュシエンヌは、夫が公然と愛人を囲う結婚生活を送っていた。
尽くしても感謝されず、妻としての役割だけを求められる日々。
けれど彼女は、泣きわめくことも縋ることもなく、静かに離婚を選ぶ。
そうして“捨てられた妻”になったはずの彼女の前に現れたのは、かつて婚約していた元婚約者――冷静沈着で有能な公爵セドリックだった。
再会とともに始まるのは、彼女の価値を正しく理解し、決して手放さない男による溺愛の日々。
一方、彼女を失った元夫は、妻が担っていたすべてを失い、社会的にも転落していく。
“尽くすだけの妻”から、“選ばれ、守られる女性”へ。
静かに離婚しただけなのに、
なぜか元婚約者の公爵に捕まりました。
屈辱と愛情
守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる