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「薬物はあくまで前田恭介が勝手に里に隠していただけ。厄介な南雲美帆も、身勝手な南雲丹治も排除でき、アクビスのこのシステムだけは残せる。一石なん鳥にもなる名案だと思います」
「でしょう? つい先刻儀式が終わり、全ての里の人間の魂の入れ替えが完了しました。あとは」
マウトの言葉を待たずして。
遥は後ろから迫る足音に反応すると、一か八か蓮の花まで駆けていき、精一杯手を伸ばした。
「あとはきみ。伊東遥を葬れれば、僕の計画は完璧だ」
パチンっ
マウトが指を弾く。
遥と九条の動きが止まった。
「遥……すま、ない……」
九条は重力に潰されるようにその場に膝をつく。
「あれ、あなたは前田恭介と南雲丹治を捕まえてくれた優秀な刑事さんではありませんか。ありがとう、貴方のおかげで助かりました。お礼をしなくては」
マウトは九条に向かって左掌を広げる。だが、九条に変化はみられない。
「刑事さんのその指輪……それは初めて見ますね。きみたちがお揃いの指輪を着けていることは美帆から聞いていました。指輪にはアンクの呪力が込められ、僕の呪力は届かない。だから扉の鍵を指輪にしてみたのですが……まさかここに侵入してくるのが松永涼子ではなく、刑事さんだとは。まったく、予想通りにはいかないものだ」
入り口の扉には、翔太と涼子の指輪が二つはめ込まれている。
「きみの指輪は別の場所に。里に入る時に預かったものを信者にお願いして、金庫に入れてもらいました。格別呪力の込められたあの指輪に、僕は触れることさえできませんでしたからね。結界の中には流石のアンクも入れない。指輪を奪えば、きみと松永涼子を一気に消し飛ばせるって算段だったんですがね」
マウトは九条に向けていた手を遥へと移動させる。
「まあでも。きみが居なくなるだけでも、アンクの苦痛に歪む顔は拝めそうだ。さようなら。僕からアンクを奪った、忌まわしい人間よ……弾け飛べ」
パチンっ
パチンっ、パチン、パチンっっ!
「ん? なんだ……うっ!」
不思議そうに首を傾げるマウト。だが数秒後には苦痛の表情を浮かべ、右脇腹を抑えた。
その一瞬の隙で、遥は目の前の蓮の花に触れた。
「翔太!!!!」
部屋の空気が、無機質なものから熱を帯びた温かいものへと変化する。
遥は、安心したように息を吐いた。
「今回で何回目っすかね。こうやって先輩に名前を叫ばれると、これが俺の本来の姿なんじゃないかって嬉しくなっちゃいますよ」
翔太は右手でマウトを牽制し、左手で遥の手をしっかりと握る。
「九条さん、扉から指輪を」
「わ、わかった!」
九条は扉の指輪を抜き取ると、遥の左手に指輪をはめた。
「この国の人々の魂を入れ替えるとは、また奇想天外なことを考えたな」
「僕はただ、本来のあるべき場所に戻りたかっただけだ。あなたが奪った僕の仕事を取り戻した結果、僕は絶対的なこの世の主になったんだよ」
恨み揺らめくマウトの瞳を見て、翔太は目を細めた。
「マウト、約束する。お前のことだけは、死ぬ度に必ず俺が転生させる。だからいい加減に諦めないか。お前のために、一体どれだけの人間を犠牲にするつもりなんだ」
「何を今更!」
マウトは声を荒げる。
「僕がオシリスを飲み込み、アヌビスまでも手に入れたと分かって気が変わりましたか? 今や僕は自力で人間を生み出せる! あなたより上だ! あなただけの力では人間に授けた生命を維持できない。寿命を持たない命はすぐに冥界へと返されるのだから!」
肩で息をするマウトは、徐々に冷静さを取り戻していく。
「今はね、アンク様。あなたの望みを叶えてあげてもいいと思っているんです」
「どういう意味だ」
「寿命が欲しいのですよね? 一人のちっぽけな人間として、命を全うすることが望みなんですよね? そのための布石を、僕はずいぶん前から打って差し上げてるんです」
マウトは遥に視線を移した。
「前に僕が言った事、覚えていますか? 伊東遥があなたの前に現れたのは偶然ではない、と」
「……なんの話だ」
「勘のいいきみならもう気づいているんじゃないですか」
翔太の視線がマウトに向く中。
遥はぽつりぽつりと、話し始める。
「私のお母さんは、世界を飛び回る写真家。思い出は汚した洋服の染み抜きをしてくれたことや、折り紙を教えてくれたこと。中学の時にカンニングを指摘したら、少しの間停学になって……家庭の味は焼き魚や味噌汁の和食。それだけ」
「先輩? 何を言って——」
「それだけ。私の記憶は、たったそれだけ。友達や出身校、母親の顔も思い出せない。ずっと気が付かなかった。というより、気にも留めなかった。でも、マウトがアヌビスの力で生命を生み出してるって聞いた時から、なんとなく違和感を覚えた始めたの」
翔太は驚愕の表情を、マウトは勝ち誇った笑みを浮かべている。
「やっと気がつきましたか。安心してください。それは、アヌビスを使った死者の魂なんかではありません。オシリスが命を生み出し、イシスが魂を宿した身体に僕が寿命をつけた。ちゃんと正規のルートで生み出した生命です」
次の瞬間。マウトの背後に、人影が三つ現れた。
それぞれが黒いローブを纏い、頭には被り物をしている。
九条は夢でも見ているかのように何度も強く瞬きをした。
「左から。アヌビス、ネフティス、そしてイシスです」
マウトが左手をあげると、皆が同時に片膝をついた。
「さて。僕はここに居るイシスと、とある賭けをしています。僕はこの賭けに勝利して、名実共にこの世界の主になりたいのです」
「そのことと先輩となんの関係があるんだ」
「焦らないで。らしくないですよ。順を追って説明しましょう」
「でしょう? つい先刻儀式が終わり、全ての里の人間の魂の入れ替えが完了しました。あとは」
マウトの言葉を待たずして。
遥は後ろから迫る足音に反応すると、一か八か蓮の花まで駆けていき、精一杯手を伸ばした。
「あとはきみ。伊東遥を葬れれば、僕の計画は完璧だ」
パチンっ
マウトが指を弾く。
遥と九条の動きが止まった。
「遥……すま、ない……」
九条は重力に潰されるようにその場に膝をつく。
「あれ、あなたは前田恭介と南雲丹治を捕まえてくれた優秀な刑事さんではありませんか。ありがとう、貴方のおかげで助かりました。お礼をしなくては」
マウトは九条に向かって左掌を広げる。だが、九条に変化はみられない。
「刑事さんのその指輪……それは初めて見ますね。きみたちがお揃いの指輪を着けていることは美帆から聞いていました。指輪にはアンクの呪力が込められ、僕の呪力は届かない。だから扉の鍵を指輪にしてみたのですが……まさかここに侵入してくるのが松永涼子ではなく、刑事さんだとは。まったく、予想通りにはいかないものだ」
入り口の扉には、翔太と涼子の指輪が二つはめ込まれている。
「きみの指輪は別の場所に。里に入る時に預かったものを信者にお願いして、金庫に入れてもらいました。格別呪力の込められたあの指輪に、僕は触れることさえできませんでしたからね。結界の中には流石のアンクも入れない。指輪を奪えば、きみと松永涼子を一気に消し飛ばせるって算段だったんですがね」
マウトは九条に向けていた手を遥へと移動させる。
「まあでも。きみが居なくなるだけでも、アンクの苦痛に歪む顔は拝めそうだ。さようなら。僕からアンクを奪った、忌まわしい人間よ……弾け飛べ」
パチンっ
パチンっ、パチン、パチンっっ!
「ん? なんだ……うっ!」
不思議そうに首を傾げるマウト。だが数秒後には苦痛の表情を浮かべ、右脇腹を抑えた。
その一瞬の隙で、遥は目の前の蓮の花に触れた。
「翔太!!!!」
部屋の空気が、無機質なものから熱を帯びた温かいものへと変化する。
遥は、安心したように息を吐いた。
「今回で何回目っすかね。こうやって先輩に名前を叫ばれると、これが俺の本来の姿なんじゃないかって嬉しくなっちゃいますよ」
翔太は右手でマウトを牽制し、左手で遥の手をしっかりと握る。
「九条さん、扉から指輪を」
「わ、わかった!」
九条は扉の指輪を抜き取ると、遥の左手に指輪をはめた。
「この国の人々の魂を入れ替えるとは、また奇想天外なことを考えたな」
「僕はただ、本来のあるべき場所に戻りたかっただけだ。あなたが奪った僕の仕事を取り戻した結果、僕は絶対的なこの世の主になったんだよ」
恨み揺らめくマウトの瞳を見て、翔太は目を細めた。
「マウト、約束する。お前のことだけは、死ぬ度に必ず俺が転生させる。だからいい加減に諦めないか。お前のために、一体どれだけの人間を犠牲にするつもりなんだ」
「何を今更!」
マウトは声を荒げる。
「僕がオシリスを飲み込み、アヌビスまでも手に入れたと分かって気が変わりましたか? 今や僕は自力で人間を生み出せる! あなたより上だ! あなただけの力では人間に授けた生命を維持できない。寿命を持たない命はすぐに冥界へと返されるのだから!」
肩で息をするマウトは、徐々に冷静さを取り戻していく。
「今はね、アンク様。あなたの望みを叶えてあげてもいいと思っているんです」
「どういう意味だ」
「寿命が欲しいのですよね? 一人のちっぽけな人間として、命を全うすることが望みなんですよね? そのための布石を、僕はずいぶん前から打って差し上げてるんです」
マウトは遥に視線を移した。
「前に僕が言った事、覚えていますか? 伊東遥があなたの前に現れたのは偶然ではない、と」
「……なんの話だ」
「勘のいいきみならもう気づいているんじゃないですか」
翔太の視線がマウトに向く中。
遥はぽつりぽつりと、話し始める。
「私のお母さんは、世界を飛び回る写真家。思い出は汚した洋服の染み抜きをしてくれたことや、折り紙を教えてくれたこと。中学の時にカンニングを指摘したら、少しの間停学になって……家庭の味は焼き魚や味噌汁の和食。それだけ」
「先輩? 何を言って——」
「それだけ。私の記憶は、たったそれだけ。友達や出身校、母親の顔も思い出せない。ずっと気が付かなかった。というより、気にも留めなかった。でも、マウトがアヌビスの力で生命を生み出してるって聞いた時から、なんとなく違和感を覚えた始めたの」
翔太は驚愕の表情を、マウトは勝ち誇った笑みを浮かべている。
「やっと気がつきましたか。安心してください。それは、アヌビスを使った死者の魂なんかではありません。オシリスが命を生み出し、イシスが魂を宿した身体に僕が寿命をつけた。ちゃんと正規のルートで生み出した生命です」
次の瞬間。マウトの背後に、人影が三つ現れた。
それぞれが黒いローブを纏い、頭には被り物をしている。
九条は夢でも見ているかのように何度も強く瞬きをした。
「左から。アヌビス、ネフティス、そしてイシスです」
マウトが左手をあげると、皆が同時に片膝をついた。
「さて。僕はここに居るイシスと、とある賭けをしています。僕はこの賭けに勝利して、名実共にこの世界の主になりたいのです」
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