【完結】バッカスの鍵にくちづけを

千鶴

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 懐中電灯の明かりを確保して先頭を歩く東伍は、しきりに左右の壁を照らしながら何かを探していた。
 東伍のすぐ後ろには恭一が付き、さらにその一メートルほど後方には、もう一つの懐中電灯を握り無表情の凛子。凛子の隣には、泉が並んで歩く。
 無言の道中。靴底が地面を蹴る音にそれぞれの思考がこだまして、決して心地のいい時間だとは言い難かった。
 
「……あったぞ」
 
 東伍の発声に助けられる形で、皆が照らされた壁を凝視する。
 そこには壁を四角く切り取った窪みがあり、取手のような突起物も確認できた。
 
「これ、扉?」
「まあな」
「これが出口ってこと?」
「いや違う。言っただろう、この先にエレベータがあるって。出口はそっちだよ」
「じゃあこの扉はなんなの?」
 
 凜子は訊くが、東伍は壁の扉を通り過ぎて再び、歩き出す。
 
「ちょっと、気になるんだけど」
「あの扉。鍵穴があったろう」
「鍵穴?」
「あの扉には鍵がかかってる。今俺たちが歩いている斎木の森からのこの地下通路と小瀬メンタルクリニックの地下通路は、隣り合って一直線に並んでいて、本来なら干渉し合わない道なんだ。それをわざわざ鍵まで付けて、通路を真ん中でH型に繋げてる。そんな道を必要とする人物の心当たりは、俺には一人しか思いつかない」
「もしかして」
「そう、ジンだよ。あの脱出の日、俺を一人エレベータで地上に向かわせたジンは通路を戻って、持っていた緑色の石の鍵を使い、この斎木の森まで繋がる横道を抜けたんだ。つまり、この先に行けばジンに会える」
「まさか。水野っちが病院に運ばれた日から何日経ってると思ってんの? そんなの、すぐにまたどこかへ姿を眩ましてるに決まってる」
「その可能性は低いよ。あいつ・・・は、度がつくほどの潔癖なんだ」
 
 前だけを見て話し続ける東伍。その背中に、泉はとうとう疑問を投げる。
 
「水野さん、あなた……誰ですか」
 
 東伍の足が止まった。
 
「雰囲気も口調も、昨日までのあなたとはまるで違う。通路の詳細を覚えていたり、丸井理仁をまるで昔から知っているような口ぶりだったり。あなたに何が起きたのですか? 今ここにいるあなたは、いったい誰なんですか?」
「俺は水野東伍だ」
「ですが」
 
 東伍はくるりと身を翻し、恭一、凛子、そして泉の順番に視線を移す。
 
「言い方を変えるよ。俺、水野東伍。これで満足か、鷹司泉さん」
 
 
 
 
 
 
 東伍と泉。そのぶつかる視線が絡み合うまで、二人は数秒見つめ合った。
 その様子に耐え切れず、凜子が口を出す。
 
「え、なんなの。どういう意味? 泉、水野っちとなんかあったの?」
「昔、溺れた私を助けて頂きました」
「いやいや、それは知ってるよ。じゃなくて、あたしと恭ちゃんが来るまでになんかあったのって意味」
「分かりません。今の私は、エルではありませんから」
「いや、まあ……それは、そうなんだけど」
「おい、見えたぞ。エレベータだ」
 
 いつの間にか数メートル先に進んでいた東伍は、手元のライトで前方を照らしながらそう声を上げた。
 
 菱形が連なる模様の、特徴的な扉。
 
「エレベータ……本当にあるじゃん」
 
 凛子が呟くと同時、東伍は人生で二度目となるそのエレベータに乗り込むべく、懐中電灯で照らしながら幾つか操作を試みるも、暗がりの中での片手操作に難航する。
 
「通路に降りてすぐの壁に灯りのスイッチがあったはずなのに……しくじった」
「水野さん、私が懐中電灯を持ちます」
「いいよ。そんなに時間はかからないから」
「ですが」
「いいから、きみは下がって。エレベータは急に稼働する。近くにいたら危ない」
 
 そう言われ、泉が東伍から距離を取った数分後。エレベータはカラカラとレトロな音を出して稼働を始めた。
 外扉と内扉を開き、東伍は泉、凛子、恭一の順にエレベータ内へと誘導すると、最後には自分も乗り込んで扉を閉める。
 
「そういえば。水野さん、エレベータに乗るのは大丈夫なんですか。体調が悪くなると」
 
 恭一が訊けば、東伍はフッと小さく笑った。
 
「大丈夫。仮にそうだとしても、この状況でエレベータに乗らないなんて選択肢はないです。じゃあ、動かしますよ。手は引っ込めておいてください。下手したら指が飛ぶそうなので」
 
 ゆっくりと。からくり人形のようにコミカルに動き出したエレベータは、徐々にその速度をあげて上昇を続ける。
 不安定に揺れる地面。内臓がキュッと縮み、耳に膜が張る感覚に東伍は若干の頭痛を覚えたが、意識を失うほどではない。
 
 扉の向こうで、一定に通り過ぎていくコンクリートの壁。一枚、また一枚と同じ景色が流れると、やがて目の前が明るく開けた。
 
「眩し……」
 
 懐中電灯だけが頼りだった暗がりから一転。エレベータは地上にたどり着いて止まった。
 扉を手動でこじ開けると、東伍たちは明かりに慣れないまま節目がちでエレベータを降りる。
 
「ここ、どこ?」
「研究所だよ」
「え」
「鷹司製薬第四ラボ。船井はここに、俺を連れてきたかったんだろう」
 
 天井に埋め込まれたダウンライトから放たれる光は青白く、清潔感はあるものの、目の前に現れた光景は地下の一本道とさほど変わらなかった。
 ただまっすぐに伸びるその通路の両壁には、等間隔にドアが設置されており、ドアの横のプレートには数字が記してある。
 
「あの。私たちがこのエレベータで上がってきたこと、きっともう気づかれてますよね」
 
 泉が指差した天井には、防犯カメラ。
 
「ですが今のところ、人の気配は感じられません。ドアの向こうに誰かいるのでしょうか」
「……なら、試しに手前から開けていくか」
「えっ」
 
 返事を待つことなく、東伍は言葉の通り手前から順にドアノブを動かし始めた。
 ガチャガチャと鳴り響く不快音。強めにドアを押し引きしては、鍵がかかっていることがわかると次のドアへと移動していく。
 
「ちょ、ちょっと水野っち、落ち着いてよ」
「探してる時間はないんだ。なんならドアの一つでもぶち壊して、異常を感知したあちらさんに出てきてもらうのが一番手っ取り早い」
「あちらさんって」
「それともなにか船井。この研究所に、顔を合わせちゃまずい奴でもいるのか……っちくしょう、どこの扉も開きゃしねえ」
 
 凛子の顔色がみるみる青ざめていく様子をみて、恭一は東伍の腕を掴み取り、その動きを制す。
 
「水野さん、お願いです。やめてください」
「なぜ?」
「もう分かりました。全部、全て正直に話しますから、この場所からいますぐ出ましょう。ここが第四ラボの内部だというのなら、このままではわたくしたち全員——」
「殺されてしまう、とか?」
 
 ドアノブから手を離した東伍はひたいを掻き、それから頭をくしゃくしゃに撫でると、腕を下ろした。
 
「ジンと一緒に地下に閉じ込められて、脱出できたかと思えば今度は、陽子が俺を病院から連れ出した。多分あのまま陽子の車に乗っていたら、俺はもっと早くこの場所に連れて来られていたんだろうな。それを、あんたたちが横取りしたんだ」
 
 凛子は申し訳なさそうに俯き、恭一は立ち尽くす。
 
「結局のところ行き着く先は同じ。実行するのがあんたたちか、それとも陽子か別の誰かか。俺の存在は邪魔であって、消されるように最初から仕組まれていた。じゃあ、俺はなぜ邪魔なのか。その理由わけを思い出したよ」
 
 東伍は泉を見つめる。その視線を受け止めた泉は、不安げに凛子と恭一を横目に映した。
 
「俺も鷹司泉あんたと同じ、実験体だったんだ」
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