【完結】万華鏡の館 〜あなたの人生、高額買取り致します〜

千鶴

文字の大きさ
3 / 81
【第1部】転落編

謎の女

しおりを挟む
 1月23日(日)——
 
 呼び出し音。永遠と繰り返されるその機械音に苛立った海里は、スマートフォンを床に投げつけた。
 
「くそっ! なんで出ないんだよ!」
 
 海里が電話をかける相手はただひとり。
 佐々木淳ささきじゅん。海里と淳は、大学時代にサークルが一緒だった。
 茶髪を逆立て細身な身体に、オーバーサイズのスポーツブランドの服を好む淳。
 それとは対照的に、切りっぱなしの黒髪短髪、地元ブランドのシャツとチノパンが私服の海里。
 気の合わなそうなふたりだったが、飲み会では気づくと淳が海里の隣を陣取り、あーでもないこーでもないと管を巻いては絡んできていた。今思えば、距離感の鈍った淳を皆が避ける中、その最終受け入れ口が海里だったのかもしれない。
 厄介者の淳、影の薄い海里。ふたりは仕方なく……いや、それでも割といい塩梅あんばいで関係を築いてきた、はずだった。
 
 ドンドンドン!
 
「野中さーん。るのわかってますよ、ええ加減に返してください。おーかーねー」
 
 メゾネットタイプのアパート。海里は玄関に通ずる階段を降り、覗き穴を見る。
 
「ひっ」
 
 男のあまりの顔の近さに、海里は思わず小さく声を出した。
 四角い顔、印象的な吊り目、浅黒く焼けたその首元にチラッと見える、魚の頭。あれは……
 
(鯉だ)
 
 海里は足音を立てぬように階段を上がり、室内へ通ずる扉をそっと閉めた。扉を背にずるずると尻をつけば、がらんとした殺風景の部屋に頭を掻きむしる。
 借金総額480万円。もともとの借入金は300万円だったが利子で膨らみ、こうしている今も増え続けていた。これでも既に200万円程度返済したが、それでも現状は変わらない。
 布団、鍋、電子レンジ以外の家具家電は、全て売った。フィギュアの売値に期待もしたが、買取店の店員は怪訝な表情を見せ、結局1円にもならなかった。
 男は大声で語りかける。
 
「あんたの責任ですよ? 人間、借りたもんは返す。小学生でもわかる理屈やろ、なあ」
 
 一緒にいるのは部下だろうか。男の問いかけにへいっ、と返事をすれば、再びドンドンと玄関の扉が叩かれる。海里は耳を塞ぎ、布団を被った。
 
「なんで俺がこんな目に……」
 
 しばらくして、声が止む。やっと怒号が収まった安心感で湯を沸かせば、再び悪魔の音が響いた。
 
 ピンポーン
 
「くっ……」
 
 時計を見れば、22時。海里はおびえることにさえ疲れ切って、次のステップに進んだ。
 
 “文句を言ってやる”
 
 いざとなれば警察だってなんだっている。海里は不思議と恐怖心より、苛立ちや虚無で心が満たされていた。
 何にも、怖くない。
 ドタドタと大げさに足音を立てて玄関に向かえば、自然と鍵のつまみを回していた。
 
「いいかげんに——」
 
 一瞬だった。扉を引き海里の横を擦り抜け、ダダダっと階段を駆けあがった女は、思わぬ奇声を上げる。
 
「助けて! きゃぁぁあ! 殺さないでええ!」
 
 ?!!
 声を聞いた海里は女を追って、部屋へと足を速めた。
 
「ちょ、ちょっと」
 
 寒々しい部屋の中心。膝をついて海里の方を向く女の、そのあまりにも現実離れした状況に、海里は瞬刻しゅんこく呼吸を止めた。
 
 腹に、刃物が突き刺さっている。
 
 女は両手を刃物の柄に添えると、更に力を入れて自分の腹の中へと押し込んだ。そして、思い切り引き抜く。
 刃物の軌道に沿って弧を描く血飛沫ちしぶき。女は横向きに倒れ、顔の前に流れた長い茶髪が目元を隠した。
 黒く粘度のある血液は、海里ににじり寄るように床を広がっていく。時間にして数秒の出来事だったが、ハっと我に帰った海里は呼吸を再開した。
 
「い、生きてんのか?」
 
 すり足で近づく。頭のそばでしゃがむと、女の肩が微かに上下しているのが分かった。
 
「きゅ、救急車」
 
 海里がスマートフォンに手を伸ばせば、女は最後の力を振り絞るように、震える手で海里の腕を掴んだ。
 
「OE……GAD」
「おーいー、じぃ? 何言って——」
 
 海里の腕から女の手が離れる。ゴンっ、と小さな音を立てて床に脱力した腕。
 数分の後。海里は女の手首で脈を取るも、反応はない。
 
「嘘だろ。いやいやいや、違うって」
 
 目を抑え、頭を抑え。右往左往する海里の頭は、もうとっくにパンクしていた。目の前に横たわる女。その姿を見て、海里は心の底から思ったことを口に出した。
 
「……誰なんだ、お前」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

17歳男子高生と32歳主婦の境界線

MisakiNonagase
恋愛
32歳主婦のカレンはインスタグラムで20歳大学生の晴人と知り合う。親密な関係となった3度目のデートのときに、晴人が実は17歳の高校2年生だと知る。 カレンと晴人はその後、どうなる?

中1でEカップって巨乳だから熱く甘く生きたいと思う真理(マリー)と小説家を目指す男子、光(みつ)のラブな日常物語

jun( ̄▽ ̄)ノ
大衆娯楽
 中1でバスト92cmのブラはEカップというマリーと小説家を目指す男子、光の日常ラブ  ★作品はマリーの語り、一人称で進行します。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

熟女愛好家ユウスケの青春(熟女漁り)

MisakiNonagase
恋愛
高校まで勉強一筋で大学デビューをしたユウスケは家庭教師の教え子の母親と不倫交際するが、彼にとって彼女とが初の男女交際。そこでユウスケは自分が熟女好きだと自覚する。それからユウスケは戦略と実戦を重ねて、清潔感と聞き上手を武器にたくさんの熟女と付き合うことになるストーリーです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

鐘ヶ岡学園女子バレー部の秘密

フロイライン
青春
名門復活を目指し厳しい練習を続ける鐘ヶ岡学園の女子バレー部 キャプテンを務める新田まどかは、身体能力を飛躍的に伸ばすため、ある行動に出るが…

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

処理中です...