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【第1部】転落編
不測の事態
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と、同時に海里は察する。
非常ぉぉおおにまずい!!
海里はそっと玄関を開け、辺りに誰もいないことを確認すると、次にベランダの窓を開けた。
車はない。人影も見当たらない。だが、遠くにパトカーのランプが小さく光っているのが確認できる。海里は部屋の中心で横たわる女の丸まった背中を振り返り、考えた。
もし、この女のさっきの悲鳴を不審に思ったアパートの誰かが、警察に通報していたとしたら。あのチカチカ光る赤いランプが、このアパートめがけて猛スピードで向かってきているとしたら? ランプを光らせているのにサイレンが鳴っていないことも、海里には妙に思えた。
「逃げなきゃ、やばい」
海里は室内へと踵を返すと、一直線にクローゼットに向かう。転がる何体ものフィギュアをかき分け、クシャクシャに丸まったリュクを取り出し、広げた。
財布、スマートフォン、充電器にカップラーメン。なけなしの生活用品を詰め込んだリュックを、先にベランダから下へと投げ落とす。
勇気を奮い立たせ。柵に足を掛けると、海里はベランダから1階へと飛び降りた。
膝が腹に突き刺さりそうになるのを、身を転がして受け流す。アスファルトをスタンプするみたいに顔に押し付け、コロコロと2、3回転がると、リュックがストッパーになり止まった。
「痛ってぇ……」
吐く息が白く可視できるほどの寒さの真っ只中、海里は走った。ひゅーひゅーと喉が焼け、鼻も耳も感覚はない。
タクシーなど公共交通機関での移動も考えたが、怖かった。すれ違う人々の目玉が全て自分に向いているように思えて、スマートフォンを操作する幾多の手元に、海里は動悸を覚える。
“見つけた”
“あそこだ”
“捕まえろ”
SNSの包囲網に怯えながら、鉄の味が舌先を掠めるまで必死で足を動かし続けた。
「はあっ、はあっ……」
どこまで来たのだろう。人気のない裏通りに入ったところで、海里は足の速度を緩めた。
街灯が並ぶ坂道。ちらほら通り過ぎる個人経営の飲食店には、雰囲気のある電球色の明かりが灯り、店内からは食事と酒を楽しむ笑顔と声が漏れ出ていた。
(いいなあ。腹減った)
スマートフォンに映し出された時刻は23時20分。ふと右手の甲に目を向けると、カサカサに割れた皮膚に黒いシミが付着しいていることに気がつく。
爪で触ると、固まってパリッとした破片がポロポロと地面に落ちた。手のひらを確認し、海里は慌てて辺りを見回す。偶然にも見つけた公園に入ると、外に設置された水道の蛇口を捻った。
血だ。手のひらの皺に入り込んだ血を、必死に爪で引っ掻く。水の温度に手がこわばったが、海里は手を擦るのをやめられなかった。
夢じゃない。
ゆるく巻かれたロングヘアの茶髪、細い四肢、右顎のほくろ。真っ赤な紅のひかれた唇から紡がれた、女の最後の言葉——
“OEGAD”
海里の脳裏でシャッターを切るように繰り返されるそれらは、流れ出る水道水で頭を洗ったところでこびりついて離れやしない。
「もういやだ。消えたい。死にたい」
非常ぉぉおおにまずい!!
海里はそっと玄関を開け、辺りに誰もいないことを確認すると、次にベランダの窓を開けた。
車はない。人影も見当たらない。だが、遠くにパトカーのランプが小さく光っているのが確認できる。海里は部屋の中心で横たわる女の丸まった背中を振り返り、考えた。
もし、この女のさっきの悲鳴を不審に思ったアパートの誰かが、警察に通報していたとしたら。あのチカチカ光る赤いランプが、このアパートめがけて猛スピードで向かってきているとしたら? ランプを光らせているのにサイレンが鳴っていないことも、海里には妙に思えた。
「逃げなきゃ、やばい」
海里は室内へと踵を返すと、一直線にクローゼットに向かう。転がる何体ものフィギュアをかき分け、クシャクシャに丸まったリュクを取り出し、広げた。
財布、スマートフォン、充電器にカップラーメン。なけなしの生活用品を詰め込んだリュックを、先にベランダから下へと投げ落とす。
勇気を奮い立たせ。柵に足を掛けると、海里はベランダから1階へと飛び降りた。
膝が腹に突き刺さりそうになるのを、身を転がして受け流す。アスファルトをスタンプするみたいに顔に押し付け、コロコロと2、3回転がると、リュックがストッパーになり止まった。
「痛ってぇ……」
吐く息が白く可視できるほどの寒さの真っ只中、海里は走った。ひゅーひゅーと喉が焼け、鼻も耳も感覚はない。
タクシーなど公共交通機関での移動も考えたが、怖かった。すれ違う人々の目玉が全て自分に向いているように思えて、スマートフォンを操作する幾多の手元に、海里は動悸を覚える。
“見つけた”
“あそこだ”
“捕まえろ”
SNSの包囲網に怯えながら、鉄の味が舌先を掠めるまで必死で足を動かし続けた。
「はあっ、はあっ……」
どこまで来たのだろう。人気のない裏通りに入ったところで、海里は足の速度を緩めた。
街灯が並ぶ坂道。ちらほら通り過ぎる個人経営の飲食店には、雰囲気のある電球色の明かりが灯り、店内からは食事と酒を楽しむ笑顔と声が漏れ出ていた。
(いいなあ。腹減った)
スマートフォンに映し出された時刻は23時20分。ふと右手の甲に目を向けると、カサカサに割れた皮膚に黒いシミが付着しいていることに気がつく。
爪で触ると、固まってパリッとした破片がポロポロと地面に落ちた。手のひらを確認し、海里は慌てて辺りを見回す。偶然にも見つけた公園に入ると、外に設置された水道の蛇口を捻った。
血だ。手のひらの皺に入り込んだ血を、必死に爪で引っ掻く。水の温度に手がこわばったが、海里は手を擦るのをやめられなかった。
夢じゃない。
ゆるく巻かれたロングヘアの茶髪、細い四肢、右顎のほくろ。真っ赤な紅のひかれた唇から紡がれた、女の最後の言葉——
“OEGAD”
海里の脳裏でシャッターを切るように繰り返されるそれらは、流れ出る水道水で頭を洗ったところでこびりついて離れやしない。
「もういやだ。消えたい。死にたい」
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