5 / 81
【第1部】転落編
起死回生
しおりを挟む
2月3日(木)——
10日後。海里の生活は、多少の落ち着きを取り戻していた。
入会費も身分証提示も一切いらないネットカフェを探し、そこに拠点を置く。多少割高な利用料金なんて、もう気になっているレベルではなかった。
無職、借金、自宅で他人が死んでいる事実。
シャープペンシルの芯先のようにチクチク生えた顎髭には、所々に白髪が混じる。張りを無くした瞼、充血する白目、吹き出物もひとつふたつ。海里は希望もクソもない状態で、パソコンの液晶画面にかじりついていた。
(通帳残高含め、所持金は12万8492円。これが今の、俺そのものの価値だ)
マウスでスクロールする画面が、瞳に青く反射する。
“パチンコ必勝法、教えます”
“絶対当たる宝くじの法則10選”
“勝ち馬予想、本命はこれだ!”
既にパチンコには手を出したが、借金の額に対して効率が悪いと海里は思った。宝くじは確率論で除外——いや、一度だけスクラッチを買ってはみたが、外れた。
こんなにも不運続きなのだ、これは幸運への前触れだ……そう最後のポジティブ思考を発揮した結果、玉砕だった。
「競馬か」
海里はページを飛び、情報を探る。
競馬は数学だ。どこかでそんなような話を聞いた覚えがあった。数学的理論で計算をやり込めば、あるいは一筋の光が差すかもしれない。
週末のレースに向けて。海里は過去の競馬新聞や実績の兼ね合いを含め、とことん競馬に向き合った。
「1着、2着、3着の順を的中させる3連単。これを的中させれば」
ブツブツと数式を呟く。手元の大学ノートとパソコンの液晶を交互に見てはペンを走らせる最中、海里は時々別のタブを開いた。ニュース速報だ。
女性殺害、行方不明、犯人逃亡。
該当しそうな検索ワードを入力し、事件を記事にしたものはないか、SNSで騒ぐ者はいないかを探る。
“浦和連続強盗殺人事件、求刑12年”
“集団失踪から11年、未だ行方わからず”
“女子高生ラブホテル殺害事件、犯人獄中自殺”
マウスをスクロールしながら入念に情報を精査するも、該当しそうな記事はどこにも見当たらなかった。
(まだ、バレていないのか?)
自宅に戻るのはリスクが高すぎる。だが確かめなければ、先に進めないことも事実だった。せめて女の素性が知りたい。
海里はカップラーメンの最後の麺を啜り、残ったスープの一滴まで舐めとると、割り箸を中に放って後ろに倒れ込んだ。ダクトが剥き出しの天井。今時珍しく全館喫煙可な店内には、副流煙が蔓延している。
海里は寝っ転がりながらリュックを手繰り寄せ、手を突っ込む。感覚だけで見つけたそれを引っ張り出せば、いつ購入したかも定かではない紙タバコのケースが出てきた。
マルボロ、メンソール。緑色のパッケージにそう書かれたケースを開ければ、まだ2本だけ残っている。
海里は上体を起こすと、部屋に備え付けられたマッチを手に取り、擦った。慣れない動作に苦戦しながらも、なんとか咥えたタバコの先端にマッチを寄せ、息を吸う。
喉が裂けた。そう感じるほどに咳き込み、すぐに灰皿にタバコをぐりぐり押しつける。水を飲んでも引っ掛かりの残る喉元に、何度かヴゥン! と咳払いをすれば、隣の人にドンっと壁を叩かれてしまった。
(何やってんだ、俺)
ブブッ
そう思ったと同時、スマートフォンが震えた。海里は感情のない表情で、事務的にメッセージを開いていく。
元同僚からのメッセージや銀行アプリのお知らせメール、内容はどれも今の海里には不必要なものばかりだった。だがその中でひとつ、不自然な文言に目が止まる。
【お困りですか? あなたの人生、高額買取り致します】
その内容に、海里は眉を顰《ひそ》めた。
(なんだこれ。気持ち悪っ)
届いたメッセージを即刻削除し、スマートホンを放る。そうして再び、海里は競馬の予想に全神経を集中させるのだった。
10日後。海里の生活は、多少の落ち着きを取り戻していた。
入会費も身分証提示も一切いらないネットカフェを探し、そこに拠点を置く。多少割高な利用料金なんて、もう気になっているレベルではなかった。
無職、借金、自宅で他人が死んでいる事実。
シャープペンシルの芯先のようにチクチク生えた顎髭には、所々に白髪が混じる。張りを無くした瞼、充血する白目、吹き出物もひとつふたつ。海里は希望もクソもない状態で、パソコンの液晶画面にかじりついていた。
(通帳残高含め、所持金は12万8492円。これが今の、俺そのものの価値だ)
マウスでスクロールする画面が、瞳に青く反射する。
“パチンコ必勝法、教えます”
“絶対当たる宝くじの法則10選”
“勝ち馬予想、本命はこれだ!”
既にパチンコには手を出したが、借金の額に対して効率が悪いと海里は思った。宝くじは確率論で除外——いや、一度だけスクラッチを買ってはみたが、外れた。
こんなにも不運続きなのだ、これは幸運への前触れだ……そう最後のポジティブ思考を発揮した結果、玉砕だった。
「競馬か」
海里はページを飛び、情報を探る。
競馬は数学だ。どこかでそんなような話を聞いた覚えがあった。数学的理論で計算をやり込めば、あるいは一筋の光が差すかもしれない。
週末のレースに向けて。海里は過去の競馬新聞や実績の兼ね合いを含め、とことん競馬に向き合った。
「1着、2着、3着の順を的中させる3連単。これを的中させれば」
ブツブツと数式を呟く。手元の大学ノートとパソコンの液晶を交互に見てはペンを走らせる最中、海里は時々別のタブを開いた。ニュース速報だ。
女性殺害、行方不明、犯人逃亡。
該当しそうな検索ワードを入力し、事件を記事にしたものはないか、SNSで騒ぐ者はいないかを探る。
“浦和連続強盗殺人事件、求刑12年”
“集団失踪から11年、未だ行方わからず”
“女子高生ラブホテル殺害事件、犯人獄中自殺”
マウスをスクロールしながら入念に情報を精査するも、該当しそうな記事はどこにも見当たらなかった。
(まだ、バレていないのか?)
自宅に戻るのはリスクが高すぎる。だが確かめなければ、先に進めないことも事実だった。せめて女の素性が知りたい。
海里はカップラーメンの最後の麺を啜り、残ったスープの一滴まで舐めとると、割り箸を中に放って後ろに倒れ込んだ。ダクトが剥き出しの天井。今時珍しく全館喫煙可な店内には、副流煙が蔓延している。
海里は寝っ転がりながらリュックを手繰り寄せ、手を突っ込む。感覚だけで見つけたそれを引っ張り出せば、いつ購入したかも定かではない紙タバコのケースが出てきた。
マルボロ、メンソール。緑色のパッケージにそう書かれたケースを開ければ、まだ2本だけ残っている。
海里は上体を起こすと、部屋に備え付けられたマッチを手に取り、擦った。慣れない動作に苦戦しながらも、なんとか咥えたタバコの先端にマッチを寄せ、息を吸う。
喉が裂けた。そう感じるほどに咳き込み、すぐに灰皿にタバコをぐりぐり押しつける。水を飲んでも引っ掛かりの残る喉元に、何度かヴゥン! と咳払いをすれば、隣の人にドンっと壁を叩かれてしまった。
(何やってんだ、俺)
ブブッ
そう思ったと同時、スマートフォンが震えた。海里は感情のない表情で、事務的にメッセージを開いていく。
元同僚からのメッセージや銀行アプリのお知らせメール、内容はどれも今の海里には不必要なものばかりだった。だがその中でひとつ、不自然な文言に目が止まる。
【お困りですか? あなたの人生、高額買取り致します】
その内容に、海里は眉を顰《ひそ》めた。
(なんだこれ。気持ち悪っ)
届いたメッセージを即刻削除し、スマートホンを放る。そうして再び、海里は競馬の予想に全神経を集中させるのだった。
0
あなたにおすすめの小説
中1でEカップって巨乳だから熱く甘く生きたいと思う真理(マリー)と小説家を目指す男子、光(みつ)のラブな日常物語
jun( ̄▽ ̄)ノ
大衆娯楽
中1でバスト92cmのブラはEカップというマリーと小説家を目指す男子、光の日常ラブ
★作品はマリーの語り、一人称で進行します。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
熟女愛好家ユウスケの青春(熟女漁り)
MisakiNonagase
恋愛
高校まで勉強一筋で大学デビューをしたユウスケは家庭教師の教え子の母親と不倫交際するが、彼にとって彼女とが初の男女交際。そこでユウスケは自分が熟女好きだと自覚する。それからユウスケは戦略と実戦を重ねて、清潔感と聞き上手を武器にたくさんの熟女と付き合うことになるストーリーです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
屈辱と愛情
守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。
診察室の午後<菜の花の丘編>その1
スピカナ
恋愛
神的イケメン医師・北原春樹と、病弱で天才的なアーティストである妻・莉子。
そして二人を愛してしまったイケメン御曹司・浅田夏輝。
「菜の花クリニック」と「サテライトセンター」を舞台に、三人の愛と日常が描かれます。
時に泣けて、時に笑える――溺愛とBL要素を含む、ほのぼの愛の物語。
多くのスタッフの人生がここで楽しく花開いていきます。
この小説は「医師の兄が溺愛する病弱な義妹を毎日診察する甘~い愛の物語」の1000話以降の続編です。
※医学描写はすべて架空です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる