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因縁編
直下
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海里は混乱した。なぜこんなことになったのか。どう記憶を遡っても、自分がこんな状況に陥っている意味が分からない。
鮫島ファイナンス。鯉の刺青の男に会おうと訪れるも、そこはもぬけの殻のテナント。芹に会いに喫茶店を訪ねても、店はずっとクローズの看板が出ており、芹には会えずじまいだった。
もう何回目だろう。無機質なコール音を耳に、やっと待ち望んだ声が聞こえる。
「もしもし」
「もしもし芹さん?! 何で電話出てくれないんですか! 説明してくださいよ!」
「説明?」
海里は現在自分の身に起きている事態を伝えた。
「借金は芹さんにもらった前金で返したはずなんです。それなのに変な奴らに付き纏われて——そんなことより、報酬は? 残りの1750万、早く振り込んでくださいよ! 話が違う!」
電話口にノイズが走る。おそらく芹が珈琲を口にしたせいだろう。
「話が違う、それはこちらのセリフです。野中様、あなた契約違反を犯しましたね」
海里の耳に届く芹の声は、今まで聞いたどれよりも低く、冷たい。
「本日の日付は?」
「2月17日ですけど」
海里は一度耳元から離したスマートフォンで日付を確認する。時刻は16時50分だ。
「あなたの元の契約では、期間は2月7日から3月7日までの1ヶ月間の予定でした。そこから契約を変更し、契約は10日間に。あなたが自宅に帰られたのが3日前ですよね?」
「それが何ですか」
「本日の日付は?」
「だから2月じゅうな——」
17日? 2月7日から数えて、今日がちょうど……10日目?
自宅前。玄関の鍵穴に突き刺したまま、鍵を回す海里の手が、止まる。
「契約期間中に館の外に出ることは禁忌と申し伝えていたはず。契約書にも明記しました」
「いやいやいや、え? だって俺、竹林彩美と一緒に外に出ましたよ? それなら彼女だって契約違反になるでしょ!」
「他人の契約違反に気を取られている場合ですか」
「はあ? なんだよそれ! 帰るように言ったのはあんただろ!」
「私は帰れなどとは一言も。『ご自由に、お疲れ様でした』そう申げ上げただけ。それに、以前よりお伝えしていましたよ。私は契約の内容や、その報酬の正否に一切口を出さない、と」
つまりそれは。
「竹林彩美は、契約を変更して……いなかった?」
いや、違う。
元より契約なんてものが、本当に存在したのか——
「なんにせよ、あなたは私との契約を破った。事後報酬どころか、事前にお支払いした1000万円もお返し頂きたいくらいです」
「そんな! 館から出た時点で十字の印は消えていたぞ!」
「それは契約を満了したから消えたのではなく、契約違反のために消滅したまで」
「そんなやり方、まるで詐欺だ。俺は騙されて館を出されたんだ!」
海里は鍵の開いた玄関の扉を乱暴に引くと、その扉が閉じるより前に急いで階段を駆け上がった。部屋へと通ずる戸を開くと同時に、電話口で懐かしい音が鳴り響く。
ボーン……ボーン……
「家具が、ない」
「ああ。あなたが訪れたお店ですけど、先回りしてこちらで手配した家具を置かせてもらっていたんです。ですから丸々、回収させて貰いました。家具代金は違約金として頂いておきましょう」
「先回りって」
「あなた、検索しましたよね? 家具をお買いになったお店も、お洋服を購入なさったお店も」
検索履歴。その言葉が、海里の脳裏に浮かぶ。部屋にあるのは布団、鍋、電子レンジだけだった。
「ところで、どこまで思い出しましたか? あれだけの手がかりを差し上げたのですから、もう全てを思い出したのでしょう?」
デジャヴする、目の前の光景。
「馬鹿な、あの殺しは契約期間中のはずだ。こいつがこっちに来られるわけが」
揺れるクリーム色のカーテン。早まる動悸。
「なんで段田の死体が俺の部屋に」
スマートフォンを持つ手を脱力させた海里の手の中。もう届くことはない声が小さく、別れの言葉を発する。
「野中海里。あなたの目に映る景色は、皆目歪み過ぎている」
鮫島ファイナンス。鯉の刺青の男に会おうと訪れるも、そこはもぬけの殻のテナント。芹に会いに喫茶店を訪ねても、店はずっとクローズの看板が出ており、芹には会えずじまいだった。
もう何回目だろう。無機質なコール音を耳に、やっと待ち望んだ声が聞こえる。
「もしもし」
「もしもし芹さん?! 何で電話出てくれないんですか! 説明してくださいよ!」
「説明?」
海里は現在自分の身に起きている事態を伝えた。
「借金は芹さんにもらった前金で返したはずなんです。それなのに変な奴らに付き纏われて——そんなことより、報酬は? 残りの1750万、早く振り込んでくださいよ! 話が違う!」
電話口にノイズが走る。おそらく芹が珈琲を口にしたせいだろう。
「話が違う、それはこちらのセリフです。野中様、あなた契約違反を犯しましたね」
海里の耳に届く芹の声は、今まで聞いたどれよりも低く、冷たい。
「本日の日付は?」
「2月17日ですけど」
海里は一度耳元から離したスマートフォンで日付を確認する。時刻は16時50分だ。
「あなたの元の契約では、期間は2月7日から3月7日までの1ヶ月間の予定でした。そこから契約を変更し、契約は10日間に。あなたが自宅に帰られたのが3日前ですよね?」
「それが何ですか」
「本日の日付は?」
「だから2月じゅうな——」
17日? 2月7日から数えて、今日がちょうど……10日目?
自宅前。玄関の鍵穴に突き刺したまま、鍵を回す海里の手が、止まる。
「契約期間中に館の外に出ることは禁忌と申し伝えていたはず。契約書にも明記しました」
「いやいやいや、え? だって俺、竹林彩美と一緒に外に出ましたよ? それなら彼女だって契約違反になるでしょ!」
「他人の契約違反に気を取られている場合ですか」
「はあ? なんだよそれ! 帰るように言ったのはあんただろ!」
「私は帰れなどとは一言も。『ご自由に、お疲れ様でした』そう申げ上げただけ。それに、以前よりお伝えしていましたよ。私は契約の内容や、その報酬の正否に一切口を出さない、と」
つまりそれは。
「竹林彩美は、契約を変更して……いなかった?」
いや、違う。
元より契約なんてものが、本当に存在したのか——
「なんにせよ、あなたは私との契約を破った。事後報酬どころか、事前にお支払いした1000万円もお返し頂きたいくらいです」
「そんな! 館から出た時点で十字の印は消えていたぞ!」
「それは契約を満了したから消えたのではなく、契約違反のために消滅したまで」
「そんなやり方、まるで詐欺だ。俺は騙されて館を出されたんだ!」
海里は鍵の開いた玄関の扉を乱暴に引くと、その扉が閉じるより前に急いで階段を駆け上がった。部屋へと通ずる戸を開くと同時に、電話口で懐かしい音が鳴り響く。
ボーン……ボーン……
「家具が、ない」
「ああ。あなたが訪れたお店ですけど、先回りしてこちらで手配した家具を置かせてもらっていたんです。ですから丸々、回収させて貰いました。家具代金は違約金として頂いておきましょう」
「先回りって」
「あなた、検索しましたよね? 家具をお買いになったお店も、お洋服を購入なさったお店も」
検索履歴。その言葉が、海里の脳裏に浮かぶ。部屋にあるのは布団、鍋、電子レンジだけだった。
「ところで、どこまで思い出しましたか? あれだけの手がかりを差し上げたのですから、もう全てを思い出したのでしょう?」
デジャヴする、目の前の光景。
「馬鹿な、あの殺しは契約期間中のはずだ。こいつがこっちに来られるわけが」
揺れるクリーム色のカーテン。早まる動悸。
「なんで段田の死体が俺の部屋に」
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