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因縁編

急転

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「こちらどこに置きましょうか?」
「あ、テレビの前でお願いします」
 
 60インチの大画面の前。配達業者が丁寧な作業でテーブルを組み立てる。
 
「あ、その絨毯結構高いんで。足、引きずらないようにお願いしますね」
 
 承知しました、と営業的な笑みを浮かべる作業員を、海里は腰に手を当てて満足げに見つめていた。殺風景だった海里の部屋に今日もまたひとつ、高級家具が届く。
 
 館からは、来た時のように車で帰った。目隠しをして、彩美とたわいもない話をしているうちに、来た時よりも数倍早い体感速度で自宅に着く。彩美とのデートの約束を取り付けてからというもの、海里の頭は日々シミュレーションで満たされていた。
 
 インターネットで調べたデートコースを頭に入れ、最終的に家に招こうと考えた時、閑散とした室内に愕然とする。
 
 こんな部屋には呼べない。
 
 思い立った海里はすぐさま、都内の高級家具屋を調べ、足を運んだ。
 
 店内には家具だけでなく、観葉植物やテーブルインテリアなどがモデルルームのように配置されたブースがあり、豪華なグラス棚やシャインマスカットの置かれたテーブルなど、海里はその全てを気に入った。
 
「この展示してあるインテリア、一式ください」
 
 店の外観にふさわしくない身なりの海里。常連でもない男の一言に、店員は引き攣った笑顔で対応する。
 
「あの、こちら一式で200万円近くになりますが、宜しいんですか?」
「ええ。カードでお願いします」
「えっと……」
 
 戸惑う店員に、海里はこそっと耳打ちする。
 
「あ、ここだけの話なんですけど。宝くじが当たりまして。カード会社にはもう、限度額を上げるよう連絡してありますから」
「はあ……」
 
 海里の押しの強さに負け、家具屋の店員はゴールドカードでもない傷だらけのクレジットカードを機械に通した。
 
 家具屋の店員の視線にて服装も見直した結果、海里はまたもや初めての店に足を踏み入れ、マネキンが着ていたコーディネートをまるまる購入する。もちろん、例のクレジットカードで。
 
 同じ家具屋で買ったのに、配達日が違うのがもどかしい。海里がカレンダーを前に日程を確認していると、インターホンが鳴った。
 
 さっきの配達業者が忘れ物でもしたのだろうか。海里は小気味よく階段を降りると、躊躇なく玄関の扉を開けた。
 
「はい」
「おう、やっと帰ったかよ。覚悟ができたか」
「はあ?」
 
 玄関先にいたのは配達業者ではなく、胸元をざっくり開けたスーツ姿の男。その首に、金のネックレスがいやらしく光る。
 
「はあ? やないわ。1098万、耳揃えて全額返せる言うたやろ? 電話から何日経っても来うへんから、こっちから出向いてやったんや」
「え? あ、いや。あなた、どちら様ですか?」
 
 とぼけた表情。男はたまらず、海里の胸ぐらを掴み取った。
 
「なめとんのか! 鮫島さめじまや! あんなけったいな保証人付けとったとは、あんたもええ根性しとるわ。妙な鯉泳がせたお友達まで寄越してからに……保証人がのうなった以上、これまでのようなぬるい取り立てじゃ済まんど!」
 
 よく見れば、男の顔は痣だらけ。その左右に従える部下らしき男たちの顔にも、ちらほら絆創膏が見える。相手の凄みに気圧されながら、海里は状況を理解しようと必死に思考を巡らせた。
 
(鮫島? こいつが? 俺の知ってる鮫島は鯉の刺青の男だ。それが、俺の友達?)
 
 そこまで考えて、ハッとする。
 
「借金なら返しました! それに、そもそも借金は佐々木が作ったものじゃないですか。俺のところに来る前に、佐々木を探してくださいよ! 理不尽だ!」
「理不尽なのはお前じゃボケェ!」
 
 怒号と共に舞い上がった書類。その内容に、海里は目をひん剥いた。
 
「頭でも打ったんか? 借金はまごう事なくお前が作ったもんじゃ! 佐々木とかいう保証人を除名するよう乗り込んで来た鯉男、あれは只者やない。お陰でこっちはとんだ泥水すすらされた……許さねえ。金がないなら内臓でもなんでも差し出さんかい!」
 
 いくら眼球を動かそうとも、書類に書かれてある内容は変わらない。
 
(俺が? 俺が借金して、佐々木が保証人? いや、そんなことより借金は返したはずだ)
 
 海里は急いで階段を駆け上がると、クローゼットを開けた。
 
「ない……ない、ない! 完済証明書がない!」
 
 無我夢中な海里。だがその背後に迫った足音と覆いかぶさった影に、手を止めて振り返えった。
 
 鬼の形相の男が、今にもその歯で噛み付かんとばかりに歯茎を剥き出しにし、海里を見下ろしている。
 
「ま、待って! 金のあてならあります! もうすぐ手に入る予定なんです!」
「信用すると思っとんか!」
「1500万! まとめて一括で1500万円払いますから、もう少しだけ時間をください!」
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