貧乏で凡人な転生令嬢ですが、王宮で成り上がってみせます!

小針ゆき子

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第三章 フィオレンツァの成り上がり物語…完結!?

15 ロージーの婚約破棄

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 反逆罪の容疑に問われたスピネット侯爵の王都のタウンハウスに踏み込んだ警邏隊は、逃げようとしていた侯爵夫人ビヴァリーと侍女頭のハンナを拘束した。
 さらに夫人の部屋では長女のロージーが意識不明の重体で発見され、同じ部屋で彼女の護衛たちも拘束されていた。頭を殴られていたロージーはとても話ができる状態ではなく、彼女の護衛たちの聴取から行われた。

 ビヴァリー夫人がならず者を雇い、フィオレンツァ・ホワイトリー伯爵令嬢を襲おうとしていたこと。
 それをスピネット侯爵とロージー嬢が事前に察知して阻止したこと。
 そしてビヴァリー夫人は自領に蟄居することになり、その日は自室に幽閉されていたこと。
 …ここまではスピネット侯爵の事前の供述で明らかにされていた。
 その後、スピネット侯爵が王宮に出かけた後のことを確認すると…。

 クラーラはもちろん、ハンナ侍女頭をはじめとする一部の使用人が、夫人の蟄居を阻止するために積極的に動いたことが分かった。クラーラは王宮に行きさえすればビヴァリーの蟄居を阻止できると話し、ハンナ侍女頭もそれを信じた。平民出身でスピネット家だけが世界だったハンナ侍女頭にとって、クラーラとアレクシス王子が結婚するという話は夢物語ではなく、来るべき未来だったのだろう。部外者から見ればただの世迷言も、ビヴァリーとクラーラが口にすれば彼女にとって真実になってしまう。
 まずは執務室にいたロージーの目を盗んでクラーラをこっそりと馬車へと連れ出し、王宮に向かわせた。そして屋敷の馬車が使われたことに気づいたロージーをクラーラの部屋に誘い込み、殴って気絶させた。そのままロージーを人質にし、彼女の侍女と護衛たちを拘束、ビヴァリー夫人を部屋から救い出した。
 もしクラーラが失敗した時は、ロージーを盾にスピネット侯爵を脅そうと待ち構えていたらしい。
 しかしクラーラは失敗どころか大自爆し、やって来たのはまさかの王宮の警邏隊。
 慌てたビヴァリー夫人とハンナ侍女頭は一度はロージーたちを拘束した部屋に立てこもろうとしたが、大した武器も持っていなかったために警邏隊にはかなわないと判断、内扉を使って逃げようとして御用…という流れだったそうだ。
 

 その話を、ロージーはテルフォード女公爵邸の客間のベッドの上で聞いていた。
 あれから五日。二日前から意識を取り戻したロージーだったが、丸三日食事を取っていなかったためにまだベッドから起き上がれない。
 フィオレンツァとスカーレットも付き添って、スピネット侯爵家で起こったことと、その後の処遇もアレクシスから聞かされていた。意識を失ったロージーを抱えて女公爵邸に駆け込んできたザカリーも、心配そうに従妹の様子を窺っている。

 「…クラーラ嬢が西館でした発言は、目撃者が多過ぎてとてももみ消すことはできなかった」
 「そうでしょうね」
 ロージーは息を吐く。まさか王子妃どころか王妃になることまで妄想していたとは…。
 「クラーラ様はこのまま国家反逆罪に問われるのでしょうか?」
 口を開いたのはフィオレンツァだ。正直クラーラもビヴァリー夫人も知ったことではないが、ロージーが巻き込まれて罪に問われるのは納得できなかった。
 「このままではロージー様も…」
 「大丈夫だよ、フィオレンツァ。クラーラ嬢の発言はあまりに現実離れし過ぎていたからね。それにスピネット侯爵の功績を考えると、侯爵家そのものを罪に問うのは良くないと父上も重臣たちも判断した」
 「それでは…」
 「クラーラ嬢は侯爵家次期当主としての重圧に押しつぶされて精神を病んでしまった。常軌を逸した行動や言動はそのせいだということになった。ただし、スピネット侯爵は監督責任があるから、お咎めなしというわけにはいかない。数日のうちに引退してロージー嬢に爵位を譲り、隠居してもらう」
 「ロージー様が次期当主に…」
 「そして爵位も侯爵位から伯爵位に落とされる。…ロージー嬢、君は手続きが終わり次第、スピネット女伯爵だ」
 ロージーの肩が震えた。
 フィオレンツァたちも息をのむ。
 「あの、それではロージー様の結婚は…」
 ロージーは一年半前から婚約していた伯爵家子息と婚姻し、スピネット家を出る予定だった。
 結婚式も数か月後に迫っていたのに。
 「彼女の結婚に関しては王家からは何の制限もつけない。後継ぎには養子をとって、ロージー嬢は嫁いでもいいんだ。ただ、こうなった以上…」
 「破談になるでしょうね」
 「そんな…!」
 「あんまりだ!」
 スカーレットが口にした「破談」という言葉に、フィオレンツァとザカリーが愕然とする。
 当人のロージーはうつむいたままだった。



 「諸君、君たちの使命は理解しているか!?」
 「イエス、マム!」
 「これ以上、我らの女神が傷つけられる状況を看過してはならない!」
 「イエス、マム!」
 「敵は二人、我らは五人、しかし油断はできない!」
 「イエス、マム!」
 「敵はおそらく言葉の暴力で女神を攻撃する。隊員A!」
 「おまかせを!お嬢様に暴言を吐いた暁には、手を滑らせたふりをして紅茶を頭からかけてみせます。さりげなく、自然に!」
 「隊員B、隊員C!」
 「その後はすぐに敵を別室に隔離します!」
 「介抱するふりをしてみぞおちに攻撃、戦闘不能にしてみせます!相手には攻撃されたことを悟らせないまま昇天させます!」
 「よろしい!隊員Dは万が一の時のために待機せよ。敵が直接的な暴力を振るわないとは限らない!」
 「イエス、マム!」
 「全員私に続けーーー!」
 「女神のために!」
 「女神のために!」
 「女神のために!」


 「…なんですか、あれは」
 なんだか異様に盛り上がっている面々に、ザカリーが顔を引きつらせる。
 女公爵邸のフィオレンツァの部屋で、フィオレンツァとロージーと共にスピネット家から引き取られた侍女と護衛三人が熱のこもったやり取りをしていた。アレクシスも部屋にいるが、入り口の近くで苦笑いをしながら彼らを見守っている。
 「今日これから、ロージー嬢の元婚約者とその母親が来るって知ったらこうなっちゃった」
 「…そうですか、ロージーはやはり婚約破棄されたんですね」
 「今のスピネット家と婚姻を結んだら、一緒に奈落に落ちかねないからね」
 「元婚約者と母親…伯爵夫人ですか。わざわざロージーに婚約破棄そのことを告げるために訪ねてくるのですか?」
 「恨み言だろうね。ご子息はまた結婚が遠のくし、一時期でも婚約関係にあればいろいろ言う輩もいるだろう。伯爵夫人は息子を溺愛しているらしくてロージー嬢ともだいぶやりあったらしいから…ここぞとばかりに彼女を詰るんじゃないかな。だからフィオレンツァも殺気だってるんだよ」
 殺気だっているというよりは…。
 「フィオレンツァ嬢ってあんな方でしたっけ?」
 芯が強い女性だとは思っていたが、どちらかといえばお淑やかなイメージだった。
 「僕と婚約してから色々あったから。特に最近はクラーラ嬢や僕の母に悪意を向けられて、内心苛々していたんだろう。直接的に彼女は傷つかなかったけど、大事な親友のロージー嬢があんな目に合って、どこかたかが外れたみたいだね」
 「…冷静ですね」
 「どこかで発散させてあげないと。大丈夫だよ、ちゃんとスカーレット様とブレイクが見張っててくれるから」
 「そうですか」
 ザカリーは気のない返事をすると、視線をロージーが休んでいる部屋へと飛ばす。
 「ロージーは…みんなに好かれてるんだなぁ」


 数時間後、ロージーが婚約していた伯爵家の子息と、その母である伯爵夫人が訪れた。案の定内容はロージーと子息との婚約破棄だったのだが、二人の様子はフィオレンツァたちが予想したものとは真逆だった。

 「許して頂戴、ロージー…。あなたが義娘になるのを楽しみにしていたのに」
 過激な性格だという噂だった伯爵夫人は、ロージーを見るなり頭を深く下げた。
 「お義母様、仕方がないことですわ。むしろ、私と婚約していたことで伯爵家にご迷惑がかかるのでは…」
 「いいのよ、あのろくでなしの亭主!あいつが言い出したのだから、全部まかしておけばいいのだわ!いつもはハイハイと言われた通りにしか動かない木偶の棒なのに、今回に限ってスピネット家との婚約は何がなんでも解消するって…こういう時だけ当主権限を振りかざして!ああ、忌々しいったら!!」
 どうやらロージーの気概にすっかり惚れ込んでいた伯爵夫人と子息は、婚約を解消することには抵抗したらしい。しかしスピネット家は国家反逆罪の疑いをかけられた、もはや醜聞にまみれた家だ。相手の伯爵家当主の判断は、家を守る家長として致し方ないともいえる。
 ちなみにロージーの婚約者だった伯爵子息は、よほどショックだったのか、部屋に入ってからずっとめそめそと泣いていた。
 「こんなことなら、あなたと余計な喧嘩をせずにすぐに息子と結婚させるんだったわ。ようやく理想の嫁と巡り会えたと思っていたのに…ああ、何ということなの…」
 「お義母様…」
 「本当にごめんなさい。いざという時に役に立てなかった私たちを許して…」
 「とんでもありません。あの、それで…こんなところで申し訳ないのですが、伯爵様は慰謝料はいかほどだと?結婚式の費用もお支払いしなければ」
 「まさか!もしかしてあのバカ亭主がもう何か言ってきたの?慰謝料を請求するなんてほざくから尻を蹴っ飛ばしておいたわ。あなたは何も悪くないのに」
 「い、いえ…。ですが今回の破談は我が家に責任が…式のドレスも出来上がっているはずですし…」
 「気にしなくていいのよ?うちの禿男が何か言ってきたら遠慮なく知らせて頂戴、残った髪の毛をすべてむしってやるのだから!」
 「…」

 結局伯爵夫人は最初から最後まで結婚が破談になったことを謝り倒し、フィオレンツァ率いる女神ロージー守り隊の出動はなかった。
 ちなみにずっと泣いていた子息だったが、最後の最後で「僕を捨てないで、ロージー!」とロージーの足元に縋りついた。ロージーが捨てるわけではないのだが…。
 あちらの従僕に難なく引き離され(ものすごく手馴れていた)、顔をぐちゃぐちゃにしたまま帰りの馬車に押し込まれていた。
 次の婚約相手が無事に見つかることを祈るばかりである。
 
 
 三週間後、スピネット侯爵家は後継ぎの次女が王宮で騒ぎを起こしたとして処分を下された。
 スピネット侯爵家は伯爵位に落とされ、当主はすぐさま隠居、謹慎が命じられた。しかしスピネット前侯爵は謹慎が明けた後は、特別に王宮で職を得ることになっている。彼は外交に関して有能な交渉術と特別な伝手を持っており、国王や重臣たちはその能力を惜しんだのだ。
 ちなみにフィオレンツァ・ホワイトリー伯爵令嬢を害しようとしていた元侯爵夫人ビヴァリーは、そもそも事件が起こらなかったということで表向き罪には問われなかった。しかし当然、無罪放免なわけはない。
 前侯爵はビヴァリーと、ビヴァリーに従った使用人たちを強制的に領地へと連れ帰った。そして前侯爵の謹慎が明ける直前、彼らは「事故」で全員死亡したという報告だけが王都に届けられている。
 ビヴァリーがクラーラをしっかり教育していれば、身の丈に合わない夢を見なければ…きっとスピネット前侯爵が長年積み上げてきた功績がぶち壊しになることはなかったし、ロージーも気が弱いながら彼女に惚れ込んでいる伯爵子息と幸せな人生を歩んだだろう。スピネット前侯爵にしてみればビヴァリーこそが諸悪の根源だった。彼女を生かしておけば何度でも同じ事件を起こすと判断し、何年も連れ添った妻を処分したのだ。
 一方、もう一つの爆弾であるクラーラは自領の修道院に送られた。もちろんベル子爵家の子息とは婚約破棄をしている。
 国王と王太子、そしてアレクシスに睨まれることを恐れたスピネット前侯爵は、最初は彼女も事故か病気に見せかけて処分しようとした。だが一番の被害者であるロージーがクラーラの命乞いをしたのだ。クラーラはまだ16歳で成人していない、贖罪は必要だが死を与えるのはあまりに過酷だ。そう諭されれば、血を分けた娘を手にかけることに迷いを感じていた前侯爵も思い直した。
 しかしそのまま修道院に預けることはやはり不安があり、最終的に彼女の目を潰すことになった。盲目であれば自力で領地を出ることは難しく、仮に恩赦が出たとしても貴族社会に戻ることはない…王家も納得するだろう。
 ロージーも同意し、クラーラは薬で目を潰された上で修道院に預けられた。
 スピネット家の使用人も一斉に入れ替えが行われ、新たにロージー・スピネット女伯爵が誕生した。

 しかしロージーは未だ床上げしておらず、書類上だけの事務的な爵位授与であった。 

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