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第三章 フィオレンツァの成り上がり物語…完結!?
16 旦那様は16歳
しおりを挟むよく晴れたその日、新たにオルティス領と呼ばれることになる地で結婚式が行われた。
若干16歳でオルティス公爵となったアレクシスと、元伯爵令嬢フィオレンツァが夫婦になる。
王都で式を挙げるだろうという周囲の思惑を裏切り、二人は領地にて、親しい者だけを招いて式を挙げた。
「まあ綺麗!」
控室に様子を見に来たパトリシアが、フィオレンツァの花嫁姿に感嘆の声を上げた。
後ろにはスカーレットと回復したロージー、そして長姉のシャノンがいる。
「本当に素敵。綺麗な水色に染め上げられていますわね」
「…まあまあね」
「美しいわ、フィオレンツァ。世界一の花嫁よ」
フィオレンツァのドレスはアレクシスがケンジット商会にオーダーしたものだ。
青い薔薇を是非使いたいというアレクシスの提案に、ケンジット商会のデザイナーがシンプルな形のドレスを作成した。裾は白いビーズで高級感を出しているが、メインは胸元に大胆に飾り付けられた青い薔薇だ。少し薄い水色で染められたドレスの色が、青薔薇を引き立てている。
ケンジット商会のデザイナーはドレスの出来に大興奮だったらしく、デザインの権利を売ってほしいと、式の準備に追われるアレクシスを追いかけまわしてアーヴァインに怒られていた。
「何だか信じられません。結婚なんてできないと思い込んでいたので」
「そう?デクスターもあなたを狙っていたのよ。あなたの婚約が発表されるまで、何度も私にフィオレンツァを紹介してほしいって言ってきてたもの」
「…はあ」
もしデクスターと婚約していたら、自分は鞭術を会得しなければならなかったのだろうか…。
「本当に、本当に良かったわ、フィオレンツァ。幸せになって頂戴」
「お姉さま」
「シャノン夫人、式はこれからですわよ」
すでに感動してぼろぼろ泣いているシャノンにパトリシアがハンカチを差し出す。
ロージーは黙ってしまっているが目が真っ赤だ。
「フィオレンツァ、本当におめでとう。みんな大好きなあなたの幸せを願っているわ」
スカーレットの声音はいつものように毅然としていたが、瞳にはうっすらと涙が浮かんでいる。
フィオレンツァも胸が熱くなった。
「ありがとう、みんな」
父に手を引かれ、バージンロードを歩く。
…とはいっても、新たに建てられたオルティス領の領主の屋敷に即席で作られたものだ。ずっと王家直轄の田舎だったこの地には教会は少なく、少し離れた教会にいる神父にわざわざ来てもらった。
ユージーン王太子が王位を継げばアレクシスは大公になり、王都に戻らねばならなくなる。この領地がまた王家のものになるのか新興貴族のものになるのかは分からないが、アレクシスもフィオレンツァもここにいる間は領民が暮らしやすいように開拓するつもりだった。
新たな領主のために作られた屋敷の前庭の中心で、アレクシスが花嫁を待っていた。
グレーの光沢のあるタキシードを着こなし、物語の王子のようにキラキラと輝いている。
あ、元とは言え王子でした。
美しーい。
眩しーい。
最近セレブオーラに目が慣れていたつもりだったが、久々に潰れてしまいそうです。
ここまで相手が完璧に美しいと、なんだか自分の存在が申し訳なく思えてくるフィオレンツァだった。クラーラ嬢にもう少し罵られておいても良かったかもしれない。
やがてアレクシスの前にたどり着き、エスコートの相手が変わる。
彼とは一瞬目が合ったが、同時にぶわっと白い星が視界を覆った感覚に襲われた。
…多分、アレクシスがほほ笑んだのだろう。
無だ。
無になるのだ、フィオレンツァ。
君は太陽に照らされて輝く白い月…の裏側のクレーターだ。
「汝アレクシス・オルティスは、ここにいるフィオレンツァ・ホワイトリーを、病める時も、健やかなる時も妻として愛し、敬い、慈しむ事を誓いますか?」
「誓います」
「汝フィオレンツァ・ホワイトリーは、ここにいるアレクシス・オルティスを、病める時も、健やかなる時も夫として愛し、敬い、慈しむ事を誓いますか?」
「誓います」
二人はキスを交わし、列席者に手を振った。
「おめでとう!」
「おめでとうございます!!」
花びらが舞い、割れんばかりの拍手と声援が起こる。
新たな一歩を踏み出した若い夫婦を、皆が暖かく祝福した。
「いい式でしたよ」
その時の光景を思い出したのか、ブレイクは優し気な表情を浮かべた。
「そうなの、行ってみたかったわね」
「アレクシスでん…いいえ、オルティス公爵が、くれぐれも王太后様によろしくと」
「本当にあの子は良い子だわ。ユージーンたちと歳が離れていたのは幸いだったわね」
ブレイクの向かいに座るアレクザンドラ王太后は、そう言って紅茶を一口飲んだ。
アレクシスとフィオレンツァの結婚式を見届けたテルフォード女公爵スカーレットと夫のブレイクは、その日のうちに王都への馬車に乗り、真っすぐ女公爵邸へと戻っていた。スカーレットは王宮の仕事に今日から復帰している。ブレイクも妻に合わせて登城し、本館の一室で曾祖母のアレクザンドラ王太后と会っていた。
「王妃様は何と?」
「王都で式を挙げないことに怒っていたわ。でもユージーンたちの結婚式からやっと一年ですからね。兄たちを立てるためだとアレクシスに言われてしまって子供のように膨れていたわ」
「さすがに結婚そのものには反対しなくなりましたか」
四ヵ月前、クラーラ・スピネットが口にした「国王と王太子がいなくなれば、アレクシスとクラーラが王位に就く」という発言。
誰よりも激怒したのがグラフィーラ王妃だった。
自分が贔屓していた令嬢に、王妃の座を狙われていたと知った時の彼女の表情は見ものだったと王太后は言う。それまではフィオレンツァの粗探しをしたり、接触して良からぬ噂を巻こうとしていたようだったが、クラーラの事件の後は一切そういうことをしなくなった。
クラーラが脱落した後は本当にフィオレンツァ以上の家格の令嬢がいなくなり、とうとう結婚を阻止できないと観念したらしい。
「ひとまずアレクシスの方は落ち着くでしょう。早く子供ができればいいのだけれど」
この国の辺境伯を除く伯爵以上の貴族は、養子・連れ子はもちろん妾の子も爵位を継ぐことはできない…家の乗っ取りを防ぐためだ。なので何とか自分の血を引いた子供に後を継がせようと、妻をとっかえひっかえする当主は珍しい話ではない。決して褒められた方法ではないが、妻に離婚を納得させるだけの財産を与えて身を引かせるのも、ルーズヴェルト王国の貴族が血統を守るために行ってきたことである。
フィオレンツァが年上であることを気にするグラフィーラ王妃に、子供が生まれなければ折を見て円満離婚させればいいと言ったのはアレクザンドラ王太后だ。あの場では王妃の反論を防ぐために言ったことだったが、本当に二人に子供ができなければやがて王妃は離婚を口にするだろう。
「…僕は大丈夫だと思いますけどねぇ」
ブレイクは結婚式では表向き貴公子然として振る舞っていたアレクシスを思い出す。
さわやかにほほ笑んでいたが、その目ははっきり言って猛獣のそれだった。
「フィオレンツァ、何か食べるかい?」
「…なら果物を」
「パンもあるよ。少しは肉になるものを食べたら?」
「そうは言われましても…」
フィオレンツァはぐったりとベッドに横たわっていた。
はっきり言って、食事どころか起き上がるのもおっくうだ。
一方のアレクシスは、むしろつやつやと元気そのものだというのに。
彼は籠の中のサンドイッチを口いっぱいに頬張っている。
結婚式から五日、オルティス公爵夫妻の朝の風景だ。
二人ともしどけない格好をしていて、昨夜も一戦では済まなかったことが分かる。
初夜なんかもうすごかった。
フィオレンツァ今世では未経験だが前世の記憶があるし、相手だって16歳だし…と割とお気楽だった。結果は…高校生(前世でいえば)の体力と精力を甘く見ていたとだけ言っておこう。
アレクシスが事前に使用人たちと打ち合わせていたのか、丸二日は寝室から出してもらえず、裸で過ごす羽目になった。三日目の朝にヨランダがしれっとした顔で食事を運んできた時には、フィオレンツァはつい睨み付けてしまった。
「もうスカーレット様の胸の感触は忘れたでしょう?」
「根に持ってたんですね…。ええ、ええ。すでに記憶は上書きされましたとも」
「フィオレンツァは可愛いな」
「…ありがとうございます、殿下。ところで夜の営みは三日に一回ほどにしませんか?」
「そんなの無理だよ」
「即答!」
「今日は街に視察に行くけどフィオレンツァはどうする?」
「しかも話を逸らされた!視察なら行きます!」
「ところでフィオレンツァ、僕はもう殿下じゃないよ」
「…あ、間違えました」
「あと敬語もやめてほしいんだけど」
「そういうものですか?私の母は、父に対しては敬語を使っていましたけど」
「そうなの?…じゃあそれはいいかな。でも呼び方は変えておくれよ」
「そうですねぇ……うーん、…『あなた』?」
「名前で呼んでほし…え、いまなんて言った!!?」
「あ、あなた?」
「…」
「ま、まずかったですか?やっぱり『旦那様』の方が…え?ちょ、ちょっと…!なんで脱がせるの?お願いだから待っ…、…、っ!!」
数日後。
ブレイクのもとにヨランダからの手紙が届いた。
型通りの挨拶の文に挟まれて「公爵夫妻は非常にとっても腹立たしいほど仲睦まじい様子です」とただそれだけが書かれている。ヨランダともあろう優秀な侍女が、さりげなーく書こうとして失敗したようだ…うんざりしたのかもしれない。
ブレイクは黙ってその手紙を暖炉にくべるのだった。
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