通勤電車

銀河星二号

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「君と取り引きがしたい。どうだろうか、吉田くん?」
「取り引き?」
「君は色々知ってしまったようだ。我々としては非常に都合が悪い。分かるね?」
「はあ……」
「そこでだ、君にある条件で取り引きを申し込みたい」
 その存在はそう言い出した。

「君は特異点なのか?」
 それはこっちが聞きたい。
「よく分かりません」
「まあいい、君が特異点であっても、同意さえあれば、我々は君の設定を書き換える事が出来る」
 XRPがGRにやったみたいなことか……。

「君が望むなら、欲しい設定に変えてやろう。君は何を望む?」
 と言われても、特に思い浮かばなかった。今よりお金があったとしても特に欲しい物も無いし……。モテ……いやモテなくても別に構わないような。何人もいたら、かえって困るんじゃ?
「もちろん交換条件があると言うことですよね?」
「もちろんだ」
 何かロクでもない条件な気がする。

「……ところで、ここに女のコと喋る銃がいませんでしたか?」
「どうかな……知らないな」
 僕は窓が開いているのに気付いた。状況から察するに、何かを追いかけて出て行ったと言うところだろうか。

「君はあの連中、外から来たギャラクシーなんとか言うグループに騙されているようだが」
 果たして僕は騙されているのか?どちらが嘘でどちらが本当かは、まだ分からない。
 もしかしたらこの正面にいるタコっぽい何かの方が正しい……と言うこともあり得る。
「欲しい設定は決まったかね?」
「いえ……もうちょっとまってください」

 いやいや……そんなはずは無い。
 僕は人を見た目で判断しないようにはしているが、流石にタコ風味クリーチャーな外見で、この状況で言われるのは、説得力が無い。
 それにチェイサーが僕の元に来たと言うことは、僕を消す意志があったと言うことだ。
 ……いやいや、待てよ。XRPとGRの二人はチェイサーが僕を消し去ろうとしたと言っていたが、その証拠は何も無いな……。
 待て待て、チェイサーが刺客だと言う証拠も無いぞ。もしかしたら話し合いに来ただけなのかもしれない。
 どちらにしろ、今は決定打は無い。話を進めてみよう。

「ところで、交換条件と言うのは?」
「君の設定を変える代わりに、記憶を消去させて貰う」
 なるほど……確かに不都合は無くなる。だがしかし。
「記憶が無くなったら、僕は何もかも分からず、この世界に放り出されることになるのでは?」
「いやいや、君の中にある、我々にとって不都合な記憶を消すと言う事だ。君は今まで通りだよ。会社に行き、帰って寝る。その生活だ」
 それもどうかと思うが……ある意味、平和でもある。いや、それでいいのか?僕は?
「具体的には、何の記憶を?」
「電車で見たこと、この部屋で見たこと。我々に関する全てだ」

 しかし、XRPとGRの存在は変わらないよな……。
「彼らは? その……あなたの言うギャラクシーなんとか言う人々の存在は? 僕の記憶を消してもその存在は変わりませんよ?」
「そう、そこは辻褄を合わせる必要がある。つまり、君にはあることをして貰いたい」
「何を?」
「彼らをある地点におびき寄せて欲しい。あとは我々がやる」
 彼らを消す……と言うことか。この時点で僕はどちらが正義なのか薄々分かった。
 しかし、この状況で僕が取れる選択肢は?

 一つは断固拒否する。
 しかし拒否をしたらどうなる?このままヤツは僕を解放してくれるだろうか?いやいやそれは無い……つまり戦う必要がある。しかし自信は無いな。

 もう一つは何とか言いくるめること。取り引きに応じる。形だけ。これなら出来そうだ。

「あー吉田くん、口だけと言うのは無しだよ。契約で死の呪いをかけさせて貰うから」
 うん、ダメだった。

「どうかな? 君の気持ちは?」
 そのタコクリーチャーは小首を傾げてそう言った。
「すいませんが、それは出来ません」
「それは、取り引きは決裂と言う事で宜しいか?」
「……」
「ならば、君の存在そのものを消去するとしようか」
 その存在は、僕を飲み込めるほど大きく口を開いた。口の中に無数の牙があるのが見えた。
 まずい。どう考えてもまずい。

 僕はテーブルをひっくり返して、タコの口に押し込んだ。そして手近にあったモップを掴んでタコを思いっ切り引っぱたいた。しかしモップは口に捕らえられ、バリバリと噛み砕かれてしまった。
 僕は手元のシーツを引っ剥がしてタコを覆った。シーツは上手くタコに絡まり、動きを封じた。
 そしてそのスキに開いている窓から飛び出した。2階の窓から飛び出した僕は、1階の植え込みの上にガサガサと音を立てて落ちた。

 下の部屋に明かりがついた。
「誰?」
 黒のスウェット姿の男が出てきた。
「すいません、上の住人なんですが、落ちてしまって」
「……怪しいなあ。ちょっと警察呼ぶから待ってて……」
 普通ならピンチなのだが、この状況だと渡りに船だった。
「お願いします!」
「……変な人だな。許してあげてもいいけど? 僕こう見えて心広いから」
「いえ! 呼んでください! 呼んでくれないと困ります!」
「……やっぱ呼んどくわ……危ない人そうだから」

 僕は上を見上げた。自分の部屋のベランダが見えたが、そこにタコの姿は無かった。

 数分後、交番のお巡りさんがやって来た。二人ほど。
「君、ここの住人なの? 身分証は持ってる?」
「はい……」
 警官は僕の差し出した免許証を見て、懐中電灯で地図と照らし合わせた。
「確かにここのようだね。あまり夜に非常識なことは慎むように」
 警官が去ろうとしたので僕は呼び止めた。
「あの! 部屋に入れないんですが……」
「あー……」

 僕は鍵開けの便利屋を呼んでもらい、ドアのカギを開けてもらった。
「じゃあ、僕らはこれで帰るから」
「あの……!」
「すいませんが、ちょっとだけそこで待っていて貰えますか?」
「……手短に頼むよ」

 僕は部屋に入り、そこにさっきのタコが居ないかどうか確かめた。そっとあちこち調べたが、どうやら居なさそうだった。
 どこから入ったのか分からないので、不安はあるが、いつまでも警官を足止めしておく訳にもいかない。
 僕はこのまま何も持たせずに返すのも何だなと思い、冷蔵庫を開けて缶コーヒーを探した。
「確か缶コーヒーがどこかに……」
 僕はいつも冷蔵庫の中身を漁るクセで冷凍庫も開けた。そこにはなぜかXRPがあった。
 僕はとりあえず缶コーヒーを二本取り出し、冷蔵庫のドアを閉め、警官二人に缶コーヒーを渡した。
「あの……良かったらこれ……」
「お、ありがとう」
 そして警官は去った。

 僕は入口のドアを閉め、冷凍庫からXRPを取り出した。うんともすんとも言わない。ランプもついていない。
 霜がついていて、触るととても冷たい。どう見ても低温で機能停止しているように見える。これは……しばらく放っておくしか無いか。

 僕はXRPをベッドに置いて腰掛けた。慣れない立ち回りをしたせいか、体がズキズキする。それに眠い。僕は思わず顔を手で覆った。

 すると、ドサリと何かが倒れる音がした。顔を覆っていた手を外して見てみると、そこにGRが立っていて、足元にさっきのタコが倒れていた。
 GRの手には光るナイフが握られていた。どうやらコイツで倒したらしい。
「ふう……」
「GR、今までどこに?」
「ステルス使ってたのよ。敵のスキを狙っていたの」
 なるほど、確かそんな能力の事を言っていたような……。
「コイツ、超危険なのよ。精神系の技で人を狂わすの。一撃で倒さないと。ステルスもあるし厄介」
 大まかな事情は飲み込めた。

「XRPはなぜ冷凍庫に?」
「あー、咄嗟に入れちゃった。後で謝っとくわ。気配がしたから、緊急でしょうが無くね。壊れはしないと思うけど」
 すると、XRPのランプが緑に点灯した。
「GR、説明して貰いましょうか……」
 そう、XRPは力無さそうな声で言った。
「あー、精神系の敵がね……来ちゃってさ……」

 そこから長々とGRによる、XRPに対する釈明が続いた。
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