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アモルの休日 5

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 修理が終わってもすんなり返してくれないかもしれないという心配は杞憂に終わ……らなかった。
 店から出てきたレオは、硬い紙のケースに入ったブレスレットを開けてツバキに見せ、ツバキが安堵して嬉しそうに顔を綻ばせた瞬間、閉じて頭上に掲げた。

「返してくれるって言ったじゃない!」
「そのつもりだったんだけどなあ」
「あっ。ちょっと!!」
 
 レオが急にツバキの手を取って走り出した。強い力で引っ張られ、転ばないようについていくのがやっと。ようやく止まってくれたときには、ツバキは息も絶え絶え足はがくがくで汗だくだった。対して男はほんのり汗をかいているだけで涼しい顔だ。

「……やっぱり…………さい………てい……」

 はあはあ言いながらついた悪態もまったく効いていない。
 着いたのは道が左右対称に整備された緑豊かな公園だった。
 ベンチに腰を下ろして赤く染まりつつある空を眺めながら息を整える。
 グレゴリーたちはきっと探し続けてくれているだろう。レイシィアまで捜索範囲を広げてくれるといい。早く見つけ出してくれないと、大変なことになる気がする。

「お願い。早く返して」
「そんなに大事なもの? 見たところ、安物っぽいけど」

 それは彼が皇女セイレティアではなく、平民の娘に扮するツバキのために買ってくれたからだ。

「大事なもの、なの」

 懇願するように手を差し出す。

「悪かったな」

 立ったままのレオはポリポリと頭をかき、ブレスレットを慣れた手つきでつけてくれた。
 ツバキはやっと自分の元へ返ってきたブレスレットを愛おしそうにさする。

「恋人からもらったとか? ケデウムで一緒にいた金髪の子?」
「……カオウは、そんなんじゃ、ないわ」

 無表情になるツバキ。ポツリポツリ言葉を紡ぐ。

「そういうのじゃないけど、ずっと一緒にいてほしい人。そばにいると約束してくれた人。……でも、今は……」

 かつて印があった場所を強く握り、うつむいた。
 レオが短く息を吐く。

「第三皇女は最近授印を持ったって情報があったな。もしかしてあいつがその魔物? そうかー、異性と契約しちゃったわけか。そりゃあ難儀だな。でも今は印がないってことは、フラレちゃった?」

 ツバキが顔を上げてレオを睨む。こぼれそうな涙を必死に耐えて。こんな男の前で泣きたくなかった。
 早くここから立ち去りたい。モルビシィアへ通じる門までたどり着けば、きっと帰れるだろう。
 しかし、すっと立ち上がった瞬間、レオに抱き寄せられた。

「完全に人に化けていても、そいつは魔物だ。どうせその感情は色恋じゃないだろ」
「……」
「俺がそばにいてやる」

 さらに強く抱きしめられる。たくましい腕に、ツバキの頭の位置にある厚い胸板。鼓動がいつもより強く打っている気がした。早く離れなければ、大変なことになる。

「私は、カオウにそばにいてほしいの」
「人と魔物は結ばれない」

 無理やり顔を上げさせられた。がっちり顎を掴まれ、逸らせない。
 レオの顔が近づいてくる。

「嫌! 離して!」

 必死に抵抗してもびくともしない。
 我慢していた涙がこぼれてしまった。
 唇が触れそうになり、目をギュッと瞑る。
 
「…………」

 何も触れてこなかった。からかわれたのかと思いゆっくり目を開けると、レオは険しい表情で公園の木の方を睨んでいた。
 顎を掴む手の力が緩み、ツバキに背を向けてかばうように左手を横に広げる。

「誰だ」

 レオの声で男が五人現れ、すぐさま横一列に隊形を組んで走ってくる。明らかにプロっぽい集団だった。頭上でレオの舌打ちが聞こえた。
 
「レオ?」
「離れるな」

 よくよく相手が持っている物を見ると、見覚えがあり戦慄が走る。
 全員銃を持っていた。

「あの人たち、何者?」
「俺の敵ってとこだな」
「あなた、何したの?」
「いろんなところに恨みを買っているもんで」

 こんなときにまで軽口を言う度胸は大したものだが、近くに隠れられる場所はないのでこのままでは二人とも死んでしまう。
 一定の距離を取って集団が止まった。銃を両手で持ち狙いを澄ましている。
 冷や汗が背中を伝い落ちた。
 
 動物の遠吠えが聞こえたのはその時だった。
 声がした左の方を見ると、公園の入り口から狼が駆けてくる。集団とツバキたちの間に立って、もう一度遠吠えをした。

「…………!」

 集団が全員銃を落とし、頭を抱えて悶え始めた。膝をつき、嘔吐する者や耳から血を流す者までいる。訳が分からない恐怖でレオの腕を握ると、彼の体も震えていた。

「レオ?」

 集団ほどではないにしろ、頭痛がするらしく片手で頭を押さえている。平然としているツバキを見て、目を見開いた。

「あいつを……止め……ろ」
「私? 私は何も……」

 と言って、はっと気づいてしまった。

(まさか。私の力?)

 ツバキが半信半疑のまま、狼に向かって「やめて!」と叫ぶと、苦しんでいた集団の動きがぴたりと止まった。頭痛から解放された集団は逃げるように去っていく。

(やめてくれた?)

 狼はツバキに向き直り、足元にちょこんと座る。なでてくれと言わんばかりの目で見つめてくるので頭をなでてやった。

「あははははははっ!!」 
 
 突然レオが笑い出した。狂気に満ちた顔でツバキを見下ろしている。
 ぞくり、と背中が凍えた。

「あんたか、やっぱり! 魔物を操る少女ってのは!」

(やっぱりってどういうこと?)

「栗色の髪の少女に、金髪の少年、ぼさぼさ頭のおっさんってしか、聞いてなかったからなあ。ケデウムではおっさんがいなかったから違うと思ったが、髪を切ったあいつか」
「……な、なにを言っているの?」
「しかも印を結んでいないのに使えるってことは、ツバキがそういう力を持っているのか。おもしれえ。知れば知るほど、興味が湧いてくる」

 ツバキは後ずさりした。

「来いよ、俺のモノになれ」
 
 大きく首を振り、さらに後ろに下がる。目配せすると、狼がレオに飛び掛かった。だが。

 バン! と破裂音が響いた。
 飛び掛かった狼が倒れ、その先に銃を持ったレオがいた。

(え……どういうこと……?)

 レオが銃を持っていた。商会もやっていると言っていた。ケデウムで強盗が怯えた先にいたのも、この男ではなかったか。そして、なぜトキツがぼさぼさ頭だったことと、ツバキの力のことを知っていたのか。

「レオが……ロナロの協力者? 彼らを連れ出して、武器を与えた人?」

 レオがにやりと笑う。狂気じみた目はまだ少し残っていた。

「察しがいい。だがこれで、ますますツバキを帰せなくなった」

 一歩一歩近づいてくる。ツバキは驚きと恐怖で腰が抜けてしまい動けない。
 また魔物が助けに来てくれないか、必死で願う。
 
「ツバキちゃん!!」

 聞き覚えのある声が遠くから聞こえた。
 トキツだった。
 小刀をレオに投げつける。飛びよけたレオは銃をトキツへ向けた。
 しかし何発撃っても、トキツは見事に見切って避けてこちらに近づいてくる。走りざま鎖を鞭のようにしならせてレオの手から銃を叩き落とした。

「レオ様!」

 と叫んだのは、ケデウムでも見かけた分厚い眼鏡の男。レオの元へ駆け寄り剣を構えて守るように立つ。
 トキツも跳躍しツバキの前に降りた。

「待った。降参、降参」
 
 張り詰めた空気の中、レオが小さく両手を上げる。

「あんた、俺の部下の中で一番の手練れとやりあって互角だった男だろ。そんな奴に敵うわけない」

 レオの目は元に戻り、にかっといつものように笑った。

「ツバキ。今日のところは引き下がる。だが必ず攫いに行くから」
「……来なくていいわ」
「ははっ」

 愉快気に笑って、レオたちは素早く走り去った。



 
 トキツが安堵してへたりこんだツバキに手を差し出す。

「大丈夫か?」
「ええ、なんとか」

 ツバキはトキツの手を取って立ち上がろうとするも、腰が抜けてしまっており動けない。
 仕方なくおんぶされて帰ることになった。

「来るのが遅くなってごめん」
「私が悪いのよ。ごめんなさい」

 聞けば、グレゴリーたちが大騒ぎして公爵家は大混乱に陥っているらしい。
 こんな長時間いなくなった理由をなんて説明すればいいのだろうか。

「今日は本当に散々な日だった」

 スリにあって、酔っ払いに絡まれ、レオに振り回され、銃を持った集団に殺されかけ、挙句レオに連れ去られそうになった。

「……私、一人で歩くとろくなことがないって身に染みたわ」

 夕陽が作る二人の長い影をぼんやり眺めながらツバキがぼやくと、トキツが明朗に笑った。
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