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武器商人
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廊下を歩くたび靴音が勝手に響くように、すれ違うたび人の顔が勝手に青ざめていく。
それを気にすることなく進んで、喚声が飛び交う場所に出た。そこは帝都の城内にある近衛兵の訓練所。その中心にいる人物に目を止め、眉を寄せる。
「何してる」
『因縁つけられちまってよぅ。なんとかしてくれよロウ』
ギジーが長く白い手でロウのズボンを掴んだ。
訓練場の中心にいるのはトキツ。なぜか近衛兵たちが数人がかりでトキツに挑んでは投げ飛ばされたり吹っ飛ばされたりしていて、残りの兵が彼らを取り囲み野次っている。
『最初は、皇女の護衛に抜擢されたくらい強いなら指南して欲しいって頼まれたんだけど』
要は平民が皇女の護衛に就いたのが気に食わず、痛めつけてやろうと考えたのだろう。最初は一対一だったのが、なかなか倒せず二対一、三対一と増えて行って、現在は十対一になったらしい。暇人の集まりかと呆れた。
「いつ終わる」
『さあ』
『俺が助太刀してやろうか?』
コハクが目を爛々とさせた。急いでいるので構わないかと考えていると。
「今は武術稽古中だから魔法禁止だ」
額に深い皺が刻まれた長身の男がやってきた。階級章から察するに、今トキツが相手をしている小隊の隊長。階級だけで見ればロウが上だが、近衛兵は伯爵以上の貴族で構成されるため爵位は男爵のロウが下になる。
「終わらせてくれるか」
「だめだねえ。まだ時間じゃないから」
「皇帝に呼ばれている」
皇帝と聞いて隊長の顔が引きつった。
「どうしてお前やあいつみたいなやつが、皇帝直々に呼ばれるんだ」
「知るか。文句なら直接あいつに言え」
隊長はロウの不遜な態度に歯ぎしりし、睨みつけた。そして妙案が浮かんだとばかりににやりと笑う。
「ではお前とあいつで、ここの全員を一度に相手にして勝ったら終わらせてやろう」
「わかった」
ロウはあっさり返事をして、制服の上着を脱ぎコハクへ投げる。コハクはブルブル体を揺すって頭に被った制服から顔を出した。
『俺がやりたい!!』
「魔法は禁止だと聞いただろ」
我慢しろと告げたロウが訓練場へ入るとそこにいた全員の動きが止まる。「あれが噂の…」と囁きあう声が聞こえた。
兵の数は五十。訓練用に刃をつぶした剣を持っており、対してトキツもロウも武器を持っていない。隊長から趣旨を説明された兵たちはこれなら勝てると意気込んだ。
ロウはトキツの前に立って眉間にシワを寄せ、深くため息をつく。
「何をやっているんだ、お前は」
「いや、一応指導ってことだから、ケガさせたら悪いかなと思って」
「バカか。さっさと終わらせるぞ」
挨拶を終えて、二人は背中を向けあう。
ロウは拳を反対の手に打ち付け指を鳴らした。なかなか進まない調査でストレスもたまっていたし、事務仕事でなまった体を動かすにはちょうどいい機会だ。
いつも仏頂面のロウの目が光り、不敵に笑う。
それを見た兵たちの顔がさーっと青くなった。すでに腰を抜かして戦意を喪失する者もいた。「ま……魔王?」とどこかから声が上がる。
「はじめ!」
隊長の号令とともに血気盛んな若者が一人飛び出した。剣をロウの顔めがけて振り下ろす。ロウは難なく避けて若者の顔を蹴り、剣を奪った。
トキツも、これまで何度も投げ飛ばしては向ってくるしぶとい男の手を捻り上げて剣を頂き、しばらく起き上がれない程度に殴打する。
その後も早かった。ロウは無駄のない動きで一撃で相手を倒し、トキツは一度に複数倒していく。
トキツが解せなかったのは、兵がなぜかトキツにばかり向かってくることだった。おそらく七割方こちらに来た。
結局五分足らずで終了し、ぽかんとする隊長の肩をたたいてロウたちは目的地へ向かった。
ジェラルドの執務室のソファへ腰を下ろし、従者が入れてくれたライ茶に能力で作った氷を浮かべ、物欲しそうな二人にも同じように作ってやってから、ロウは報告書をジェラルドへ渡した。
「あれから未解決の銃撃事件と同じ日に見つかった遺体がないか調べたら、四件あった。どれもトキツたちが遭遇した強盗の殺され方とよく似ていた。後ろから剣で胸部を一突き、抵抗の跡はなく物取りでもない。そこで強盗と四件の被害者の接点を洗ったら、全員よく一緒に悪さするような間柄だった」
「同じ恨みを買っていたということか?」
「おそらく。そいつらは窃盗や恐喝で逮捕歴があり、当時の関係者や目撃者の証言から他の仲間の存在が浮上したので話を聞いた。そしたら、そいつの伝手で全員銃を買ったと言うんだ。ウイディラ製の銃を」
ジェラルドがコップを強く握る。カラン、と氷が動く音がした。
「購入先は?」
「ケデウムの武器商人の息子だと。家にあった銃を勝手に持ち出して、そいつらに安く売っていたそうだ」
「その武器商人というのは?」
「親子とも行方不明だ」
「なに?」
「ケデウムの警察は、職業柄恨みを買って逃げたんじゃないかと言っている。うちで調べたところ、逃げたのは本当らしい。イリウムでの目撃情報が最後だ。彼らに似た遺体がイリウムで見つかっているが、山の魔物に襲われたらしく損傷がひどくて断言できない」
「イリウムで……」
トキツがつぶやく。
ロウは一息ついてライ茶を口に運んだ。
「とりあえず、取引相手を探すために金の流れを追っている。ケデウムの連中はまったく情報を開示してくれないから時間がかかりそうだ。お前の権限でなんとかならないか」
「そうしてやりたいが、一つをつつくと方々で火の粉が上がる」
「……そうだな」
ジェラルドが顔をしかめると、ロウは眉間を押さえた。若き皇帝の微妙な立場は理解している。
「あいつがもう一つ手がかりをくれたから、そっち方面でも調査してみるさ」
あいつ、と聞いてジェラルドがげんなりした目をもう一人の男に向けた。
「トキツ」
「なんでしょう」
「どうしてあいつは、俺たちが必死で掴もうとしている手がかりをいともたやすく持ち帰ってくるんだろうな?」
「そう言われましても」
イリウムから戻ってきたツバキから、見合い中に迷子になり、ロナロの協力者だという男と知り合い、能力を知られた挙げ句連れ去られそうになったと聞いたジェラルドは開いた口が塞がらなかった。
危険な真似をして怒るべきか手がかりを得て誉めるべきか、今思い返してもワナワナと震えるしかない。
「カオウがいなければ大人しくしていると思ったのに」
「俺を睨まないでください」
「そういえば、あの見合いで何があったかセイレティアから聞いているか」
「見合いについては何も聞いていませんけど」
「彼の父親から手紙が来たんだが」
「まさか、苦情の手紙ですか?」
不可抗力とはいえ、見合い中に他の男とデートしていたことがバレたのだろうかと冷や冷やするトキツ。
「それが、謝罪と御礼の手紙だった」
ジェラルドは釈然としない表情で顎をなでる。
「皇女を警備の行き届いていない所へ案内してしまったことへの謝罪と、薬の支援に否定的だった息子の意識を変えてくれたことへの御礼だ。見合いの後、なぜか急に乗り気になって、化粧品会社と協力すれば研究費を抑えられるかもしれないと意気込んでいるらしい。しかも、セイレティアは女神の化身だと語っているとか」
「へ?」
思わずトキツの口から間抜けな声が出た。
ジェラルドが頭を抱える。
「一体何をやらかしたんだあいつは」
「だから俺を睨まないでください」
完全に八つ当たりしているジェラルドと、皇帝の双眸から目を逸らすトキツを見て、ロウはわずかに口角を上げた。
気を取り直し、改めて報告書を読んでいたジェラルドの目が止まる。
「この報告書によると、武器商人が最後に目撃されたのが三日前。セイレティアがレオという男と会ったのも三日前だな。それに、ケデウムで強盗と遭遇したときもレオがいたんだな」
「ええ。今思えば、強盗はレオを見て怯えていましたね」
「その後、強盗は殺されている。……ただの偶然か?」
「まさか、レオが殺したと?」
「さてな。とにかく、武器商人がウイディラ製の銃を持っていたなら、息子が勝手に持ち出したもの以外にもあるはずだ。それは今どこにある? そして、皇帝暗殺を企んだロナロの協力者だというレオがそれに関与している可能性がある。さて、そいつの目的は何だ? 誰もしくはどこと繋がっている?」
ジェラルドが好戦的な表情で二人に問いかけた。すでに答えに気がついているような口ぶりで。
ロウはそれを真正面で受けて言わんとしていることを察する。
彼はここで二人の推論を聞きたいのではない。誰ならば謀反を疑い、どこなら戦もしくは暴動を警戒し対処しなければならず、動くに足る証拠を提示しろと言いたいのだ。
しかしながら、すでに警察の職務の範囲を超えており、しかも他州は管轄外。情報収集だけなら表に出せない伝手を使えば可能でも、正式な調査となると信頼できる部下にしか任せられず、万年人手不足なのにこれ以上の負担はただでは引き受けられない。
だからたとえ相手が皇帝だろうと、ロウは臆することなく己の眼力を使うのである。
(な……なんだ……この空気……)
トキツは部屋の空気が一瞬にして変わったことを感じ取った。今まで楽しく川下りをしていたのに、急に雷鳴轟く荒ぶる海に投げ出されたような。
ジェラルドは天から舞い降りた使いのような爽やかな笑みで、しかしながら有無を言わさぬ圧力で押さえ込もうとし、ロウは地底から禍々しいものを呼び起こすような笑みでそれを押し返している。
(どうすればいいんだ)
この場を収められる者といえば。
トキツは思念でギジーに呼びかけた。彼は今、クダラ、リハル、コハクと一緒に森へ行ってカオウの様子を見ているはずだ。
現状を説明してクダラにジェラルドを止めるよう頼む。
するとジェラルドの表情が苦虫を噛み潰したような顔になった。数秒ののち、短く息を吐いてから口を開く。
「ロウ、要望を言ってみろ」
「ケデウムに詳しい人材を何人か貸してほしい。それと、情報料が嵩んでいるので補填してくれ」
「……いいだろう。一人権限のあるやつもつけよう。必要経費はこちらですべて負担する」
ロウが満足げに微笑して空気が和らぎ、トキツは心から安堵した。世界の平和は守られた!という気分になった。
それを気にすることなく進んで、喚声が飛び交う場所に出た。そこは帝都の城内にある近衛兵の訓練所。その中心にいる人物に目を止め、眉を寄せる。
「何してる」
『因縁つけられちまってよぅ。なんとかしてくれよロウ』
ギジーが長く白い手でロウのズボンを掴んだ。
訓練場の中心にいるのはトキツ。なぜか近衛兵たちが数人がかりでトキツに挑んでは投げ飛ばされたり吹っ飛ばされたりしていて、残りの兵が彼らを取り囲み野次っている。
『最初は、皇女の護衛に抜擢されたくらい強いなら指南して欲しいって頼まれたんだけど』
要は平民が皇女の護衛に就いたのが気に食わず、痛めつけてやろうと考えたのだろう。最初は一対一だったのが、なかなか倒せず二対一、三対一と増えて行って、現在は十対一になったらしい。暇人の集まりかと呆れた。
「いつ終わる」
『さあ』
『俺が助太刀してやろうか?』
コハクが目を爛々とさせた。急いでいるので構わないかと考えていると。
「今は武術稽古中だから魔法禁止だ」
額に深い皺が刻まれた長身の男がやってきた。階級章から察するに、今トキツが相手をしている小隊の隊長。階級だけで見ればロウが上だが、近衛兵は伯爵以上の貴族で構成されるため爵位は男爵のロウが下になる。
「終わらせてくれるか」
「だめだねえ。まだ時間じゃないから」
「皇帝に呼ばれている」
皇帝と聞いて隊長の顔が引きつった。
「どうしてお前やあいつみたいなやつが、皇帝直々に呼ばれるんだ」
「知るか。文句なら直接あいつに言え」
隊長はロウの不遜な態度に歯ぎしりし、睨みつけた。そして妙案が浮かんだとばかりににやりと笑う。
「ではお前とあいつで、ここの全員を一度に相手にして勝ったら終わらせてやろう」
「わかった」
ロウはあっさり返事をして、制服の上着を脱ぎコハクへ投げる。コハクはブルブル体を揺すって頭に被った制服から顔を出した。
『俺がやりたい!!』
「魔法は禁止だと聞いただろ」
我慢しろと告げたロウが訓練場へ入るとそこにいた全員の動きが止まる。「あれが噂の…」と囁きあう声が聞こえた。
兵の数は五十。訓練用に刃をつぶした剣を持っており、対してトキツもロウも武器を持っていない。隊長から趣旨を説明された兵たちはこれなら勝てると意気込んだ。
ロウはトキツの前に立って眉間にシワを寄せ、深くため息をつく。
「何をやっているんだ、お前は」
「いや、一応指導ってことだから、ケガさせたら悪いかなと思って」
「バカか。さっさと終わらせるぞ」
挨拶を終えて、二人は背中を向けあう。
ロウは拳を反対の手に打ち付け指を鳴らした。なかなか進まない調査でストレスもたまっていたし、事務仕事でなまった体を動かすにはちょうどいい機会だ。
いつも仏頂面のロウの目が光り、不敵に笑う。
それを見た兵たちの顔がさーっと青くなった。すでに腰を抜かして戦意を喪失する者もいた。「ま……魔王?」とどこかから声が上がる。
「はじめ!」
隊長の号令とともに血気盛んな若者が一人飛び出した。剣をロウの顔めがけて振り下ろす。ロウは難なく避けて若者の顔を蹴り、剣を奪った。
トキツも、これまで何度も投げ飛ばしては向ってくるしぶとい男の手を捻り上げて剣を頂き、しばらく起き上がれない程度に殴打する。
その後も早かった。ロウは無駄のない動きで一撃で相手を倒し、トキツは一度に複数倒していく。
トキツが解せなかったのは、兵がなぜかトキツにばかり向かってくることだった。おそらく七割方こちらに来た。
結局五分足らずで終了し、ぽかんとする隊長の肩をたたいてロウたちは目的地へ向かった。
ジェラルドの執務室のソファへ腰を下ろし、従者が入れてくれたライ茶に能力で作った氷を浮かべ、物欲しそうな二人にも同じように作ってやってから、ロウは報告書をジェラルドへ渡した。
「あれから未解決の銃撃事件と同じ日に見つかった遺体がないか調べたら、四件あった。どれもトキツたちが遭遇した強盗の殺され方とよく似ていた。後ろから剣で胸部を一突き、抵抗の跡はなく物取りでもない。そこで強盗と四件の被害者の接点を洗ったら、全員よく一緒に悪さするような間柄だった」
「同じ恨みを買っていたということか?」
「おそらく。そいつらは窃盗や恐喝で逮捕歴があり、当時の関係者や目撃者の証言から他の仲間の存在が浮上したので話を聞いた。そしたら、そいつの伝手で全員銃を買ったと言うんだ。ウイディラ製の銃を」
ジェラルドがコップを強く握る。カラン、と氷が動く音がした。
「購入先は?」
「ケデウムの武器商人の息子だと。家にあった銃を勝手に持ち出して、そいつらに安く売っていたそうだ」
「その武器商人というのは?」
「親子とも行方不明だ」
「なに?」
「ケデウムの警察は、職業柄恨みを買って逃げたんじゃないかと言っている。うちで調べたところ、逃げたのは本当らしい。イリウムでの目撃情報が最後だ。彼らに似た遺体がイリウムで見つかっているが、山の魔物に襲われたらしく損傷がひどくて断言できない」
「イリウムで……」
トキツがつぶやく。
ロウは一息ついてライ茶を口に運んだ。
「とりあえず、取引相手を探すために金の流れを追っている。ケデウムの連中はまったく情報を開示してくれないから時間がかかりそうだ。お前の権限でなんとかならないか」
「そうしてやりたいが、一つをつつくと方々で火の粉が上がる」
「……そうだな」
ジェラルドが顔をしかめると、ロウは眉間を押さえた。若き皇帝の微妙な立場は理解している。
「あいつがもう一つ手がかりをくれたから、そっち方面でも調査してみるさ」
あいつ、と聞いてジェラルドがげんなりした目をもう一人の男に向けた。
「トキツ」
「なんでしょう」
「どうしてあいつは、俺たちが必死で掴もうとしている手がかりをいともたやすく持ち帰ってくるんだろうな?」
「そう言われましても」
イリウムから戻ってきたツバキから、見合い中に迷子になり、ロナロの協力者だという男と知り合い、能力を知られた挙げ句連れ去られそうになったと聞いたジェラルドは開いた口が塞がらなかった。
危険な真似をして怒るべきか手がかりを得て誉めるべきか、今思い返してもワナワナと震えるしかない。
「カオウがいなければ大人しくしていると思ったのに」
「俺を睨まないでください」
「そういえば、あの見合いで何があったかセイレティアから聞いているか」
「見合いについては何も聞いていませんけど」
「彼の父親から手紙が来たんだが」
「まさか、苦情の手紙ですか?」
不可抗力とはいえ、見合い中に他の男とデートしていたことがバレたのだろうかと冷や冷やするトキツ。
「それが、謝罪と御礼の手紙だった」
ジェラルドは釈然としない表情で顎をなでる。
「皇女を警備の行き届いていない所へ案内してしまったことへの謝罪と、薬の支援に否定的だった息子の意識を変えてくれたことへの御礼だ。見合いの後、なぜか急に乗り気になって、化粧品会社と協力すれば研究費を抑えられるかもしれないと意気込んでいるらしい。しかも、セイレティアは女神の化身だと語っているとか」
「へ?」
思わずトキツの口から間抜けな声が出た。
ジェラルドが頭を抱える。
「一体何をやらかしたんだあいつは」
「だから俺を睨まないでください」
完全に八つ当たりしているジェラルドと、皇帝の双眸から目を逸らすトキツを見て、ロウはわずかに口角を上げた。
気を取り直し、改めて報告書を読んでいたジェラルドの目が止まる。
「この報告書によると、武器商人が最後に目撃されたのが三日前。セイレティアがレオという男と会ったのも三日前だな。それに、ケデウムで強盗と遭遇したときもレオがいたんだな」
「ええ。今思えば、強盗はレオを見て怯えていましたね」
「その後、強盗は殺されている。……ただの偶然か?」
「まさか、レオが殺したと?」
「さてな。とにかく、武器商人がウイディラ製の銃を持っていたなら、息子が勝手に持ち出したもの以外にもあるはずだ。それは今どこにある? そして、皇帝暗殺を企んだロナロの協力者だというレオがそれに関与している可能性がある。さて、そいつの目的は何だ? 誰もしくはどこと繋がっている?」
ジェラルドが好戦的な表情で二人に問いかけた。すでに答えに気がついているような口ぶりで。
ロウはそれを真正面で受けて言わんとしていることを察する。
彼はここで二人の推論を聞きたいのではない。誰ならば謀反を疑い、どこなら戦もしくは暴動を警戒し対処しなければならず、動くに足る証拠を提示しろと言いたいのだ。
しかしながら、すでに警察の職務の範囲を超えており、しかも他州は管轄外。情報収集だけなら表に出せない伝手を使えば可能でも、正式な調査となると信頼できる部下にしか任せられず、万年人手不足なのにこれ以上の負担はただでは引き受けられない。
だからたとえ相手が皇帝だろうと、ロウは臆することなく己の眼力を使うのである。
(な……なんだ……この空気……)
トキツは部屋の空気が一瞬にして変わったことを感じ取った。今まで楽しく川下りをしていたのに、急に雷鳴轟く荒ぶる海に投げ出されたような。
ジェラルドは天から舞い降りた使いのような爽やかな笑みで、しかしながら有無を言わさぬ圧力で押さえ込もうとし、ロウは地底から禍々しいものを呼び起こすような笑みでそれを押し返している。
(どうすればいいんだ)
この場を収められる者といえば。
トキツは思念でギジーに呼びかけた。彼は今、クダラ、リハル、コハクと一緒に森へ行ってカオウの様子を見ているはずだ。
現状を説明してクダラにジェラルドを止めるよう頼む。
するとジェラルドの表情が苦虫を噛み潰したような顔になった。数秒ののち、短く息を吐いてから口を開く。
「ロウ、要望を言ってみろ」
「ケデウムに詳しい人材を何人か貸してほしい。それと、情報料が嵩んでいるので補填してくれ」
「……いいだろう。一人権限のあるやつもつけよう。必要経費はこちらですべて負担する」
ロウが満足げに微笑して空気が和らぎ、トキツは心から安堵した。世界の平和は守られた!という気分になった。
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