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第二章:偉大なる称号

041:黒鎧は全てを捨て、商人に期待する

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「えっと……俺ってばワンちゃん愛好家なんだけど、手を噛むワンコの躾はちょっと厳しいほうなんだ……テヘ」

 いたたまれない雰囲気に流は、頭をかきつつ愛嬌いっぱいにワンコ大好きアピールをする。

 だが人の世は無常なものだ。あまりの静けさにふと周りを見渡す。
 練習場で練習していた他の冒険者や、流が初心者テストをすると聞きつけて、見学しに来ていた冒険者達は、凍結された時が動き出すように一斉に叫ぶ。

 『『『ちょっと厳しいってレベルじゃねーぞ!!!!!!』』』

 あまりの非道なツッコミに泣きそうになりながらも、流はどこかで聞いた知恵を拝借する。

「そんな事を急に言われても……」
『『『今言わないで何時言うんだよ!!!!!!』』』
「そんな事も分からないのか!!」
『『『分かるかよッ!!!!!!』』』
「心配するな、俺も分からない!」
『『『だよな!! ワハハハハハハ』』』

 そう言うと流と観客(?)達は笑いあっていた、これぞ奇妙な友情と言えるのでは? と、流は一人満足する。
 そんな流と観客を見て、初心者達は心底疲れたように呟いた。

「何を言っているのか分からん……そこ、笑うところ??」
「この人達は何で笑っていられるのか分からない……」
「全くだな、ああ、全くだな……」
「ナガレさん凄い……」
「あ、あんな奴に俺は負けてない! そうだろレイナ!?」
「ひゃあ、あんな攻撃私のファイアサークルじゃ防げないね」

 そんな混乱を冷静に見つめる紳士はステッキを握りしめると、流に向かって言い放つ。

「君は何者だ? もう君は実力的に三星級は超えてるな、どうだね。ここでもう一戦してみないか? 次に出す怪物を倒せたら巨滅級の称号をプレゼントしよう」
 
 流はそんな紳士に真顔で返事をする。

「何者もなにも善良な商人だが。って言うか誰だお前は? 俺のジェニファーちゃんを返せ! いや、やっぱりいらな――」
「まあ! まあまあまあ! ミーを欲するボーイに巡り合える日がついに来たのね! なんて欲望に濁った眼で私を見るのかしらん、本当に汚らわ素晴らしい! 実にイイ! 運命を感じるわ、もうビン★ビンよん!」

 この日の夜、流は心から湧き出る涙で枕を濡らす事を確信した。
 狂気の妖刀しかり、異世界はやっぱりクーリングオフが出来ないのだと……。
 そして口は災いの元であると知って、大人の階段を一つ上ったのだった。

「さて、どうするのかしらん? 無論このまま三星級の称号だけで終わりにする事も可能だけどん?」
「称号はさておき、俺に運命を感じないでくれ。まあ……当然やらせてもらおうじゃないの。その巨滅級って奴を、な?」

 そう流が不敵にジェニファーちゃんに指を指し、そう宣言すると練習場は活気立つ。

「ロンリーボーイならそう来ると思ったわん! あ、もうすぐミーとイッショに冒険するんだからロンリーは卒業ね、うふふん」
「いや、ジェニファーちゃんを返品するので、さっきの紳士を返してください。切実にお願いします、いやマジで」

 不敵な男はすぐに萎れた事を懇願したのだった。

「ここはある程度広いとは言えるけど~、強度的に心配があるわん。そこでボーイにはこの後すぐじゃなくて、夕方頃にまたここへ来てちょうだいねん。その頃にはここの強化も終わらせておくからん」
「幼気なボーイの頼みはさらっとスルーですか、そうですか。ああ分かりましたよ、夕方に来ますよ!」
「あはん♪ ぢゃ、そう言う事でまた後で会いましょう」
「出来れば会いたくないが仕方ない……」

 戦闘よりも精神的にヤラレタ流は、夕方の事を思うとガッカリする。

「あっと、ボーイがあまりにも持って行ったから、忘れそうになったわん。他の参加者達の評価を発表するわ~ん」

 流以外の参加者も思わず忘れていたので、全員静かに聞いていた。

「えーっと、まずはチーム『殲滅し隊』は二星級に合格よん」

 三人はヨシ! と拳を掲げる。

「次に『ドラゴンスレイヤー』ねん」
「違う! ドラゴンスレーヤーだ!」
「あらん、それは失礼。じゃあそのスレーヤーちゃんは一星級合格よん。二星級への挑戦権は獲得したから、次の実力テストの時にいらっしゃいね」
「な!? どうして俺達はダメで、あいつ等やナガレの奴はいいんだよ!」
「だめね~ダメダメ。それが分からないからこそ、不合格なのよん」
「同じ数倒しただろうが!」

 すると周りの冒険者達がカワードへ苦言を投げつける。

「それが分からんと死ぬだけだぞ小僧。そこのバケ……ゴホン。ジェニファーちゃんは見た目はアレだが超一流の冒険者だ。そいつが言うんだ、間違いないし、俺達もそう思うぞ? だから大人しく精進しとけ」
「そうよ、私達もあのバ……コホン。ジェニファーちゃんに何度助けられたかしれないのよ? 大人しく言う事を聞いておきなさい。じゃないと死ぬわよ?」

 カワードは苦虫を噛み潰したような表情になり、その場を後にする。

「み、皆さん、すみません! うちの馬鹿が礼儀知らずで」
「本当に申し訳ない、心より謝罪します」

 レイナとリリアンが申し訳なさそうに謝り、それを先輩冒険者達は快く受け入れる。

「ああ、気にするな。それより組む相手は選べよ? 命にかかわるからな」
「だねぇ。ま、分からない事があれば教えてあげるよ。分かる範囲でね」
「皆さんありがとうございます。じゃ失礼しますね」

 そう言うと二人は頭を下げて、カワードを追って行った。
 それを見た殲滅し隊と、流も続いて練習場を後にする。

 その後ろ姿をジェニファーはじっと見つめて独り言ちる。

「冒険者には大きく分けて二つのタイプが居るわ。一つは富と名声と享楽を求める者。もう一つは訳アリでなる者。殲滅し隊ちゃんもアレだけど、ドラスレちゃんは明らかに後者ね。でも一番分からないのは……」
「あのボウヤかい、ジェニファー?」

 いつの間にかジェニファーの隣には、四十代ほどの黒いフルアーマーの鎧を着た大柄で、暗めの金髪に精悍な顔つきだが、無精ひげを生やした、どこかチョイ悪風な雰囲気を持つ男が立っていた。

「あら、ヴァルファルドじゃな~い。いつここへ?」
「丁度さっきだよ、領主様に呼ばれてな。で、さっきのボウヤは何者だ?」
「アハン♪ それはミーも分からないわん。自称商人らしいけどねん。ただ……ミーの運命の相手よ! もうそれは間違いないわん! だから貴方の思いには答えられないの、罪なミーを許してねん」
「そ、そうか。それは良かったな、俺の事は気にするな。それより今夜は祭りだな、それも大祭だ」
「ええ、間違いなくね。ボーイは久しぶりの『公開認定』を受ける事になるわ。それは私が保証してもいいわん」
「お前にそう言わせるだけの男……か」
「アハン♪ 今夜が楽しみねん。さて、結界師や土魔法使い達を急いで集めなきゃ。じゃあまたねん」

 そう言うとジェニファーは颯爽と去って行った。

(……領主様が俺を呼んだ事と関係があるのか? まさかな……しかしあの剣技の業は何だ?)

 ヴァルファルドは黄狼の死体を見つめながら、今夜の死闘が楽しみで仕方なかった。
 この斬撃をまた見れるのかと思うと、ゾクゾクと背筋が喜ぶ。

「商人、ね。フッ……全てを捨ててここへ飛んで来たんだ。退屈はさせてくれるなよ」

 そうヴァルファルドは独り言つと、今夜の準備にハチの巣をつついたようなギルドの喧騒の中へと消えて行った。
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