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027:アスガルド帝国とウロコの魔女

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 一人は金髪に癖っ毛があり、獅子を思わせる背の高い青年。
 一人は青年と似た顔だが、冷たく美しい顔の娘。
 一人は五十代半ばほどの、ハゲあがったタレ目で贅肉の塊みたいな男。

 そのなかで青年が重々しく口を開く。

「魔女の呪いをうけた聖女など、この国の汚点というものだ」
「ええそうですわよ兄上。ですから早々に処分をいたしませぬと。あなたもそう思うでしょう、オルド宰相?」
「はい。皇太子殿下と、姫殿下のおっしゃるとおりです。ではあの計画を?」

 その言葉をうけ、皇太子殿下と呼ばれた男は「やれ」と一言告げる。

「承知いたしました。ですが……皇帝陛下はこの事を?」
「フン。老いぼれは知らぬし、知る必要もない。が、近い将来に皇帝となるオレの勅命・・では不満かオルド?」

 その言葉にオルドは左の口角をあげながら頭を下げつつ、「陛下のみが使える勅命ちょくめい……つつしんで拝命いたします」と言うと、呆れた声で娘――エリザベートが話す。

「よくおっしゃいますわね。まだ皇太子だと言うのに」
「それが何だというのだ。このヴァルマーク・フォン・アスガルドが、皇帝となるのは確定ではないか?」
「まぁ……それはそうでしょうけれど……」
「それにお前もそのおかげで聖女になれるのだ。喜ばしい事ではないか」

 エリザベートはギリッと奥歯を噛みしめながら、乱暴に吐き捨てる。

「あたりまえですわ。あんな魚鱗ぎょりんの魔女が聖女だなどと、神がゆるしても、ワタクシはゆるせませんわ!!」

「魚鱗の魔女、か。我らと同じ美しい容姿をもちながら、顔面にウロコの入れ墨が入るとはな。まぁよい、ではオルド宰相、あとは任せた。それと例の娘だがどうなった?」

「はい陛下……おっと、口が滑りましたな。別室に待たせておりますゆえ、存分にお楽しみを」
「はっはっは。それでよい、では案内あないせい」

 オルドの肩を抱き、ヴァルマークは玉座の間を後にする。
 ポツリと残されたエリザベートは、玉座をみつめると足を動かす。
 一段、また一段と階段を登り、五段めを上がり終えると静かに玉座へと腰を下ろす。

「次期皇帝ですか? 馬鹿をいうのも大概になさいませ兄上。オルドの傀儡かいらいになり、酒と快楽におぼれた者に玉座ココはふさわしくない。この玉座はワタクシのモノ。そう、エリザベート・フォン・アスガルドのね」

 右手を肘かけにのせ天井にあるステンドグラスをにらむ。
 そこには月明かりに照らされた聖女が透けて見え、アスガルド王国を聖なる光で照らしていた。

 苦々しくそれを見ながら、血も凍る冷めた声でつぶやく。

「姉より優れた妹が居ていいはずがない。そう、ワタクシが真の大聖女。この国を支配し、聖なる光で国を照らすのだから」

 ほの暗く、うすくわらうエリザベートは、忌々しい妹の顔を思い出す。
 苛つきで顔をゆがめるが、この苛立ちもあと少しで片がつくと思うと心が静まる。

 だから「聖女の光を取り戻しますわ」といいながら、ステンドグラスを見上げるのだった。



 ◇◇◇



「んんん……どこだここは……」

 体の痛みで起きると、そこは知らない天井があった。
 むくりと起き上がると腰が痛く、そこが木の床だと気がつく。

「あぁそうか。俺はガキになっちまってたんだった……」
『おはようございます主。今日も晴天で気持ちがいいですよ』
「おはよ~! ってお前は寝てない感じな声だけど、平気なのか?」

『ええ、私はこの状態なら寝なくても平気ですよ』
「それはいいなぁ。一週間寝ないでぶっ通しで釣りができるじゃん! 特別な力を持つ存在って感じだよなぁ」
『ハァ~。主の基準は、あいも変わらず釣りソレなんですね。まぁもっとも、もう一匹の特別な力を持つ駄犬は、まだ寝ていますがね』

 ふと耳に聞こえてくる寝言。
 聞き耳を立てると、「んぁぁ、女幽霊やめるんだワンよぅ」とか言って体をくねくねさせている。

 女の幽霊に追いかけられている、悪夢でもみているのだろうか……怖い。

「なんだかお取り込み中のようだな」
『ですね。さて今日は何をしましょうか?』
「そりゃ決まってるさ。まずは釣り! そのあとメシ! そして家を建てるぞ!!」
『釣りから始まる異世界二日目ですか。実に主らしいですね』
「だろ? って事で行こうぜ!」

 そう言いながら、まだ寝ている子狐わん太郎を左肩に背負い、相棒を右手に社を出る。
 ふと振り返ると御神体みたいな物があり、そこに一応あたまを下げておいた。
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