大好きだけど

根鳥 泰造

文字の大きさ
48 / 51
第三話 真っ直ぐな愛と歪んだ愛

虎が雨 泣きたき夜を隠しけり

しおりを挟む
 木曜日の深夜に、来夢がパジャマ姿でやってきた。また、下の世話に来てくれたらしい。
 この間は、つい見栄を張り我慢したが、今は無性に彼女を抱きしめたい。
 あの後、俺なりにいろいろと考えた。仕事が好きなのも、会社への責任がある事も、良く分る。だが、だからと言って、アメリカ人になって永住する必要なんてない。単に、齢の差の負い目と、責任感とから、そんな馬鹿げた事を考えたに決まっている。
 それに最初は怪我をさせた贖罪だと言っていたが、最後には、俺を真剣に考え、身も心も差し出すつもりだと言っていた。
 なら簡単だ。互いに愛し合っている同志。思いっきりセックスして、愛し合えば良い。
 俺は半人前で、まだ来夢を幸せにする資格はないが、彼女を思い直させるには、その方が良い。そうすれば、俺と一緒に成りたいという気持ちが強くなり、アメリカ人になるなんて馬鹿な考えを改め、俺との結婚を真剣に考えてくれる。
 そう結論を出した。

 なのに、今日はベッドには入ってこないで、机の椅子をベッド脇に持って来て、それに腰掛けた。
「大事な話があるの。私の本当の気持ちを話すから、何も言わないで聞いてくれる?」
 俺はベッドを降りながら頷き、彼女の前に移動して、ベッドの端に座った。
「私、あなたを一目見た時から好きになり、今では心の底から愛している。世界中で一番、おそらく私の生涯の中で一番好き。最初は、年齢差を気にして、お姉さんとして付き合おうなんて考えたりした。けど、今は違う。もう年の差は関係ない。あなたに抱かれたい。抱きしめて欲しい。あなたと結婚したいと、素直に思っている」
 だから、俺もそれに答えてプロポーズした。
「でも、あなたと結婚したら、アメリカには戻れない。あなたにアメリカに来てもらうなんて横暴だし、あなたにはここで頑張って働いて欲しい。でもね、結婚して、あなたの子供を育てて、幸せな家庭を築けたとしても、好きな研究をあきらめた事を絶対に後悔する。それがはっきりと分ったの。結婚よりも、好きな研究に、一生を捧げる事の方が、私にとって大切だと確信した。例え、一生独身で終っても、好きな研究を続けられたら、きっと幸せ。後悔はしない。そりゃあ、結婚して幸せな家庭を持ち、更に研究開発ができたら最高だけど、少なくともあなたとは無理。だから、結婚はできない。御免なさい。これが私の本当の気持ち。お願い、婚約を無かったことにして下さい」
 なんで、突然、そんな飛躍しちゃうんだろう。あと二年か三年、好きな研究に没頭して、それにケリをつけてから、俺と結婚すればいいだけじゃないか。
 一つの研究に、一生を捧げるなんて、馬鹿げてる。
「嫌だ。婚約は解消しない。絶対に君と結婚する。一緒に生活したい」
「分かってよ。今の研究をしたくて、共同出資者を集めて、会社を立ち上げ、双葉商事も辞めた。私は好きな研究をするために、全て賭けたの。今の会社を辞めるなんて絶対に嫌。どんな事があっても、アメリカに帰って、研究を続ける。分ってよ。婚約を解消して。お願い」
 きっと、一生懸命に悩んでの結論なんだろう。なら、もう諦めるしかない。
「分かった。君を不幸にするのは本意ではないから」
「ありがとう。じゃあ、これ」
 来夢は、ポケットから指輪ケースを取り出し、俺に返して来た。
 婚約発表の後に、自分の全貯金をはたいて買ったダイヤの指輪だ。一度だけ指にはめてくれたけど、その後、一度も嵌めてくれず、遂に返却されてまった。
「それから、あの約束も無しにして。清い関係の友人として分れたいの。いいよね」
「確かに前回拒否したのは俺だし、ここは諦めると言うべきなんだろう。けど、君の気持ちが分らない。結婚する気はないのに、なんであの時、俺とセックスしようとしたの」
「あの事件とは関係ないと言ったら嘘になるけど、結婚する気は無くても、あなたの事は大好き。だから、真剣に愛し合って、あなたとの想い出を作りたかっただけ」
 彼女は、なぜか急に天井を見上げ、暫く何も言わなかったが、また話はじめた。
「私の所為で、あなたに怪我をさせてしまい、今更、アメリカに戻るので、さようならも、無いでしょう。だから、最初は償いの意味もあった。でも、あなたの事を考えたら、償いや遊びではいけないと思った。あの事件が無かったとしても、私はあなたとセックスしたかった。真剣に愛し合って、最後の恋として、あなたとの思い出を胸に、一生独身で研究に冒頭しようと考えて、あの日に臨んだの」
 同情でのセックスは嫌だったが、真剣に愛し合うつもりだったのなら、それに答えて、思いっきり抱けばよかったと後悔した。
「でも、それも止める。私は、その方が幸せでも、あなたに、少なからず影響が残り、将来の足かせになってしまいかねないから。あなたと私は、単なる友人の方が、互いにきっと良い。都合がいい自分勝手は分ってるけど、お願い。清い関係のまま別れましょう」
 正直、来夢を抱きたい。今、彼女をベッドに押し倒してでも、セックスしたい。
 でも、ここは我慢して、何もせず、彼女を送り出してやるのが男というものだ。
「君の気持ちは分かった。結婚もセックスも諦める。でも、一言だけ言わせて欲しい。俺は来夢が大好きだ。君に出会って、人を好きになると、こんな幸せな気持ちになれるのかと初めて知った。有難う。君との事は一生忘れない」
「じゃあ、帰るね」
 彼女は、そういって慌てて立ち上がり、深々と頭を下げ、逃げる様に扉に向かった。
 気づかれない様に、隠したつもりの様だが、目から涙があふれ、こぼれるのが見えてしまった。
「本当に、御免ね。安田翔さん」
 彼女は、向こうをむいたまま、もう一度謝って、部屋を出て行った。

しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

妻の遺品を整理していたら

家紋武範
恋愛
妻の遺品整理。 片づけていくとそこには彼女の名前が記入済みの離婚届があった。

セーラー服美人女子高生 ライバル同士の一騎討ち

ヒロワークス
ライト文芸
女子高の2年生まで校内一の美女でスポーツも万能だった立花美帆。しかし、3年生になってすぐ、同じ学年に、美帆と並ぶほどの美女でスポーツも万能な逢沢真凛が転校してきた。 クラスは、隣りだったが、春のスポーツ大会と夏の水泳大会でライバル関係が芽生える。 それに加えて、美帆と真凛は、隣りの男子校の俊介に恋をし、どちらが俊介と付き合えるかを競う恋敵でもあった。 そして、秋の体育祭では、美帆と真凛が走り高跳びや100メートル走、騎馬戦で対決! その結果、放課後の体育館で一騎討ちをすることに。

性別交換ノート

廣瀬純七
ファンタジー
性別を交換できるノートを手に入れた高校生の山本渚の物語

真面目な女性教師が眼鏡を掛けて誘惑してきた

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
仲良くしていた女性達が俺にだけ見せてくれた最も可愛い瞬間のほっこり実話です

処理中です...