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二の姫
閑話休題、その一
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朝顔の君、と呼ばれるようになったのは、家がすこしだけ裕福になったころだった。それまでは、京からは遠い東の地で、梅香と呼ばれていた。
小さい頃の記憶といえば、年の近い子と泥だらけになって遊んだ記憶しかない。
貴族の娘だからといって、遠慮されるのは嫌だったから、ほかの子たちと一緒に扱って欲しいと頼んだことを覚えている。みんな困惑していたけれど、自分たちと同じように泥だらけになって遊んでいる様子を見て、だんだんと遠慮しなくなっていった。
ど田舎といっても過言ではない、なにもないところだったけれど、特に不便はなかった。物心ついた頃から過ごしていれば、慣れてしまうものだ。
それから父がすこしだけ出世し、京に来ることになった。友達がくれた朝顔の種。それを世話しているうちに、屋敷の周りは朝顔だらけになり、そのうち朝顔の君という名前ができた。まるで、自分が自分でなくなるような気さえした。
——わたしは、梅香なのに。
誰もその名で呼ばなくなった。父も、母も。つけられた女房も、梅香とはどこか距離がある。もう小さな頃のようには、誰も遊んではくれない。
それが、京に来るということであり、大人になるということなのだと知った。
外で遊ぶことはなくなり、家の中でただひたすら姫君としての練習をした。
和歌を詠んだり、箏を弾いたり。
教養がなければ、選ばれない。
父はよくそう言っていたけれど、そもそも田舎育ちの自分では、今さら教養を身につけるなんて、無理ではないかとすら思っていた。
すてきな男君を見つけるったって、地方の貴族に毛が生えたぐらいのこの家では、すぐに貰い手が見つかるわけもない。それなら、東にいたほうがよっぽど幸せだったのではないかと思った。
そんな日々が一気に変わったのは、頭中将に出会ってからだった。
出会ったのは、本当に偶然だった。
冬のある日、遠出をして雪景色を見たいと頼んだことがあった。
雪を見れば、すこしだけ東にいた頃の日々を思い出せるのではないか、と思ったのだ。両親も、梅香が故郷を恋しがっていることはわかってくれていたものだから、すぐに認めてくれた。
久しぶりの外の世界。
すこしだけ離れた小高い山から、雪に覆われる京の都を見下ろした。あまりの美しさにため息が出て、それと一緒に悲しくなった。
自分はもう小さな頃には戻れないのだと。
髪を揺らす冷たい風も、頭上に広がる澄み切った空も、もう誰かから許可をもらわなければ見ることが出来ないのだ。自分のために生きることは難しくて、家のことを考えて生きなければいけない。
それが、「姫君」になるということ。
頭ではわかっていたはずなのに、涙が溢れた。ついてきた女房たちにも知られたくなくて、扇で顔を隠して。
そんなもので自分の本心を隠す術を身につけてしまった自分を自嘲した。
その時から、慎ましやかな姫君として生きようと決意したのだ。
小さい頃の記憶といえば、年の近い子と泥だらけになって遊んだ記憶しかない。
貴族の娘だからといって、遠慮されるのは嫌だったから、ほかの子たちと一緒に扱って欲しいと頼んだことを覚えている。みんな困惑していたけれど、自分たちと同じように泥だらけになって遊んでいる様子を見て、だんだんと遠慮しなくなっていった。
ど田舎といっても過言ではない、なにもないところだったけれど、特に不便はなかった。物心ついた頃から過ごしていれば、慣れてしまうものだ。
それから父がすこしだけ出世し、京に来ることになった。友達がくれた朝顔の種。それを世話しているうちに、屋敷の周りは朝顔だらけになり、そのうち朝顔の君という名前ができた。まるで、自分が自分でなくなるような気さえした。
——わたしは、梅香なのに。
誰もその名で呼ばなくなった。父も、母も。つけられた女房も、梅香とはどこか距離がある。もう小さな頃のようには、誰も遊んではくれない。
それが、京に来るということであり、大人になるということなのだと知った。
外で遊ぶことはなくなり、家の中でただひたすら姫君としての練習をした。
和歌を詠んだり、箏を弾いたり。
教養がなければ、選ばれない。
父はよくそう言っていたけれど、そもそも田舎育ちの自分では、今さら教養を身につけるなんて、無理ではないかとすら思っていた。
すてきな男君を見つけるったって、地方の貴族に毛が生えたぐらいのこの家では、すぐに貰い手が見つかるわけもない。それなら、東にいたほうがよっぽど幸せだったのではないかと思った。
そんな日々が一気に変わったのは、頭中将に出会ってからだった。
出会ったのは、本当に偶然だった。
冬のある日、遠出をして雪景色を見たいと頼んだことがあった。
雪を見れば、すこしだけ東にいた頃の日々を思い出せるのではないか、と思ったのだ。両親も、梅香が故郷を恋しがっていることはわかってくれていたものだから、すぐに認めてくれた。
久しぶりの外の世界。
すこしだけ離れた小高い山から、雪に覆われる京の都を見下ろした。あまりの美しさにため息が出て、それと一緒に悲しくなった。
自分はもう小さな頃には戻れないのだと。
髪を揺らす冷たい風も、頭上に広がる澄み切った空も、もう誰かから許可をもらわなければ見ることが出来ないのだ。自分のために生きることは難しくて、家のことを考えて生きなければいけない。
それが、「姫君」になるということ。
頭ではわかっていたはずなのに、涙が溢れた。ついてきた女房たちにも知られたくなくて、扇で顔を隠して。
そんなもので自分の本心を隠す術を身につけてしまった自分を自嘲した。
その時から、慎ましやかな姫君として生きようと決意したのだ。
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