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二の姫
閑話休題、そのニ
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それからは、姫君として相応しくあるように、意識するようになった。
苦手だった和歌も箏も、きちんと練習をするようになり、周りの女房たちからは人が変わったようだとまで言われた。
心のなかにもう一人の自分——「朝顔の君」としての自分が生まれているのがわかった。「梅香」は、過去の自分になった。
頭中将からの和歌が届いたのは、そんなある日のことだ。どうやら、冬に出かけたあの時、姿を見られていたらしかったのだ。
あなたのことをもっと知りたい。
そんな和歌をもらったのだ。
最初は、嬉しさより驚きと混乱のほうが強かった。あんなところを見られていたのだと思うと、恥ずかしさのほうが優った。
女房たちは、京でいちばんの色男からの和歌と知り、一気に浮足だった。梅香自身の気持ちなどいざ知らず、ぜひにお会いしましょうと鼻息荒くする始末。
梅香の意志はそこになく、いつの間にか頭中将のもとに梅香ではない誰かが代筆した和歌を送ってしまったようだった。そのまま、知らないふりをしてしまいたかったのに、一度返事をしてしまえばそういうわけにもいかなかった。
女房が詠んだ和歌は、すこし今の流行とは違ったようだが、それさえも頭中将にとっては物珍しかったのだろう。
また、和歌が届くのだった。
それからは、もう観念するしかなかった。梅香がどう思おうと、このまま頭中将との関係が進展することを周りに望まれている。それを思うと、周りの期待に応えなければという気持ちのほうが大きくなった、
それに、最初は嫌々だったはずなのに、だんだん頭中将からの和歌が楽しみになる自分がいたのだ。
次はどんな和歌を送ろう。
いつの間にか、生活のなかで頭中将のことを考える日が多くなった。月の綺麗な夜には、どんな月を見ているのか、知りたくなったし、朝露が綺麗な朝は、そのきらめきごと見せたくもなった。
そんな梅香の気持ちとは裏腹に、頭中将からの和歌はなかなか来なくなっていった。それとほぼ同じ時期に、女房から頭中将の恋人の噂を聞いた。
左大臣家の姫君。
家柄もよく、教養もあり、絶世の美女。
それを聞いてしまえば、自分が叶いっこないことは一目瞭然だった。
そんな女性と張り合うほうが愚かなことだ。そう自分に言い聞かせて、頭中将のことを気にしないようにした。
梅香の落胆よりも、周りの落胆のほうが大きかったのかもしれない。頭中将と言えば、若くして出世街道をひた走る出世頭だ。そんな男君と結婚できたのであれば、この家も中央の貴族として認められたはずである。こんな京の外れに家を構えることもない。
梅香は、そんな家をかけた期待に応えることができなかったのだ。周りからのため息が聞こえるたびに、びくびくと怯えるようになった。誰かが自分の陰口を言っているのではないかと、そう思うようになってしまった。
あの妖狐が自分に取り憑いたのは、そんな頃だったのだと思う。
苦手だった和歌も箏も、きちんと練習をするようになり、周りの女房たちからは人が変わったようだとまで言われた。
心のなかにもう一人の自分——「朝顔の君」としての自分が生まれているのがわかった。「梅香」は、過去の自分になった。
頭中将からの和歌が届いたのは、そんなある日のことだ。どうやら、冬に出かけたあの時、姿を見られていたらしかったのだ。
あなたのことをもっと知りたい。
そんな和歌をもらったのだ。
最初は、嬉しさより驚きと混乱のほうが強かった。あんなところを見られていたのだと思うと、恥ずかしさのほうが優った。
女房たちは、京でいちばんの色男からの和歌と知り、一気に浮足だった。梅香自身の気持ちなどいざ知らず、ぜひにお会いしましょうと鼻息荒くする始末。
梅香の意志はそこになく、いつの間にか頭中将のもとに梅香ではない誰かが代筆した和歌を送ってしまったようだった。そのまま、知らないふりをしてしまいたかったのに、一度返事をしてしまえばそういうわけにもいかなかった。
女房が詠んだ和歌は、すこし今の流行とは違ったようだが、それさえも頭中将にとっては物珍しかったのだろう。
また、和歌が届くのだった。
それからは、もう観念するしかなかった。梅香がどう思おうと、このまま頭中将との関係が進展することを周りに望まれている。それを思うと、周りの期待に応えなければという気持ちのほうが大きくなった、
それに、最初は嫌々だったはずなのに、だんだん頭中将からの和歌が楽しみになる自分がいたのだ。
次はどんな和歌を送ろう。
いつの間にか、生活のなかで頭中将のことを考える日が多くなった。月の綺麗な夜には、どんな月を見ているのか、知りたくなったし、朝露が綺麗な朝は、そのきらめきごと見せたくもなった。
そんな梅香の気持ちとは裏腹に、頭中将からの和歌はなかなか来なくなっていった。それとほぼ同じ時期に、女房から頭中将の恋人の噂を聞いた。
左大臣家の姫君。
家柄もよく、教養もあり、絶世の美女。
それを聞いてしまえば、自分が叶いっこないことは一目瞭然だった。
そんな女性と張り合うほうが愚かなことだ。そう自分に言い聞かせて、頭中将のことを気にしないようにした。
梅香の落胆よりも、周りの落胆のほうが大きかったのかもしれない。頭中将と言えば、若くして出世街道をひた走る出世頭だ。そんな男君と結婚できたのであれば、この家も中央の貴族として認められたはずである。こんな京の外れに家を構えることもない。
梅香は、そんな家をかけた期待に応えることができなかったのだ。周りからのため息が聞こえるたびに、びくびくと怯えるようになった。誰かが自分の陰口を言っているのではないかと、そう思うようになってしまった。
あの妖狐が自分に取り憑いたのは、そんな頃だったのだと思う。
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