魔女の血と呪剣の旅人

くまのこ

文字の大きさ
57 / 59

一騎当千

しおりを挟む
 腕の中のリーゼルを見つめるカレヴィの脳内には、あらゆる思考が渦巻いていた。
 後方から魔法でモルティスの動きを抑えていた筈の彼女が、何故ここにいるのか。
 自分を庇って重傷を負ったリーゼルを連れて逃げるべきなのか。

――いや、彼女は、私が目的を果たせるよう、自らを盾にして守ってくれたのだ。それを無駄にはできない!

 実際には一秒にも満たない時間、だが永遠とも思える時の流れの中で思考していたカレヴィは、全身の骨がきしみ、捻じ切られそうな激痛に襲われた。
 カレヴィは、その痛みで我に返り、腕の中のリーゼルを、そっと地面に降ろした。
 剣を構え直してモルティスに斬りかかろうとした彼の前に、更に召喚された巨大な魔物が壁の如く立ち塞がる。
 一抱えほどもありそうな太さの触手や、鋭い鉤爪や牙、あらゆるものがカレヴィを捻じ伏せ擦り潰そうと迫った。
 彼は動ずることなく、大地を踏みしめ渾身の力で横薙ぎに剣を一閃させる。
 カレヴィの放った、空間自体すら切り裂くのではないかと思われる剣圧が、巨躯を誇る魔物たちを木っ端微塵にした。
 それは、「一騎当千」の名にたがわない、彼本来の力だった。
 間髪を入れず、カレヴィは神速と言われた踏み込みでモルティスに迫った。
 目の前の状況が信じられないとでも言いたげな表情で立ち尽くしているモルティスを、カレヴィは袈裟懸けに両断した。
 溢れた魔女の血が、カレヴィに降りかかる。
 真っ二つになったモルティスを見下ろし、小さく息をついたカレヴィは、彼女に、まだ意識が残っているらしきことに気付いた。
 カレヴィは警戒しながら、横たわるモルティスに近付いた。
 力を失ったのか、美しかった筈の彼女の姿は、見る影もなくなっている。
 輝くばかりだった銀色の髪は白く濁り、その顔には、実年齢相応の皺が刻まれていた。

「……アウロラ……なぜ……彼奴あやつを庇うなど……」

 焦点の合わない紫色の目で虚空を見つめながら、モルティスは譫言うわごとのように呟いている。

「言ったところで、貴様には分かるまい」

 カレヴィが言った時、モルティスは既に事切れていた。
 召喚者が倒された為か、魔物たちは、いつの間にか雲散霧消していた。
 リーゼルが重傷を負っていたのを思い出し、カレヴィは、彼女の許へ駆け寄った。
 地面に横たえられたリーゼルの傍には、イリヤとティボーが付き添っている。

「リーゼルには、今、イリヤが治癒呪文をかけてるよ」

 傷だらけのティボーが、カレヴィに言った。

「……って、カレヴィ、なんか大きくなってない? というか、全体的に見た目が変わってる……?」

 隣に屈み込んだカレヴィを見て、ティボーが驚いたように何度も瞬きをしている。
 カレヴィは、自分の身体を見下ろしてみた。
 見覚えのある、筋肉質な肩や逞しい腕――胸元にあるのは柔らかな膨らみではなく、盛り上がった胸筋だ。
 上半身の衣服が弾け飛んでしまった為、半裸の状態になっている彼は、自身が元の――男の肉体を取り戻していることに気付いた。
 思えば、リーゼルの血を浴びた直後に放った剣による一閃は、女の肉体では到底繰り出せないであろう一撃だった。

――モルティスの血縁であるリーゼルの血が、あの時、既に私の呪いを解いていたというのか?

 今になって思い至った事実にカレヴィが衝撃を受けている一方で、イリヤはリーゼルに対し何度も最上級の治癒呪文を詠唱していた。
 多くの血液を失い、蒼白な顔で身動きすらしていなかったリーゼルだが、その頬に少しずつ赤みが差してきている。
 やがて、彼女は薄らと目を開けた。

「リーゼル!」

 思わず叫んだカレヴィは、自身の声が、男のに戻っているのに気付いた。
 
「……カレヴィ?」

 リーゼルが、カレヴィの顔を不思議そうに見上げた。

「私が、分かるのか? 君のお陰で、元の姿に戻れたのだ」

 カレヴィが、そっとリーゼルの手を握ると、彼女は微笑んだ。

「うん……随分と大きくなっちゃってるし、声も違うけど……カレヴィだということは分かるよ……」

 言って、リーゼルは起き上がろうとしたものの、身体に力が入らない様子だった。
 カレヴィは、地面に倒れそうになったリーゼルの身体を支え、そのまま抱きしめた。

「だが、あんな無茶をして……君が死んでしまったら、私は……」

 腕の中のリーゼルが、あまりに華奢で小さいことに驚きながら、カレヴィは涙を流した。

「あの時、詠唱できた一番短い呪文が、視界の範囲内で瞬間移動できるというやつだったから……でも、ほとんど何も考えてなかったかもしれない」

 答えながら、リーゼルはカレヴィの胸に顔を埋めた。

「傷は塞がってるけど、出血が多かったから、しばらくは大人しくしとけよ……」

 そう言ったイリヤが、突然、地面に倒れ伏した。

「イリヤ、大丈夫かい?」

 ティボーが慌てて抱き起こすと、イリヤは鼻血を流して、ぐったりしている。

「もしかして、魔法の使い過ぎ?」

 リーゼルが、心配そうにイリヤを見やった。

「魔法を何度も使うと、やはり身体に負担がかかるのか?」

 カレヴィは、首を傾げた。魔法の素養のない彼にとっては、想像のつかない事態だった。 

「うん……短時間に大量の『魔素』を扱って限界を超えると、身体に負担がかかって昏倒したり、場合によっては死ぬこともあるの」
「そうなのか……魔術師も、何の危険もなく魔法を使っている訳ではないのか」

 リーゼルの説明に、今更ながらカレヴィは驚いた。

「……縁起でもないこと言うなよ……これくらい、休んでれば治るっての」

 ティボーに抱きかかえられているイリヤが、目を開けて言った。

「私の為に、治癒呪文を限界まで使ってくれたんだものね。ありがとう、イリヤ」

 リーゼルの言葉に、イリヤは少し照れたような笑いを浮かべた。

「戦闘の前に、あらかじめ防御力を高める魔法を使っておいたからな、あれがなければ危なかったと思うぜ」

「イリヤは、僕たちの生命線だね」

 ティボーが、何度も頷きながら言った。

「まぁ、ティボーが守ってくれてなけりゃ、俺なんて、あっという間に死んでたけどな……」

 そう言うと、イリヤは目を閉じた。疲労に勝てず、眠ってしまった様子だ。

――とうとう目的を果たすことができた……だが、これは仲間たちの力あってのことだ。

 カレヴィは、愛すべき仲間たちの姿を見ながら、再び目の奥が熱くなるのを感じた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ギャルい女神と超絶チート同盟〜女神に贔屓されまくった結果、主人公クラスなチート持ち達の同盟リーダーとなってしまったんだが〜

平明神
ファンタジー
 ユーゴ・タカトー。  それは、女神の「推し」になった男。  見た目ギャルな女神ユーラウリアの色仕掛けに負け、何度も異世界を救ってきた彼に新たに下った女神のお願いは、転生や転移した者達を探すこと。  彼が出会っていく者たちは、アニメやラノベの主人公を張れるほど強くて魅力的。だけど、みんなチート的な能力や武器を持つ濃いキャラで、なかなか一筋縄ではいかない者ばかり。  彼らと仲間になって同盟を組んだユーゴは、やがて彼らと共に様々な異世界を巻き込む大きな事件に関わっていく。  その過程で、彼はリーダーシップを発揮し、新たな力を開花させていくのだった!  女神から貰ったバラエティー豊かなチート能力とチートアイテムを駆使するユーゴは、どこへ行ってもみんなの度肝を抜きまくる!  さらに、彼にはもともと特殊な能力があるようで……?  英雄、聖女、魔王、人魚、侍、巫女、お嬢様、変身ヒーロー、巨大ロボット、歌姫、メイド、追放、ざまあ───  なんでもありの異世界アベンジャーズ!  女神の使徒と異世界チートな英雄たちとの絆が紡ぐ、運命の物語、ここに開幕! ※不定期更新。最低週1回は投稿出来るように頑張ります。 ※感想やお気に入り登録をして頂けますと、作者のモチベーションがあがり、エタることなくもっと面白い話が作れます。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。

みこみこP
ファンタジー
高校2年の夏。 高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。 地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。 しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。

勇者の隣に住んでいただけの村人の話。

カモミール
ファンタジー
とある村に住んでいた英雄にあこがれて勇者を目指すレオという少年がいた。 だが、勇者に選ばれたのはレオの幼馴染である少女ソフィだった。 その事実にレオは打ちのめされ、自堕落な生活を送ることになる。 だがそんなある日、勇者となったソフィが死んだという知らせが届き…? 才能のない村びとである少年が、幼馴染で、好きな人でもあった勇者の少女を救うために勇気を出す物語。

異世界召喚でクラスの勇者達よりも強い俺は無能として追放処刑されたので自由に旅をします

Dakurai
ファンタジー
クラスで授業していた不動無限は突如と教室が光に包み込まれ気がつくと異世界に召喚されてしまった。神による儀式でとある神によってのスキルを得たがスキルが強すぎてスキル無しと勘違いされ更にはクラスメイトと王女による思惑で追放処刑に会ってしまうしかし最強スキルと聖獣のカワウソによって難を逃れと思ったらクラスの女子中野蒼花がついてきた。 相棒のカワウソとクラスの中野蒼花そして異世界の仲間と共にこの世界を自由に旅をします。 現在、第四章フェレスト王国ドワーフ編

40歳のおじさん 旅行に行ったら異世界でした どうやら私はスキル習得が早いようです

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
部長に傷つけられ続けた私 とうとうキレてしまいました なんで旅行ということで大型連休を取ったのですが 飛行機に乗って寝て起きたら異世界でした…… スキルが簡単に得られるようなので頑張っていきます

最難関ダンジョンをクリアした成功報酬は勇者パーティーの裏切りでした

新緑あらた
ファンタジー
最難関であるS級ダンジョン最深部の隠し部屋。金銀財宝を前に告げられた言葉は労いでも喜びでもなく、解雇通告だった。 「もうオマエはいらん」 勇者アレクサンダー、癒し手エリーゼ、赤魔道士フェルノに、自身の黒髪黒目を忌避しないことから期待していた俺は大きなショックを受ける。 ヤツらは俺の外見を受け入れていたわけじゃない。ただ仲間と思っていなかっただけ、眼中になかっただけなのだ。 転生者は曾祖父だけどチートは隔世遺伝した「俺」にも受け継がれています。 勇者達は大富豪スタートで貧民窟の住人がゴールです(笑)

処理中です...