魔女の血と呪剣の旅人

くまのこ

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果たすべき約束

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 二十年以上もの間タイヴァスを支配してきた魔女、モルティスは討たれた。
 もちろん、これで終わる筈もなく、彼女に蝕まれていた国の立て直しという作業が待っている。
 その作業を、反体制組織……現在は解放軍と呼ばれている「カピナ」が中心になって行うことに、国民たちの多くは納得していた。
 カレヴィは、「カピナ」の頭領であるトゥ―レから、新生タイヴァスの王の座に就くことを要請された。

「私は一介の剣士に過ぎない。とても、王などという器ではない」

 そう言って固辞するカレヴィに、トゥ―レや「カピナ」の幹部たちは食い下がった。

「モルティスを討った『一騎当千』のカレヴィ殿が王位に就くことで、国民も納得し、早くに国が安定するだろう。どうか、力を貸してもらえないか」

「たしかに、トゥ―レさんたちの言うことも一理あるかもね」
「形だけでも、強そうな主導者がいるというのは、他国を相手にする時の強みになるからなぁ」
 
 傍らで聞いていたティボーとイリヤが、なるほどと頷いているのを見て、カレヴィは頭を抱えた。
 リーゼルは、心配そうにカレヴィの顔を見上げている。

「故郷の為に働くことに関してはやぶさかではないが……」
「もちろん、カレヴィ殿を一生縛り付ける訳ではない。王家も実質滅亡状態だし、我が国も、ルミナスや他の自治都市などのような議会制政治の形を取らなければならないと考えている。その体制が整うまでの間、王の座に就いてもらえないだろうか」

 渋るカレヴィに、トゥ―レが譲歩するように言った。
 
「――そうか。期限付きということであれば……」
「引き受けてもらえるか、カレヴィ殿」

 考え込むカレヴィに、トゥ―レと「カピナ」の幹部たちが迫った。

「……承知した。ただ……」
「ただ?」
「一つ、やらなければいけないことがある。それを済ませるまで、待ってもらえないだろうか」

 カレヴィは、そう言ってリーゼルを見た。


 タイヴァスを出たカレヴィとリーゼル、ティボーそしてイリヤの一行は、自治都市バイーアの港から、海路でブルーメ王国の港町キュステへ向かった。
 久々に訪れるキュステの街は、雰囲気も明るく、相変わらず賑わっている。
 カレヴィたちは、リーゼルの養い親であるオットーとエリナの住む家を訪れた。
 
「まぁ、リーゼル! ずっと連絡がなかったから、心配していたのよ」

 玄関先でリーゼルの姿を見たエリナは、涙ぐんで彼女を迎えた。

「ごめんなさい。色々と事情があって……あとで説明するわ」
 
 そう言うリーゼルを、エリナが抱きしめる様子を見て、カレヴィは胸が熱くなった。

「ずいぶんと、お友達を連れてきたんだな。……おや、カレヴィは、どうしたんだい?」

 オットーが、リーゼルの後ろに立っているカレヴィたちを見回して言った。

「わ、私が、カレヴィです」

 カレヴィが答えると、オットーとエリナは腰を抜かさんばかりに驚いた。
 彼らが知っているのは、細身の女性の姿をしたカレヴィであり、正に青天の霹靂へきれきだろう。

「言われてみれば、面影があるな……とりあえず、家に入りなさい」

 オットーとエリナに促され、カレヴィたちは彼らの家に入った。
 客間に通されたカレヴィたちは、これまでにあったことを、オットーとエリナに説明した。
 老夫婦は、カレヴィたちの話を聞いて、驚いたり心配したりを激しく往復している。

「私は、血縁上はモルティスの孫ということになるけど……それでも、お父様とお母様を家族だと思っていいのかな」

 躊躇ためらいがちに言うリーゼルと、老夫婦の姿を交互に見ながら、カレヴィは内心はらはらしていた。

「何を言っているんだ。お前は、私たちの大事な娘だよ」
「そうよ。心配することなんて、ある訳ないじゃない」

 老夫婦の温かな言葉を聞いたリーゼルの菫色の目から、大粒の涙がこぼれ落ちる。

「『カピナ』の頭領には、モルティスの孫である『アウロラ』は、戦闘で亡くなったことにして欲しいと頼んであります」

 カレヴィは、口を挟んだ。

「だから、ここにいるのは、あなた方の娘、リーゼルです」

「そうか、それでいいと思うよ」

 オットーとエリナは、何度も頷いている。

「それにしても、まさか、モルティスの呪いが、性別を反転させるものだったなんて……」

 エリナが、カレヴィを、まじまじと見つめた。
 
「黙っていて、申し訳ありません……」
「仕方ないわ。私たちはカレヴィを女性として扱っていたから、言いにくかったのも分かるし」

 肩をすぼめるカレヴィに、エリナが微笑んだ。

「……これで、オットー殿たちとの約束は、一応、守れたことになりますね」

 カレヴィは、ルミナスを目指して、この家を発った日を思い出した。
 ずっと昔のことのようであり、また、ついこの間の出来事のような気もする、不思議な感覚があった。

 カレヴィ一行は、数日の間、老夫婦のもとで過ごした。
 彼らの温かなもてなしと穏やかな時間は、戦いの日々に疲れていたカレヴィたちを癒した。
 そして、カレヴィがタイヴァスへ戻る日がやってきた。
 ティボーとイリヤも、カレヴィの手助けをするべく同行を申し出た。
 
「私も、カレヴィと一緒に行ってはいけないの?」

 旅支度を終えたカレヴィに、リーゼルが寂しそうな目を向けた。

「やっと、ご両親のもとへ帰ったんだ。一緒にいてあげてくれ」

 カレヴィは、リーゼルの肩に手を置いて言った。既に高齢であるオットーたちを気遣ってのことでもあった。

「タイヴァスが落ち着いたら、ここにくるつもりだ。それまで、少しだけ待って欲しい」
「……うん、待ってるよ」

 固く抱き合う二人を、ティボーとイリヤ、そして老夫婦は、優しく見守っていた。
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