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◆皇帝守護騎士は許さない
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気付くと、彼女は埃っぽい地面に転がっていた。
手足が思うように動かず、起き上がることすら出来ない。
かろうじて、何とか動かせる首を捻ってみると、傍に屈んでいる何者かが、彼女の顔を覗き込んでいるのが分かった。
自分が、完膚なきまでに、戦いに敗れたのだということを、彼女は思い出した。
そして、止めすら刺されず、惨めな姿を晒すのは、彼女にとって耐えがたい屈辱だった。
戦いに敗れた者に生きる資格も価値も無い――当たり前のように、彼女は、そう思っていた。
「殺せ……止めを刺せ!」
自分を見下ろす「何者か」に向かって、彼女は叫んだ。
「そんなことはしない。女性は労り大切にするものだ」
「何者か」が言った――美しい顔をした男だった。
泥や埃に塗れてはいたが、それらは、彼の美しさを損なうものではなかった。
男の、長い睫毛に縁取られた、緑色に透きとおる目が、少し悲し気に彼女を見つめる。
──なぜ、勝利したというのに、そんな悲しい目をしているのだ。
彼女には、理解できなかった。
男は立ち上がると、彼女に背を向けて走り去った。
「待て!」
自身の叫び声で、グスタフは目覚めた。
夢を見ていたらしい。
慌てて飛び起きた彼女は、酷い眩暈と、吐き気を覚えた。
腕には、点滴の管や、脈拍や血圧を測定する機器などが取り付けられている。
グスタフは周囲を見回して、自分が医療施設の病室にいることを確認した。
その時、部屋の扉が開き、白い服に身を包んだ女性が入ってきた。医療従事者だ。
「意識が戻られたのですね。ご気分は如何ですか」
「最悪だよ。眩暈がするし、胃が裏返りそうに気持ち悪い」
「薬の副作用かもしれません……収容された時、グスタフ様は錯乱している状態に近かったので、治療の妨げにならないよう、眠って頂いていました。お体の損傷部位は、治癒の能力を持つ『異能』の者たちによって、修復されています」
医療従事者は、少し言いにくそうに説明した。
自身が、どんな醜態を晒したのかを想像したグスタフは、激しい羞恥心に心臓を絞られるような気分になった。
「そうだ。ここは、どこ? 僕は、どれくらい眠っていたんだ?」
「本国の、中央医療機関です。グスタフ様が受傷されてから、三日ほど経っています」
グスタフは小さく舌打ちした。
捕獲対象には逃げられ、私情で戦いを挑んだ相手には無様に敗れ、三日も時間を無駄にしてしまった――皇帝守護騎士として、あるまじき失態だ。
――何より、「智の女神」様に何と言われるか……
「少し、一人になりたいんだけど」
「では、何か御用の際は、枕元の呼び出し装置でお呼びください。申し訳ありませんが、医師の許可がないうちは、部屋の外へ出るのを、お控えください」
そう言い残して、医療従事者は部屋を出ていった。
小半時ほどが過ぎた頃、脇机の上に置かれていた小型の通信端末から、控えめな呼び出し音が鳴った。
グスタフが通信端末を手に取って操作すると、そこから聞こえてきたのは、彼女にとって最も恐ろしい相手の声だった。
「――意識が戻ったそうね、グスタフ・ベルンハルト」
大人の女性のようにも、少女のようにも聞こえる、不思議な声だ。
「『智の女神』様……!」
通信端末を持つグスタフの手が震えた。
「……『智の女神』様に賜った任務、完遂することが叶いませんでした……皇帝守護騎士からの除籍や自害……どのような御沙汰があっても従う所存です」
「あら、そんなに思い詰めていたの?」
「…………」
「あなたは、それなりの成果を上げたわ。だから、罰を与えられる心配なんて、いらないのよ」
「あ、ありがたきお言葉……では、引き続き、セレスティア王女の捜索にあたります」
「そのことだけど、もういいわ。それを伝える為に、連絡したの」
「お待ちください。王女は、『智の女神』様にとって、必要な存在の筈では?」
「いつ、私が、質問を許可したのかしら」
グスタフは、「智の女神」の冷たい声に、全身が凍り付く思いだった。
「……申し訳ありません」
「元気になったら、また働いてもらうわね。それまで、ゆっくり養生するといいわ」
ぷつり、と通話の終了する音がした。
グスタフは、深く息をついた。
――僕が成果を上げた、と「智の女神」様は仰っていたが、どういうことなのか。任務自体は、明らかに失敗だった筈なのに……
彼女は、セレスティアの捕獲を阻んだ、緑の目の男を思い出した。
――最初に向き合った時は、「異能」の者たちの平均よりは上かもしれないが、所詮、僕の敵ではないと思った。いや、たしかに、そうだった。
しかし、ほんの数分間の戦いの間に、男はグスタフの動きを見切り、背後を取るほどの力を付けた。
――奴は、「成長」したというのか?
組みつかれた時の、しなやかな筋肉でできた男の腕の感触と、思いの外、広い胸板から伝わる熱さが蘇り、グスタフは自身の身体が熱を持つのを感じた。
他人から、そのように触れられたのは初めてだった。
――もう一度、会いたい……あの男は、セレスティアの傍にいるに違いない。彼女を追えば、奴に辿り着く筈。
彼女は思った。
――今度こそ、この手で殺してやる。
手足が思うように動かず、起き上がることすら出来ない。
かろうじて、何とか動かせる首を捻ってみると、傍に屈んでいる何者かが、彼女の顔を覗き込んでいるのが分かった。
自分が、完膚なきまでに、戦いに敗れたのだということを、彼女は思い出した。
そして、止めすら刺されず、惨めな姿を晒すのは、彼女にとって耐えがたい屈辱だった。
戦いに敗れた者に生きる資格も価値も無い――当たり前のように、彼女は、そう思っていた。
「殺せ……止めを刺せ!」
自分を見下ろす「何者か」に向かって、彼女は叫んだ。
「そんなことはしない。女性は労り大切にするものだ」
「何者か」が言った――美しい顔をした男だった。
泥や埃に塗れてはいたが、それらは、彼の美しさを損なうものではなかった。
男の、長い睫毛に縁取られた、緑色に透きとおる目が、少し悲し気に彼女を見つめる。
──なぜ、勝利したというのに、そんな悲しい目をしているのだ。
彼女には、理解できなかった。
男は立ち上がると、彼女に背を向けて走り去った。
「待て!」
自身の叫び声で、グスタフは目覚めた。
夢を見ていたらしい。
慌てて飛び起きた彼女は、酷い眩暈と、吐き気を覚えた。
腕には、点滴の管や、脈拍や血圧を測定する機器などが取り付けられている。
グスタフは周囲を見回して、自分が医療施設の病室にいることを確認した。
その時、部屋の扉が開き、白い服に身を包んだ女性が入ってきた。医療従事者だ。
「意識が戻られたのですね。ご気分は如何ですか」
「最悪だよ。眩暈がするし、胃が裏返りそうに気持ち悪い」
「薬の副作用かもしれません……収容された時、グスタフ様は錯乱している状態に近かったので、治療の妨げにならないよう、眠って頂いていました。お体の損傷部位は、治癒の能力を持つ『異能』の者たちによって、修復されています」
医療従事者は、少し言いにくそうに説明した。
自身が、どんな醜態を晒したのかを想像したグスタフは、激しい羞恥心に心臓を絞られるような気分になった。
「そうだ。ここは、どこ? 僕は、どれくらい眠っていたんだ?」
「本国の、中央医療機関です。グスタフ様が受傷されてから、三日ほど経っています」
グスタフは小さく舌打ちした。
捕獲対象には逃げられ、私情で戦いを挑んだ相手には無様に敗れ、三日も時間を無駄にしてしまった――皇帝守護騎士として、あるまじき失態だ。
――何より、「智の女神」様に何と言われるか……
「少し、一人になりたいんだけど」
「では、何か御用の際は、枕元の呼び出し装置でお呼びください。申し訳ありませんが、医師の許可がないうちは、部屋の外へ出るのを、お控えください」
そう言い残して、医療従事者は部屋を出ていった。
小半時ほどが過ぎた頃、脇机の上に置かれていた小型の通信端末から、控えめな呼び出し音が鳴った。
グスタフが通信端末を手に取って操作すると、そこから聞こえてきたのは、彼女にとって最も恐ろしい相手の声だった。
「――意識が戻ったそうね、グスタフ・ベルンハルト」
大人の女性のようにも、少女のようにも聞こえる、不思議な声だ。
「『智の女神』様……!」
通信端末を持つグスタフの手が震えた。
「……『智の女神』様に賜った任務、完遂することが叶いませんでした……皇帝守護騎士からの除籍や自害……どのような御沙汰があっても従う所存です」
「あら、そんなに思い詰めていたの?」
「…………」
「あなたは、それなりの成果を上げたわ。だから、罰を与えられる心配なんて、いらないのよ」
「あ、ありがたきお言葉……では、引き続き、セレスティア王女の捜索にあたります」
「そのことだけど、もういいわ。それを伝える為に、連絡したの」
「お待ちください。王女は、『智の女神』様にとって、必要な存在の筈では?」
「いつ、私が、質問を許可したのかしら」
グスタフは、「智の女神」の冷たい声に、全身が凍り付く思いだった。
「……申し訳ありません」
「元気になったら、また働いてもらうわね。それまで、ゆっくり養生するといいわ」
ぷつり、と通話の終了する音がした。
グスタフは、深く息をついた。
――僕が成果を上げた、と「智の女神」様は仰っていたが、どういうことなのか。任務自体は、明らかに失敗だった筈なのに……
彼女は、セレスティアの捕獲を阻んだ、緑の目の男を思い出した。
――最初に向き合った時は、「異能」の者たちの平均よりは上かもしれないが、所詮、僕の敵ではないと思った。いや、たしかに、そうだった。
しかし、ほんの数分間の戦いの間に、男はグスタフの動きを見切り、背後を取るほどの力を付けた。
――奴は、「成長」したというのか?
組みつかれた時の、しなやかな筋肉でできた男の腕の感触と、思いの外、広い胸板から伝わる熱さが蘇り、グスタフは自身の身体が熱を持つのを感じた。
他人から、そのように触れられたのは初めてだった。
――もう一度、会いたい……あの男は、セレスティアの傍にいるに違いない。彼女を追えば、奴に辿り着く筈。
彼女は思った。
――今度こそ、この手で殺してやる。
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