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第二章 逆さ鳥居の神社編

82話

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 車は病院に到着し、車から降りた俺は違和感を覚える。

「どうしたの? 桂木君」

 俺が足を止めたことで、先に車から降りて病院へと歩きだしていた山城綾子が、振り返り話かけてきた。

「――いや、何でもない」
「そう?」

 そう言い病院入口へと歩きだす山城綾子。
 俺は彼女の後を一定の距離を開け付いていきながら電話を掛ける。
 すると、数コール後に電話を取る音が聞こえてきた。

「住良木か」
「桂木殿。どうかなさいましたか?」
「俺の勘違いなら良いが、神社庁の連中が病院に付いてきてないが、どういうことだ? お前達は護衛では無かったのか?」
「その事に関してですが、上の方から突然命令が下りまして……、桂木殿に連絡をするのが遅れました」
「どういうことだ?」
「こちらの方でも、混乱していて、まだハッキリとお答えは出来ないのですが……」
「つまり、想定外の事が起きていると言う事か?」
「その次第です」
「分かった。分かっている部分で、話せる内容だけ教えてくれ。今回の神社庁の人間が病院周辺に配置されていない事は、上からの辞令に関係するのか?」
「はい。本日の明朝、神社庁本社の奥の院から、この件については一切の手を引くようにと命令がありました」
「ふむ……」

 俺は歩きながら考える。

「前から思っていたんだが神社庁本社の奥の院というのは、トップということだよな?」
「はい。元老院、もしくは国会のような場と見て頂ければ宜しいかと思います」
「なるほど……」

 つまり、今回の騒動に関しては何が問題なのかを神社庁は正確に把握したと言う事か……。
 だが、その事実を隠した上で、現場には撤退を指示したと。
 ということは、何か口外できない事情が存在していると……、そう考えた方が自然だな。

「それでですね……」

 恐る恐ると言った様子で話しを切り出す住良木。

「他に何かあるのか?」
「山城綾子様に関してですが……、桂木殿も手を引いて頂けますでしょうか?」
「俺に手を引けと? 悪いが、それは無しだな」
「それは、お金を貰っているからでしょうか?」
「そうなる。金は誠意の証だからな」

 少なくとも、キチンと金さえ貰えれば、その分の仕事をこなすが冒険者の誇りだからな。

「桂木殿。奥の院から、今回の問題に関わることは固く禁じられています。特Aクラスの霊能者ですら命の危険があると判断されています。神域のようなモノを稀に発動できる程度では、おそらく命の保証はできかねます」
「はぁー」

 俺は思わず溜息をつく。

「なあ、お前らの仕事は何だ? 神社庁は怪異やそう言ったモノに対抗する為の組織じゃないのか?」
「そうですが、今回は奥の院の方から、命令を破った場合には厳罰も辞さないと指令書も出ていますので、桂木殿も命を無駄にする行為は慎んだ方が宜しいかと思います。それに、お金を支払われた事に関して、思う所があり山城綾子を守ろうとしているのでしたら、神社庁の方で代わりにお支払いします」
「――で、神社庁と俺が手を引いた場合はどうなる?」
「それは……」
「綾子の父親は承知しているのか?」
「その点に関しては厚生省と文部科学省の方と協議の末、総合病院と学校教育施設にそれなりの援助をする事になる形になるかと――」
「つまり、金で解決しようということか?」
「最終的には、そのようになると思います」
「――で、助けを求めている奴は見捨てるってことか?」
「私としても、大変に不本意なことですが、組織の上からの命令が出た以上、従うしかありません」
「なるほどな」
「――では!」
「悪いが却下だ」
「――え?」
「俺は、自分が一度でも受けた仕事は最後まで責任を持って終わらせる主義でな」
「桂木殿、聞いていますか? 山城綾子と関わっていたら死ぬ可能性すらあるのですよ?」
「なるほど。――で?」
「それだけではありません。現に、桂木殿にはお伝えしませんでしたが、桂木殿の家の付近で倒れていた特A霊能者は全員、高位の神使により生気を奪われておりました。しかも、死ぬ一歩手前だったのです! 普通の人間では何があるか分かったものではありません! ですから再考してください。桂木殿は、優秀な霊能者になれる素質があるのです」
「それで、生贄は一人だけで十分だってことか」
「そうは言っておりませんが……」
「そういうことだろう? 手に負えないから、助けることは出来ないと放り投げるんだろう?」
「――ですが! それは、上の指示ですから……。それに、桂木殿もご家族にまで被害が及んだらどうするのですか? 悪い事は言いません。今すぐ、山城綾子から離れるべきです」

 住良木と話ながら、俺は前方を歩く山城綾子の背中を見る。

「考えておく」
「分かりました。――ですが、なるべく早めに対応された方がいいかと思います」

 俺は電話を切る。
 それから、山城の母親の病室近くまで来たところで、妙に慌ただしい音が山城綾子の母親の病室から聞こえてきた。

「お母さん!?」

 それに山城綾子も気が付いたのか病室へ駆けこんでいく。
 そして――、病室には数人の看護師と医師が何やら機械を使っている姿が目に入ってきた。

「先生! これは、どういう!?」
「いま、蘇生を行っている最中です。そちらで、お待ちください」

 何度か、山城綾子の母親の体が揺れる姿が視界に入ってくる。
 つまり、あれが心肺蘇生ということか?
 だが――、どういうことだ? 俺の見立てでは数日は生きられるはずだったんだが……。

「お母さん! お母さん!」

 近寄ろうとする山城綾子の体を押し留める看護師たち。
 そして、なお近づこうとしていた彼女の体を病室の外へと出すと、看護師たちは扉を閉めてしまった。

「なんで……、どうして……」

 どうしようも出来ないという現実と、何も出来ない自分への憤りからなのか、項垂れていた山城綾子は、立ち上がると病室の扉を開けようとするが鍵が掛けられているからなのか開けることが出来ずにいる。

「綾子。とりあえず、落ち着け」
「落ち着けって……。落ち着いていられる訳がないでしょ! 何なのよ! 何なのよ! 桂木君は、誰かを失うような――、身内を無くすような……、そんな経験がないから気軽に落ち着けなんて言えるんでしょ!」
「それは……」
「私が小さい頃から、お母さんはずっと苦しんでいたの! 私は見てきたの!」
「病なんだから仕方ないだろ。人間は、寿命というものが設定されている。それに抗うことは自然の摂理に逆らうことだ」

 そう声を掛けた所で、目を真っ赤に泣きはらした山城綾子が俺を睨みつけてきた。

「何でも知ったような口を聞かないで! お母さんは、私の代わりに、あんなことに……」
「どういうことだ?」

 自分の代わりに?
 俺が、そう思ったところでハッ! としたような表情をした山城綾子は、駆けだしてしまう。
 それは病室の方ではなく――。

「――ったく……」

 俺は、頭を掻きながら山城綾子の後を追おうとしたところで、病室の扉が開くと、周りを見渡し「あの、御親族の方ですか?」と、俺に話しかけてきた。

「――いや。先ほどまで居たんだが……」
「そうですか……」

 暗い表情の医師。
 それだけで事の顛末が分かってしまう。

「綾子の母親――、ここの病室の入院している患者は?」
「今先ほど、突然の体調悪化により……心肺蘇生もかなわず……」
「死んだということか?」
「まずはご家族の方に連絡をしたいと思いますので、失礼します」

 医師と看護師は全員、病室から出ていく。
 入れ替わりに病室に入り、俺は山城綾子の母親に近づく。

「たしかに、死んでいるな」

 心臓の鼓動はたしかに止まっている。
 死んだというのは、強ち間違いではないだろう。

「だが――、それは現在の医療の常識の範疇だけどな……」

 俺の見立てでは、あと数日は生きられたはず。
 だが、急死したと言う事は、何らかの要因が発生したのだろう。
 そうでなければおかしい。
 そして、その何かが山城綾子の母親の寿命を縮めたと考えるのが自然だ。

「まったく――、本当は、こんな事はしたくはないんだがな」

 思わず溜息が出る。
 俺は山城綾子の母親の髪の毛を一本抜き口にする。
 そして――、細胞内の遺伝子情報を解析――、正常な人体設計図をチェックし、右手を彼女の額に――、左手を丹田へと乗せ――、自身の体内で増幅させた生体電流を利用し、山城綾子の母親である山城恵子の肉体細胞に干渉する。

「体内の細胞に干渉――、脳内のニュートリノネットワークを強化……、視神経の細胞を修復……、体内の悪性抗生物質を除去……、テロメアの修復……、破壊されていた遺伝子情報の書き換えを開始……終了……」

 全てが終わったところで、山城恵子の心臓が鼓動を開始する。

「とりえず、俺の見立てどおり数日間は生きられるようにしたが……、どうしたものか……」

 念のために、山城綾子の場所を調べる為に病院全体を覆う波動結界を展開するが――。

「山城綾子の姿が無い? どういうことだ?」

 俺は病室の窓から外を見る。
 すると一台のタクシーが、山道を降りていく姿が目に入る。
 
「まさか……」

 俺は身体強化を行いタクシーに乗車している客を確認する。
 
「何処に行くつもりだ?」

 そう――、タクシーの後部座席には山城綾子が深刻な表情で乗っていた。


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