上 下
32 / 196

戦場の采配(前編)

しおりを挟む
「動きが止まったの! ファイアーランス!」
 
 リアの魔法が、淫魔王たるリムルへと放たる。
 
「おのれ! この我に、そのような魔法が通じるわけがないだろうが!」
 
 両手でリアの3メートルにも及ぶファイアーランスを弾き飛ばす。
 一瞬、淫魔王の防御がガラ開きになる。
 その淫魔王の腹部に、一人の女性のコブシが突き刺さる。
 それと同時に、うめき声を淫魔王は上げ、何十メートルも通りを吹き飛ばされ自身が操っていた民衆の中へと姿を消した。
 
 現れたのは銀髪の髪と銀髪の尻尾を持つ女性。
 体中から膨大な金色の魔力を迸らせている。
 その魔力を見ただけでも、女性がどれだけの魔力を体内に有しているのか理解できてしまう。
 
「おねえちゃん!?」
「エルナ? その怪我は……、そう……あの雌。私のエイジさんの命だけじゃなくて私の妹までも!」
「エイジさん!?」
「エイジ!? ちょっと、そこ詳しく!」
 
 リルカの言葉に、ソフィアとリアが同時に反応するが、それと同じく民衆の中からリムルが姿を現す。
 
「まったく、どいつこいつも……、どうして……ここにお前たちが!?」
 
 淫魔王はリアとソフィアの存在にようやく思い至ったのか、二人を見ると目を見開く。
 
「決まっているの! カンダさんを追ってきたの!」
「そうよ! 私達はカンダさんに用事があるだけで貴女みたいなのには用事はないんだけど……、そうも言ってはいられないみたいね……」
「なの!」
「待って! 二人とも私の夫とどういう関係なの!?」
「それよりも、カンダさんはどうかしたのですか!?」
「私の夫とは聞き捨てならないの!」
「お前たちだけで話をするなああああ」
「修羅場でしゅ……、話がかみ合ってないでしゅ」
 
 
 エルナは、淫魔王となったリムル、リルカ、リア、ソフィアを見ながら小さく呟くと、ハッとした表情を浮かべる。
 
「おねえちゃん、まさか……」
「――ええ、間に合うとは思わなかったけど、何とか間に合ったわ。指揮は任せるわよ?」
 
 リルカの視線の先には、先ほど大通りに散らばった武器で武装している山猫族と狼族――、合計10人が命令を待っていた。
 
「全員、町の人間を取り押さえるでしゅ!」
 
 エルナの命令に狼族と山猫族が一斉に動きだす。
 操られているだけの住民と、自己の思考で動き圧倒的な身体能力を持つ獣人では、勝負にならない。
 あっという間に、操られていた町の人間が無力化されていく。
 
「おのれ、おのれ、おのれ!」
「形勢は逆転ね! エイジさんは雌には甘いから手を出さなかったけど、私は手加減しないわよ?」
 
 リルカの姿が消える。
 それと同時に、淫魔王の体がくの字に折れた。
 
「ガハッ!? バカな……、貴様……、まさ……か――」
 
 途中まで言葉を紡いだところで淫魔王は顔を殴られ酒場と思われる建物の壁を突き破る。
 すぐに追撃しようと歩き出したリルカの肩をリアが掴んだ。
 
「待つの! カンダさんの命がって言っていたけど、どういう意味なの?」
「……カンダさんはリムルの凶刃にかかって……」
「そんな……」
「うそなの……」
 
 二人はリルカの言葉に立ち尽くす。
 
「だから、私がカンダさんの仇を取るんです! 妻として!」
「「――え?」」
 
 リルカの言葉に二人の呆然とした声が重なる。
 
「妻なの?」
「はい」
「結婚式は挙げられたのですか?」
「いえ、まだ……」
「「「……」」」
「「「ちょっと、そこを詳しく!」」」
「おねえちゃん! そんなことしている場合ではないでしゅ!」
「分かっているけど! この二人がエイジさんの何なのかを――」
「お前ら我を無視するなああああ」
 
 淫魔王になったリムルが叫ぶと、酒場であった建物が崩れていき中から巨大な20メートルもあろうかというゴーレムが姿を現した。
 
「……リア、あれって……」
「私達がダンジョンで見つけたアイアンゴーレム召還の玉を使ったと思うの」
「そうよね……、たしかあれって……」
「中に入って操縦が出来るってカンダさんが喜んでいたの」
「フハハハハハ、これなら銀髪の狐! 貴様でも傷一つつけることはできないだろう!」
「それは、どうかしら?」
 
 リルカが決意の眼差しを淫魔王が操るゴーレムへ視線を向ける。
 
「ほざけ!」
 
 淫魔王の声が周囲に響くと同時に、リルカに向けてコブシを振り下ろす。
 彼女は、アイアンゴーレムのコブシを避けると同時に、その鉄の体躯を殴りつけるが――。
 
「――っ! 硬い!?」
「おねえちゃん!?」
「大丈夫……左手のコブシが砕けただけだから……それより……」
「くくくっ――、フハハハハハハ。これだ! これこそが圧倒的な力だ! さあ、全てを破壊! 破壊だ!」
 
 リルカの攻撃が通じないと知ると一転して淫魔王は、声を高らかに上げて笑う。
 そして、それと同時に――。
 
「言いたいことは、それだけか?」
 
 金属が割れる音がすると同時に、アイアンゴーレムの左腕の付け根がバッサリと斬られ、地面に左腕が落下する。
 
「――な、何故!? 何故だ? 何故――貴様がここにいる!?」 
 
 淫魔王が操っていたゴーレムの頭部はある一点を見ていた。
 そこに立っていたのは、日本刀を右手に持った日本人――、神田栄治。
 
「地獄の底から舞い戻っただけだ。さあ、覚悟はいいな? リムル!」
「――バ、バカな……、このゴーレムを傷つけることなぞ……どうして、ただの人間ごときに……」
 
 動揺の声がゴーレムの内側から響いてくる。
 恐らくだが、内部の声を外部へと増幅して伝えるようなモノが、ついているのだろう。
 俺は建物の上に乗りながら冷静に、そう判断する。
 ソルティが、俺の膝の怪我をも治してくれたのか、まったく痛みを感じることがない
 
 膝を怪我してからと言うものリルカに痛みを消してもらっていても、どこか淀んでいた。
 それは脳のリソースを、無意識的に使っていたということになるのだろう。
 
 だが、いまはそれがない。
 おかげで俺は、どこまでも静かに冷静に現状を把握し考察することが出来る。
 俺は、右手に持っていた日本刀へと視線を向ける。
 日本刀を持っていた右手は痺れていて、普通ならすぐに使いものにならない状態になっているが……。
 そこは回復魔法を発動させることで、戦いに使えるようにする。
 
「リルカ! エルナの両腕と自身のコブシを治療できるな?」
「はい!」
 
 俺はリルカの言葉に無言で頷くと建物の上から飛び降りる。
 高さは10メートル近い。
 普通なら、膝を痛めるほどの無茶ぶりだ。
 だが常時回復魔法を発動させることで、その無茶ぶりを可能にする。
 
 俺が建物から飛び降りた途端に、ゴーレムから放たれた白い閃光が木材で作られた建物を焼き尽くす。
 
「おいおい、光学兵器か?」
 
 俺は走りながら相手の攻撃焦点を絞らせないように行動する。
 そこで、視界にリアとソフィアの姿を確認した。
 
「エイジさん!」
「エイジなの!」
 
 何故か知らないが、二人とも瞳に涙を溜めて俺の方を見てきている。
 どういう状況なのか一切分からないが……。
  
「どうして、二人ともエンパスに居るんだ?」
「カンダさんを追ってきたのです!」
「私も追ってきたの!」
「――ん? どういうことだ?」
 
 俺は走りながらも二人が語った言葉の意味を考えるが答えが出ない。
 たしか、二人は性奴隷として他国に売り飛ばしたとリムルが言っていた。
 その言葉には嘘を言っているような感じは無かったが……。
 
「カンダの旦那!」
「お前は! ……誰だっけ?」
「ベックですよ! ベック!」
「カンダさん、私達が他国に売られるのを彼が助けてくれたのです!」





しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

旦那様!単身赴任だけは勘弁して下さい!

恋愛 / 完結 24h.ポイント:35pt お気に入り:180

【R18】はにかみ赤ずきんは意地悪狼にトロトロにとかされる

恋愛 / 完結 24h.ポイント:42pt お気に入り:160

ロリコンな俺の記憶

大衆娯楽 / 連載中 24h.ポイント:3,124pt お気に入り:15

七宝物語

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:21pt お気に入り:11

今日俺は、美少女の靴になる。

ライト文芸 / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:0

皇帝にプロポーズされても断り続ける最強オメガ

BL / 連載中 24h.ポイント:142pt お気に入り:298

処理中です...