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農耕を始めよう(4)

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 ソルティは、空ろな眼差しのまま俺に視線を向けて「私……、どうしたらいい?」と問いかけてきた。
 それは、俺に語りかけてきているような気がするが、一体、どんな精神状況に置かれているかまったく分からない。
 そんな状態で適当に答えていいものなのか――。
 
「私、女神をクビになった……。神田栄治と同じニート……、生きている価値がない」
「おい! お前、言って言いことと悪いことくらいあるってことに気がつけよ! たしかに、俺はハローワークに向かっている途中で、この世界に来たからニート継続かもしれない。だが、いまは一応、開拓村の村長という仕事しているし……、しているのか?」
 
 俺は顎に手を当てる。
 よくよく考えれば、俺は村を開拓するような仕事をしていないような気がする。
 そもそも、リルカを妻にするのに定期的な収入がないような……。
 いまは冒険者時代に貯めていたお金を切り崩して生活をしているようなものだ。
 まぁ、塩を売買するという方法もあるが、それだけに頼るのもよくないだろう。
 それよりも、俺とか冒険者ギルドから給料もらってないような……。
 あれ? そうなると俺って……。
 いやいや、考えたらだめだろう。
 今の俺は村長――、人の上に立つのが仕事だ。
 
「ソルティ! お前には塩大臣の職務を与えよう!」
 
 そう、こういうときには適当に役職を与えて気分転換させるのがいいだろう。
 
「塩大臣?」
 
 ソルティが、首を傾げながら俺の言葉に反応してくる。
 
「ああ、塩の湖で塩を採取して、それをお金に変えるための役職だ! 人の役に立つ仕事だぞ?」
「それって、私が居た場所の塩を売り飛ばすってこと?」
「――ん? ああ、そうだが?」
 
 俺の言葉に、ソルティは目を見開いた。
 どうやら、俺の説得が功を制したようだな。
 
 ソルティは、体育座りを止めて立ち上がると、手の平に10センチほどの塩の塊を作り出す。そして投球フォームを取ると、「神田栄治のバカ! あれは私が長い時間をかけて蓄積した私の魔力なのよ! それを売り飛ばすなんて最低!」と塩の塊を投げつけてきた。
 
「――なっ!?」
 
 俺は、ソルティの発した「私の蓄積した魔力なのよ!」と言う言葉に動揺してしまった。
 もうかなりの量を売ってしまったからだ。
 
 まぁ、塩湖に存在する何十トンどころか、何百、下手すると何千トン近く存在する塩の量から見たら微々たる量だが……。
 それでも、一般家庭や町で消費する量からしたらかなりの量だろう。
 そうなると、もっとも気になることがある。
 ただ、彼女に俺は聞かなくてはいけないし確認しなければならない。
 
 ――そう、俺が売った塩がこいつの魔力だとしたら……。
 
「ソルティ……」
「何よ!」
「すまない!」
「――すまない? どういうこと?」
「お前の塩を百キロほど売ってしまった……」
「はあ? 売ったの? 自分で使うんじゃなくて売ったの? 私が作っていた塩を? 本人の同意も無しに?」
 
 ソルティが近づいてくると俺のお腹を殴ってくるが、こちらも10年間は冒険者として鍛えられた肉体だ。
 ほとんど痛みを感じることはない。
 ただ、彼女の蓄積していた塩を勝手に売ってしまったのは俺が悪い。
 
「本当に、すまん!」
 
 俺の謝罪に、ソルティが「……もう、いいわよ。意思疎通が出来たわけでもないし……」と、お腹を殴りながら受け入れてくれたが、受け入れてくれたなら殴るのをやめてほしいものだ。
 
「それで――」
「何?」
「お前の魔力で作った塩だが、摂取して大丈夫なのか?」
 
 俺は至極真っ当に、魔力で作られた塩を食べても大丈夫なのか? と聞いただけなのに下から、目潰しをされた。
 
 
 
 何とか回復魔法で目を治したあと、俺はログハウスの中で溜息をついた。
 眼球を回復魔法で直すまでかなりの時間を要したこともあり、疲れ切っており動くのが面倒くさかった。
 
「なあ?」
「何? 私の魔力が汚いとか言うつもりなの? 刺すわよ? もう一度、目に指を突っ込むわよ? いいの? やるわよ?」
「いや、何と言うか……悪かった――」
「だいたいね! 貴方にはデリカシーが足りないのよ! そんなだから、そんな年まで童貞なのよ! 分かる? ねえ、分かる?」
「いや、お前。ほんと、俺のメンタル削りに来ているよな――、女神解雇されたニートのくせに……」
「解雇されたのはアンタのせいでしょうが!」
 
 白い髪を逆立てながら、ソルティが俺の言葉に反論してくる。
 ほんと、こいつ煽られ耐性ついてないな……。
 
「分かった、わかった。お前の言いたいことは分かった。とりあえず、業務上的にホウレンソウをしなかったお前が悪いが、俺も悪いところはあるからな。ここは痛み分けって事でどうだ?」
「……」
 
 俺の言葉にソルティは無言で頷いてくる。
 さて、あとは妥協案を出すくらいか。
 
「それでソルティは、これからどうするんだ?」
「これから?」
「ああ、いつまでも開拓村エルに居るわけにもいかないだろ?」
「それって……」
 
 ソルティの瞳が揺れる。
 
「いや、ほら……、まがりなりにも開拓村エルは開拓村だからな……、ニートを養っておけるほど余裕はないんだよ……」
「ニート……、塩の女神ソルティ様が……ニート扱い……」
 
 俺は、瞳に涙を蓄えていくソルティの肩に手を乗せながら、「過去の役職に拘っても苦しいだけだぞ」と、諭すように語りかける。
 
「そ、それじゃ――私、女神する!」
「――いや女神って……、自称はまずくないか?」
「自称じゃないから! 一応、女神のスペックはあるから!」
「……ふむ――、でも女神って村には、そんなに必要ないんだよな……」
 
 どうやら、ソルティのアイデンティティは、女神と言う肩書きにあるみたいだが、13人しか村人がいない場所に女神が居てもな……。
 
「――なら! 私は……」
 
 少し苛めすぎたか。
 まぁ、少し良い事を思いついたから代案を提出してもいいな。
 
「そうだな、それなら塩を含んだ香辛料を村に提供するって言うのはどうだ?」
「――どういうことなの?」
 
 ソルティが首を傾げて尋ねてくる。
 
「よく考えてみろ。塩の女神だけだと塩だけの女神って意味だろ?」
「――? う、うん? そ、そうなのかな?」
「ああ、間違いない! だがな! ここに塩を含んだ香辛料の女神って事にしたらどうだ?」
「どういうこと?」
「この大陸では香辛料は希少性があって高く売れるんだ。そして、その香辛料を提供しているのが女神だったとしたら! 大勢の人間が、お前のことを慕うだろう? そして、自然な崇拝があれば神様として確立できる要素になるんだよ!」
「――!」
 
 ソルティの瞳が俺の言葉を聞いて見開かれる。
 もう一押し必要だな――。
 
「よく聞け! 役職は誰かに与えられるものではない! それは神様でも女神様でも一緒だ! お前は、自分が女神たる器だと! そのスペックがあると豪語していたよな?」
「――う、うん……」
 
 俺はソルティが頷いたのを見て心の中で微笑む。
 所詮は社会に出たことがない小娘。
 それは女神でも変わらない。
 なら、適当に勢いに任せて説得してしまえばいい。
 
「お前は、俺に塩と香辛料を渡す。そして俺は、女神から授かったと噂を流す。そう! お前は自分の力で女神となるんだ! そうすれば解雇をしてきた奴を見返すことが出来るだろ?」
「……よく分からないけど、そうなのかな?」
「ああ! 間違いない! 社会人経験10年以上の元営業もしたことがある俺が言っているんだ! そう! 私が女神だ! くらい言えなくてどうする? ソルティ、お前は、ニートで終わる程度の器なのか?」



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