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第22話 ナズナくんと朝チュン

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「んっ……頭いったぁ……」
 カーテンの隙間から差し込んでくる光がやけに眩しく感じて、目を覚ます。

「飲み過ぎたかなぁ」
 って言っても、カクテル3杯くらいのはず。
 あー。楓に送ってもらったあとの記憶が曖昧過ぎる。カクテルくらいで記憶無くすってなかなかひどいな。

「うー」
 鉛のように重い頭をゆっくりと動かすと

「――!?」

 すぐ隣、というか目の前と言っても過言ではない距離にイヴェリスの顔があって――心臓が止まるかと思った。

 待て待て待て。なにこのよくある朝チュン展開みたいなの。
 いや、一緒に暮らしてるんだから朝チュンっていう表現もおかしいけど、ベッドで一緒に寝てるのはさすがに違くない? 

 まさか――

「よかった……」
 だいたいこういう展開だと、起きると服を着ていないみたいなことがあったりするけど。全然そんなことなく、私もイヴェリスもしっかりと服を着ていた。

 なんなら私は、昨日の服のままだ。

 いや、さすがに、ないか。
 そうだ、楓……! 二人が家の前で何か喋っていたことはうっすら記憶にある。
 もしイヴェリスが吸血鬼ってバレてたら、記憶が消されているかもしれない! 

 慌てて枕元にあったスマホを手に取り、楓に連絡しようとロックを解除すると

《何あのイケメン無理!! 勝ち組過ぎじゃない!?》
《あれが初彼氏ってやばいでしょ!》
《どうやってナズナくんゲットしたの!?》
《顔よし、性格よしってハイスペックすぎるよ!》
《ねー私が興奮して寝れないんだけど!》
《あ、今お楽しみ中だったらごめん♡》

 安心を通り越して、うっとおしいほどの怒涛のメッセージがきていた。
 ひとまず、イヴェリスが上手くやってくれていたようでよかった。

 ところで、ナズナくんって誰のことだ……

 イヴェリスの隣で寝てしまった現実から逃れるように、起こさないようにそっと動く。すると、お腹の辺りに布団でも自分でもない感触と重みがあり、違和感をもつ。でもすぐに、それが私のウエストに巻き付いているイヴェリスの腕だと気づき、再び私の心臓が悲鳴をあげた。

 服は着ていたし、私がベッドで寝ちゃっただけで、何もなかった。
 そう、ただ私が、抱き枕の代わりになっていただけ。

 抱き――

 頭の中で抱き枕を勝手に漢字に変換して、勝手に顔が熱くなり、両手で顔を覆う。
 寝起きから色々とハードモード過ぎて、キャパオーバーだ。
 
 深呼吸を何度かしてから、イヴェリスの腕をそっとどけてベッドから抜け出す。
 化粧も落とさずに寝ちゃったから、まずは気持ちをリセットするためにもシャワーを浴びよう。そうしよう。

 あーだめだ。帰ってきてからのことを思い出そうと思っても、なかなか思い出せない。なんで一緒に寝ているのか。なんで抱き着かれているのか。何か失態はなかったか。変なことは言わなかったか。頭から熱めのシャワーを浴びながら、記憶の引き出しをパカパカと開けていくけど――何も思い出せない。

 たぶん、何も思い出せないと言うことは、なにもなかったということだ。
 楓もとくにイヴェリスのことしか言ってなかったしな。うん。

 自己解決しながらシャワーを浴びて部屋に戻ると、イヴェリスが起きていて、ビクッと体が反応してしまう。

「あ、ごめん。起こしちゃった?」
「いや」
 まだ眠いのか、ベッドに座ったままうなだれるように俯いている。

「昨日、上手くやってくれたみたいで、ありがとうね」
「……お前は」

 寝起きで不機嫌なのか、やっぱり昨日なにかをしでかしてしまったのかはわからないけど、うなだれた格好のまま、顔だけ上げたイヴェリスの目は、少しだけ怒っていた。

「え、ごめん。やっぱり私なんか変なことした……?」
「いや……。別にないが。……もうあまり酒は飲むな」
「ごめんごめん、つい美味しくて」
「まったく」

 き、気まずい。とりあえず、一緒に寝ていたことにはあえて触れず、いたって平常心を装う作戦でいこう。

「楓、なにか言ってた?」
「ああ、お前をよろしくって」
「はは」
「いいむすめだな」
「え? あーうん、まあね」

 ――いい娘

 その言葉に、なんだか胸の奥がモヤッとした。

「そういえばさ」
「ん」
「ナズナって誰?」
「ああ。人間界ここでの俺の名だ」
「え!?」
「言ってなかったか」
「いや、聞いてないし!」
「そうか。前に来たときは、そう名乗っていた」
「ちょ、そういうのは早く言って!? 私が楓にイヴェリスって教えてたらどうするの!」
「そこはゴグから名前を言っていないと聞いていたからな、把握済みだ」

 どこのスパイよ。え、ちょっとまって、楓と話してたことまでイヴェリスに伝えてないよね? シャワー浴びたばかりなのに、また変な汗がでてくる。

「今度から誰かに俺を紹介するときは、ナズナでいい。そちらのほうが何かと都合がよいだろ」
「そ、そうだね」

 ナズナか――。確かに、異国の雰囲気がある顔立ちではあるけど、日本人っぽさもどこか残っているというか。いわゆるハーフ顔に近い。イヴェリスよりナズナと言われた方が、しっくり来る感じはあるかもしれない。

「ナズナくん」
「やめろッ」
「えーいいじゃん」
「お前に呼ばれるのは変な感じがする」
「ナーズナくんっ」
「やめろと言っているだろ」
「はは、照れてる」
「ちがう!」
「吸血鬼も照れると顔赤くなるんだね!」
「なるわけないだろ」

 そう言いながらも、イヴェリスの頬は少しだけ赤みを帯びていたように見えた。

「俺は寝る」
「え? 起きたばっかりなのに」

 イヴェリスはこっちに背を向けるようにまた寝っ転がると、頭まで布団をかぶってしまった。

「お前の寝相が悪くてよく眠れなかった」
「え。そ、それはごめん」
「……フン」

 もしかして、あの腕は寝相を抑え込むためのものだった……? 
 いや、それなら納得できるなあの状況。てか、それしか考えられないな。なんだ、変に意識しちゃったじゃん……。

 なんだかホッとした反面、ちょっと残念な気持ちがチラッと顔を出してくる。

 イヴェリスが二度寝に入ったあと、家まで送ってもらったお礼を言うために楓に返信をする。今の時間ならもう会社だから返事も遅いだろう。なんてことを狙ったけど、その予想は虚しく、秒で既読がつくからこわい。

 ついでに昨日のことも聞いておくか……。

《私、昨日なんか変なこと言ってた?》
《べつに、何も言ってないよ》
《ならよかった》
《なんで?》
《いや、別に。タクシー代、今度払うね》
《いいよ。いいもの見れたから!》
《いいもの?》

 “いいもの=イヴェリス”のことなのか、それ以外のことなのか。

《最初ナズナくん見た時、一瞬騙されてないか心配になったわ》
《え》
《だってあの顔だよ!? しかも若いし! 何歳年下よ》

 260歳くらい歳の差がある――なんて言えるわけもなく。

《若そうに見えるけど、26くらいだよ》
 って、ごまかしてみたけど

《いや、十分若いわ》
《そうだよね》
《大丈夫? お金とか。蒼が全部払ってるとかじゃないよね?》

 楓の鋭すぎる指摘にドキッとする。

《まさか。そんなお金、私持ってないし》
《ならいいけど》

 まあ、そうなるよね。若くてイケメンで、そんな子が今まで彼氏もいたことのないアラサー女と付き合うって。傍からみたら真っ先に“詐欺”もしくは“遊ばれている”ことを疑うよね。私でも友達にそんな彼氏できたら疑っちゃうもんな。

《いいなー。あんなイケメン連れ回せるのー》
《どこも行かないよ。お互い外出るのあんまり好きじゃないし》
《そうなの!? もったいな! 私だったら自慢しまくるけどなー。あ、SNSに載せたら!?》
《やだよ》
《まあね。あの顔じゃファンがすぐついちゃうだろうしね》

 それ以前の問題が山積みでしかないけど。

《でも、蒼のことちゃんと介抱してくれてて安心した!》
《介抱?》
《覚えてないの?》
《うん。タクシー降りたとこくらいまでは覚えてる》
《えー! 鍵なくてオートロック開かなかったら、ナズナくんが出てきたんだよ》
《そうなんだ》
《あれ絶対、蒼のこと心配してずっと玄関の外で待ってたパターンだって!》
《いや、たまたまでしょ》

 たまたまどころか、たぶんゴグ伝手で聞いて仕方なく降りてきただけでしょうね。

《蒼のこともよくわかってくれてるみたいだし》

 それは、心を読むという特殊な能力をもっているせいです。

《なによりも、あの笑顔!》
《笑顔?》
《危なく私がおとされるところだったよ》
《ちょっと》
《うそうそ。私には愛する彼がいますので、とったりしませんよ》
《楓が言うとこわいからやめてー》
《友達の彼氏はとったことないし!》
《友達以外はあるんかい》
《それは、それだよね》

 笑顔って。プリンとアイス以外で笑うことなんてあるのか? しかも初対面相手に笑顔を見せるとは考えられないけど……。あれか、楓がかわいいから、顔がにやけちゃったとか? いや、そういうタイプの男ではないか。

 まあ、ドラマに出てくるヒロインの彼氏の真似でもしてくれたんだろうな。
 父親かもしれないけど。

《とにかく、幸せそうで安心した!》
《ありがとうね》
《また話聞かせて! っていうか、遊びに行かせて!》
《ナズナに会いたいだけじゃないのそれ》
《バレたか》
《もう二度と会わせないわ》
《うそじゃーん!》

 まあ、なんだかんだ
 楓にイヴェリスを紹介できたのはよかったかもしれない。

 もしこれから、何かあっても相談できる相手がいるっていうのは心強い。
 いつもなんでも一人で解決してたけど。

 そっか、みんなもこうやって私に悩みを打ち明けててくれたんだな。
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