48 / 83
第48話 約束
しおりを挟むイヴェリスが寝てしまい、またトマリとなんとも言えない気まずい時間が流れる。
改めて熱を測ってみたけど、平熱で。イヴェリスのおかげで一瞬にして体調がよくなってしまった。
「今日も雨だね」
「この雨はいつ止む?」
「どうかな。午後には少し止むんじゃない?」
「そうか」
カーテンを少し開けて、窓の外を見る。
にわか雨かと思っていたけど、あのまま朝まで降り続いている様子だった。
「人間」
「ん?」
「腹が減った」
パソコンの電源を入れて椅子に座ると、ソファで自分のお腹をさすりながらこちらを見ているトマリ。
「ああ、なんか食べる?」
「昨日食べたやつがいい」
「あー。もう豚肉ないんだよね」
「ないのか?」
昨日作ってあげた生姜焼きが気に入ったのか、作れないことを知ると見えないはずの獣耳がシュンと下がったように見えた。
「ちょっと待って。なんでもいい?」
「美味いならなんでもいい」
冷蔵庫を開けると、ウィンナーと卵くらいしか入っていない。
となれば……。
「オムライスでもいい?」
「おむらいす? 美味いか?」
「どうだろう。人間界では美味しいとされているけど」
「食わせろ」
「作るから待ってて」
吸血鬼と違って、獣族はすぐお腹がすくようで。キッチンでせっせとオムライスを作る。この空腹を満たしてあげないと、人間が一人、犠牲になってしまうんじゃないかって。
「……それはなんだ?」
まな板の上でウィンナーを輪切りにしていると、ソファに座っていたトマリが待ちきれない様子で覗きにくる。
「これはウィンナーだよ」
「うぃんなー? 人間の指みたいでうまそうだな」
「やめてよ、怖いこと言うの」
思わずウィンナーを切る手を止めてしまう。
「俺は人間なら足の方が好きだ」
「だから怖いこと言わないでってば」
「ああ、すまない」
私がドン引いた顔でトマリを見ると、トマリは少し焦ったように視線をそらした。
「トマリは本当に人間を食べるんだね」
「ああ。めったにありつけないが」
「法律で決まってるんだっけ?」
「人間は繁殖力が弱いからな。魔族が食べ始めたらすぐに絶滅してしまう」
オムライスを作りながら聞く話ではないとは思いながらも興味があって。私以外のほとんどが、魔界があることを知らずに生きているんだって思うと、ゾッとする。
「いい匂いだ」
「もうすぐできるよ」
ケチャップライスを炒めていると、隣にいたトマリがまた空気中の匂いをクンクンと嗅いでいた。ふと、太もも辺りにファサファサと何かが当たるのに気付いて、トマリの後ろを覗き込む。
すると、いつのまにか腰あたりからふさふさの尻尾が生えて左右に揺れていた。
「尻尾……!」
「あ、しまった」
私がその尻尾に気付くと、トマリはすぐに引っ込めてしまった。
「えー。隠さなくてもいいじゃん」
「だから残念そうにするな」
「だって犬好きなんだもん」
「犬じゃねぇ!」
「ああ、ごめん」
グルルルって唸るように、牙のない歯を剥くトマリ。
それがすでに、犬でしかない。
「ほら、できたよ」
その怒りを鎮めるように、お皿に盛りつけたオムライスを目の前に出すと、牙の代わりに舌がペロッと出る。
「おお、これがオムライスか!?」
「ほら、座って座って」
「早く食わせろ!」
ごはんが待ちきれない犬のように、トマリはソファに座る。
オムライスをテーブルの上に置くと、すぐに顔を突っ込もうとするから……
「待て!」
思わず、犬にマテをさせる時のような掛け声をかけてしまった。
「ああっ?」
その声に反応して、トマリの動きがピタッと止まる。
でも、目はこちらをギロリと睨んでいた。
「あ、あの、これ! スプーン使って食べて!」
「めんどくさい」
「ダメ! こっちではそれ、犬食いって言うんだよ」
「いぬッ……」
「犬がいやなら、ちゃんとお行儀よくこれで食べて」
「チッ……」
トマリが、私の手からめんどくさそうにスプーンを奪い取る。
持ち方を知らない子供のようにスプーンを手のひらで握ると、オムライスをすくうわけでもなく、お皿を直接持って口の中に流し込むように食べ始めた。
「ちょ、使い方違うんだけど」
「んんッ……これもっ……んまいなっ」
そしてまた、3口だか4口くらいで食べきってしまう。
「これも嫌いじゃないぞ」
「しつけが必要だな」
「あ?」
「いや、美味しかったならよかった」
口の周りについたケチャップを舌でペロペロと舐めるトマリ。
同じ魔族でも、イヴェリスとは育ちが全然違うのがよくわかる。
無駄に所作がキレイなイヴェリスと、なんとも野性的過ぎるトマリ。
「トマリは何歳なの?」
「俺か? 100から数えてないが……たぶん200ちょっとくらいだ」
「じゃあイヴェリスより年下なんだ」
「まあ、そうなるな」
見た目の年齢ではイヴェリスとそんなに変わりはないけど、雰囲気は確かにイヴェリスの方が大人っぽい。というか、落ち着いていると言った方がいいか。
「こっちにはよく来るの?」
「10年に一回くらいは狩りに来る」
「狩り」
「人間狩りだ」
「ああ……」
人間がイノシシの狩りに行くかのように、魔族たちは人間を狩りに来ているってことだ。イヴェリスがあまりにも吸血鬼みがないから勘違いしていたけど、トマリの話を聞いていると魔族が本当に人間を食べているっていう実感が嫌でも湧いてくる。
「人間を食べるのは、王族にしか許されていないがな」
「そうなんだ」
「俺らが肉を喰い、吸血鬼どもが血を飲む。そのために俺は狩りに来る」
「10年に一回も食べるの?」
「前はもっと頻繁だったが、最近はだいたいそのくらいだな」
「でもイヴェリスは」
「あいつは昔から変わり者だからな。100年に一度しか血を口にすることはない」
イヴェリスの食事は、たまに魔獣の血を固めたものを食べるくらい。人間の血も100年に一度だけ。それが吸血鬼の当たり前かと思ってたけど、そうじゃなかったらしい。
「まあ、お前がイヴェリスに選ばれたのは不幸中の幸いかもしれないな」
少し前に、自分でも思ったことがある。イヴェリスじゃない魔族に生贄として選ばれていたら、きっと今ごろ命乞いをしながら生きていたんだろうなって。
私にとっては、運がいいのか悪いのかはわからないけど。
イヴェリスは私の気持ちに寄り添ってくれて、私に寂しい思いをさせないようにしてくれて、何よりも愛してくれている。
「ただ……あまりイヴェリスに思いを寄せるのはやめておけ」
「え?」
「あいつは人間にすら情が深い。お前を大事に思うあまり、あいつは間違った選択をしそうだ」
「間違った選択って」
「そうならないように、俺がこっちに来た」
たぶんトマリが言いたいのは、イヴェリスが自分の命よりも私の命を優先しそうってことだろう。
それは私もどことなく考えていた。でも、私はイヴェリスが消えてなくなるくらいなら、自分の命がなくなる方がいいと思っている。それがイヴェリスにとっては酷なことでも。
「もしそうなりそうだったら、トマリが私を殺してよ」
「は?」
「それで、無理やりにでもイヴェリスに私の血を飲ませてあげて」
「いいのか?」
「うん。どうせ人間は長く生きられないし」
「……わかった」
人間は長く生きられないなんてのは、本当の理由じゃない。
私はたぶん、イヴェリスがいなくなったら死んだも同然だ。この人以上に誰かを好きになるなんて絶対にないし、一人が寂しいと思ってしまうに違いない。そしたらきっと、イヴェリスを追って自ら命を絶ちそうな気しかしない。自分でもこんな風に考えるようになるなんて、想像すらしなかったけど……。
「イヴェリスが泣きわめこうが暴れようが、絶対飲ませてね」
「イヴェリスも変わり者だが、お前も相当の変わり者だな」
「約束だからね」
「わかった。約束しよう」
どこかで心配していた。
イヴェリスが私を優先して血を飲むことを拒んだらどうしようって。
でもトマリが来てくれたおかげで、その心配はなくなった気がして少し安心した。
10
あなたにおすすめの小説
辺境のスローライフを満喫したいのに、料理が絶品すぎて冷酷騎士団長に囲い込まれました
腐ったバナナ
恋愛
異世界に転移した元会社員のミサキは、現代の調味料と調理技術というチート能力を駆使し、辺境の森で誰にも邪魔されない静かなスローライフを送ることを目指していた。
しかし、彼女の作る絶品の料理の香りは、辺境を守る冷酷な「鉄血」騎士団長ガイウスを引き寄せてしまった。
【完結】 異世界に転生したと思ったら公爵令息の4番目の婚約者にされてしまいました。……はあ?
はくら(仮名)
恋愛
ある日、リーゼロッテは前世の記憶と女神によって転生させられたことを思い出す。当初は困惑していた彼女だったが、とにかく普段通りの生活と学園への登校のために外に出ると、その通学路の途中で貴族のヴォクス家の令息に見初められてしまい婚約させられてしまう。そしてヴォクス家に連れられていってしまった彼女が聞かされたのは、自分が4番目の婚約者であるという事実だった。
※本作は別ペンネームで『小説家になろう』にも掲載しています。
人質5歳の生存戦略! ―悪役王子はなんとか死ぬ気で生き延びたい!冤罪処刑はほんとムリぃ!―
ほしみ
ファンタジー
「え! ぼく、死ぬの!?」
前世、15歳で人生を終えたぼく。
目が覚めたら異世界の、5歳の王子様!
けど、人質として大国に送られた危ない身分。
そして、夢で思い出してしまった最悪な事実。
「ぼく、このお話知ってる!!」
生まれ変わった先は、小説の中の悪役王子様!?
このままだと、10年後に無実の罪であっさり処刑されちゃう!!
「むりむりむりむり、ぜったいにムリ!!」
生き延びるには、なんとか好感度を稼ぐしかない。
とにかく周りに気を使いまくって!
王子様たちは全力尊重!
侍女さんたちには迷惑かけない!
ひたすら頑張れ、ぼく!
――猶予は後10年。
原作のお話は知ってる――でも、5歳の頭と体じゃうまくいかない!
お菓子に惑わされて、勘違いで空回りして、毎回ドタバタのアタフタのアワアワ。
それでも、ぼくは諦めない。
だって、絶対の絶対に死にたくないからっ!
原作とはちょっと違う王子様たち、なんかびっくりな王様。
健気に奮闘する(ポンコツ)王子と、見守る人たち。
どうにか生き延びたい5才の、ほのぼのコミカル可愛いふわふわ物語。
(全年齢/ほのぼの/男性キャラ中心/嫌なキャラなし/1エピソード完結型/ほぼ毎日更新中)
子供にしかモテない私が異世界転移したら、子連れイケメンに囲まれて逆ハーレム始まりました
もちもちのごはん
恋愛
地味で恋愛経験ゼロの29歳OL・春野こはるは、なぜか子供にだけ異常に懐かれる特異体質。ある日突然異世界に転移した彼女は、育児に手を焼くイケメンシングルファザーたちと出会う。泣き虫姫や暴れん坊、野生児たちに「おねえしゃん大好き!!」とモテモテなこはるに、彼らのパパたちも次第に惹かれはじめて……!? 逆ハーレム? ざまぁ? そんなの知らない!私はただ、子供たちと平和に暮らしたいだけなのに――!
ワンチャンあるかな、って転生先で推しにアタックしてるのがこちらの令嬢です
山口三
恋愛
恋愛ゲームの世界に転生した主人公。中世異世界のアカデミーを中心に繰り広げられるゲームだが、大好きな推しを目の前にして、ついつい欲が出てしまう。「私が転生したキャラは主人公じゃなくて、たたのモブ悪役。どうせ攻略対象の相手にはフラれて婚約破棄されるんだから・・・」
ひょんな事からクラスメイトのアロイスと協力して、主人公は推し様と、アロイスはゲームの主人公である聖女様との相思相愛を目指すが・・・。
転生してモブだったから安心してたら最恐王太子に溺愛されました。
琥珀
恋愛
ある日突然小説の世界に転生した事に気づいた主人公、スレイ。
ただのモブだと安心しきって人生を満喫しようとしたら…最恐の王太子が離してくれません!!
スレイの兄は重度のシスコンで、スレイに執着するルルドは兄の友人でもあり、王太子でもある。
ヒロインを取り合う筈の物語が何故かモブの私がヒロインポジに!?
氷の様に無表情で周囲に怖がられている王太子ルルドと親しくなってきた時、小説の物語の中である事件が起こる事を思い出す。ルルドの為に必死にフラグを折りに行く主人公スレイ。
このお話は目立ちたくないモブがヒロインになるまでの物語ーーーー。
溺愛最強 ~気づいたらゲームの世界に生息していましたが、悪役令嬢でもなければ断罪もされないので、とにかく楽しむことにしました~
夏笆(なつは)
恋愛
「おねえしゃま。こえ、すっごくおいしいでし!」
弟のその言葉は、晴天の霹靂。
アギルレ公爵家の長女であるレオカディアは、その瞬間、今自分が生きる世界が前世で楽しんだゲーム「エトワールの称号」であることを知った。
しかし、自分は王子エルミニオの婚約者ではあるものの、このゲームには悪役令嬢という役柄は存在せず、断罪も無いので、攻略対象とはなるべく接触せず、穏便に生きて行けば大丈夫と、生きることを楽しむことに決める。
醤油が欲しい、うにが食べたい。
レオカディアが何か「おねだり」するたびに、アギルレ領は、周りの領をも巻き込んで豊かになっていく。
既にゲームとは違う展開になっている人間関係、その学院で、ゲームのヒロインは前世の記憶通りに攻略を開始するのだが・・・・・?
小説家になろうにも掲載しています。
幼い頃に、大きくなったら結婚しようと約束した人は、英雄になりました。きっと彼はもう、わたしとの約束なんて覚えていない
ラム猫
恋愛
幼い頃に、セリフィアはシルヴァードと出会った。お互いがまだ世間を知らない中、二人は王城のパーティーで時折顔を合わせ、交流を深める。そしてある日、シルヴァードから「大きくなったら結婚しよう」と言われ、セリフィアはそれを喜んで受け入れた。
その後、十年以上彼と再会することはなかった。
三年間続いていた戦争が終わり、シルヴァードが王国を勝利に導いた英雄として帰ってきた。彼の隣には、聖女の姿が。彼は自分との約束をとっくに忘れているだろうと、セリフィアはその場を離れた。
しかし治療師として働いているセリフィアは、彼の後遺症治療のために彼と対面することになる。余計なことは言わず、ただ彼の治療をすることだけを考えていた。が、やけに彼との距離が近い。
それどころか、シルヴァードはセリフィアに甘く迫ってくる。これは治療者に対する依存に違いないのだが……。
「シルフィード様。全てをおひとりで抱え込もうとなさらないでください。わたしが、傍にいます」
「お願い、セリフィア。……君が傍にいてくれたら、僕はまともでいられる」
※糖度高め、勘違いが激しめ、主人公は鈍感です。ヒーローがとにかく拗れています。苦手な方はご注意ください。
※『小説家になろう』様『カクヨム』様にも投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる