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歌劇同好会
しおりを挟む日本の某県立西高等学校に春がやってきた。桜並木に彩られた校門を通りすぎる。新入生たちを尻目に二年B組の教室へ向かう。黒髪をワックスで逆立てている少年。
「おっはよー!」
「おはー相変わらず元気良いな英雄」
「応! それが俺の取り柄だからな!」
英雄と呼ばれた彼はにこやかにクラスメイトに笑いかける。元気溌剌とはこのことだろう。自分の席に着くと早速、本を取り出す。教科書かと思えばそれは――
「またそれ読んでんのか」
「ああ! 大好きなんだ! アーサー王伝説!」
世界でも有名なイングランドの英雄譚、それが彼の愛読書だった。食い入るように覗き込んでいる。クラスメイトの男子は若干、呆れながら言う。
「んで? 今年はそれ演じられそうなのかよ歌劇部部長」
「いやあ、それが俺と陽介だけじゃなあ……先輩たちが卒業しちゃったから部から同好会に格下げになっちまったし……」
「お前も大変そうだな」
「あはは」
然して気にしていないフリをする英雄、しかし内心ではかなり切羽詰まっていた。どうにかして歌劇部を復活させなくては、と。そんな事を考えていた時だった教室の前の扉が開かれる。教師と共にその少女は入って来た。金色の絹糸のような髪、碧い宝石のような瞳、明らかに日本人離れした端正な顔立ちの彼女にクラスの視線が集まる。
「えー今日からこのクラスにイギリスからの留学生が来ることになりました。自己紹介できる?」
教師の言葉に少女は軽く頷くと一歩前に出た。
「皆さん、はじめまして、イヴ・ホワイトと申します。日本語は一通り習ってはいますが、おかしな点があったら教えてください」
静まり返る教室、しかしそこで英雄が一人だけ拍手を始めた。
「よ、ようこそ日本へ!」
それに続くように教室に拍手が伝播する。そのムードを感じ取り、イヴと名乗った少女は一歩さがり元の位置に戻る。
「えーと……席は和泉の隣が空いてるな」
「うえっ!?」
和泉とは英雄の名字だった。イヴはゆったりとした所作で席に向かい、英雄の横に着く。
「よろしくね、イズミくん」
「あ、ああ、よろしくホワイトさん」
「イヴでいいわ」
「じゃあ俺の事も英雄でいいよ」
「ヒデオね、覚えたわ……あら?」
ふとイヴは英雄の机の上に視線を向けた。その視線を英雄も追いかける、そこにはアーサー王伝説が広げられたままだった。
「それ」
「あ、そっかイギリス」
「好きなの?」
「う、うん」
「へぇ、一番好きな登場人物は?」
「そりゃもちろんアーサー王! ……っとごめんいきなり大きな声出して」
「大丈夫、気持ちは分かるもの。私も好きなのアーサー王伝説。私が好きな登場人物はグィネヴィア妃だけどね」
グィネヴィア妃とはアーサー王伝説に出てくるアーサー王の妻の事だ。最後は湖の騎士ランスロットと不貞の恋に落ちるという悲劇的な女性でもある。そこで英雄は真っ直ぐイヴを見つめた。
「なあイヴさん」
「なに? もうすぐホームルーム始まるけど」
「俺の歌劇部……今は同好会だけど……入ってみないか? 演目はもちろん」
「アーサー王伝説?」
「そう!」
「へぇ、面白そう……考えとく」
内心でガッツポーズしつつ外面はを平静を装う英雄。チャイムが鳴り、ホームルームが始まる。先生が気だるげに出席確認を取り始める。
(陽介にも伝えなくちゃな)
そんな事を頭の隅で考えながらイヴとやる歌劇について夢想する。きっと素敵な演目になる。そんな予感がした。
⚔
放課の時間、隣のA組に向かう英雄。髪を茶色く染めた少年に声をかけた。
「陽介! 新入部員を見つけたかもしれん!」
「あれ? 英雄? まだ新入生の部活案内はしてないよ?」
「違うんだよ……ってそうだそれもあった。でも今はそれは置いといてだな、うちのクラスに留学生が来たんだ」
「ああ、そういえばなんか聞いたなぁ。まさか誘ったの? いきなり?」
「応!」
「相変わらずだなぁ」
呆れたように陽介は言う。しかしその顔はほころんでいた。
「で? 返事は?」
「考えとく。だって」
「それじゃまだ入ってくれるか分からないじゃないか」
「でもアーサー王伝説が好きらしくってさ!」
「ああ……だから誘ったのね」
どうやらこの英雄の暴走っぷりは陽介にとってはいつものことらしい。気にした風でもなく言葉を返す。
「でも外国の人が入ってくれるなら舞台に華が出るかもね」
「なんだよ、俺だけじゃ華がないってのかよ」
「そりゃそうだよ、僕達だけじゃ何も出来ないだろう?」
「ぐぬぬ、なにもできないってことはないと思うが……人出が足りないのは事実だ」
「それでどんな人なの? その留学生って」
そこで英雄はイヴの容姿や印象を精一杯の言葉で陽介に伝えた。それを聞いた茶髪の少年は少しだけ考え込むとおもむろにA組を出ていこうとする。
「どこ行くんだよ?」
「僕からもそのイヴさんにお願いしようと思って。休憩時間も少ないし急いだ方がいい。今日の放課後の新入生勧誘までには間に合わせたい。善は急げだ」
「お、おう」
B組に入ると女子に囲まれ歓談しているイヴの元に英雄と陽介が割って入った。
「なによ男子」
「わりぃちょっと大事な要件なんだ」
「もう」
「どうしたのヒデオくんに……」
「大樹陽介って言います。こいつと同じ歌劇同好会所属の」
「なるほどね。改めて勧誘ってとこかしら?」
「話しが早くて助かります。今日、実は新入生の部活見学があって歌劇同好会としても新入生を獲得したいんです」
「私に客寄せになれってこと?」
「悪い言い方をすれば」
陽介は歯に衣着せずに言い切った。英雄も引く引けぬと前に出る。
「この通りだ! 配役はもちろんグィネヴィア妃にするから!」
「……まさか日本に来てまでミュージカルをやることになるだなんてね」
「へ?」
「こう見えても地元じゃ『歌姫』って呼ばれてのよ私」
一拍挟んで英雄が問う。
「じゃ、じゃあ?」
「いいわ。歌劇同好会入ってあげる。ただし私のギャラは安くないわよ」
今度は内心ではなく本気でガッツポーズをする英雄。陽介も小さく拳を握る。あくまで微笑を崩さないイヴ。三者三様のリアクションを見せた後、予鈴が鳴ったので解散となった。
英雄はイヴの隣の席へ座る。どこか落ち着かない様子。授業が始まるまでのほんの少しの間、英雄はイヴに聞いた。
「もしかしてミュージカル経験者だったり?」
するとイヴは人差し指を自らの口に当てて。
「トップシークレット」
と答えた。
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