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静寂の歌姫と冷徹公爵の契約婚
第6章:愛の旋律
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国王の生誕を祝う式典の日がやってきた。その祝賀会の場で、リリアンヌは、王命によりその力を披露することになっていた。長年、日照りに苦しむ南部の領地のために、「恵みの歌」をうたうのだ。
王宮の大広間には、国中の貴族が集まっている。その中央に、リリアンヌは一人で立った。選ばれたのは、ヴァルハイト公爵家を象徴する、深い蒼のドレス。ゼファーが彼女のために誂えさせたものだ。
緊張に震えるリリアンヌに、客席の最前列に座るゼファーが、かすかに頷いて見せた。その無言の激励に、リリアンヌは深く息を吸い込む。
そして、歌い始めた。
彼女の声は、初めはか細い小川のせせらぎのようだった。しかし、次第に力を増し、大河のようにホール全体を満たしていく。それはただの歌ではなかった。大地の乾きを潤し、生命の息吹を呼び覚ます、魂の旋律。
聴衆は、誰もが言葉を失い、その神聖な歌声に聴き入っていた。やがて歌が終わると、一瞬の静寂の後、割れんばかりの拍手と歓声が巻き起こった。その時、伝令が息を切らして広間に駆け込んできた。
「申し上げます! 南部領地に、今、恵みの雨が降り始めました!」
その報告に、歓声はさらに大きくなる。人々はリリアンヌを「聖女」と呼び、その功績を称えた。
リリアンヌは、安堵と達成感で胸がいっぱいになりながら、ゼファーの方を見つめた。彼は、いつの間にかリリアンヌのすぐそばまで来ていた。そして、満場の貴族たちが見守る中、再び彼女の前に跪いた。
「リリアンヌ・クワイエット」
ゼファーは、リリアンヌの手を取り、その甲に恭しく口づけをした。
「君と初めて会った時、私は君を『契約』の婚約者として迎え入れた。だが、それは間違いだった」
「……ゼファー?」
「君と共に過ごすうちに、私は知った。君という存在が、私の凍てついた世界に光をもたらし、色を与えてくれたことを。君のいない人生など、もはや考えられない」
ゼファーは懐から小さなベルベットの箱を取り出し、開いた。中には、彼の瞳と同じ、深く澄んだ蒼色の宝石が嵌められた指輪が輝いていた。
「リリアンヌ。私の、本当の妻になってほしい。生涯をかけて君を愛し、守り抜くことを誓う。私と、結婚してくれないか」
それは、計算も契約も何もない、一人の男からの、心の底からのプロポーズだった。
リリアンヌの瞳から、大粒の涙が溢れ落ちる。それは、悲しみや悔しさの涙ではない。生まれて初めて知った、温かく、どうしようもなく幸せな涙だった。
「……はい。喜んで」
彼女の答えに、ゼファーは、初めて公衆の面前で、柔らかな笑みを浮かべた。それは、氷の公爵の仮面を脱ぎ捨てた、一人の愛する女性を見つめる男の顔だった。
指輪がリリアンヌの左手の薬指に滑り込むと、祝福の拍手が再びホールを包み込んだ。
王宮の大広間には、国中の貴族が集まっている。その中央に、リリアンヌは一人で立った。選ばれたのは、ヴァルハイト公爵家を象徴する、深い蒼のドレス。ゼファーが彼女のために誂えさせたものだ。
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そして、歌い始めた。
彼女の声は、初めはか細い小川のせせらぎのようだった。しかし、次第に力を増し、大河のようにホール全体を満たしていく。それはただの歌ではなかった。大地の乾きを潤し、生命の息吹を呼び覚ます、魂の旋律。
聴衆は、誰もが言葉を失い、その神聖な歌声に聴き入っていた。やがて歌が終わると、一瞬の静寂の後、割れんばかりの拍手と歓声が巻き起こった。その時、伝令が息を切らして広間に駆け込んできた。
「申し上げます! 南部領地に、今、恵みの雨が降り始めました!」
その報告に、歓声はさらに大きくなる。人々はリリアンヌを「聖女」と呼び、その功績を称えた。
リリアンヌは、安堵と達成感で胸がいっぱいになりながら、ゼファーの方を見つめた。彼は、いつの間にかリリアンヌのすぐそばまで来ていた。そして、満場の貴族たちが見守る中、再び彼女の前に跪いた。
「リリアンヌ・クワイエット」
ゼファーは、リリアンヌの手を取り、その甲に恭しく口づけをした。
「君と初めて会った時、私は君を『契約』の婚約者として迎え入れた。だが、それは間違いだった」
「……ゼファー?」
「君と共に過ごすうちに、私は知った。君という存在が、私の凍てついた世界に光をもたらし、色を与えてくれたことを。君のいない人生など、もはや考えられない」
ゼファーは懐から小さなベルベットの箱を取り出し、開いた。中には、彼の瞳と同じ、深く澄んだ蒼色の宝石が嵌められた指輪が輝いていた。
「リリアンヌ。私の、本当の妻になってほしい。生涯をかけて君を愛し、守り抜くことを誓う。私と、結婚してくれないか」
それは、計算も契約も何もない、一人の男からの、心の底からのプロポーズだった。
リリアンヌの瞳から、大粒の涙が溢れ落ちる。それは、悲しみや悔しさの涙ではない。生まれて初めて知った、温かく、どうしようもなく幸せな涙だった。
「……はい。喜んで」
彼女の答えに、ゼファーは、初めて公衆の面前で、柔らかな笑みを浮かべた。それは、氷の公爵の仮面を脱ぎ捨てた、一人の愛する女性を見つめる男の顔だった。
指輪がリリアンヌの左手の薬指に滑り込むと、祝福の拍手が再びホールを包み込んだ。
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