四人で話せば賢者の知恵? ~固有スキル〈チャットルーム〉で繋がる異世界転移。知識と戦略を魔法に込めて、チート勇者をねじ伏せる~

藤ノ木文

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82話 野良異世界人VS勇者

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 勇者アキヤとの一騎打ち。
 奴に乗せられた感しかないが、こうなったらもう後戻りは出来ないので、開き直るより他にない。

 ボス部屋の中央へゆっくりとした足取りで向かいながら、称号を〈奴隷商〉から〈魔導士〉へ変更する。
 キングオルトロスの経験値で上がったジョブレベル分のポイントを、セージの〈ナパームフレア〉と〈アイシクルスピア〉、ハイエンチャンターの〈魔力増加(大)〉を獲得する。

 メリティエのマナチャージが効果を発揮中なため、しばらくはMPが使い放題なのが救いか。

 アイテム欄を確認して、役に立ちそうな所持品を物色する。
〈特殊鋼製ショートパルチザン〉〈ショートスピア〉〈小麦粉〉〈油〉〈松明〉〈酒〉〈水〉〈スリープゴートの肉〉
 迷宮探査に出かける前に手近で使えそうなものを集めた結果、燃やす系のものが多く揃っている。

 これだけ広い空間だと……いや、やり方次第で何とかなるか?
 
 あれこれ思案していると、個人的には異彩を放つ物に意識が向いた。
 
〈スリープゴートの肉〉

 このスリープゴートの肉って今どうなってるんだ?

 入れっぱなしの理由は収納袋様の保存性能チェックのために入れたものだが、予想通りと言うか、すっかり忘れ去られていた。

 出してみたいが真夏のこの時期で既に2週間は入れっぱなし。
 今取り出してぐちゃぐちゃの何かわからない腐乱した塊が出てきたら、もう戦いどころの話しではなくなるから帰ってからにしよう。

 他にもこの迷宮で獲得したアイテムや宝石などがあるが、いまいち使えそうなものはない。
 自身の状態チェックをすればする程、だんだんと不安がよぎってくる。 

 これで万全と言っても過言ではない……はずだ。
 勝てなきゃ以前セシルにも言った通り、その時は逃げればいいというか逃げるしかない。
 ……戦う前から逃げの算段とかなにひよってんだか、結局意気込んだところで小心者であることに変わりはないってか。
 
 小さな苦笑いを獰猛な笑み風味で誤魔化すと、ボス部屋の中央に到着してしまった。
 気分は絶賛〝歯医者の診察台の上、先生の手には注射器が握られている〟だ。
 軽度の先端恐怖症なため、麻酔注射が歯茎に刺されると想像しただけでも手に汗握る展開だ(意味が違う)

 奴の女2人が四十一階層の通路側へと下がり、他の全員は四十二階層への入り口に寄る。
 そしてアキヤが俺の正面、約5メートルの位置に立つ。
 エラが張った顔立ちは憤怒で歪めて。
 金髪の付け根3センチが黒く変色し、眉毛の色も黒。
 明らかに染めてますって事が良くわかる。
 そして金髪の似合って無さが凄まじい。

 あれ絶対罰ゲームだろ。

 自分が金髪に染めたことを想像し、顔の表情をこわばらせて笑いを耐えた。
 緊張を無くすために頭の悪いことを垂れ流していると、初老のファット騎士が歩み寄って来る。

「では決闘の立会人を、王国近衛騎士団団長であるこのアウグスト・オリバーが勤めさせて頂いてもよろしいかな?」

 男が名乗りを上げると、アキヤは露骨に顔をしかめ、俺は胡散臭いものを見るような視線だけを送る。
 
「テメェは敵だろうが裏切り者!」
「お待ちください勇者殿、ワシ、私は決して勇者殿の敵に回ったわけではありませんぞ! ましてやどこの馬の骨ともわからんこのような者の味方であろうはずがない!」
「そうだな。お前が勝手にそのおっさんを敵認定しただけで、おっさん自体は敵対はしてないな。聞いての通り俺の味方では無いのも確かだし」
「………」

 おっさんからすると保身なのだろうが、事実なので肯定してやったのに、なんで睨んでくるんだよこの近衛騎士団団長様は。
 
「ついでに言うと、あそこの騎士やつらも俺の味方じゃない。なのであんたら、じっとしていれば不干渉で見逃すけど、変な動きをしたら迷わず殺す。冗談だと思うならやってみろ、先にお前らから殺すからな」

 俺が穏便にできる範囲として、不確定要素に釘を刺しておく。

「それはさておき、俺はあんたが立会人でも別に構わないが?」

 俺達以上の実力が無いうえに、明らかにアキヤの方に肩入れしている奴が立会人とか片腹ベインだわ。
 とは言ってもせん無き事か。

「ゆ、勇者殿は?」
「早くしろ、こっちはそいつをボコボコにしたくてウズウズしてんだよ!」
「で、では私の投げた硬貨が地面に着くと同時に試合開始、相手が降伏するか死亡させた場合を勝ちとします。よろしいですかな?」
「良いっつってんだろ!」
「ん~……まぁいいや」

 初老の騎士アウグストが前に出て俺達に説明をすると、アキヤが今にも俺を殺したくて待ち遠しいとばかりに促し、俺も少し思案したが了承した。
 向こうは死ぬまでやめる気はないだろうし、こちらも奴を殺す気でいる以上、互いに降伏なんてあり得ない。
 なら最初からどちらかが死ぬまでと言えやと、脳内だけで冷静にツッコミを入れる。

「なんだぁ? 今更怖気付いてももう遅いぜ、ケーニーを死なせた貴様だけは絶対に許さねぇ!」
「お前の許しなんて最初から求めて無いから安心しろ」

 再び謎の責任転嫁を軽く流す。

「てかケーニーって誰だよ」
「テメェのせいで死んだ俺の女だ、忘れたとは言わせねぇぞ!」

 忘れたも何も、最初から覚えてねーよ。

「どうせさっきお前がが殺した女だろうけど、1人で勝手に騒いで女殺してそれを俺のせいって、バカも休み休みに言ってくれ。いちいち突っ込むのも面倒だから」
「あぁ?」
「これは神聖な決闘である、私語は控えられよ!」

 俺の軽口にアキヤがアウグストが俺にだけ怒鳴ってくる。
 そんなものは当然無視だ。

 注意ならまずは向こうに言えや。

「では、行きますぞ……!」

 アウグストが取り出した銅貨を親指で上に弾くと、全力疾走で仲間が張る防御障壁内に避難した。
 放物線を描く銅貨が膝の辺りにまで降りてきたところで、アキヤが全ての自己強化スキルと防御スキルの鏡や壁を発動させながら大きく剣を振りかぶった。

「ギャラクシーエクスカリバー!!!」

 なかなか愉快なスキル名を叫ぶアキヤの大剣には、黄金色の輝きと共に様々な攻撃スキルが上乗せされその輝きを増加させる。
 恐らく距離的にもウォーリアーやグラディエーターの長射程攻撃スキルの全盛りだ。

 汚いなさすが勇者きたない。
 開幕ぶっぱならまだわかるが、開始前とは恐れ入る。
 てかそのネーミングセンスはどうなんだ?
 まぁいいか、死ね。

「荷電粒子砲!」

 謎の攻撃スキルが解き放たれるよりも早く、伸ばした左腕から十発分のライトニングブラストを一つに纏めた砲撃を速射した。
 奴が展開した魔法反射スキルの〈ミラーシールド〉や〈キャッスルウォール〉を易々と突破し、極光の雷撃がすべてを飲み込む。

 防御スキルを過信しすぎだ。

 攻撃魔法を反射するが高威力の魔法は反射する前に壊れるのを、俺は一週間程前に既に経験済みである。
 紫の熱波が通り過ぎた跡の地獄の様な光景など、忘れられるはずもない。
 魔法使いにとって対人で最も警戒しなければならないミラーシールドの強度を、自分の魔法で打ち破れるのか試してみるに決まっている。
 ククがミラーシールドを覚えたときに試した結果、魔力198ライトニングブラスト一発で鏡は割れたの確認した。

「はいお疲れさんっと」

 これで全ての問題は解決だ。
 あとは帰って習得したばかりの魔法の実験でも――

 雷光と轟音が収まり、帯電した電気がパリッパチリと小さく鳴いたその場所に、勇者と呼ばれる男が立っていた。
 確かに直撃したと思ったが、負傷らしき痕跡はどこにもない。
 それどころか服や鎧にも焦げ跡が無いのだ。

 どういうことだ?

 試しにライトニングランスを打ち込んでみるも、半径2メートル程の円球に阻まれるように弾け散った。

「ぎゃはははははは! 俺様に魔法は効かねーんだよ! ギャラクシーエクスカリバー!」

 アキヤが今度こそ問答無用とばかりに防御不能攻撃を放出した。
 それに合わせてフレアボールを一つ出現させ、ワープゲートを通って奴の後ろとに回り込むのと同時にフレアボールを起爆させる。

「やったか!」

 爆発を被弾と勘違いしたアキヤが態々フラグを立ててくれるも、すぐにサーチエネミーに反応してか、後ろに立つ俺へと顔を向けた。

「へーすげーなにそれ? なんで魔法が通用しないんだ?」
「バーカ、誰が教えるか。お前は一方的に死刑確定なんだよ!」

 内心の焦りを隠しながら軽口を叩いてやると、心底こちらをバカにしたようなドヤ顔で返された。

 本気で死ねばいいのに。
 しかしなんだ? 何が原因だ? 俺の知らないスキルか? それとも魔法? 装備? アイテム?
 
 思考をぐるぐると回していると、またもアキヤが大剣を振りかぶる。

「暗黒魔狼剣!」

 今度は中二臭の漂う名前の長射程スキル全盛り攻撃を浴びせて来た。
 それを左に避けながら、即座に鑑定眼を発動させて奴の装備をチェックする。 


〈盗賊〉アキヤ
 人 男 20歳
 ベースLv99
 グラディエーターLv49
 ロイヤルガードLv46

 鋭利なオリハルコンのグレーターソード
 対全属性対物対魔対のオリハルコンのプレートメイル
 剛力のオリハルコンのガントレット
 疾風のオリハルコンのグリーヴ

 
 それらしいのは鎧か?


 対全属性対物対魔対のオリハルコンのプレートメイル
 魔力上昇(大)
 打撃軽減(大)
 斬撃軽減(大)
 刺突軽減(大)
 全属性軽減(小)
 破壊不可
 ライトウエイト付与
 スロット【ドラゴンカード】【ゴーレムカード】【ミスリルゴーレムカード】

 ドラゴンカード
 全ての属性ダメージを軽減(小)2枚で軽減(中)


 違うな。
 しかし、これだけガチガチに装備を固めているなら、持っていて然るべきものが見当たらない。
 アクセサリーの類だ。
 俺が持つ竜石のブローチみたくズボンのポケットに入れて装備し、視界に入っていないのかもしれない。
 すぐに〈サーチマジック〉を発動させると、奴の胸とガントレットの中の手から反応を見つけた。

「どうしたどうしたぁ、反撃しないと死んじまうぜぇ!」
「アクセサリーか、なるほど、それなら納得だわ」

 調子に乗ってバカスカとスキルをぶっパしてくるアキヤに向け、独り言を装い投げかけてみると、馬鹿正直に顔をしかめやがった。

 当たりかよ。
 場所からして指輪とペンダントか?
 だが勇者が持つアクセサリーだ、俺が持つ様なその辺で金出して買えるアイテムよりも、遥かに強力な物のは間違いないだろう。
 一つが魔法無効化だったとしても、もう一つの能力が分からないのは危険に過ぎる。
 あれをエクスカリバーしようアイテムの可能性もあるが、決めてかかって違った時の代償が俺の命ではそれこそシャレにならない。 

 フレアボールを連続で3つ生み出し、1つを自身の前方に固定浮遊させ、二つを射出しながら後退を続ける。
 灼熱の下級がアキヤを襲うも、やはり2メートル手前で発生する球状の壁に阻まれ傷を負わせることはできない。
 機動力でも圧倒しているので追いつかれはしないが、こちらの攻撃は効かず、向こうは一発当てれば勝利確定。

 今から賭場を開いたら、恐らく0:10で賭けにならないレベルのクソ試合まったなしだな。

 牽制と実験を兼ねてアイシクルスピアを発動させる。
 十本の氷の投槍が超高速で撃ち出すも、結果は変わらず。
 半径2メートルの対魔法結界が氷槍の弾丸を弾き散らした。

「あっ」

 弾かれた一本の投槍が勢いを失わず、アキヤの女2人の顔の間を通過し通路へと抜けていった。
 
 惜しい。

「「きゃああああああああああ!?」」
「テメェ、今のはワザだろ! ふざけやがってクソがぁ!」
「しゃべりかけるな気持ち悪い。仮にそうだとしても、決闘のルールに反してはいないよな? お前の開幕前不意打ちと違って」

 挑発気味に言ってやるが、これが故意で出来るなら天才的な戦術センスである。
 なんたって偶然を装い相手の思考を乱しながらも人質を残してみせたのだから。

「テメェだけはゼッテー許さねぇ! テメェがその気なら俺だって! 餓狼魔神斬り! 暗黒魔狼剣!」

 頭に血を上らせたアキヤが再び痛々しい技名を叫びながらリシア達に攻撃スキルを放つも、ただのスキル全盛り攻撃のため、ククのキャッスルウォールはビクともしなかった。

 当然だ。

 俺達とこいつとではボーナススキル〈マルチプルキャスト〉の使い方が違う。
 こいつは全てのスキルを同時発動させるだけのスキルだと思っているようだが、同じスキルを重ねがけすることでより効果が上がることにまだ気付いていない。
 それ以前に同じスキルを複数発動できる事にすら気付いていない。 
 その熟練度はマルチプルキャストだけに限った事ではない。
 〈クールタイム減少〉を取っているようだが、明らかにスキルの連射速度も遅すぎる。
 ミラーシールドなど好きな場所に任意で出現させられることも、出現させたスキルを自分の意思で自在に動かす事も出来ていない。 
 俺達と違い、こいつにはジョブスキルやボーナススキルの検証経験値が圧倒的に足りていなさ過ぎるのだ。

 だから勝てると踏んで挑んだのだが、結果はご覧の有様なので、これ以上は恥ずかしすぎて偉そうには言えないけど。

 そんな訳で、奴が色々な事に気付く前に手を打っておかねばならない。

「そういう無駄な事してる暇があったらこっちに撃てよ」

 アースブラストによる大質量の石柱を撃ち出と、流れ弾を女たちに向けたくないと言わんばかりに、アキヤがオリハルコンの大剣で叩き落とす。
 そこに上からの石柱を落とすも結界に阻まれ停止、全力で押し込むも次第に存在を維持できなくなった石柱が消滅した。
 だが中位はこちらに引くことに成功はした。

 土属性質量攻撃でも魔法だから抜けないのか?

 次に奴の対魔法結界の中にフレアボールを出現させようとしたが、全く反応しなかった。

 結界に阻まれて魔法が出現しない?

 更に闇属性のダークネスランスや光属性のシャイニングブラストを打ち込んでみるも、対魔法の絶対領域を侵犯する事が叶わない。 
 フレアブラストも眼前で弾け散る。
 その間もクソ勇者が距離を詰めてくるのを、俺も間合いを取りながら魔法で応射。
 逃げ場を失わないように横に逃れようとする俺を、素早くスキルで牽制し、腹が立つ程絶妙な動きと遠距離スキルで間合いを詰めてくる。
 全てを躱しきれず、衝撃の刃が肩や足を掠める度、赤い飛沫と共に激痛が走る。

 こいつ、ただ自我を肥大化させただけのイカレ脳筋チンピラだと思ったが、かなり喧嘩慣れしてやがる

 奴の動きからステータスは筋力特化で残りは体力と敏捷が半々と予想。
 だがいくら速度で上回っていても、壁のある状況ではいずれ隅に追い込まれかねない。

 かなり不味いな……。

 手持ちの属性魔法攻撃は全て試したが、有効打は一切無い。
 アダマンタイトの槍も顔面にぶち込めれば何とかなるかもだが、刀身が1メートル50センチはあろうグレーターソードを片手でぶん回すような規格外の筋力を持った近接職に近付くとか、危険にも程がある。
 
 ていうか、詰んでませんかねこれ?

 決闘開始前の不意打ちなんてクソっぷりを発揮してくれたバカのお陰で、俺にはこんな決闘に付き合ってやる義理は無くなった。
 しかし、この対戦図式が壊れることで奴がどんな行動に出るのかわからないため、全員でタコ殴りなんて手も打てない。

 だが何か手はあるはずだ。

 喉元まで出かかったその何かが出てこない事にモヤモヤする。

 槍を投げつけても俺の筋力では弾かれるだけだろうし、魔法で飛ばせればなぁ。
 念動力的なので、この槍をアイシクルスピアくらいの速度で打ち出せれば、まだ何とかなるかもだが……。
 槍をアイシクルスピアの速度で……撃ち出す……あっ。

 喉に引っかかったものは取れないが、別の迷案を閃いたところで俺の背中が壁に当たり、これ以上の後退を不可能にする。
 
 だがまだだ、まだ終わらんよ!

「今度こそぶっ殺してやる! 秒殺餓狼魔神剣!」

 秒殺出来ていない秒殺技によるスキル盛り攻撃が、投げつけた小麦粉袋を切り裂き、その勢いのまま俺の前で浮遊している火球に着弾した。
 魔法による反応装甲リアクティブアーマーが吹き飛び、相殺すると同時に前方に舞った小麦粉に着火。
 一気に炎が舞い上がる。
 更にフレアストームを連続発動すると同時に、オルトロス並みの跳躍で飛び上がると、壁を蹴って奴の背後4メートルの位置に無音着地してみせた。
 目の前で起こった爆発と炎の嵐で再び俺を見失ったアキヤの、その背がガラ空きである。

 なんちゃってゲイ・ボルグ!

 そのガラ空きの背に狙いを定め、パルチザンの石突きにアイシクルスピアの穂先を出現させてブースターとして打ち出した!
 至近距離から射出されたアダマンタイトの槍が、見事に奴の左の横腹に着弾した。
 それも運が良い事に鎧の隙間を抜けてである。
 腹部を背後から突き抜けた槍が鎧の内側に当たり、質量と運動エネルギーがアキヤを壁まで押し飛ばす。 

「があっ!?」
「アキヤ様!?」

 壁に当たった衝撃で腹部から槍が抜け床に転がると、槍が抜けた傷口から盛大に血を撒き散らした。

 即興の思い付きにしては上手くいったが、まだあいつは生きている。
 畳み掛けるならここしかない!

 〈ナパームフレア〉を大量に打ち込みつつ、マジックシールドで閉鎖空間を作り出す。
 
 酸欠と一酸化炭素中毒で死んでしまえ!

 呪いながら槍の回収に向かおうとしたところ、俺の左側面に火球が着弾し吹き飛ばされた。

 なんだ!?

 衝撃を受けた方へと目を向けると、エミィとチラチーが先程のお返しとばかりに無詠唱で様々な魔法を乱射してきやがったのだ。
 ファイヤーボールの直撃を受けた肩の火傷と裂傷で、身体が揺れるだけでも痛みで視界がぶれる。
 更に飛んできた魔法を全てフレアボールの爆発反応装甲で相殺する。

「決闘をなんだと思っているか!」

 凛とした美声と共に、魔法を打ち出す女達の肩に矢が着弾し、肩の肉をぶちまけを後方へと吹き飛んだ。
 矢はユニスによる攻撃だが、無詠唱魔法による横槍を止めるなど、想定していたとしても完璧に阻止する事は至難なだけに、その手早い対応に心の中で感謝する。
 
「「アキヤ…様……」」

 肩に大怪我を負った女達が、重症でのたうつ勇者に手を伸ばすも、その手が届く事無く地面に落ちた。

 いや死んでないだろ。
 
 サーチエネミーが消えていないため、生存は確かだ。

「エミィ、チラチー……!」

 炎の海から抜け出したアキヤに目を向けると、急激な出血のせいか顔色こそ悪いが、槍で負った傷が蒸気を上げて急速に消えていくのが見てとれた。
 ファイター系のHP自動回復を全てとっていても、そこまで早くはならないはず。
 余りにも不自然な回復速度に疑問を抱くが、結局スキルかアイテムなので考えるだけ無駄だ。
 今はそんな事よりも、もっと重大な問題がある。
 奴の足かせになり得る女が死んだと思われ、そのまま逃亡されることだ。

「まだ生きてるがな。けど、早く手当をしないとまずいだろうなぁ」
「決闘中になに俺様の女に手をだしてやがる! テメェだけは絶対に許さねぇ!」

 アキヤが嫌味たっぷりの俺の安い挑発を真に受け、闘志を再燃させてくれた。 

 その決闘中に先に茶々入れたのがお前の女なんだがな……。
 
 とは思ったが、反論するのもバカらしいので心の中だけで〝うるさい死ね〟と短く吐き捨てる。
 だがアキヤに傷を負わせられる手段である槍は、奴を挟んでの向こう側。
 この位置とタイミングでは回収できない。
 仮に回収できたとして、同じ手が通用するとはとても思えない。

 だったらこのまま酸欠か一酸化炭素中毒にもっていってやる!

 展開中のマジックシールドで奴を抑え込みにかかるも、魔法の盾は奴の半径2メートルに触れた時点であっさりと押し流された。

 くそっ、どうすればいい!
 
 収納袋様からトクルライト製のパルチザンを取り出しながら思考を巡らせる。
 奴との距離はまだ20メートルも開いている。

 詰められる前に何とかしなければ。

 だがこういう時ほど思考が空回りする。
 空転する頭を抱えて焦っていた次の瞬間、アキヤが瞬きする間の一瞬でゼロ距離まで距離を縮めると、大剣による袈裟斬りが飛んできた。
 咄嗟にマジックシールドを多重展開してそれを防ぐも、奴の膂力に魔法の盾が破壊され、槍の柄で受け止めるも勢いを殺しきれず吹き飛ばされた。
 地面を転がりながらも飛び跳ねて着地。
 止まり切れずに手を着き、四足獣の恰好で地面を滑って停止した。
 そこにアキヤが追いすがり剣を振りかぶる。

 させるかぁ!

 反撃にフレアボールを奴の結界にぶち当て爆発させると、トクルライトの槍をアイシクルスピアで射出する!
 しかし、正面からの攻撃はあっさりと弾かれてしまった。
 またも至近にまで詰められたのを後方へ跳躍。
 フレアボールを自身の目の前で爆発させ、跳躍に爆風エネルギーを上乗せして強引に距離を取る。

 なんだ今のスピードは、まるで俺と同等の速度は出ていたぞ!?
 考えられるのはまた俺の知らないスキルか、あるいは炎に巻かれている間にボーナスステータスの敏捷度を振り直したかだ。

 奴に対する優位性である速度まで潰されては、ますます勝ち目が遠くなる。
 だが、先程まで感じていた喉のつかえが今のでとれた。
 
 もうこれに賭けるしかない。
 このまま長引くと益々不利になる。
 失敗すると次は無いと見てほぼ間違いない。
 勝負は一度きり。

 これで決める……!

 俺はアキヤを見据えると、決死の覚悟で構えを取った。
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