四人で話せば賢者の知恵? ~固有スキル〈チャットルーム〉で繋がる異世界転移。知識と戦略を魔法に込めて、チート勇者をねじ伏せる~

藤ノ木文

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90話 汚れ行く信仰

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「ありがとうございます、おかげで助かりました」
「気にしなくていいよ」

 彼女と向き合う形で屈んで食べ終わるのを待っていると、カステラを食べ尽くし水筒の水を飲み干した勇者様が、地面に座ったまま礼を述べた。
 行き倒れるほど飢餓に苦しんだ後だ、すぐには起き上がれないだろう。

 そういう意味でカステラが手元にあったのは幸いしたなぁ。
 いきなり消化にエネルギーが必要な固形物は体に悪いって聞くし。

 空腹を満たして一息付いている彼女を改めてみると、その身なりは上品だが、土でかなり汚れている。
 舗装もされていない道端に寝ていたから、それだけでは説明のつかないほど、全身が土埃に塗れていた。

 あー、あー、こんなに汚して。
 
「きゃっ!?」

 気にするなと言っておきながら、服に付着した土が気になり過ぎて払ったら、小さく悲鳴を上げられた。

 ……突然見ず知らずの男が身体を触ってきたのだ、これは俺が悪い。

「あぁごめん、土で汚れてたからつい」
「い、いえいえ、私の方こそごめんなさい」

 俺が服を叩いたことで自身がいかに汚れているかを確認したヨシノさんが、慌てて服を手ではたくも、その腕に力が全く入っていない事が見て取れた。

 ホントにどうすればいいんだよこの超特大の厄介者は……。
 情報を引き出して動向を伺う位しか思いつかん。
 あ、それで良いのか。

「ところで、君はどこの誰で、どうしてこんなところで行き倒れていたの?」

 何者かもなにも、勇者で異世界人で日本人の16歳の年齢的に恐らく高校生の女の子なのだが、あえてそれすらわからない体でぬけぬけと訪ねてみる。
 
「私は……いえ、私の事を知るとあなたに迷惑がかかると思いますから……」

 そう言うと、彼女はポロポロと涙を流しながら俯いてしまった。

 16の女の子が異世界に来て飢餓で行き倒れだ。
 そら泣きたくもなるか……。
 
 行き倒れになったにも関わらず、自分よりも他人を心配できる優しさに、思わず感心してしまう。

「たぶん大丈夫だよ。それに、話しを聞いた程度で迷惑になるなら、カステラ食われたことの方がよっぽどだったから」
「ごめんなさい私……!」

 冗談っぽく言ったつもりが本気に取られてしまった。
 むしろ泣いてる子に冗談でも今みたいなことを言う方がデリカシー無さすぎだ。

 あーもう、俺もテンパッてて気が回っていない!

「冗談だから気にしないで! それよりほら、プリンもあるけど食べる?おいしいよ?」

 ガラスコップの容器に入ったそれを取り出し彼女の目の前に差し出すと、戸惑い遠慮されるも、物欲し気な瞳の揺れを俺は見逃さない。
 そのガラス容器を右へ左へと動かす度に、少女が眼鏡越しにプリンの動きを目で追っている。
 可哀そうになってきたのでプリンの入ったガラスの容器を強引に押し付けると、彼女からは見えない様に収納袋様から木製の匙を取り出し手渡した。
  
「遠慮しなくていい。俺はいつでも食べられるから」

 プリン自体はさほど高いものじゃない。
 むしろ器の方が高いので、普通はお店の中で食べる物なのだが、返却さえすれば器代は戻ってくるシステム。
 なので気兼ねなくこうしてテイクアウトにしてもらった。

「……ありがとうございます」

 赤い目をぬぐいながら明るい声で礼を述べるが、ガラス容器の中のプリンは既に消えていた。

 さようなら俺の食後のスイーツ。

 こうしてヨシノさんに餌付けを完了すると、彼女の自己紹介とこれまでの経緯を聞かせてもらった。
 
 彼女がこの世界に呼ばれたのは3週間近く前のこと。
 学校からの帰宅中だった彼女は、アイヴィナーゼ王国の東の隣国でウィッシュタニア魔法王国の召喚の間に転移させられていた。
 暴虐な魔族や悪辣非道な近隣国家と戦うため力を貸してくれと懇願され、流されるままに魔水晶でレベルUPを施されるも、魔物との戦いは兎も角、人間相手の戦いは出来ないと拒んだ。
 彼女を懐柔しようと国がイケメン男性を揃えて言い寄らせるも、かっこ良すぎる人が苦手という彼女はこれも拒絶。
 強引に関係を迫られたので、着の身着のまま逃げ出したそうだ。

 折角美形の多い異世界に来て、イケメンが苦手とか残念な子だなぁ。

 ぱっと見は地味で大人しそうではあるが、よく見ると顔はかなり整っている。
 地味で可愛く見えない原因は主に髪型だ。
 前髪が隠れ、ちゃんと整えられていないから、顔が見え辛く野暮ったい地味っ娘になっているのだ。
 あと何気に胸が大きい。
 地味だけど、実は眼鏡美少女で胸もあり、しかも極限状態にも拘わらず自分より他人を気遣える優しさとか、かなりの人の性癖に刺さりそうな属性だ。

 俺も好きだし。

「私が襲われていたのを助けてくれて、ここまで連れて来てくれたのが、この5匹の猫さん達です」
「よろしくですにゃ人の方」
「お嬢を助けてくれて感謝ですにゃ」
「あなたはとてもいい人ですにゃ」
「是非お礼をさせてほしいですにゃ」
「お嬢の身体でお礼しますにゃ」

 黒毛のマルクス、サビのボルテ、三毛のシーラ、サバのフィンラル、ブチのモッチョの5匹が次々と礼を述べてきた。

 だから最後おかしいだろ。
 まぁそういう事なら助けてやりたいが、この話が真実だという確証がない……。

 恐らくではあるが、異世界人もしくは勇者限定かもしれないが奴隷として縛れないのではなかろうか。
 もしくは奴隷化すると余計に面倒な事態になるとか何か原因があると予想している。
 もし奴隷として縛れるなら、この世界の人間が召喚したその日に拷問にかけてでも奴隷化してるはず。
 彼女のようにわざわざ高価な魔水晶を与えた挙句、こうして逃亡だって起こり得る可能性としては高く、国としては敵前逃亡に匹敵するレベルの事態は避けたいはず。
 奴隷化以外で勇者を縛る方法としては、王族や国の重要人物を嫁がせたり、国が自分の味方であると思い込ませるのが単純だが効果的であろう。
 奴隷化ではなく従属化させてしまえという奴だ。

 そんな大事な勇者を使い、まだ無名の俺に態々派遣し罠にかけるなんて手の込んだ事を考える奴なんて居るのか?

 元勇者のアキヤを倒したのなんて2時間前だし、迷宮だって全階層の攻略もしていない。
 つまりは俺の名が世に出るとすれば、最低でもあと二週間近く、この国の王女クラウディア様御一行が首都に戻ってからの事になるはずだ。

 ……どう考えても警戒し過ぎだな。
 
「身体でお礼とか無理ですけど、お金だったら働いて返しますから……」
「……まぁ事情は大体分かったから、お金は気にしないで。それと今後の君の身の振り方だけど、君と同じように異世界から召喚された人間が居たら引き渡せばいい? 例えばこの国の勇者とか」

〝居たら〟〝例えば〟とは言ったが〝居る〟とは言っていない。
 むしろこの国の勇者に関しては〝居ない〟と断言できるがあえて言わない。
 昔のアニメに出てきた謎の神官みたいな言い回しである。

「私の他にも勇者として呼ばれた人が居るのですか!?」
「聞いた話では意外と居たみたいよ。俺が知ってるだけでも勇者は君で三人目だし、異世界人としては7人目だ」

 情報元? それはヒ・ミ・ツです。 

「7人も!?」
「うん、7人も。それでどうする?」
「……私以外の勇者の人のところに行くと、どうなりますか?」
「んー、ご多分に漏れず勇者は国の庇護の下で安全に強くなれるけど、戦争の道具にされるみたいだからね、それを考えると、その国のために戦わされるんじゃないかな?」
「そんな……、それじゃどうしたら……」

 ヨシノさんの希望に輝いた目がショックで絶望に変わり、再び涙をにじませ始めた。

 心が痛い。

「人の方、どうにかなりませんかにゃ?」
「お嬢を助けてあげてほしいですにゃ」
「この子はとてもいい子ですにゃ」
「助けてくれたらお礼をしますにゃ」
「お嬢の身体を好きにできますにゃ」

 ブチのモッチョは彼女をどうしたいんだ?
 てかさっきから誰もモッチョを注意しないということは、これが5匹の総意なのか?
 リシアがケットシーを避ける理由がやっと分かった気がする……。

「身体で返されても困るがそうだなぁ、君がこの世界で戦争に加担せずにやっていける選択肢が無くは無いけど……」
「本当ですか!」

 ヨシノさんがすがるような眼で俺を見つめてくる。

 リベクさん辺りに頼んで適当な働き口を探してもらうか、冒険者として自立させるか、俺のPTに引き込んでダブルボーナススキルでイージーモードをするか……最後のは俺的に良いかもしれない。
 でもあれだな、嘘は言っていないし真実もちゃんと混ぜて話しているが、それによって女子高生の心の不安を煽り、今こうして希望を与えようとしているとか、完全に詐欺師の手管だな。
 まぁこちらに悪意は無いので良いけど、こうもちょろいとこのまま世に放った際、彼女がどうなるか心配なので保護した方が良さそうだ。

「じゃぁ選択肢を提示するね」

 そう言うと先程思いついたことを明確に彼女に示してあげた。

1.まずは普通に働く。
 働き口はこの街でも顔役であるリベクさんに頼む。
 あの人は何か確信めいたものを持って行動している節があるのでたぶん大丈夫なはずだ。 
2.この街で冒険者をする。
 この街でならモーディーンさん達のようなベテランで面倒見の良い人が多いと思うのでそういう意味では安心だが、彼女が逃げてきたのがすぐお隣の国なため見つかる可能性が極めて高い。
3.この街を出て旅を続けるなり他所の町で暮らすなりする。
 他所の町だとこの街とは性質が違うかもしれないため、肌に合わない場合はまた他所に移らなければならず、行った先々で問題が発生するかもしれないが、隣国の追っ手から逃れるには良いかもしれない。
4.四つ目は……

 それを彼女に告げる事に俺は言葉を詰まらせた。
 第四の選択肢は俺が彼女を保護する事。
 これは彼女のデメリットよりも俺のデメリットを考えなければならない。
 いくら俺と同じ異世界人でしかも勇者とは言え、対人戦闘のカタログスペックなら俺と性能は変わらない。

 だが戦闘力や戦闘センスはどうだ?

 えげつない戦法を積極的に取り入れたり、犯罪臭漂う攻撃を生み出す思考や行動が行えなければ、勇者と言えど怖くない。
 もしかすると、戦闘行為に意欲的なトトやメリティエよりも弱いかもしれないのだ。
 そんなのを引き入れる代償が、隣国に狙われる可能性では割が合わない。
 それこそ普段は山奥や森に隠れてもらい、出かける時だけワープゲートを使って呼び出すといった生活をしてもらうなどの安全対策を講じる必要がある。

 うん、それなら何とかなるかもしれないな。
 
「……4つ目はなんですか?」
「勇者以外の異世界人に庇護してもらう。なんの拍子かこちらに飛ばされて来た人も居るからね」
「その人にはどこに行けば会えますか?」
「そうだね……、教える前にその人の庇護を受けるための条件があるから聞いてくれ。これが守れない場合は即追い出されるレベルの約束事だから、無理ならさっきの三つの中から自分で選んでくれ」
「判りました、どんな条件か教えてもらえますか?」
「まずモンスターとは戦わされる。冒険者だから戦力として役に立ってもらわないと困るみたい。命令は絶対厳守、だけど好き好んで人と争うようなことはしない。悪事や性的な要求もされないから安心していいよ。最後に、勝手にPTから抜けてはいけない。それで君への庇護は保証される」
「はい、出来る限り頑張りますのでよろしくお願いします!」

 俺の出した条件を少女がすぐに飲み込むと、最後に深々と俺に頭を下げた。
 まるで面接官がその場で採用して仕事の条件を提示したようなものだから、気付かない方もどうかしてるわな。

「俺の名前は一ノ瀬敏夫。この街ではまだ駆け出しの新米冒険者ってことになってる。よろしくねっ」
「私は井上吉乃いのうえよしのです!」

 互いに名乗りあったところで、大きな問題を思い出す。

 いきなりケットシーを5匹も連れ帰ったら、リシアになんて言われるか分かったものじゃない。
 出かける前にも怒られたばかりで、更に怒らせるようなことはしたく無い。
 かと言って、このままこの子達だけ放置という訳にもいかないし……。

 などと思案していると、ケットシー達が俺達から離れていく。

「これで肩の荷も下りましたにゃ」
「やっとお嬢のお守から解放されますにゃ」
「この子の事を頼みましたにゃ」
「このお礼は必ずしますにゃ」
「お嬢が身体で返してくれますにゃ」
「「「「「それではごきげんようですにゃ」」」」」

 俺が彼らの身の振り方を考えていると、そう言い残して5匹仲良く逃げるように去っていった。

 軽いなぁケットシー。
 てか完全に彼女を俺に押し付けたよな?

「皆ありがとー!」

 去り行く彼らに大きく手を振る吉乃さん。
 感動的な別れのシーンではあるのだが、それを素直に尊いと思えない俺ガイル。

 ケットシーに何も求めない。
 求めちゃいけなかったのだ。
 汚れてしまった信仰に、俺の悲しみもなんぼのもんじゃい。
 ……さてと、帰るとするか。

「――!?」
「ん?」

 ずっと屈んでいた俺が立ち上がると、吉乃さんが俺の背後に目を向け声にならない驚きの悲鳴を上げた。
 俺の背に隠れるように居たのは頭から胸までが人で、腕を含めた下半身すべてが猛禽の美鳥であるミネルバだ。

 あぁそうか、彼女はさっきまで俯せで倒れてたからミネルバの姿をみていなかったのか。

「この子はミネルバ、ハーピーで俺の奥さんの一人だ」
「ハーピーがお嫁さん……」
「一応特殊性癖なのは理解してるからあまりツッコまないでね」

 そう言って注意したものの、何と言うか、吉乃さんは妙にうっとりした表情を浮かべて俺とミネルバを交互に見る。

「種族を超えた愛……ダメ、胸が……」
「お父様、この人は大丈夫でしょうか……色々と……」
「お父様!? 人と魔物、しかも親子で……禁断の愛……素敵……無理……苦しい……」

 吉乃さんが、何やら熱病にうなされるようにブツブツとつぶやき悶え始めた。

「うん、ミーちゃんと同じで俺も心配しかないよ……」

 まさかこんなところにも悶絶流継承者が居ようとは……。
 しかも悶絶する理由と方向性が俺よりもよっぽど上級者だ。

 吉乃さんが歩けるまでに回復したため、帰宅途中に彼女の話を聞いてみたところ、恋愛小説、青春ラブコメから禁断の愛や悲恋を扱ったものまで、恋愛ものなら幅広く好きなのだとか。

「イケメンはイケ―こほん、美人と恋愛するから尊いのです! なのに私のようなのに寄って来るとかありえませんよ! ウィッシュタニアの人達は美男に対する冒涜だと理解するべきです!」

 あぁなるほど、この子がイケメンが苦手なのはそういう所から来てるのね。
 てか今〝イケメンはイケメンと〟って言いかけた?

「そ、そんなに好きなら自分でも書いてみたら? この世界は娯楽も少ないから喜ばれると思うよ?」
「その発想はありませんでした! 筆記用具ってどこで売ってますか?!」
「さ、さぁ、雑貨屋かな? 紙と万年筆の存在は確認してるし、今から寄ってみる?」
「はい、是非お願いします! ……あ、でもお金が……」
「それくらいなら立て替えておくよ」
「ありがとうございます! 一ノ瀬さんって優しいんですね♪」
「トイチだけどね」
「?」

 トイチを理解できなかったか、吉乃さんが顔に〝?〟を浮かべるも追及はせず。
 俺のボケは大気にかき消されてしまった。
 
 けど、頼むから腐女子にだけはならないでくれ。
 おそらくはもう手遅れだろうが。

 諦めと不安の気持ちに支配された状態にまたも悶絶しながら、俺は彼女達を連れて帰路を歩く。


 そんな彼女が後世で〝恋愛文学の母〟として名を遺す巨匠になるとかならないとか、今の俺には知る由もない事だった。
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