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126話 周辺諸国の諸々な実情
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リビングではリシア、クク、フィローラ、ユニス、セシル、人型形態のイルミナさんが、テーブルを挟んでフリッツと名乗る男と向かい合う。
「この度は釈明の機会を与えて頂き感謝致します。並びにご迷惑をおかけしたこと、深くお詫び申し上げます」
「そういう堅苦しいのはいいから、本題を聞こうか?」
「ではそうさせて頂きます」
男の席に着くなり速攻の土下座に対し、駆け引きとか面倒なため単刀直入に用件を伺う。
すると男は愁傷な態度など微塵も無かったかのように、ケロッとした態度で笑みを浮かべて座り直した。
本来ならば年上の相手にタメ口など使わないのだが、状況と目の前の男の国籍や職業が加味されると、流石に上からの物言いをせざるを得ない。
面倒だと思いつつ、こういう駆け引きはしなきゃと思ってしまうあたり、自分の生真面目さにうんざりする。
にしても変わり身が速いなぁ。
「粗茶ですがどうぞ」
「これはかたじけない、頂きます」
土間から戻って来たローザが仏の笑みで男の前にお茶を出すと、男は悪びれた様子もなくそれを手にして一口流し込む。
「この季節に冷えたお茶ほど美味しい物はありませんね」
「そうですわね~」
男の言葉にのほほんと同意するローザ。
目の前の男が完全にくつろいだ様子なのが実に腹立たしい。
そしてローザがお茶を出すのに男と接近した際、俺を含めた全員が緊張で殺気立ったが、当の本人達は至って平静なのも恨めしい。
「水出しにしてはしっかりと風味が出ていて、これは良い茶葉を使っていますね。マローダですか?」
「わかります? 父が好んで飲用してまして、わたくしも幼少より慣れ親しんでますのよ」
「幼いころからこれを愛飲されているとは、ローザ様はかなり良い所のお嬢様なのですね」
「いえいえ滅相も無い。ただ、働き者の父にはいくら感謝をしてもし足りませんわ」
などと世間話を始めだした。
ローザは兎も角、お前は何しに来たんだ?
「お父様の御職業を伺っても?」
「父は「待てい」
フリッツの踏み込んだ質問にローザが答えようとしたため、被せる様に待ったをかける。
今のは明らかに個人情報だ。
「ローザ、その辺にしておいてくれる? これから大事な話をしなきゃなんで」
「はい♪」
結構切羽詰まった状況なのだが、ローザの和み成分で緊張もクソも無い。
けどそれは間違いなく彼女の美点なので、窘めるに窘められない俺ガイル。
「んで、あんたも世間話の体で情報収集すんな」
「ははは、バレていましたか」
男はこちらの指摘に悪びれた様子を微塵も見せない。
この街で職業魔物商や奴隷商はリベクさんしかいないので、そこから辿られて人質にされても困るのだ。
太々しくも良い性格してやがる。
俺にはまねのできない芸当だ。
ローザが全員分のお茶を出し終えたところで、今度こそ話を前に進める。
「前置きも挨拶も謝罪も無くて良い、本題に入ってくれ」
「話しが早くて助かります。まず初めに今回忍び込んだ賊に関しまして、我々第三王子派の関与する者ではないとお伝えします」
「知ってる。バラドリンド教国のスパイだった」
「短時間で相手に正体を吐かせるとは、さすがですね」
隠す必要はないだろうと正直に告げてやると、男が感心してみせた。
リップサービスの類なので聞き流し、逆に気になったことを聞き返す。
「第三王子派? ってことは、国王派や第一~第二王子派みたいな派閥的なのがあるの?」
「正確には国王と第二王子を含めた第一王子派と、我々第三王子派の2つの派閥です。さらに申し上げますと、第一王子派にとって、第三王子派は存在すら認知されてませんので、王宮の片隅にひっそりと腹違いの弟が居るくらいにしか思われていません」
派閥争いどころか認識すらされていない派閥ってなんだよ。
「んで、その第三王子派の目指すところは?」
「第一王子派の粛清と権力の掌握です」
「只のクーデター画策派じゃないか」
「そうとも言いますね」
俺のツッコミにフリッツは出されたお茶を飲ん気にすすりながら、何食わぬ顔であっさりと肯定する。
いや、そうとしか言わないからな?
「ですが、そうせざるを得ない事情がありまして」
目の前の男がウィッシュタニアの内情を語り始めた。
数年前から第一王子が政を取り仕切り、私腹を肥やするためだけに国民や地方領主に重税を課したといった、よくある話であった。
だがたった数年で国が疲弊し、首都圏外では盗賊団が至る所で発生しているそうだ。
しかも国王は政治に無関心で、そのすべてを第一王子に丸投げし、自分は自室で趣味に没頭しているとのこと。
「趣味?」
「内容はご婦人方の前ではとても言えない類のモノとだけ」
「あ(察し)」
その言い方だけで、色狂いの類だろうなとピンとくる。
政を担う人間が好き勝手を行い、それを止められる立場の人間が政治に無関心どころか便乗してやりたい放題していたら世話が無い。
「話を戻しますと、現在第一王子派もヨシノ様がライシーンに居るところまで掴んでおり、接触して問題を起こされる前に第一王子派と第三王子派の思惑の違いを知って頂くため、こうして交渉に上がった次第です」
更によしのんが召喚された経緯も話してくれた。
よしのんが呼ばれた理由だが、肥大した野心を持つ第一王子が勇者を用いて周辺諸国を攻め滅ぼし、大陸統一を成そうと画策したのだとか。
それに対し、第三王子は国防の観点から自衛手段としての戦力強化、近隣諸国との関係改善、野心馬鹿とならず者集団と化した旧冒険者ギルドを一掃し、自国内の膿を出したいとのこと。
そのためのクーデターだそうだ。
「我が国は魔法技術が進んでいるのと肥沃な土地の恩恵もあり、近隣の中では最大の国力を有しておりました。ですが先程も申しあげた通り、度重なる重税で国は疲弊しております。加えて周辺諸国との関係も芳しくはありません」
「歴代の王が国力と魔法技術の高さに驕り、他国を後進国と見下す風潮があるせいでしょうな」
「魔法が使えないだけで人を蔑むのは良く無いと思いでしゅ」
フリッツの説明にユニスとイルミナさんの隣に座るフィローラが指摘する。
「良くも悪くも魔法第一主義じゃからのぅ。しかも魔法技術を独占し、他国に渡ることを避けておる故、近隣からすれば煩わしいだけじゃ」
「これは手厳しい」
フィローラの頭を撫でながらイルミナさんがそう締めくくると、目の前の男が苦笑いを浮かべ頭を掻く。
その仕草がまるで他人事の様に思え、どこか白々しいもので突いてみる。
「あんたは魔法なんて使わなそうに見えるけど、よく隊長なんてやらせてもらってるな」
「部隊長と言いましても、自分は国に雇われている正規兵ではなく、あくまでエルネスト殿下の一私兵に過ぎません。魔法が使えずとも働き次第できっちり評価をして頂いてます」
直轄部隊とはいえ国家を蔑ろにする発言をしていたので、単純に派閥争い程度に思っていたが、正規兵でなく私兵であるなら、国ではなく第三王子個人に忠誠を誓ってることになる。
自身が魔法を使えないので蔑まれる側なのだから、そりゃ他人事だし白々しくもなるか。
それにしても部下を実力主義で徴用って、戦時下でもない状況でそれが出来る第三王子とやらは、ずいぶんと合理主義だな。
「けどウィッシュタニアが魔法に特化して威張れるほどなら、敵の城に隕石落としたり大地震や巨大台風なんか起こしてさっさとここら一帯を平定出来ないものなの?」
「先程は魔法技術が発達していると言いましたが、流石にそのような伝説やおとぎ話にある魔法は不可能です。他国より魔法の扱いに長けた者が多く、使用できる魔法の種類も僅かに豊富な程度で、精々巨大竜巻や小規模の地割れなど、ちょっとした災害級の戦略級攻撃魔法を扱うがやっとです。それ以外では魔道具の普及率が高い事や、生活に直結する〈日用魔法〉が発達しているくらいですね」
「伝説の中にならあるんだ……」
巨大竜巻や地割れでも十分に凶悪だと思うんだけど。
それこそ街中で使えば民家が瓦礫と化するし、城壁の下に地割れを発生させれば攻城兵器になる。
「昔、古代魔法人はそれらを自在に扱えたそうです……。威力が余りにも絶大で禁術として封印し、例え隕石召喚の魔法を唱えたとしても発動しないように理そのものを変えてしまったとか……」
「この世界の外から呼び出せるものを人間のみと定めたのも、奴らの仕業と聞くのぅ」
それまで大人しく俺達の会話を聞いていたセシルが口を開き、イルミナさんが付け加えた。
法則その物に干渉とか、古代魔法人すごいな。
いや、ジョブシステムを構築した時点で大概だけど。
「それらの魔法が使えるとしても、戦力比ではウィッシュタニアが10とするならば、アイヴィナーゼが7、バラドリンド8と、圧倒的な差でもありません。その様な訳でして、隣国を攻めるとしても全軍を持ってすれば征服も可能かもしれませんが、無傷とは行きません。疲弊したところを他国に攻められれば国を失う事態になりかねないでしょうな」
「周囲が他国に囲まれたウィッシュタニアとしては歯がゆいでしょうが、最大国力を持つ国が孤立しているのは周辺国からすれば理想的な状態ですね」
フリッツの説明にユニスが現状を的確に解説し、俺はそれに納得するように頷いた。
周辺諸国からすれば、ユニスの認識通りだろう。
「ましてや今のウィッシュタニアでは、とても他国と戦争などやっている場合ではありません」
自国の苦しい状況を、何事もなく吐露するフリッツ。
そういう弱みは見せない方が良いと思うのだが、商人や旅人にでも聞けば簡単に手に入りそうな情報でもあるため隠す気にもならないといったところか。
「加えて最近では魔物が活性化していまして、首都近郊ではその対処に兵を出さねばならないといったところです」
「へぇ、そうなんだ」
魔物の活性化なんてしてたんだ。
「トシオ様に助けて頂いた際もそれを十分警戒していたのですが、馬車の修理を呼ぶのに人手を割いてしまったところにゴブリンの襲撃を受けてしまいました」
「あぁ、あれもその影響なんだ」
フリッツの話しを聞いていると、隣に座るリシアが頬を赤らめ、一ヶ月ほど前の俺との出会いに思いを馳せる。
乙女モードなリシアさん可愛すぎる。
てかこの世界に来てから結構経ってるなぁ。
……しかし、それを踏まえるとむしろ今がチャンスなのではないのだろうか?
「なら今こそ周辺諸国連合を結成して、ウィッシュタニアを倒すって流れにはならないもの?」
「そう簡単な話しとはならないでしょうね」
何気ない思い付きによる発言を、ユニスが即座に否定する。
「アイヴィナーゼも国の北半分が隣接しているハッシュリング山岳国に狙われているため、容易には動けませんしね」
「北のハッシュリング山岳国はアイヴィナーゼとウィッシュタニアの北に、バラドリンドの東に少し隣接してましゅ」
「彼の国は断崖絶壁や岩場が多く、言うなれば天然の要塞です。攻めても損害が大きくなると予想される上に土地のほとんどが痩せているため旨みも無いと、どの国も守りを固めるに留まってますね」
リシアがアイヴィナーゼの現状を口すると、フィローラがハッシュリングの国境の境界を教えてくれた。
更にユニスが戦略的な観点を上げ連ねる。
アイヴィナーゼとしては目の上のたんこぶであるハッシュリングをどうにかしたいが、そんなところを攻めれば今度はウィッシュタニアに攻められるってんで動けずにいるってところだな。
ちなみにフィローラの話しでは、アイヴィナーゼの西は海に面し、南にあるモンテハナム海岸国とは同盟関係だが、モンテハナム自体が小国のため戦力としてあてにならず、庇護の見返りに毎年何かしらの物品を貢がせているのだとか。
それなんて属国?
「ハッシュリング側も国力を増やしたくても土地が痩せているため作物はあまり実りません。彼の国が国力を増やすには南へ行くか、人が踏破するには過酷すぎる山脈を超えて魔族領のある北へ向かう他は無く、現状維持が手一杯でしょうな」
そうフリッツが付け加えると、フィローラとユニスとイルミナさんの三人が揃って頷いた。
イルミナさんの隣では、セシルが皆の話に聞きながらメモを取る。
俺の後ろに控えているククは、何かあれば直ぐにでも行動に移せるよう、刺突剣の柄に手を添えている。
「片や我が国を挟んだバラドリンド教国はと言うと、魔法全般を悪と見なしており、昔から今日まで大小問わず全方面に諍いを起こすため、我が国以上に近隣諸国との仲は険悪です」
フリッツが出されたお茶を堪能しながら簡潔に答える。
目の前に当のウィッシュタニア人が居るにも関わらず、こんな話題を話しをしている俺達も俺達だが、自国を倒すならって話しをしている時に寛ぎすぎだろフリッツ。
なんとも食えない男である。
「全方位どころか大陸全ての敵と言っても差し支えない程ですね」
「人馬娘の気持ちは分からんでもないが、それはちと言い過ぎじゃな。じゃが、今時神聖魔法以外使わぬ国なんぞ、バラドリンド位なものじゃ」
ユニスが妙に恨みの篭った感じで眉をひそめ、イルミナさんがやれやれと言った様子ではき捨てた。
「それとじゃ、バラドリンドの国民性もやや特殊でな、その大半が神聖魔法を使える程に敬虔な信者故、争いを好まぬ至極善良な者達も多い。されど他国からの侵略となれば話しは別でのぅ、街が戦火に晒された途端、民の全てがヒーラーとなって軍を支えおる」
「祖父母の代の話ですが、バラドリンドの北に位置するケンタウロス自治領をバラドリンドの僧兵が度々侵犯してくる事がありまして、業を煮やした一族の者達が仕返しに攻め入ったら手酷い返り討ちに遭ったそうです」
イルミナさんの説明にユニスが昔に想いを馳せるような眼差しで虚空を睨みながらそう告げた。
この感じだと、その一族の者達とやらはユニスの親族のように思える。
道理でイルミナさんがユニスに同情的な訳である。
それとバラドリンドの方は僧兵と来たか、神の名の下にとか言って色々やらかしてそうだなぁ。
「確か五十年程前に起きたというケンタウロス族に因るバラドリンド教国襲撃ですね。それなら自分も文献で読んだことがあります」
「ウィッシュタニアにも伝わっていましたか」
「ええ、当時のバラドリンドも周辺諸国への宗教観の対立や領地侵犯を繰り返していたそうです。ところがケンタウロス騒動でその事が国民に露見し、流石にやり過ぎだと国民総出で教会への寄付を一時打ち切ったそうですが」
「でもまた同じ事を繰り返しはじめたのか……。よくそんなんで周辺諸国から滅ぼされずに済んでるな」
「ケンタウロス領の例もありましゅし、どの国も攻めるよりも来た者を迎撃した方が被害が少ないと考えているのかもしれませんね」
ユニスとフリッツの会話に率直な意見を述べると、フィローラがそう予測する。
根本的な解決ではなく対処療法的な対応である。
場当たり的だが戦争ともなるとケンタウロス領の様に領地を失いかねないので、どの国も余程の戦力差が無ければ開戦には踏み切れない。
戦争になる前に外交でなんとかするべきなのだろうが、宗教国家が一方的にちょっかいをかけてくるのではそれも難しいのだろう。
「バラドリンドの周辺は複数の小国から成るガルブレス連合国も一枚岩ではなく、連合全体としての領地は広くとも、バラドリンドに攻め込む程の戦力は無いでしょうな」
「場当たり的に成らざるを得ないってことか……しかし、どこも似たように煮詰まった状況だなぁ。悪い意味で」
俺は皆が話す諸国の状況にそう述べる。
諸々の事情が見えてくると、周辺諸国の状況のマズさが際立っている事に嫌でも気がつく。
アイヴィナーゼとモンテハナム以外何処もギスギスしすぎだ。
そのモンテハナムもアイヴィナーゼの庇護を受ける見返りに上納しているとなると、その立場に不満を抱えている可能性が無きにしも非ず。
一見膠着状態ではあるが、恐らく一国が戦争を起こすと連鎖的に周りも立ち上がり、戦国乱世に突入しかねない。
嫌なにらみ合いに陥っているな。
もし戦争なんて事になれば、如何に自国の戦力を温存し、如何に最終的に美味しい状況を作り出すか、そう考えると答えはおのずと決まってくる。
答えが頭の中で浮かぶや、俺は思わず目を細め奥歯をかみ締めた。
「その為の〝勇者〟とも言えます」
こちらを見ていたフリッツに、俺の渋い表情から頭の中を予測されてしまう。
こういうところが素人丸出しで自分でも嫌になる。
だが彼の含みの有る言葉が気になり再び突いてみる。
「それはおたくの意見? それとも主の?」
「いえいえ、この世界の王族や軍人のほとんどが持つ共通認識です。エウネスト様は『勇者など、あらゆる可能性を考慮し、それでも無理なら仕方なく頼るものであって、思考すらせず呼んで頼むだけでは猿と変わらないではないか』とぼやいておりました」
そう言いながら、フリッツはコップに口を付けようとして中身がない事に気付き、杯をテーブルの上にもどした。
それを見たローザが直ぐにガラスのケトルから冷えたお茶を入れると、彼は申し訳無さそうな顔で笑みを浮かべて礼を述べる。
何気なくこうして会話に参加しているが、家のリビングは彼からしたら敵地に近い。
気分次第でどう出るか分からない相手にかなり緊張しているのだろう。
実際ククなんて、先程から冷たい敵意をフリッツに放ち続けている。
それでも顔には出さないこいつの精神力には感心させられる。
俺と二つしか違わないのにな……。
それと、フリッツの主、エルネストの考えは嫌いじゃないな。
この膠着状況を打破するにはどうすれば良いか、それをこの世界の王族になったつもりで考えると、真っ先に浮かぶのは〝異世界から勇者というスーパーヒーローを呼んで力に物を言わせる〟だが、呼び出す労力や費用を無視すれば、一番手っ取り早い解決方法である。
ましては王族なんて大富豪の頂点に君臨する物体なら尚更だ。
それを良しとしない矜持を持つこと自体、この世界の王族なら容易ではないだろう。
そしてそんな矜持を簡単に踏みにじる勇者召喚。
この世界に勇者と言う存在は害悪でしかないのかもしれない。
魔物の被害から自国を守るためと言うならまだ分かるけど、人間同士の争いに異世界の人間を呼んで解決してもらおうとか、他力本願にも程が有る。
それに、1人呼んだだけで簡単に周辺諸国とのパワーバランスを崩させる存在など、人の営みとして安定しなさ過ぎだ。
ましてやそれが呼び出された人間の資質に左右されるのだから尚不安定だ。
けど、エルネスト第三王子がそういうのを嫌っているのなら、何でよしのんを連れ戻そうとしてるんだ?
わざわざ連れ戻さなくても自分の力で解決を試みれば良いじゃないか。
「けれども、お主の雇い主も勇者を利用しようと思うておるのであろう?」
俺が思っていたことをイルミナさんが口にする
「えぇ、自分で呼び出して問題を解決してもらうというのには抵抗があるようですが、既にある物で使えるものなら何でも使えという考えのお方ですので。ただ殿下の場合は『他人に利用されるのを避けたい』というの意味合いが強いでしょうが、アイヴィナーゼやバラドリンドも勇者召喚を成功させたとの情報も入って来ていますので、時間的にも勇者に頼らねば成らない事態であるのも確かです」
フリッツが何の躊躇いもなく発した言葉に、アキヤの顔が脳裏にちらつき、一瞬胸に痛みが走ったが無理矢理抑え込んだ。
初めて人を手にかけた出来事なだけに、未だに気持ちに整理がついていない。
だがそんなことよりも、バラドリンドの勇者だ。
今の話しで先程尋問した諜報員が噂話程度に出したバラドリンドの勇者の存在が、より濃厚になったことに、手に嫌な汗が浮かぶ。
バラドリンドなんて国が勇者を呼んだら碌な事にならないのは目に見えている。
そうなると、最初のターゲットは間違いなく教敵であるウィッシュタニアだ。
バラドリンドがウィッシュタニアを落とせば、魔法が根付いている国民諸共血祭りなんて事も起こりえる。
そしてウィッシュタニアを滅ぼした後は、アイヴィナーゼか、あるいはバラドリンドの更に東の小国連合か、そうなる前にウィッシュタニアの段階で早急に対処しないと本当に乱世になりかねない。
「そうでした、言い忘れていましたが、我々が斜向かいに拠点を構えてたのは2年前からで、昨晩の立食会への参加は全くの偶然です」
「出来過ぎた偶然もあったモノじゃな」
「その辺りはご近所の方々に『家主であるゼレルがいつから住んでいるか』を伺って頂ければ立証できるかと思います」
思い出したと言わんばかりのフリッツが、さらっとバラドリンドの勇者の話を棚上げする。
イルミナさんが偶然性を疑うも、男は飄々とそう答えた。
「それと、ここにヨシノ様がいらっしゃることに関してですが、これは彼女が連れていたケットシー達からお聞きしました。鶏の胸肉をチラつかせただけで、聞いてもいないことまで話して頂けましたよ、トシオ様のことも含めて。はっはっはっ」
ケットシーェ……。
しかもよりによって胸肉かよ。
どうでも良い話だが、鶏の胸肉はパサパサしているため、普通は腿肉の方がお高いのだ。
一人暮らしの経験からそんなくだらない知識が脳内で浮かんだが、くだらなすぎて口に出せない。
ケットシー達もどうにかしなければだが、それはさて置き、居場所がほぼほぼ限定されているとなると、ウィッシュタニアの首脳陣は問題しかないな。
唯一自浄作用が出来る人物である国王が、面倒事を息子に丸投げで、自分は美味い物食って美女を抱いての贅沢三昧と来た。
男ならその誘惑に抗える奴はそうは居ないだろう。
ましてや国家運営なんて重圧を知っている国王ならなおのことだ。
そんなものをかなぐり捨て好き放題出来るなら、それに越したことは無い。
ただし、他人の犠牲が無ければだ。
普通の人間なら良心が痛むものだけど、そういう情報は遮断されているとかって可能性は――仮にあったとしても、意思に反しての監禁状態なら兎も角、自らそんな状況に身を置いてるならそれはそいつの責任だ。
そんなのが国の舵を握っていることに、ウィッシュタニアの国民には同情を禁じ得ない。
「にしても、国家の危機だってに、ウィッシュタニアの首脳陣はなかなか愉快なオママゴトをしてるんだな」
「このまま放っておくと、10年と持たずに国が崩壊するでしょうね」
「だからクーデターか」
「そう言うことです」
国の体を保っていればまだ立て直しが効くだろうが、一度瓦解した国は別の誰かが一つにまとめ上げない限り、周辺諸国にその領地を差配される。
差配とは言っても、首脳会談で決めるなんて生易しいことにはまずならない。
ここは俺の領地だと一方的に主張し合い、互いに剣や魔法を突き合わせての戦場と化す。
そうなるとその地に住む人間はもっと悲惨な目にあうだろう。
「そのためにも、我々には力が必要です。トシオ様、どうか勇者ヨシノ様へ直接謝罪する機会と交渉の場を設けて頂けますでしょうか?」
フリッツが改めて深々と頭を下げる。
ちっ、ここでそう持ってくるか。
〝引き渡せ〟や〝返せ〟なら断り易かったのだが、そうではなく〝直接話しをさせろ〟である。
だがそれで彼女が万が一にも情に流され、ウィッシュタニアに連れ戻されるなんてことになると、そこから先の事態がどう転ぶか分からなくなる。
そうはさせ無いためにも、もっともらしい言葉を並べていく。
「……すまないが断らせてもらう。彼女は俺達が居た世界ではまだ未成年であり、今は俺の庇護下にある。彼女の後見人としての立場から、未成年の女の子を戦争の道具にするわけにはいかない」
思ったことを口にすると、それっぽい理屈が組み上がる。
「ヨシノ様の身に危険が及ばぬよう最善の注意を払う所存です。それとトシオ様にも、どうかエルネスト様との良好な関係を構築して頂けますよう重ねてお願い申し上げます」
男が再び頭を下げ、ここで決裂させるのではなく、今後に繋げようと懇願する。
自国の存亡の危機と来ては、なりふり構っていられないだろうことは良くわかる。
出来ることなら手を貸してやりたいが、こればかりは流石に荷が勝ちすぎる。
以前は〝重ね掛け魔砲撃を横薙ぎにしてやれば軍隊だって滅ぼせる〟なんて思い上がっていたが、モーディーンさん達ベテラン冒険者の実力を知ると、その程度でどうにかできるレベルの世界では無いと実感している。
しかも相手はこの大陸でもっとも強大な魔法国家だ、モーディーンさん達の様にジョブシステムと並行してその枠外に身を置いても、どうにかなるのかは非常に怪しい。
「そのエルネスト様と仲良くして、こちらに何か得になるの?」
自信の無さを誤魔化す様に、敢えて損得勘定で質問を返す。
「はい。差し当たっては、我々の持ちえる情報全てを開示する用意があります。それと、エルネスト様が近隣諸国に張り巡らせた諜報網も自由にご利用頂けます」
男がさわやかな笑みを浮かべて〝情報〟を売り込んできた。
完全にこちらの心情を理解しての営業スマイルだ。
情報がいかに重要か、モーディーンさんなんて存在を知ったら俺TUEEEしにウィッシュタニアに乗り込むなんて選択肢を持つだろうが、知っている今となっては、そんなこと出来るはずもない。
何も知らなければ対策を練って動くことは難しく、場合によっては命に関わる。
だが彼らの諜報網は喉から手が出るほど欲しいものだ。
ふむ……。
考え込む俺を何気なく見ている風のフリッツ。
観察されてるなぁと思いつつも敢えて無視する。
俺個人の見解としては、まず何より家族の安全が第一だ。
そして家族やその親族が暮らすライシーンが戦場となることだけは、何としてでも避けなければならない。
かといって、下手に動くとく各陣営のゴタゴタに巻き込まれる可能性が極めて高いため、慎重にならざるを得ない。
いや、よしのんを保護した時点でもう既に巻き込まれているか。
全方位に対応するためにも、状況に合わせて動ける柔軟な思考と諜報網を持つエルネストと手を組むのがよさそうか。
しかし、万が一裏切るなんて事があっては困るので、それなりに手を打たなければいけないな。
……とまぁ大体こんなところか。
とりあえず即答は避け、返事はレンさん達に相談をしてからでも良いだろう。
なのでこの場では保留だな。
「もう少しこちらで考えたい、時間をくれるか?」
「はい、良い返事を期待しています」
今晩の話し合いをここで打ち切ると、フリッツは立ち上がり玄関へと向かう。
「遅くなりましたが、夜分にこのような場を設けて頂き、誠にありがとうございました」
「いや、こちらこそ色々と聞かせてもらって助かった。……あ、待ってくれ」
玄関の扉を開き、一礼してからそのまま出て行こうとしたフリッツの背に、俺は声をかけて呼び止めた。
「バラドリンドのライシーンでの活動拠点は〈光の福音亭〉って宿屋で、諜報員の仲間が宿屋の主の――なんて言ったか?」
「亭主のアーマンとその妻のベルタです……」
すぐ後ろに居たセシルに話しを振ると、メモを確認することも無く即答する。
さすがせしるん、物覚えの良さは完璧だ。
「その2人がバラドリンドの関係者だ。それとウィッシュタニア国内で暗躍しているバラドリンド諜報員の潜伏先のリストも渡してやってくれる?」
「はい、少々お待ちください……」
セシルに頼むとメモ帳にさらさらと鉛筆で書き始め、渡してくれたメモをそのままの流れでフリッツに手渡す。
これで俺とバラドリンドとの繋がりの無さの証明にもなり、いらぬ誤解を生むことも無いであろう。
「このような貴重な情報を頂いてもよろしいのですか?」
「今日聞かせてもらった情報の対価だと思ってくれ。情報の出所は先程進入してきた諜報員だ、奴が元々持っていた情報が正しければ間違いは無いはず」
暗に先程貰った情報提供の貸し借りは無しだと告げているのだが、どう考えても今フリッツ達第三王子派にとって、この情報に価値はなく、一応協力的であるというパフォーマンス以外の何物でもない。
さらに言えば、光の福音亭に関しては彼らからすれば他国の事なので、俺達と同様、下手に動けずスルー案件である。
「それと、これ以上の情報拡散は避けたい。もし暇なら吉乃が連れていたケットシー5匹を連れて来てくれ。あいつ等のおかげでバラドリンドの諜報員にも家がバレた」
「分かりました。それに関しては我々でなんとかしましょう」
「頼んだ」
フリッツが再び一礼し背を向けると、敷地の外へと歩いていく。
それを見送り扉を閉めた所で、俺は緊張から脱するように大きな溜息を吐いた。
――――――――――――――――――――――
以前書いたモノと今回加筆したモノとを組み換えパズルみたいに入れ替えていたら、自分でも途中から「あれ、ここ重複してね?」と、訳が分からなくなってしまう事態に。
なので、もしかするとおかしな部分があるかもです。
「この度は釈明の機会を与えて頂き感謝致します。並びにご迷惑をおかけしたこと、深くお詫び申し上げます」
「そういう堅苦しいのはいいから、本題を聞こうか?」
「ではそうさせて頂きます」
男の席に着くなり速攻の土下座に対し、駆け引きとか面倒なため単刀直入に用件を伺う。
すると男は愁傷な態度など微塵も無かったかのように、ケロッとした態度で笑みを浮かべて座り直した。
本来ならば年上の相手にタメ口など使わないのだが、状況と目の前の男の国籍や職業が加味されると、流石に上からの物言いをせざるを得ない。
面倒だと思いつつ、こういう駆け引きはしなきゃと思ってしまうあたり、自分の生真面目さにうんざりする。
にしても変わり身が速いなぁ。
「粗茶ですがどうぞ」
「これはかたじけない、頂きます」
土間から戻って来たローザが仏の笑みで男の前にお茶を出すと、男は悪びれた様子もなくそれを手にして一口流し込む。
「この季節に冷えたお茶ほど美味しい物はありませんね」
「そうですわね~」
男の言葉にのほほんと同意するローザ。
目の前の男が完全にくつろいだ様子なのが実に腹立たしい。
そしてローザがお茶を出すのに男と接近した際、俺を含めた全員が緊張で殺気立ったが、当の本人達は至って平静なのも恨めしい。
「水出しにしてはしっかりと風味が出ていて、これは良い茶葉を使っていますね。マローダですか?」
「わかります? 父が好んで飲用してまして、わたくしも幼少より慣れ親しんでますのよ」
「幼いころからこれを愛飲されているとは、ローザ様はかなり良い所のお嬢様なのですね」
「いえいえ滅相も無い。ただ、働き者の父にはいくら感謝をしてもし足りませんわ」
などと世間話を始めだした。
ローザは兎も角、お前は何しに来たんだ?
「お父様の御職業を伺っても?」
「父は「待てい」
フリッツの踏み込んだ質問にローザが答えようとしたため、被せる様に待ったをかける。
今のは明らかに個人情報だ。
「ローザ、その辺にしておいてくれる? これから大事な話をしなきゃなんで」
「はい♪」
結構切羽詰まった状況なのだが、ローザの和み成分で緊張もクソも無い。
けどそれは間違いなく彼女の美点なので、窘めるに窘められない俺ガイル。
「んで、あんたも世間話の体で情報収集すんな」
「ははは、バレていましたか」
男はこちらの指摘に悪びれた様子を微塵も見せない。
この街で職業魔物商や奴隷商はリベクさんしかいないので、そこから辿られて人質にされても困るのだ。
太々しくも良い性格してやがる。
俺にはまねのできない芸当だ。
ローザが全員分のお茶を出し終えたところで、今度こそ話を前に進める。
「前置きも挨拶も謝罪も無くて良い、本題に入ってくれ」
「話しが早くて助かります。まず初めに今回忍び込んだ賊に関しまして、我々第三王子派の関与する者ではないとお伝えします」
「知ってる。バラドリンド教国のスパイだった」
「短時間で相手に正体を吐かせるとは、さすがですね」
隠す必要はないだろうと正直に告げてやると、男が感心してみせた。
リップサービスの類なので聞き流し、逆に気になったことを聞き返す。
「第三王子派? ってことは、国王派や第一~第二王子派みたいな派閥的なのがあるの?」
「正確には国王と第二王子を含めた第一王子派と、我々第三王子派の2つの派閥です。さらに申し上げますと、第一王子派にとって、第三王子派は存在すら認知されてませんので、王宮の片隅にひっそりと腹違いの弟が居るくらいにしか思われていません」
派閥争いどころか認識すらされていない派閥ってなんだよ。
「んで、その第三王子派の目指すところは?」
「第一王子派の粛清と権力の掌握です」
「只のクーデター画策派じゃないか」
「そうとも言いますね」
俺のツッコミにフリッツは出されたお茶を飲ん気にすすりながら、何食わぬ顔であっさりと肯定する。
いや、そうとしか言わないからな?
「ですが、そうせざるを得ない事情がありまして」
目の前の男がウィッシュタニアの内情を語り始めた。
数年前から第一王子が政を取り仕切り、私腹を肥やするためだけに国民や地方領主に重税を課したといった、よくある話であった。
だがたった数年で国が疲弊し、首都圏外では盗賊団が至る所で発生しているそうだ。
しかも国王は政治に無関心で、そのすべてを第一王子に丸投げし、自分は自室で趣味に没頭しているとのこと。
「趣味?」
「内容はご婦人方の前ではとても言えない類のモノとだけ」
「あ(察し)」
その言い方だけで、色狂いの類だろうなとピンとくる。
政を担う人間が好き勝手を行い、それを止められる立場の人間が政治に無関心どころか便乗してやりたい放題していたら世話が無い。
「話を戻しますと、現在第一王子派もヨシノ様がライシーンに居るところまで掴んでおり、接触して問題を起こされる前に第一王子派と第三王子派の思惑の違いを知って頂くため、こうして交渉に上がった次第です」
更によしのんが召喚された経緯も話してくれた。
よしのんが呼ばれた理由だが、肥大した野心を持つ第一王子が勇者を用いて周辺諸国を攻め滅ぼし、大陸統一を成そうと画策したのだとか。
それに対し、第三王子は国防の観点から自衛手段としての戦力強化、近隣諸国との関係改善、野心馬鹿とならず者集団と化した旧冒険者ギルドを一掃し、自国内の膿を出したいとのこと。
そのためのクーデターだそうだ。
「我が国は魔法技術が進んでいるのと肥沃な土地の恩恵もあり、近隣の中では最大の国力を有しておりました。ですが先程も申しあげた通り、度重なる重税で国は疲弊しております。加えて周辺諸国との関係も芳しくはありません」
「歴代の王が国力と魔法技術の高さに驕り、他国を後進国と見下す風潮があるせいでしょうな」
「魔法が使えないだけで人を蔑むのは良く無いと思いでしゅ」
フリッツの説明にユニスとイルミナさんの隣に座るフィローラが指摘する。
「良くも悪くも魔法第一主義じゃからのぅ。しかも魔法技術を独占し、他国に渡ることを避けておる故、近隣からすれば煩わしいだけじゃ」
「これは手厳しい」
フィローラの頭を撫でながらイルミナさんがそう締めくくると、目の前の男が苦笑いを浮かべ頭を掻く。
その仕草がまるで他人事の様に思え、どこか白々しいもので突いてみる。
「あんたは魔法なんて使わなそうに見えるけど、よく隊長なんてやらせてもらってるな」
「部隊長と言いましても、自分は国に雇われている正規兵ではなく、あくまでエルネスト殿下の一私兵に過ぎません。魔法が使えずとも働き次第できっちり評価をして頂いてます」
直轄部隊とはいえ国家を蔑ろにする発言をしていたので、単純に派閥争い程度に思っていたが、正規兵でなく私兵であるなら、国ではなく第三王子個人に忠誠を誓ってることになる。
自身が魔法を使えないので蔑まれる側なのだから、そりゃ他人事だし白々しくもなるか。
それにしても部下を実力主義で徴用って、戦時下でもない状況でそれが出来る第三王子とやらは、ずいぶんと合理主義だな。
「けどウィッシュタニアが魔法に特化して威張れるほどなら、敵の城に隕石落としたり大地震や巨大台風なんか起こしてさっさとここら一帯を平定出来ないものなの?」
「先程は魔法技術が発達していると言いましたが、流石にそのような伝説やおとぎ話にある魔法は不可能です。他国より魔法の扱いに長けた者が多く、使用できる魔法の種類も僅かに豊富な程度で、精々巨大竜巻や小規模の地割れなど、ちょっとした災害級の戦略級攻撃魔法を扱うがやっとです。それ以外では魔道具の普及率が高い事や、生活に直結する〈日用魔法〉が発達しているくらいですね」
「伝説の中にならあるんだ……」
巨大竜巻や地割れでも十分に凶悪だと思うんだけど。
それこそ街中で使えば民家が瓦礫と化するし、城壁の下に地割れを発生させれば攻城兵器になる。
「昔、古代魔法人はそれらを自在に扱えたそうです……。威力が余りにも絶大で禁術として封印し、例え隕石召喚の魔法を唱えたとしても発動しないように理そのものを変えてしまったとか……」
「この世界の外から呼び出せるものを人間のみと定めたのも、奴らの仕業と聞くのぅ」
それまで大人しく俺達の会話を聞いていたセシルが口を開き、イルミナさんが付け加えた。
法則その物に干渉とか、古代魔法人すごいな。
いや、ジョブシステムを構築した時点で大概だけど。
「それらの魔法が使えるとしても、戦力比ではウィッシュタニアが10とするならば、アイヴィナーゼが7、バラドリンド8と、圧倒的な差でもありません。その様な訳でして、隣国を攻めるとしても全軍を持ってすれば征服も可能かもしれませんが、無傷とは行きません。疲弊したところを他国に攻められれば国を失う事態になりかねないでしょうな」
「周囲が他国に囲まれたウィッシュタニアとしては歯がゆいでしょうが、最大国力を持つ国が孤立しているのは周辺国からすれば理想的な状態ですね」
フリッツの説明にユニスが現状を的確に解説し、俺はそれに納得するように頷いた。
周辺諸国からすれば、ユニスの認識通りだろう。
「ましてや今のウィッシュタニアでは、とても他国と戦争などやっている場合ではありません」
自国の苦しい状況を、何事もなく吐露するフリッツ。
そういう弱みは見せない方が良いと思うのだが、商人や旅人にでも聞けば簡単に手に入りそうな情報でもあるため隠す気にもならないといったところか。
「加えて最近では魔物が活性化していまして、首都近郊ではその対処に兵を出さねばならないといったところです」
「へぇ、そうなんだ」
魔物の活性化なんてしてたんだ。
「トシオ様に助けて頂いた際もそれを十分警戒していたのですが、馬車の修理を呼ぶのに人手を割いてしまったところにゴブリンの襲撃を受けてしまいました」
「あぁ、あれもその影響なんだ」
フリッツの話しを聞いていると、隣に座るリシアが頬を赤らめ、一ヶ月ほど前の俺との出会いに思いを馳せる。
乙女モードなリシアさん可愛すぎる。
てかこの世界に来てから結構経ってるなぁ。
……しかし、それを踏まえるとむしろ今がチャンスなのではないのだろうか?
「なら今こそ周辺諸国連合を結成して、ウィッシュタニアを倒すって流れにはならないもの?」
「そう簡単な話しとはならないでしょうね」
何気ない思い付きによる発言を、ユニスが即座に否定する。
「アイヴィナーゼも国の北半分が隣接しているハッシュリング山岳国に狙われているため、容易には動けませんしね」
「北のハッシュリング山岳国はアイヴィナーゼとウィッシュタニアの北に、バラドリンドの東に少し隣接してましゅ」
「彼の国は断崖絶壁や岩場が多く、言うなれば天然の要塞です。攻めても損害が大きくなると予想される上に土地のほとんどが痩せているため旨みも無いと、どの国も守りを固めるに留まってますね」
リシアがアイヴィナーゼの現状を口すると、フィローラがハッシュリングの国境の境界を教えてくれた。
更にユニスが戦略的な観点を上げ連ねる。
アイヴィナーゼとしては目の上のたんこぶであるハッシュリングをどうにかしたいが、そんなところを攻めれば今度はウィッシュタニアに攻められるってんで動けずにいるってところだな。
ちなみにフィローラの話しでは、アイヴィナーゼの西は海に面し、南にあるモンテハナム海岸国とは同盟関係だが、モンテハナム自体が小国のため戦力としてあてにならず、庇護の見返りに毎年何かしらの物品を貢がせているのだとか。
それなんて属国?
「ハッシュリング側も国力を増やしたくても土地が痩せているため作物はあまり実りません。彼の国が国力を増やすには南へ行くか、人が踏破するには過酷すぎる山脈を超えて魔族領のある北へ向かう他は無く、現状維持が手一杯でしょうな」
そうフリッツが付け加えると、フィローラとユニスとイルミナさんの三人が揃って頷いた。
イルミナさんの隣では、セシルが皆の話に聞きながらメモを取る。
俺の後ろに控えているククは、何かあれば直ぐにでも行動に移せるよう、刺突剣の柄に手を添えている。
「片や我が国を挟んだバラドリンド教国はと言うと、魔法全般を悪と見なしており、昔から今日まで大小問わず全方面に諍いを起こすため、我が国以上に近隣諸国との仲は険悪です」
フリッツが出されたお茶を堪能しながら簡潔に答える。
目の前に当のウィッシュタニア人が居るにも関わらず、こんな話題を話しをしている俺達も俺達だが、自国を倒すならって話しをしている時に寛ぎすぎだろフリッツ。
なんとも食えない男である。
「全方位どころか大陸全ての敵と言っても差し支えない程ですね」
「人馬娘の気持ちは分からんでもないが、それはちと言い過ぎじゃな。じゃが、今時神聖魔法以外使わぬ国なんぞ、バラドリンド位なものじゃ」
ユニスが妙に恨みの篭った感じで眉をひそめ、イルミナさんがやれやれと言った様子ではき捨てた。
「それとじゃ、バラドリンドの国民性もやや特殊でな、その大半が神聖魔法を使える程に敬虔な信者故、争いを好まぬ至極善良な者達も多い。されど他国からの侵略となれば話しは別でのぅ、街が戦火に晒された途端、民の全てがヒーラーとなって軍を支えおる」
「祖父母の代の話ですが、バラドリンドの北に位置するケンタウロス自治領をバラドリンドの僧兵が度々侵犯してくる事がありまして、業を煮やした一族の者達が仕返しに攻め入ったら手酷い返り討ちに遭ったそうです」
イルミナさんの説明にユニスが昔に想いを馳せるような眼差しで虚空を睨みながらそう告げた。
この感じだと、その一族の者達とやらはユニスの親族のように思える。
道理でイルミナさんがユニスに同情的な訳である。
それとバラドリンドの方は僧兵と来たか、神の名の下にとか言って色々やらかしてそうだなぁ。
「確か五十年程前に起きたというケンタウロス族に因るバラドリンド教国襲撃ですね。それなら自分も文献で読んだことがあります」
「ウィッシュタニアにも伝わっていましたか」
「ええ、当時のバラドリンドも周辺諸国への宗教観の対立や領地侵犯を繰り返していたそうです。ところがケンタウロス騒動でその事が国民に露見し、流石にやり過ぎだと国民総出で教会への寄付を一時打ち切ったそうですが」
「でもまた同じ事を繰り返しはじめたのか……。よくそんなんで周辺諸国から滅ぼされずに済んでるな」
「ケンタウロス領の例もありましゅし、どの国も攻めるよりも来た者を迎撃した方が被害が少ないと考えているのかもしれませんね」
ユニスとフリッツの会話に率直な意見を述べると、フィローラがそう予測する。
根本的な解決ではなく対処療法的な対応である。
場当たり的だが戦争ともなるとケンタウロス領の様に領地を失いかねないので、どの国も余程の戦力差が無ければ開戦には踏み切れない。
戦争になる前に外交でなんとかするべきなのだろうが、宗教国家が一方的にちょっかいをかけてくるのではそれも難しいのだろう。
「バラドリンドの周辺は複数の小国から成るガルブレス連合国も一枚岩ではなく、連合全体としての領地は広くとも、バラドリンドに攻め込む程の戦力は無いでしょうな」
「場当たり的に成らざるを得ないってことか……しかし、どこも似たように煮詰まった状況だなぁ。悪い意味で」
俺は皆が話す諸国の状況にそう述べる。
諸々の事情が見えてくると、周辺諸国の状況のマズさが際立っている事に嫌でも気がつく。
アイヴィナーゼとモンテハナム以外何処もギスギスしすぎだ。
そのモンテハナムもアイヴィナーゼの庇護を受ける見返りに上納しているとなると、その立場に不満を抱えている可能性が無きにしも非ず。
一見膠着状態ではあるが、恐らく一国が戦争を起こすと連鎖的に周りも立ち上がり、戦国乱世に突入しかねない。
嫌なにらみ合いに陥っているな。
もし戦争なんて事になれば、如何に自国の戦力を温存し、如何に最終的に美味しい状況を作り出すか、そう考えると答えはおのずと決まってくる。
答えが頭の中で浮かぶや、俺は思わず目を細め奥歯をかみ締めた。
「その為の〝勇者〟とも言えます」
こちらを見ていたフリッツに、俺の渋い表情から頭の中を予測されてしまう。
こういうところが素人丸出しで自分でも嫌になる。
だが彼の含みの有る言葉が気になり再び突いてみる。
「それはおたくの意見? それとも主の?」
「いえいえ、この世界の王族や軍人のほとんどが持つ共通認識です。エウネスト様は『勇者など、あらゆる可能性を考慮し、それでも無理なら仕方なく頼るものであって、思考すらせず呼んで頼むだけでは猿と変わらないではないか』とぼやいておりました」
そう言いながら、フリッツはコップに口を付けようとして中身がない事に気付き、杯をテーブルの上にもどした。
それを見たローザが直ぐにガラスのケトルから冷えたお茶を入れると、彼は申し訳無さそうな顔で笑みを浮かべて礼を述べる。
何気なくこうして会話に参加しているが、家のリビングは彼からしたら敵地に近い。
気分次第でどう出るか分からない相手にかなり緊張しているのだろう。
実際ククなんて、先程から冷たい敵意をフリッツに放ち続けている。
それでも顔には出さないこいつの精神力には感心させられる。
俺と二つしか違わないのにな……。
それと、フリッツの主、エルネストの考えは嫌いじゃないな。
この膠着状況を打破するにはどうすれば良いか、それをこの世界の王族になったつもりで考えると、真っ先に浮かぶのは〝異世界から勇者というスーパーヒーローを呼んで力に物を言わせる〟だが、呼び出す労力や費用を無視すれば、一番手っ取り早い解決方法である。
ましては王族なんて大富豪の頂点に君臨する物体なら尚更だ。
それを良しとしない矜持を持つこと自体、この世界の王族なら容易ではないだろう。
そしてそんな矜持を簡単に踏みにじる勇者召喚。
この世界に勇者と言う存在は害悪でしかないのかもしれない。
魔物の被害から自国を守るためと言うならまだ分かるけど、人間同士の争いに異世界の人間を呼んで解決してもらおうとか、他力本願にも程が有る。
それに、1人呼んだだけで簡単に周辺諸国とのパワーバランスを崩させる存在など、人の営みとして安定しなさ過ぎだ。
ましてやそれが呼び出された人間の資質に左右されるのだから尚不安定だ。
けど、エルネスト第三王子がそういうのを嫌っているのなら、何でよしのんを連れ戻そうとしてるんだ?
わざわざ連れ戻さなくても自分の力で解決を試みれば良いじゃないか。
「けれども、お主の雇い主も勇者を利用しようと思うておるのであろう?」
俺が思っていたことをイルミナさんが口にする
「えぇ、自分で呼び出して問題を解決してもらうというのには抵抗があるようですが、既にある物で使えるものなら何でも使えという考えのお方ですので。ただ殿下の場合は『他人に利用されるのを避けたい』というの意味合いが強いでしょうが、アイヴィナーゼやバラドリンドも勇者召喚を成功させたとの情報も入って来ていますので、時間的にも勇者に頼らねば成らない事態であるのも確かです」
フリッツが何の躊躇いもなく発した言葉に、アキヤの顔が脳裏にちらつき、一瞬胸に痛みが走ったが無理矢理抑え込んだ。
初めて人を手にかけた出来事なだけに、未だに気持ちに整理がついていない。
だがそんなことよりも、バラドリンドの勇者だ。
今の話しで先程尋問した諜報員が噂話程度に出したバラドリンドの勇者の存在が、より濃厚になったことに、手に嫌な汗が浮かぶ。
バラドリンドなんて国が勇者を呼んだら碌な事にならないのは目に見えている。
そうなると、最初のターゲットは間違いなく教敵であるウィッシュタニアだ。
バラドリンドがウィッシュタニアを落とせば、魔法が根付いている国民諸共血祭りなんて事も起こりえる。
そしてウィッシュタニアを滅ぼした後は、アイヴィナーゼか、あるいはバラドリンドの更に東の小国連合か、そうなる前にウィッシュタニアの段階で早急に対処しないと本当に乱世になりかねない。
「そうでした、言い忘れていましたが、我々が斜向かいに拠点を構えてたのは2年前からで、昨晩の立食会への参加は全くの偶然です」
「出来過ぎた偶然もあったモノじゃな」
「その辺りはご近所の方々に『家主であるゼレルがいつから住んでいるか』を伺って頂ければ立証できるかと思います」
思い出したと言わんばかりのフリッツが、さらっとバラドリンドの勇者の話を棚上げする。
イルミナさんが偶然性を疑うも、男は飄々とそう答えた。
「それと、ここにヨシノ様がいらっしゃることに関してですが、これは彼女が連れていたケットシー達からお聞きしました。鶏の胸肉をチラつかせただけで、聞いてもいないことまで話して頂けましたよ、トシオ様のことも含めて。はっはっはっ」
ケットシーェ……。
しかもよりによって胸肉かよ。
どうでも良い話だが、鶏の胸肉はパサパサしているため、普通は腿肉の方がお高いのだ。
一人暮らしの経験からそんなくだらない知識が脳内で浮かんだが、くだらなすぎて口に出せない。
ケットシー達もどうにかしなければだが、それはさて置き、居場所がほぼほぼ限定されているとなると、ウィッシュタニアの首脳陣は問題しかないな。
唯一自浄作用が出来る人物である国王が、面倒事を息子に丸投げで、自分は美味い物食って美女を抱いての贅沢三昧と来た。
男ならその誘惑に抗える奴はそうは居ないだろう。
ましてや国家運営なんて重圧を知っている国王ならなおのことだ。
そんなものをかなぐり捨て好き放題出来るなら、それに越したことは無い。
ただし、他人の犠牲が無ければだ。
普通の人間なら良心が痛むものだけど、そういう情報は遮断されているとかって可能性は――仮にあったとしても、意思に反しての監禁状態なら兎も角、自らそんな状況に身を置いてるならそれはそいつの責任だ。
そんなのが国の舵を握っていることに、ウィッシュタニアの国民には同情を禁じ得ない。
「にしても、国家の危機だってに、ウィッシュタニアの首脳陣はなかなか愉快なオママゴトをしてるんだな」
「このまま放っておくと、10年と持たずに国が崩壊するでしょうね」
「だからクーデターか」
「そう言うことです」
国の体を保っていればまだ立て直しが効くだろうが、一度瓦解した国は別の誰かが一つにまとめ上げない限り、周辺諸国にその領地を差配される。
差配とは言っても、首脳会談で決めるなんて生易しいことにはまずならない。
ここは俺の領地だと一方的に主張し合い、互いに剣や魔法を突き合わせての戦場と化す。
そうなるとその地に住む人間はもっと悲惨な目にあうだろう。
「そのためにも、我々には力が必要です。トシオ様、どうか勇者ヨシノ様へ直接謝罪する機会と交渉の場を設けて頂けますでしょうか?」
フリッツが改めて深々と頭を下げる。
ちっ、ここでそう持ってくるか。
〝引き渡せ〟や〝返せ〟なら断り易かったのだが、そうではなく〝直接話しをさせろ〟である。
だがそれで彼女が万が一にも情に流され、ウィッシュタニアに連れ戻されるなんてことになると、そこから先の事態がどう転ぶか分からなくなる。
そうはさせ無いためにも、もっともらしい言葉を並べていく。
「……すまないが断らせてもらう。彼女は俺達が居た世界ではまだ未成年であり、今は俺の庇護下にある。彼女の後見人としての立場から、未成年の女の子を戦争の道具にするわけにはいかない」
思ったことを口にすると、それっぽい理屈が組み上がる。
「ヨシノ様の身に危険が及ばぬよう最善の注意を払う所存です。それとトシオ様にも、どうかエルネスト様との良好な関係を構築して頂けますよう重ねてお願い申し上げます」
男が再び頭を下げ、ここで決裂させるのではなく、今後に繋げようと懇願する。
自国の存亡の危機と来ては、なりふり構っていられないだろうことは良くわかる。
出来ることなら手を貸してやりたいが、こればかりは流石に荷が勝ちすぎる。
以前は〝重ね掛け魔砲撃を横薙ぎにしてやれば軍隊だって滅ぼせる〟なんて思い上がっていたが、モーディーンさん達ベテラン冒険者の実力を知ると、その程度でどうにかできるレベルの世界では無いと実感している。
しかも相手はこの大陸でもっとも強大な魔法国家だ、モーディーンさん達の様にジョブシステムと並行してその枠外に身を置いても、どうにかなるのかは非常に怪しい。
「そのエルネスト様と仲良くして、こちらに何か得になるの?」
自信の無さを誤魔化す様に、敢えて損得勘定で質問を返す。
「はい。差し当たっては、我々の持ちえる情報全てを開示する用意があります。それと、エルネスト様が近隣諸国に張り巡らせた諜報網も自由にご利用頂けます」
男がさわやかな笑みを浮かべて〝情報〟を売り込んできた。
完全にこちらの心情を理解しての営業スマイルだ。
情報がいかに重要か、モーディーンさんなんて存在を知ったら俺TUEEEしにウィッシュタニアに乗り込むなんて選択肢を持つだろうが、知っている今となっては、そんなこと出来るはずもない。
何も知らなければ対策を練って動くことは難しく、場合によっては命に関わる。
だが彼らの諜報網は喉から手が出るほど欲しいものだ。
ふむ……。
考え込む俺を何気なく見ている風のフリッツ。
観察されてるなぁと思いつつも敢えて無視する。
俺個人の見解としては、まず何より家族の安全が第一だ。
そして家族やその親族が暮らすライシーンが戦場となることだけは、何としてでも避けなければならない。
かといって、下手に動くとく各陣営のゴタゴタに巻き込まれる可能性が極めて高いため、慎重にならざるを得ない。
いや、よしのんを保護した時点でもう既に巻き込まれているか。
全方位に対応するためにも、状況に合わせて動ける柔軟な思考と諜報網を持つエルネストと手を組むのがよさそうか。
しかし、万が一裏切るなんて事があっては困るので、それなりに手を打たなければいけないな。
……とまぁ大体こんなところか。
とりあえず即答は避け、返事はレンさん達に相談をしてからでも良いだろう。
なのでこの場では保留だな。
「もう少しこちらで考えたい、時間をくれるか?」
「はい、良い返事を期待しています」
今晩の話し合いをここで打ち切ると、フリッツは立ち上がり玄関へと向かう。
「遅くなりましたが、夜分にこのような場を設けて頂き、誠にありがとうございました」
「いや、こちらこそ色々と聞かせてもらって助かった。……あ、待ってくれ」
玄関の扉を開き、一礼してからそのまま出て行こうとしたフリッツの背に、俺は声をかけて呼び止めた。
「バラドリンドのライシーンでの活動拠点は〈光の福音亭〉って宿屋で、諜報員の仲間が宿屋の主の――なんて言ったか?」
「亭主のアーマンとその妻のベルタです……」
すぐ後ろに居たセシルに話しを振ると、メモを確認することも無く即答する。
さすがせしるん、物覚えの良さは完璧だ。
「その2人がバラドリンドの関係者だ。それとウィッシュタニア国内で暗躍しているバラドリンド諜報員の潜伏先のリストも渡してやってくれる?」
「はい、少々お待ちください……」
セシルに頼むとメモ帳にさらさらと鉛筆で書き始め、渡してくれたメモをそのままの流れでフリッツに手渡す。
これで俺とバラドリンドとの繋がりの無さの証明にもなり、いらぬ誤解を生むことも無いであろう。
「このような貴重な情報を頂いてもよろしいのですか?」
「今日聞かせてもらった情報の対価だと思ってくれ。情報の出所は先程進入してきた諜報員だ、奴が元々持っていた情報が正しければ間違いは無いはず」
暗に先程貰った情報提供の貸し借りは無しだと告げているのだが、どう考えても今フリッツ達第三王子派にとって、この情報に価値はなく、一応協力的であるというパフォーマンス以外の何物でもない。
さらに言えば、光の福音亭に関しては彼らからすれば他国の事なので、俺達と同様、下手に動けずスルー案件である。
「それと、これ以上の情報拡散は避けたい。もし暇なら吉乃が連れていたケットシー5匹を連れて来てくれ。あいつ等のおかげでバラドリンドの諜報員にも家がバレた」
「分かりました。それに関しては我々でなんとかしましょう」
「頼んだ」
フリッツが再び一礼し背を向けると、敷地の外へと歩いていく。
それを見送り扉を閉めた所で、俺は緊張から脱するように大きな溜息を吐いた。
――――――――――――――――――――――
以前書いたモノと今回加筆したモノとを組み換えパズルみたいに入れ替えていたら、自分でも途中から「あれ、ここ重複してね?」と、訳が分からなくなってしまう事態に。
なので、もしかするとおかしな部分があるかもです。
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追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。
こうご期待。
痩せる為に不人気のゴブリン狩りを始めたら人生が変わりすぎた件~痩せたらお金もハーレムも色々手に入りました~
ぐうのすけ
ファンタジー
主人公(太田太志)は高校デビューと同時に体重130キロに到達した。
食事制限とハザマ(ダンジョン)ダイエットを勧めれるが、太志は食事制限を後回しにし、ハザマダイエットを開始する。
最初は甘えていた大志だったが、人とのかかわりによって徐々に考えや行動を変えていく。
それによりスキルや人間関係が変化していき、ヒロインとの関係も変わっていくのだった。
※最初は成長メインで描かれますが、徐々にヒロインの展開が多めになっていく……予定です。
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