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204話 はじめましての再会

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「お通夜に入られても困るでござる」

〝バラドリンドには勇者が6人いる〟
 その言葉をもってアイヴィナーゼ・ウィッシュタニア連合軍の首脳陣を奈落の底に突き落としたバラドリンドの勇者(?)にして、連合軍側に寝返ったばかりのシャドウセイバーが、困った様子で苦言を吐く。

 流石に異世界の生物兵器がまだ6体も居るのでは落ち込みもするわ。
 まぁ1対7が2対6になっただけでもはるかにマシか。
 そこによしのん、トモノリくん、ルージュを合わせた5対6とは言えないところに哀愁しか漂わないけど。

 よしのんが自身と同等の戦闘力を持つ男たちと戦えるとはとても思えないし、トモノリもレベルだけは高いが温和な性格で戦いに向いていない。
 唯一戦闘向きな性格をしているルージュだが、そもそも仲間として信用できない。
 時間停止スキル持ちが寝返った挙句に向こうで悪知恵でも付けようものなら、それこそ目も当てられない。

 シャドウセイバーこいつが本当に味方になったって確証もまだ無いんだよなぁ。

 ジャミングでサーチエネミーに引っかからないだけにルージュよりもなお質が悪い。

「このまま突っ立っていても仕方あるまい、今一度仕切り直すとしようではないか」

 グレアム陛下が席に就くと、避難させた貴族たちを呼び戻すことなくほかの面々も席に着く。
 
 国のお偉いさんに〝信じてます〟って態度をされたら従わざるを得ないだろ……。

「シャドウセイバー、お主も空いた席に適当に座っておけ」
「ぎょ……そうさせてもらうでござる」

 グレアム陛下に忍者男が何かを言いかけるのを止めると、態々彼らから一番遠い席に座る。
 俺もそれを確認してからシャドウセイバーと首脳陣の間の席に着く。

 お前いま御意ぎょいって言おうとしたよね?
 どんだけ忍者プレイが染みついてますのん。
 
 年季の入った忍び装束と戦闘スタイルから伝説の忍び感の漂う姿に強いこだわりを感じるが、それだけに許せないものがある。

 なんで名前が〝シャドウセイバー〟なんだよ。
 そこは横文字じゃなくてもええやろ。
 そこまできっちり作り込んだなら名前もちゃんと――……まさかな。

 不意にある予感が閃くも、さすがにあり得ないなと切り捨てる。

「ほかの貴族たちは呼び戻さなくて良いんですか?」
「数ばかり多くても話が長引くだけだ、このままの方が都合がよい――が、アルフォンスは呼び戻しておくか」

 こちらとしても護衛対象が少ないのはありがたいか。
 クラウディアやトモノリくんに死なれでもしたらさすがに心に闇を抱えかねないし。
 
 トモノリに事態が収拾した連絡を入れ、アルフォンス王太子のみ呼び戻す。

「なぜシャドウセイバーこいつがいるのだ!? トシオ、貴様は本当に昼行燈なか!」

 戻ってくるなりシャドウセイバーを確認したアルフォンスが、その矛先をこちらに向ける。

「お前の父ちゃんらが決めたことを俺のせいにされても迷惑だわ」
「無責任な奴め」
「無責任で結構」
「さっさと座れ、アルフォンス。貴様ごときが我々を待たせるとは何様のつもりだ?」

 王子様のののしりを適当に受け流すと、グレアム陛下が実の息子を威圧し着席を促す。

 そんな接し方だといつ寝首をかかれてもおかしくないと思うんだけど大丈夫だろうか?

「それではシャドウセイバー殿、あなたにいくつか訪ねたいことがあるのだが」
「応えられる範囲で良ければお答えするでござる」

 アルフォンスの着席を確認したエルネストが、侵入者の経歴などを聞き出した。

 シャドウセイバーの話では、こちらの世界に来たのは2年前だそうで、バラドリンドの勇者として呼ばれたものの、性格的に人前には出たくはなかった彼は裏方に徹することにした。
 その任務は情報収集や連絡役などが主で、要人暗殺など一切行っていないのだそうだ。

「戦闘となり、止む無く殺めたことはあるでござるがな」

 男は申し訳なさそうに瞳を細めた。

「ところでシャドウセイバーよ、お前に妻子は居ないのか?」
「所帯はもってはおらぬでござるが、それがどうかしたでござる?」

 グレアム陛下の唐突な問いに、男は真偽を謀りかね首を横にかしげる。

「自身が申していたであろう、バラドリンドの勇者には教皇の息のかかた女をあてがっていたと」
「あぁ、拙者にもそのような伴侶はんりょが居ると思われたのでござるか。生憎と拙者に連れ合いは居らぬゆえ、その点は安心するが良いでござる」

 シャドウセイバーの発言に、ルージュを除くこの場に居たすべての人の顔に怪訝な表情が浮かぶ。
 
「うそっ、ハーレムを作りたがらない異世界人が居るなんて信じられんない!?」

 ソファーに座っていたマルグリットさんが、部屋中に響き渡るような声で驚く。

 まるで異世界人がすべて好色みたいな言い方は止めてもらえます?
 単に異世界に来たテンションでハメが外れやすいのと、それができる環境になりやすいだけだから。
 まぁこの世界の女性が寛容かんようで包容力が大きいから出来ることなんだけど。
 ソースはリシア。
 てか打算のあるクラウディア王女なら兎も角、これだけ嫁が居る俺のところに嫁ごうとするマルグリットさんも大概だからな?

「言っておくが女子おなごが嫌いという訳ではござらん。ただ拙者の好みが特殊であるがゆえ、なかなか理想の女子と出会えていないだけでござる。やはり女子はふたなりでないと」

 シャドウセイバーの反論に、先程の予感が俺の中で確信めいたものに変わる。

影剣えいけんさんはやっぱりふたなりじゃないとダメなん?」
「それはもちのろんでござる! ただ見つけるのが至難でござってな、すれ違う女子の体をスキャンするのを日課としておるがなかなか出会え……ん?」
「異世界まで来て何やってんだよ影剣えいけんさん……」
「待たれよ、なぜその名を!?」

 さっきシャドウセイバーって名前を変換してみてまさかとは思ったけど、ホントに影剣さんだったのか。
 クラウ・ソラスをぶっ放さなくて本当に良かった……。

 異世界に来て初めてリアルで出会う友人ネトフレを危うく殺しかけたことに、手に嫌な汗をかく。

「なぜもなにも、名前がほとんどハンドルネームのまんまですやん」
「お主、何者でござる?」
「えっと、リアルじゃ初めましてだけど、拙者、猫平ねこだいら残九朗家正ざんくろういえまさと申す」

 困惑する忍び装束の男へクソ真面目に姿勢を正すと、今の日本ではありえない名を告げる。
 告げられた側は大きく目を見開き、口元を隠す頭巾の布ごしでもわかるほど口をパクパクさせた。

「よもや、ねこ殿、で、ござるか……?」
「おひさー」
「うはっ、本当でござるか!?」
「マジマジ」

 そのあまりにも分かり易いリアクションに俺のニヤニヤが止まらない。
 レンさんがぼっちさんと再会し、シンくんが鬼灯さんと遭遇したことが、俺にも起こりえることだとシャドウセイバーの名前を変換したときに気付くべきだった。
 しかし、俺が知っている影剣さんは話せばすぐにコミュ障のオタクだと分かる挙動不審な話し方とちょっと空気が読めない人だった。
 だが堂々としたたたずまいとござる口調、堂に入った忍者プレイで確信が持てなかった。
 2ヵ月ほど見ない間に口調に力強さが加わり、外見も伝説の忍者かぶれとあっては、すぐに分かれと言う方が無茶であろう。

 俺ですらこの2ヵ月で色々とあったし、ましてやバラドリンドの忍び頭なんて役職なんかに付いてたら、そら雰囲気も変わるか。

「なんだ、2人は知り合いか。……勇者同士が知り合いだと?」
「実際に会うのは初めてだけどね。エルネスト国王陛下によるノリツッコミを頂きました」
「デュフフ、王族の方からのノリツッコミとは、珍しいものが見れましたな」
 
 エルネストの驚きに、以前と同じ気持ち悪い口調で会話を交わす俺たち。
 俺も影剣さんも根がキモオタの部類なので、キモオタが2人集まれば喋り方なんてこんなものである。

「まぁ確かに異世界人同士で知り合いなんて、普通はレンさんみたく自分で目当ての人間を直接呼びださないと普通は無理だわな」
「レン殿もこちらに来ているでござるか!?」
「あと大福さんとシンくんもこの世界に居るよ。んで、レンさんが自分でぼっちさんを召喚して、シンくんの居る国では偶然鬼灯さんが召喚された」
「なんと!? では、こちらの陣営もねこ殿を含めて勇者が6人、拙者をあわせて7人でござるか。これは勝ち申したな」
「いんや、それが残念ながら俺たちは世界の裏と水平線地平線の彼方にバラバラで飛ばされてきたから、この2ヵ月ほどリアルで会えってないんだよね。念話っぽいもので連絡は取れるんだけど」

 世界の裏と水平線地平線と言いながら、適当に人差し指を地面や横に向ける。

 素性が分かってもござる口調はやめないのね。

「それはまた大変な状況で……ん? 確かねこ殿は大福殿とリアルでも交流があったと記憶しているが」
「そだよ」
「2ヵ月ほど会っていないというと、こちらに来てから会えていないということでござるか?」
「そうそう。俺たちがこの世界に来たのは2ヵ月くらい前だからね。……あれ? 影剣さんがこっちに来たのって2年前って言ってたよね?」

 時系列のおかしさに首をかしげる。

「しかも拙者が元の世界でねこ殿たちと最後に話したのは、こちらに呼ばれる数日前でござるぞ」
「俺たちが飛ばされたのはエターナルアースオンラインのキャラクリ中だった」
「拙者が呼ばれたのはエタオンの正式サービス開始日から数日後でござる。きにゃこ殿とぼっち殿に聞いてもあの日から来ていないと不安がっていたでござるな」
「ちなみにぼっちさんの方が鬼灯さんより先に来てる」
「妙でござるな」
「謎だねぇ」
「原因はわかりませんが、勇者様がこちらに召喚される年代や召喚された日時には差があると記録に残っています」

 2人して首を傾げていると、クロードが疑問に答えてくれた。
 
「そうなのでござるか」
「へー。まぁそう言うモノだと今は割り切っておくか。あと気になってたんだけど、影剣さんの忍術、魔法が禁忌きんきの国なのによく見逃してもらえてるね」
「〝魔法に似ているかもしれぬが、これは忍術であって魔法にあらず。拙者の一族に伝わる秘伝ゆえ、誰にも教えられぬ〟と言いきったら信じてもらえたでござる」

 そんなんでいいの!?
 異端審問官みたいなのがもし居るなら、チェックがザルと言わざるを得ない。

「その誤魔化しも大概だけど、それで誤魔化されるバラドリンドもどうなんだよ」
「外国人に忍者と言えば何でも信じる風潮でござる」
「いやそれ忍者のイメージがそれなりにあるからで通じるんであって、こっちの世界の人には普通は通じないでしょ」
「それがバラドリンドでは拙者の様に忍者を装った勇者が過去にもいたでござる。その頃から忍びは巨悪を打ち砕く正義の諜報部隊として市民の間にも浸透しんとうしているほどでござるぞ」
「マジかよ、バラドリンドやべぇな」
「確か、彼の国では一般人による忍び装束の着用を禁止する法があったな」
「いかにも。忍び装束は聖職者の法衣と同じ教団暗部の制服。それを一般人の着用を認めては様々な弊害へいがいが起きるでござる。エルネスト殿は博識でござるな」

 一瞬頭の悪い法律だなぁと思ったが、特殊部隊の制服を一般人に認めたら関係者は混乱するし、他国の暗殺者から狙われる危険もあるからそりゃ着用を認められないわな。

「それに、魔法を排斥はいせきした国であるがゆえに、皆が魔法に疎いのも功を奏したでござる」

 バラドリンドの忍び頭が、自ら身もふたもないことを言ってしまう。

 俺もいざって時はエインヘリヤルで忍び装束を着込んでからアイアムニンジャーと言う様にしよう。

「だからって、女性の体を片っ端から魔法で調べるのは止めようね、完全に痴漢行為だから」
「そんなつもりは決してないでござる、ただ拙者は――」
「男に同じことされてもそんなん言えんの?」
「うっ、すさまじい悪寒が駆け抜けたでござる」
「影剣よ、貴様のその趣向とやらと女の体を調べる関連性はなんだ?」
「〝フタナリ〟とやらが関係しているのでは?」
「女性の特定の部位に性的関心があるということでしょうか?」

 影剣さんの性癖に適した女をあてがい取り入れようという心づもりだろうか、グレアム陛下をはじめとする連合首脳陣が、頭の悪い単語を真剣な顔で話し合い始めた。

 ふたなりとは両性具有をさす言葉だが、今回の場合は局部に男性器も生やした女性である。
 これだけ勇者の伝承や地球の文化が知れ渡った世界でそれを知らないってことは、未だこちらの世界に伝わっていない知識のはず。
 なにより翻訳スキルが機能していないのが何よりの証拠だ。
 そんなものを異世界に広めて良いとはとても思えず、知られれば自分たちの名と共に後世に語り継がれる汚点となりかねない。
 絶対に秘匿ひとくすべきである。

「で、フタナリとはなんなのだ?」

 知られる訳にはいかないが説明せざるを得ない空気にどう言葉を濁そうか思案していると、唐突に卓を挟んだ向かいから〝バン!〟と大きな音が鳴した。
 皆の視線がテーブルを叩いたアルフォンス王子に向けられた。

「いつまでくだらん話をしているのだ! 我々には呑気に談笑している時間などないのだぞ! 真面目にやったらどうだ!」

 ピリピリした空気でこちらを怒鳴るアルフォンス王太子に、影剣さんの殺気が一瞬で大きく膨れ、腰の忍者刀に手をかけ体を前に傾けた。
 アルフォンスとその場にいた武官たちもそれぞれの得物に手をかける。

「影剣さん」
「っ……」

 俺の一言で我に返った影剣さんが、刀の柄からゆっくりと手を放し怒気を抑える。
 
 自分の性的趣向をくだらないと言われたくらいで人を殺そうとすんなし。
 それが猫だったら同じこと言えんのかといわれたらブーメラン以外の何ものでもないけど。

「失礼した」
「……我々も冗談はこれくらいにして、作戦会議を再開いたそうか」
「身内で争っている場合じゃでもないしな」
 
 そこでインテリヤクザな風貌のセドリック大臣とグレアム陛下が仕切り直すと、ほかの面々も何事も無かったかのように緊張を解く。
 ただ殺気を向けられたアルフォンスだけが、忌々いまいまし気に影剣さんを睨む。

「シャドウセイバー殿、いや、影剣殿と呼んだ方が良いか?」
「どちらでも構わぬでござる」
「では影剣殿よ、まずはバラドリンドの内情と戦力を聞かせていただきたい」
「承知した」

 ヴィクトルの問いに影剣さんが短く返すと、バラドリンド教国の戦力を語り始めた。
 こちらの諜報員の話ではバラドリンド教国軍の戦力は3万と伝えられていたが、そんなのは真っ赤なウソで、本当はその3倍の9万とのこと。
 なんでも〈神聖鎧兵ディバイントルーパー〉なる甲冑かっちゅうに聖霊を憑依させて使役する兵器が秘密裏に大量生産されており、そんな物体が3万体も量産されているのだそうだ。

「精々数百体と見積もっていたディバイントルーパーが3万体とは、下手をすればそれだけで国が滅びかねんぞ」
「しかし妙ですね、バラドリンドの特殊鋼輸入量が増えたのはここ数か月ほど。この短期間で製造されたにしては数が多すぎます。一体どこから湧いて出たのか……」
「勇者の1人に製造系チートスキルを持つタカキという者が居るでござる。その者がバラドリンドが保有するミスリルなどの特殊鋼で片っ端からディバイントルーパー用の鎧を製造しているでござる」

 苦い顔をするエルネストとクロードに、影剣さんがバラドリンドの機密情報を公開した。

「その勇者の能力って、具体的にはどんなんなん?」
「金属の成形と、それにより成形された製品全てに強度や切れ味を増加させる〈高品質化〉を付与するスキルでござる。拙者の刀もタカキ殿に作って頂いたでござる」

 忍者刀なのに金属を切り付けても刃が曲がらなかったのはそういうことか。

「生産系チートスキルか、面倒だなぁ。それで、そのディバイントルーパーの性能はどんなものなの?」
「シーフ系ジョブの〈トリックスター〉に〈クイックスピード〉が常時かかったような敏捷性の2メートルほどの甲冑が、〈バトルマスター〉並みの攻撃力で肉弾戦を仕掛けてくるでござる。動く鎧リビングアーマーといえばイメージし易いでござるか?」
「それ単体でも普通にヤバくね? そんなのが3万体も居るの?」
「しかも鎧に自我は無く、恐怖や痛み、疲労とは一切無縁。一度動き出せば教皇殿の命令が完遂されるまで全力で襲ってくるでござる♪」

 B級パニックホラーに出てくるようなクリーチャーより質の悪い物体X3万のご紹介を音符をつけて言うな……。

「なにその人だけを殺す機械、そんなん普通に考えても脅威以外の何ものでもないですやん。そんなのが万単位ってアホなの? てかそんな魔導兵器みたいなもん、それこそウィッシュタニアの専売特許とちゃいますん?」
「ウィッシュタニアにもゴーレムやリビングアーマーの技術は確かに存在しますが、残念ながら人と戦えるほど複雑な思考は不可能です」

 クロードが無人兵器の保有を否定した。

「じゃぁ今あるゴーレムとかにその聖霊ってのを入れたらどうなるの?」
「ねこ殿は聖霊が何かをご存じか?」
「そういえば初めて聞くわ。聖霊ってなんなん?」
「亡くなられた人の魂でござる。ディバイントルーパーの場合はバラドリンド教徒の魂が用いられているでござるな」
「死んでも戦わせるとか狂気以外のなにものでもないな」
「ディバイントルーパーとなった者は、死後に神の元で神兵として迎えられる栄誉が約束されると云われているからな」
「信仰が病的だった」

 エルネストが入れてくれた補足に背筋が寒くなる。
 信仰の延長線上にある以上、バラドリンドでは聖霊とやらには事欠かないだろう。

 やはり政教一致は害悪でしかないな。
 
「みんな猫を愛でるだけの宗教に改宗したら世界は平和やのになぁ」
「出たでござるな猫原理主義」
「……その猫原理主義とやらでは、俺のような犬派はどうなるのだ?」

 エルネストが犬派を自称してくだらない話しに乗ってきた。

「異端者には死を」
「バラドリンド教並みに平和とはほど遠い宗教だな」
「人は誤解なくわかり合えても争いを無くすことのできない悲しい生き物なんや……」
「ネコと和解せよでござるな。っと、また話が逸れているでござる」
「話を戻そう」
「それで影剣殿、兵力が多いのには他に理由は無いのか?」
「教皇殿が市民に〝腐敗したウィッシュタニア王家による圧政から哀れな人々を解放しよう〟との呼びかけ続け、今バラドリンド国内では空前の僧兵ブームでござる」

 エルネストの問いに、以前マクシミリアン将軍が「宗教国家は簡単に兵が集まるから羨ましい」とボヤいていたことを思い出す。
 
「けど、それにしても規模が報告の3倍っておかしくない? 諜報員はなにしてますん?」
「ウッシュタニアの諜報員でござるか? そのような者、拙者の甘言かんげんでとっくにバラドリンドに寝返っているでござるぞ?」
「なんだと?」

 諜報員を派遣していたウィッシュタニア陣営から、呻きやため息が漏れる。

「面目ない、よもや諜報部まで腐っていたとは」
「こちらの落ち度だ、すまない」
「腐敗と汚職はよくあること、謝罪は不要だ」

 エルネストと諜報部の最高責任者であるヴィクトルがアイヴィナーゼ側に詫びると、グレアム陛下が首を横に振った。
 バラドリンドと連絡を取り合っていたアイヴィナーゼ王国の前近衛騎士団長であるアウグストの邸宅からは、流すつもりのなかった機密情報まで出てきただけに、アイヴィナーゼ側も強くは言えないのだろう。

「大聖堂地下にずらりと並ぶディバイントルーパーを見せ絶望的な戦力差を示すことで戦意をくじき、寝返れば家族の身の安全とバラドリンドでの職を確約したらコロリでござった」

 そんな両国の心境などお構いなしに、影剣さんが嬉々として自身の成果を誇った。
 アウグストにやったのとまったく同じ手口である。

 ウィッシュタニア人なら自国の荒廃っぷりを肌で感じているだろうし、そりゃ泥船から逃げ出したくもなるわな。

「それとハッシュリング山岳国とアイヴィナーゼの同盟国であるモンテハナム海岸国でござるが、両国にはウィッシュタニアの領土を分配することでバラドリンドとの同盟が成立しているでござるぞ」
「疑いたいところではあるが、トシオの友人でバラドリンドの裏に精通する男が言うのだ、信じるよりほかにあるまい」
「これで援軍は見込めなくなりましたな」
四面楚歌しめんそかとはこのことじゃわい」

 アイヴィナーゼの御三方がボヤキを入れながら卓上の地図を見つめた。
 南の海に面したモンテハナムも北の山岳に位置するハッシュリングも、その細長い国土の半分ほどがウィッシュタニアの北と南を両国で挟むように面している。
 2国に挟まれているという意味ではアイヴィナーゼも同じであった。

「嘘を申すな下郎! モンテハナムが裏切る訳が無かろう!」
「下郎ってなんやねん。モンテハナム軍を内に引き込んでから破壊工作を受けずに済んだだけでも御の字だろ」

 アルフォンスが父親の言葉を速攻で否定しながら影剣さんに怒気をぶつけたのに対し、俺も怒気を投げつける。

 友人が理不尽に罵られて黙っていられるほど、今の俺はヘタレではない。

「まぁまぁねこ殿。アルフォンス殿、拙者は本当のことを言ったまででござる。信じられぬのならご自身で確かめられるがよい。ワープゲートくらいは出してさしあげますぞ?」

 下郎呼ばわりされた当の本人は温厚な口調で、どこかの街の路地裏に空間を開く。
 話の流れとワープゲートから漂ってくる磯の香りが、そこがモンテハナムの王都なのだろうと想起させる。

「ささ、どうぞでござる」
「敵地だと分かっていて誰が行くものか!」

 その言葉に影剣さんがすぐにワープゲートを閉じる。

 影剣さんのワープゲートが一体どこまで開けられるのかがすごく気になる。

「そもそもトシオきさまが父上をそそのかしたばかりに、このような負け戦に足を突っ込む羽目になったのだ!」
「でもこんな絶望的な状況でもアルフォンス殿下様様様が、八面六臂はちめんろっぴの大活躍でバラドリンドをバチコリいわせて全部解決してくれるんでしょ?」

 相手をするのもアホらしくなり、全部アルフォンスに丸投げしてやる。

「どこまでもふざけおって、それこそ勇者である貴様が命を賭してでもやり遂げねばならん使命であろう!」
「家族を置いてまで命懸けでやり遂げなきゃいけない使命なんかあってたまるか。あと勇者ちゃうわ」
「異世界の猿には責任や民を守ろうという崇高な志が理解できんようだな」

 ものすごい上から目線で馬鹿にされたが、家族をほったらかして死ぬ方がよっぽど無責任だと思うので怒る気にもならない。
 そして価値観の違いを言い争ったところで平行線でしかならず、かといって同意する気もないので突っぱね続けることにする。

「その責任とやらが本気で無いからお前の父ちゃんが俺にクラウディアをめとらせめようとしてんだろうが」

 俺の言葉にアルフォンスが耳まで真っ赤にして顔を歪めた。

「くっ、はやりそうか。父上は、一度ならず二度までもクラウディアを異世界の猿に生贄として差し出すのですか!」
「だからどうした? その件はクラウディアが自ら望んだこと。国益と娘の希望が合致して、何処に止める理由がある?」

 アルフォンスが鬼の形相でグレアム陛下に問うも、国王としても父親としても不満が無いためか、問われた本人はさも当然とばかりに答える。

 そこに俺の意志ふまんが反映されていないのはどうなんですかね?

「このような下賤げせんな者が我々王家の血筋に連なるなど、私には我慢なりません!」
「貴様の意見など、元より聞いておらんわ」

 取り付く島のない言いぐさに、異国の地で始まる親子ゲンカはグレアム陛下の圧勝であった。

「そもそも助ける気が無いなら端からこんなところに座っては居ないと、何度言えば理解するのだ?」
「こいつが何もかもをほっぽり出して逃げるような奴ならば、この会談自体が成立しておらんわ」

 圧勝な上に大臣と将軍の援護射撃が飛んでくるのだ、もとより争いにすらなっていない。

 臣下が次期国王に対する口調じゃないのホント怖い。

「くっ、こんなことならばクラウディアを――……」
「大好きなクラウディア王女を連れて国外へ逃避行でもするでござるか?」

 アルフォンスが尻すぼみに飲み込んだ言葉を、影剣さんが代弁するかのように暴露ばくろ
 それと同時にアイヴィナーゼの首脳陣がバツの悪い顔で押し黙る。
 3人の反応からして、影剣さんの暴露は事実の様だ。

 例え実妹だとしても、好きな女が他の男に嫁ごうそしているんだ、その嫁ぎ先の最有力候補が俺なんだから、アルフォンスこいつが俺に敵意を向けてくるのも頷ける。
 
「な、なにを根拠にそのようなでたらめを申す!」
「お主が実の妹君いもうとぎみにご執心の根拠でござるか? それはアイヴィナーゼの近衛騎士団団長であるアウグスト殿の言質でござるが?」
「あの者は私欲で国を裏切った逆賊。そのような者の戯言など証言に値せん! これ以上私を貶めるのならば、貴様を剣の錆にしてくれる!」
「先程ねこ殿と刃を交えていた際、共闘どころか戦わずして逃げたお主に拙者が斬れるでござるか?」
「くっ」

 影剣さんの正論に、引くに引けなくなったアルフォンスが立ち上がり刃を引き抜く。
 しかし、アルフォンスが最も気を遣わなければならない人物はその背後、影剣さんと対局の位置に鎮座していた。

「見苦しいぞアルフォンス」

 静かな言葉に怒気を孕ませたグレアム陛下が、鋭い眼光で実の息子を射抜く。
 その眼光は気の弱いモノなら視線だけで殺しかねない程の恐ろしさだ。

「バラドリンドの機密をもたらした影剣に感謝こそあれ、その恩人に対する態度がこれではやはり貴様に玉座は預けられんな。貴様には自室での謹慎きんしんを申し付ける」
「父上!?」
「トシオ、すまんがこやつをアイヴィナーゼに送り返せ」
「は、はぁ」

 なんとも言えない気まずい空気の中、気の抜けた返事でワープゲートをアイヴィナーゼ城の玉座の間に開く。

「ゼーラス、このバカを自室に放り込んでおけ。俺の許可なく出入りを許すな」
「はっ!」

 玉座の間に居た騎士に命じると、複数人の騎士がアルフォンスを連行していった。

「その黄色い猿こそがアイヴィナーゼを滅びへと導く元凶だ! 勇者を語るペテン師をバラドリンドに差し出せば、バラドリンドはきっと我が国を厚遇するに違いないのです!」

 連行される中でもアルフォンスは実父に対し、自己の正当性を懇願こんがんするように叫び続けた。
〝俺がアイヴィナーゼを負け戦に導いた〟言っていることはあながち間違っても居ないが、それはあくまでも結果論だ。
 兵の数でもバラドリンド側が2国連合の総戦力を圧倒し、なおかつディバイントルーパーなる自動兵器を大量に量産。
 更には属国であるモンテハナムが裏切り、ハッシュリング山岳国まで敵と内通する悪条件が重なるとは、俺がアイヴィナーゼ城で啖呵を切っていた時には誰も思いはしなかった。
 だからといって、俺を差し出して果たしてアイヴィナーゼに未来があるのかも疑問である。
 勇者の居ないアイヴィナーゼをバラドリンドが同盟国とみなす確証がないからこそ、グレアム陛下は俺を引き込んだ上でウィッシュタニアと共に戦う道を選んだのだ。
 相手に委ねる不確かな未来より、自身で勝ち取り確かなものにするための戦いを選んだ国王を、誰が攻められるというのだ。

 てか自称勇者のペテン師な俺をバラドリンドに送り付けると厚遇されるって、さすがにその論法は無茶苦茶すぎだろ。

「私がマナクリスタルによるレベルアップを果たせば、必ずやこやつらを超える戦士になってみせる! そうすれば異世界人などに頼る必要など――」  
「ゲートを閉じよ!」

 根拠の不明な訴えを行うアルフォンスに怒りのピークを迎えたグレアム陛下の指示に、言われるがままワープゲートを閉ざす。

「……恥ずかしい所を御見せした」

 今度はグレアム陛下がこの場に居た人たちに詫びを入れ、ウィッシュタニア側も当たり障りのないねぎらいを述べることしか出来なかった。

 踏んだり蹴ったりな会議だなぁ。

「一旦休憩を挟みましょうか」

 クロードの提案により何度目かの仕切り直し後の会談では、バラドリンドの今後の予定として、セイラム山というウィッシュタニアとバラドリンドの国境にある小さな山に勇者の1人が到着次第、陣を敷くために軍を展開するとのこと。
 なんでもその勇者、自分以外のあらゆる異能を触れただけで消去する自動発動型パッシブスキルを保有しており、他人のワープゲートにすら潜れないため馬車で移動中なのだとか。
 
「それって、魔法や物理問わず、すべてのスキルが無効ってこと?」
「いかにも」
まずはその異能をぶっ殺すまそぶ?」
「そのまそぶでござる。……まそぶを〝マジで?〟みたく聞かれたのは初めてでござる。具体的には接触した異能力は全て完全に無効化、相手に触れた瞬間ジョブスキルにある〈筋力強化〉などのパッシブスキルすら消去されるのを確認済みでござる。なのでワープゲートも潜ろうとした瞬間消滅してしまうでござる」

 またまた出ましたよ、チートスキルの代表格〈能力無効化〉。
 しかも自分の保有するスキルは適用外なのに相手だけ消すとか犯罪臭かしやがらない。

「……ちなみにだけど、4日ほど前にそいつから〝周りの人や草木が動かなくなった〟なんて報告聞いてない?」
「少し待つでござる」

 影剣さんはそういうと、勇者と同行していると思しき部下と念話が始めた。
 4日前はルージュが俺に対して時間停止スキルを連発していた頃だ。

「……夜中にその様なことが数度連続で起き、非常に驚いたそうでござる」
「マジかぁ……」

 それってつまり、そいつにはルージュの時間停止スキルが効かないってことじゃねぇか。
 そうなると、おそらくトモノリくんの〈スキル奪取〉も効かないとみるべきだ。

「やはりセイラム山か、あそこは過去にも何度となく陣が敷かれている定石の場所だ」
「そのことごとくを退けた実績はありますが、影剣殿の情報を踏まえると、過去に類を見ない規模の戦力差ですね」
「ここからならば勇者単体で国境を超えることも可能だろ」
「ならばこことここ、それにこちらにもモンテハナムやハッシュリング軍が布陣する可能性も大いにありうるな」
「ここにディバイントルーパー部隊を配置する予定でござる」

 その後は部隊の配置や戦術面での調整を話し合い、この泥仕合の後のような会議は終了した。


―――――――――――――――――――
遅くなってしまい申し訳ありません。
今回は特に難産でした。
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