上 下
45 / 51
第六章 王宮の夜会

夜会の夜2

しおりを挟む
 控えの間に下がったファナは、魔族の気配を察し、とっさに空間を越えてミエリーの元に飛んだ。
 暗い寝室。ベッドの上には主夫妻が寝ている。
 窓を背に立つシルエット。暗闇でもわかる白髪と赤く輝く瞳。
 吸血鬼だ。
「ミエリー様! ロバート様!」
 ファナは叫び、横に転がる。自分の着地地点だった場所を踏みつけるように、黒い誰かが降ってきたからだ。
 細身の女は使い魔だとわかる。ファナよりも格上だ。
 転がった先で立ち上がる間もなく、押さえこまれた。
 今ここに兄ラダーがいたら、とファナは心から思った。
「お兄様!」

 妹の声なき声を聞き、ラダーはがばっと身を起こした。
「ファナ?」
 彼女が自分を呼ぶということは、ミエリーに何かあったのだ。
 ということは、当然、ロバートにも。
「ヴォルフ様! 起きてください!」
 ラダーは天蓋を引きちぎるようにして、ヴォルフの体を揺さぶった。
「ヴォルフ様!」
「んー、んあー……ん? どうかしたか?」
 今まで何をしても起きなかった吸血鬼の目が開く。
 ラダーは信じられない思いでその赤い瞳を見つめた。

「えっと、こいつが先祖返りか?」
 魔界からやってきたマクシミリアン・オークレットは、ベッドに近づく。
 男の方がヴォルフの子孫だろう。
 彼らの使い魔は、自分の使い魔ルルーが押さえている。ルルーが負けるとは思っていなかったため、マクシミリアンはファナのことなど気にも留めなかった。
 ベッドの上に立ち、二人を見下ろし、マクシミリアンは女の匂いが気になった。
「ん? なんだ? この娘、本当に人間か?」
 女の肩をつかみあげ、顔を寄せる。
「だ、誰だ!」
 男が目を覚ましたようだ。ちらっとそちらに目をやる。
 マクシミリアンをにらむ男の瞳は赤くない。所詮先祖返りか。
「ミエリー!」

「ミエリー様!」
 ファナの声が聞こえた気がした。
「ミエリー!」
 今度はロバートだ。
 切羽詰まった声音にミエリーは目を覚ます。
 すると、目の前に知らない男の顔があった。
 赤い瞳。白い髪。貴族のような上品さのある整った顔だった。
 それがミエリーのすぐ前にある。
 もう少しで触れるくらいの近さ。
 ぞっとした瞬間、ミエリーは、
「きゃあー! いやぁぁぁぁーーーー!」
 男の顔を力いっぱいひっぱたいていた。
 ミエリーの怪力で、男は吹っ飛んだ。

「おっと。あっぶねぇなぁ」
 響くような重低音の声が突如現れた。
 ミエリーが吹っ飛ばしたマクシミリアンを声の主は両手で受け止めた。
「ヴォルフ・ウェンズ……?」
 ミエリーを抱きしめたロバートが茫然と口にする。
「よう、お前がロバートか?」
 ヴォルフは片手を挙げて挨拶すると、自分が受け止めた相手を見て「ん? マクシミリアンじゃねぇか」と言った。
「ルルー」
 昔馴染みの吸血鬼の使い魔を呼べば、四百年前と変わらない顔がある。彼女に気を失ったマクシミリアンを預ける。
 ヴォルフの後ろにはラダーがいた。彼はロバートを見てほっとしたように微笑んだ。それからファナに「まだまだのようですね」と苦言を呈した。
 ファナはミエリーに駆け寄り、
「ご無事ですか?」
「大丈夫よ。ありがとう」
「いえ、申し訳ございません。ジェンヌ様に鍛えなおしていただきます」
 飼い猫の名前を上げられてミエリーは疑問をいただいたものの、それ以上のいろいろに気を取られてすぐに忘れた。
 そこで前室への扉がばーんと音を立てて開く。
「「「ミエリー!」」」
 三人分重なった声のうち二人はよく見知った顔だった。
「父さん、母さん!」
 町の実家にいたころのように呼び掛けてしまう。
 それからもう一人。とにかく体格のいい――それで済ませていいのかもわからないくらい縦にも横にも大きな――初老の男だった。彼の声は地響きのようにとどろいた。
「誰?」
 思わずロバートにしがみついてしまうミエリーに、彼は相好を崩し、両腕を広げる。
「ミエリー、わしは君の祖父だ。ターリー・ルダルだ」
「お祖父ちゃん?」
 首を傾げるミエリーの呼びかけを、「お祖父ちゃん……」とターリーは目を閉じてかみしめた。
「君の両親とは和解したのだ。ミエリーの結婚式にも出席するぞ」
「そうなの、ですか? お祖父様?」
 母が貴族令嬢だったことを思い出して、ミエリーは言葉遣いを改めた。
 ターリーは「お祖父様もいい……」と小声でかみしめた。
 そこで。
「へ、陛下!」
 目を覚ましたマクシミリアンが叫んだ。ターリーは即座に指を鳴らし、彼を眠らせる。
「へいか?」
「あー、ヘーカはわしのミドルネームだ。ターリー・ヘーカ・ルダル」
「えっと、はい……?」
 よくわからないままにうなずくミエリーを抱きしめたままのロバートはこみ上げる頭痛に額を押さえた。ロバートにも全く状況がわからない。ミエリーの祖父は魔王ではなかったか?
「んーと、ラダー? 何がどうなってんだ?」
 四百年ぶりに目覚めたヴォルフも訳がわからないようだった。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

腹黒上司が実は激甘だった件について。

恋愛 / 完結 24h.ポイント:418pt お気に入り:139

変態エルフ学園

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:263pt お気に入り:1

婚約破棄されたけど前世が伝説の魔法使いだったので楽勝です

sai
ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:1,491pt お気に入り:4,185

君は僕の番じゃないから

恋愛 / 完結 24h.ポイント:63pt お気に入り:1,475

今夜中に婚約破棄してもらわナイト

恋愛 / 完結 24h.ポイント:49pt お気に入り:268

処理中です...