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16、卒業

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 ユウレイ児童たちとの日々は流星のようにあっという間だった。なかなか濃い月日だったけれど、あっけなく感じさせた。ずっとあのコたちと授業をするものばかりと錯覚させられた。

 他の臨時教師たちも実感がわかない様子を見せていて、とっとと卒業式がきてほしいとぼやいていた人も、閻魔帳を手に溜め息。それだけ親密な関係を築くことができていたということなのか、それとも何らかの未練を抱えてしまっていたのか……。

 卒業を間近に控えて、ユウレイ児童たちはそわそわしたり、ボーッとしたり。それぞれの思いを胸に抱えているようだった。何せこの世からの旅立ちだ。想像もつかない。

 ぼく自身もあと数日で臨時教師でなくなり、二度とみんなに会えなくなるのだと思うと喪失感があった。同窓会すらできないなんて。オトナになった姿を見ることができないなんて。どうしてみんなはユウレイなんだろうと、根本的なことを疑問に考えた。

 もしあのコたちが生きていたら、どこかで出会うことがあったのだろうか。【エイゴ】くんなら病気を治して……【パジ山】くんなら虐待から助け出されて……。

【エイゴ】くんは時期に離ればなれになることを悲観せず、前向きに捉えていた。

「センセイ。ぼくは将来MGSの先生になって、それからレーウンさんくらい出世する予定です。死んでもセンセイを続けたいという時は、ぼくが推薦するので安心してください。つまり、再会できるチャンスはあるということです」
「ヨボヨボのおじいさんでもなれるかなあ?」
「それはセンセイの努力次第です。あのマツカタさんのご先祖様も冥官めいかんとして働いているそうですよ。元・享年八十の侍法師らしいのですが、見た目は三十くらいだそうです。キモチ次第でいくらでもタマシイは若々しくいられるんです。肉体の価値にとらわれてはいけないのです」

 先生になるという目標を持ってから、彼は随分と様になって、白衣を着こなしていた。誰かに似ているなあと前から思っていたけれど、ようやくスッキリした。若かりしニール・アームストロングだ。彼なら宇宙人ユウレイ相手でもやっていけそうな気がした。

【ワガヤ】くんはよく近所の家電量販店のショーウィンドウの前であぐらをかいて、テレビのチャンネルをリモコンなしで変えて好きな番組を見ていた。「そんな寒いところにいないで、先生の家で見てもいいんだぞ」と言ったのだけれど、彼は「いらねー」とそっぽを向いた。

 結局はコッソリついてきて、買い物の様子を眺めたりした。ぼくは芽衣子と映画をよく見に行くのだけれど、あのコはタダで鑑賞した。

「せっかくユウレイなんだし、最大限に利用しなきゃ損だろ!」

 から元気な感じだった。卒業したらみんなとおなじ天使学校に行く。そうしたらこの世とおさらばだ。天使学校に行ってからどうするかなんてまだ考えたくはない。今しかできないことをやりたいんだと、【ワガヤ】くんなりに楽しもうとしていたんだと思う。ぼくもできる限り付き合った。

【パジ山】くんは見事ネガティブ思考を克服してシェイプアップを達成した。彼は【ビンテージ】くんといっしょに天使になることを決めた。

「ぼくはね、センセイ。赤ちゃんが生まれるのが不安でしゃあないお母ちゃんやお父ちゃんにナ、だいじょうぶやで、この子はエエ子やでって言うたり、あとナ、えっとなんやったっけ? そう、を解消させるお仕事がしたいねん。もしかしたらナ、センセイの孫か、ひ孫に会いに行けるかもしれへんで」
「いいねえ」
「ぼくってエエ子やろう? エエ子エエ子して」

【パジ山】くんは良い意味で甘え上手になった。芽衣子の腹はますます大きくなって、女の子だとわかってからは【パジ山】くんもいっしょに名前を考えた。あのしし座流星群のことを思い出した。

【ビンテージ】くんはAくんの様子を頻繁に見に行っていたようだ。【かりうど】の一件で、Aくんはショックのあまり無口の暗い性格になってしまった。それで責任を感じていた。

「このままじゃアイツはおれみたいになるから、なんとかしなきゃ。イジメられっ子がずっとイジメられるのは本当に最悪だけど、イジメっ子がそっちの立場に変わってもイヤだし。イジメそのものをなくさないといけないんだよ。当たり前だけど。イジメられっ子だったドーワくんがいなくなったから、代わりにAくんをイジメられっ子に当てはめて、新しいイジメっ子が生まれるのは良くないから」

 後日Aくんにたずねたところ、人間のようで人間でない何かに囲まれてイジメられていたら、鬼が助けにくる夢を何度も見たらしい。

 それから【ビンテージ】くんは卒業者代表に選ばれた【タイク】くんから、答辞で何を話せばいいのか相談を受けていた。

【ピュア】ちゃんはというと、妖精にしゃべっている様子を見かけた。「メグミってマジできもいよね」と真顔で言っていたのには傷ついた。でも【コトブキ】先生のことは褒めていたから、まあヨシとした。

 とはいえ、妖精は言葉を発さず、笑顔で話を聞いているだけだった。【ピュア】ちゃんと同意見で、ぼくをキモイと思っていたのか、気になるところだ。卒業後、エンゼルランプは【コトブキ】先生が引き取ることになった。

【ベベ】ちゃんはいつも通りで、卒業を待つのみといったところ。【パジ山】くんとタッグを組めば、きっと多くの家族に幸せを運ぶことができるだろう。あのコはよくコタツの中に隠れて、ぼくの足の裏をこちょこちょしながら「クシャイ、クシャイ」と言った。

 卒業式はJSYでおこなわれた。あのミルクティーを二度も飲まずに済んだのは幸いで、気づいたらあのバスに乗っていた。となりに【コトブキ先生】がいた。

「今夜で最後ですねえ」と、ぽつり。ぼくも春愁の思いだった。外はやっぱり真っ暗だったけれど、桜の花びらがほんのりと舞っていて、誰もが黙って見ていた。

 式場は閻魔帳を手にしたあのホールで、金色に輝いていた。臨時教師の生徒限定の式典だった。子どもたちは先に到着していて、みんなそれぞれ白い格好で、コサージュをつけていた。『揚げひばり』も懐かしくて、卒業ムードを高めた。

 レーウンさんが卒業証書を授与なさり、そこでぼくは初めて、子どもたちの生前の名前を公式に知ることとなった。あとで卒業証書を見せてもらったから、漢字もわかった。

 エイゴくんは安藤あんどう聖呂せいろを。
 ワガヤくんは愛田あいだ一誠いっせいを。
 パジ山ブランケットくんは大前おおまえのぞみを。
 ビンテージくんは大嶺おおみねすばるを。
 ピュアちゃんは夢見ゆめみこころを。
 ベベちゃんは泰道たいどう道子みちこを。

 ――卒業した。

 ぼくは震える手で閻魔帳と職員カードを返却した。契約が切れた途端に目頭がジンと熱くなった。

「あなたはメグミ先生を卒業したワケではありません。あなたはここへ来る前もメグミ先生でした。これからも続けてください。しかし体罰はほどほどに。加減を知りましょう」

 レーウンさんはぼくら一人一人に声をかけてくださった。

 タイクくんは悩み抜いた末にこう述べている。


ぼくたちは、苦しみながら死んでいきました。
中には、突然過ぎて死んだことをすぐに理解できず、苦しんだ子もいます。
ぼくたちは、とても苦しみました。
ですがぼくたちは、こうやって無事に生きています。
生きているというのは、つまりタマシイがあるということです。
ぼくたちのタマシイは、朝露のように光り輝いています。
ぼくたちのタマシイは今、希望の未来に満ちあふれています。
きっとぼくたちは、ぼくたちだったことを忘れていくのかもしれません。
今度はどんな色でどんな形になるのかわかりません。
まったく違う苦しみを味わうかもしれません。
ですが、希望というのは夢を追いかけるということなのです。
ぼくの夢は、消防士になることです。
ぼくは火事で死にました。ユウレイになってからもぼくは燃え続けていました。
それを消防士のユウレイが消してくれました。
消防士は死んでも消防士でした。
だからぼくも同じように火に苦しんでいるユウレイを助けたいです。
ぼくたちは将来を完全に奪われたワケではありません。
ぼくたちは意志を持ち続けています。
生きる気力をいだき続けています。
未来を見つめ続けています。
だからぼくたちは、最後まで学校に通い勉強することができました。
先生のみなさん。
ぼくたちはけして、消えてなくなるワケではありません。
先生がしてくれた授業はムダにはなりません。
ぼくたちがぼくたちでなくなっても。
あの学校生活が基盤となって、新しいぼくたちへと、花を咲かせることでしょう。


 メグミ班が集う最後の時。ビンテージくんは天使になって地上に戻ることを約束してくれた。パジ山ブランケットくんとは抱擁して、ステキな父親になることを約束した。ベベちゃんはスキャットを歌いながらぼくの周りをグルグル回ってはぜい肉をむにむに。ピュアちゃんは【コトブキ】先生に抱きついていた。

 ワガヤくんからは膝蹴りを食らい、そしてワガヤメダルをもらった。家の形をした金の折り紙だ。裏に小さな寄せ書きがあった。


メグミは最強!! ワガヤ
先生みたいな先生になります エイゴ
メグミ先生ありがとう! いいパパになってね! パジ山
本をずっと大切にします ビンテージ
バイバイ ピュア
せんせいだいすき ベベ


 幸せな我が家を作れ、ということだった。【コトブキ】先生も受け取って、いっしょに号泣した。どいつもこいつもいいコだった。すばらしいコだった。

「泣くんじゃねーやい!」

 ワガヤくんにまた蹴られた。これも最後だと思うと感慨無量だった。

 エイゴくんからメグミ班代表として言葉をもらった。

「メグミ先生。コトブキ先生。タイクくんの言った通り、ぼくたちはぼくたちでなくなっていくと思います。でも、センセイのことは忘れないと思います。だって、ぼくたちはユウレイになってからセンセイに会って、記憶をつかさどる部分が生きている時と違うワケだから、来世に行く時まで忘れないです。前世の記憶を持ちこす前例だっていくつもあります。それくらい印象的なセンセイだということです」

 ワガヤくんが「ブタだしな!」と満面の笑みで言った。

「あっという間だったけど、お世話になりました。ありがとうございました」

 最後にベベちゃんが「センセイへ! せーの!」と言った。みんなは『ねがい』のサビを大声で歌った。みんなの笑顔がとても輝いていて、そのまぶしさに目が覚めてしまった。「ああ、そんなあ」と情けない声を漏らした。

 芽衣子が一言「おつかれ」と言った。きちんとお別れが言えなかった上にワガヤメダルが手元になかった。家中探しても見つからず、涙をこらえ切れなかった。放心状態でうずくまり、芽衣子に背中をさすってもらった。

 翌日に、もう最終電車に乗って学校に行く必要がなくないのだと寂しさに悶えている時に郵便物が届いた。レーウンさんからの表彰状だった。


メグミ先生こと芦田恵殿
あなたは夜間幽霊学校において臨時教師を全うし
六名の幽霊児童を卒業させることができました
ことをここに証します


 夢じゃなかった。涙線が弱まる一方だった。ワガヤメダルも添付されていて、ぼくにとって家宝になった。教師として一皮むけたのか、人として成長できたのか、それとも何かを許されたのか……ぼくは泣き続けた。
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