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奪われた命と遺された命

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「いや、いやいやいや! コージを前にそんなっていうか、これから孫が生まれようとしているのに、孫より若い叔父を作るつもりなのか!?」

「はい、そのつもりですけど。 何か問題でも?」

「問題は……有るといえば有るし、無いといえば全く無いが……」

 コージは普段見せない父の動揺している姿を見て、驚きを隠せなかった。
 母のクレアに対して恨みは無く、反対に復讐に巻き込んでしまったことへの後悔を、父ディザイアは過去に1度だけ漏らしている。

 しかしまさか周囲から恐れられる父が、妻の尻に敷かれている姿を見る日が来ようとは……。
 だが次の瞬間、この余波が自分にも飛び火していることを思い出す。

(そういえば母上がまた身籠もると、私の子より年下の弟が誕生することとなる。 たしかに、父上が困惑するのもうなずける)

 妻と息子の視線は、決断をくだす家長であるディザイアに集まった。
 脂汗を流しながらも、彼が選んだ結論は……。

「わかった、これから週に3日お前と過ごす日を作ろう。 毎日はさすがに無理だがこのあたりで、妥協してもらえないだろうか?」

 毎日は無理だから、週の約半分でゆるしてくれ。
 要は復讐と子作りの両立をさせて欲しいと、願い出た訳である。
 クレアは少しだけ考えると、その妥協案を概ねで受け入れた。

「仕方ないですね、そのくらいで許してさしあげましょう。 でもこの約束を破った時は、承知しませんから覚悟してくださいね? あなた♡」

「……はい」

 こうしてディザイア&クレア夫婦の、幸せ家族計画がスタートしたのである。



 幸せ家族計画が始まってわずか2日後、ディザイアの居る拠点に櫻木からの貢ぎ物が到着した。
 実際は到着したというよりも、周囲を巡回していたオークの部下に発見され、捕縛されたというべきかもしれない。

「『サエキクン』と口走っている者を捕らえただと!?」

「はい、ディザイア様。 着ている服もはじめて見るものだから、すぐに報告した方が良いと思った」

「でかした! これからもその調子で頼んだぞ」

 報告に来た部下を褒めると、その者達を監禁している小屋へと向かう。
 小窓から中を覗いて捕らえられている者の顔を見た瞬間、ディザイアの思考を殺意が支配した。

(手平と闇峰!?)

 両親と助けを求めたにも関わらず、イジメの事実を揉み消した担任とそれを許した校長。
 この2人が保身に走らなければ、一平が自殺することも無かったかもしれない。
 どんな方法で殺すか思考を巡らせていると、担任だった手平が妙なことを口走る。

「誰か、誰か、これをほどいて! 私は佐伯君に無意味な復讐を止めさせ、捕まっているクラスの全員を連れて帰らないといけないのよ!?」

(何故、俺が復讐しているのを知っている!? それに、どうして俺がクラスの全員を捕らえていることになっているんだ?)

 すると今度はその隣に居る校長まで、叫び始めた。

「ディザイア、いや佐伯 一平! お前がこの世界で生まれ変わっていることは、既に知っている。 復讐などという愚かな真似は止めて、一刻も早くクラス全員を解放して元の世界に戻すのだ。 それがお前に出来る、唯一の贖罪だ」

(贖罪……贖罪だと!?)

 まるで、一平だけを悪人と決めてかかる言い草をする校長。
 ディザイアは能力を奪うことすら忘れ、小屋に入ると校長の拘束だけ解き居住地区の裏にある高い崖の上へと連れて行く。
 崖をのぼる間も校長は彼を一方的に罵倒し続け、自殺に追い込んだことを謝罪することは無かった……。

「佐伯君! 少しでも人間としての心が残っているのなら、このような愚かな真似をしていることを恥じなさい。 そして手平君も含め、捕らえている生徒全員を解放し犯した罪を償いなさい」

 ディザイアが右手で校長の胸倉を掴むと、そのまま持ち上げる。
 するとずっと抱いていた恨みの言葉が、自然と口から溢れ出た。

「罪を犯したのはどちらが先だ!? 貴様や手平がイジメを隠蔽しなければ、俺が自殺することだって無かった! 自分達がした仕打ちは棚に上げて、一方的に俺だけを悪と決めつける貴様のどこが正しい? 俺が最期に味わった恐怖をお前も味わえ」

 ディザイアは掴んでいた手を静かに離した、断末魔の声をあげながら校長は数十mの高さから落下して地面に叩きつけられる。
 見下ろした先で広がる血だまりを見ながら、彼は残る担任に罰を与えるため小屋へ引き返した……。

「ちょっとディザイア、あんたドコへ行っていたのよ!?」

 居住区画まで戻ると、安藤 沙織が顔色を変えてディザイアを出迎える。

「……いや、校長に俺と同じ目に遭ってもらってきた」

「校長? 今はそれどころじゃないわ! 早くこっちへ来なさい、大変な事になっているのよ!?」

 安藤に腕を引かれながら連れてこられたのは、手平を拘束していた小屋だった。

「……玲奈……玲奈」

「レーナ、しっかりするんだレーナ! すぐに父上も戻られる、それまでの辛抱だ」

 小屋の入り口では安藤の相棒である佐々木 小梅が泣き崩れ、小屋の中からは息子のコージの声もする。

「そんな豚の仔を産んだなんて知られたら、元の世界に戻った時にあなたと一緒に私の経歴にキズがついてしまうわ。 きっとこのことに感謝する時が来るから、覚えていなさい!」

 中では手平に腹を蹴られた紅葉院が破水して倒れており、蹴られたことが原因かは不明だが股を伝う羊水には血が混じっていた。
 ディザイアはすぐに回復を試みたが、玲奈の顔から徐々に生気が失われていく。
 そして回復を始めてから1時間後、紅葉院 玲奈は意識が戻ることもなく帰らぬ人となってしまった……。

「……レーナ、レーナ!」

 玲奈の亡骸を抱きかかえながらコージは号泣した、するとコージがあることに気が付き父であるディザイアを呼ぶ。

「レーナの、レーナのお腹の中でまだ鼓動が聞こえる」

 既に死んでいる玲奈の腹に耳をあてると、息子の言う通りほんのわずかだが心臓の音が聞こえた。
 ディザイアは玲奈に軽く手を合わせると、一縷の望みに賭けて彼女の腹を裂く。

「……紅葉院すまない。 まだ魂が近くに居るのなら、この子を守るために残酷な神へ一緒に祈ってくれ」

 慎重に子宮を取り出して切り開く。
 中に居たまだ未熟なオークの仔を取り出すと、コージの前でその仔は小さく産声をあげた。

「レーナ、ほら私達の子供だ。 この子は私が立派に育てる、だから天国で見守っていておくれ」

「冗談じゃないわ! 豚の子が生き残ったりなんかしたら、結局無駄骨じゃない。 安藤さん、佐々木さん。 紅葉院さんの名誉を守りたいのなら、その子供を土の中に埋めて始末した方が良いわよ。 きっとそれが彼女のためよ」

 ディザイアは即座に手平の腹を裂いた、コージと玲奈の子を助ける時のように。

「……えっ!?」

 腹から大量の血が流れるのを見ながら、手平は呆然とした顔でディザイアを見る。

「お前は紅葉院を殺した。 俺がどんな気持ちで彼女の腹を裂いたのか、その痛みや苦しみを自分の身体で思い知るがいい」

 手平は裂かれた腹から出た腸を手で戻そうとするが、両手を拘束されていてそれを黙って見ているしかない。
 安藤と佐々木にも助けを求めたが、彼女達から返ってきたものは侮蔑と自業自得という言葉だった。

(カルマ。 お前はこうなることまで見越して、俺をオークに転生させたのか!?)

 絶命している手平の身体をどんなに細かく切り刻んでも、怒りが収まる訳でも玲奈の命が戻る訳でもない。

 この日ディザイアは2人の人間への復讐を果たせたが、代わりに紅葉院 玲奈の死という辛い経験をすることとなった……。
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