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第73話 瞬間移動(テレポート)

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 敦盛がファウナにいる時の朝食は『海の神ネプトゥーヌス』と決まっている。いや、無理矢理食べさせられているといった方が正しいかもしれないが・・・。

 エミーナとルシーダも実は『海の神ネプトゥーヌス』を使っている。今だから言えるけど、最初のころは本当に金が無くて「食べ残しでいいから頂戴」と真顔で言っていた事もある程だから、セルボが見るに見かねて一般の宿泊者と同じメニューの朝食を一般の宿泊者より格安で出していた。さすがにタダにしてくれなかったけど、それでもエミーナとルシーダにとっては有難い話であった。敦盛とパーティを組むようになり経済的に余裕が出来た今でも以前と同じ値段だ。

 魔術師は大きく分けて2種類ある。どこかの国の魔術師協会に所属しているか、フリーかの2種類だ。
 普通、フリー魔術師というのは元はどこかの国の魔術師協会に所属していて、他国の王家や貴族とかの専属魔術師になった時に利害関係で板挟みなるからフリーになる事が多い。冒険者ギルドも形の上では王国とは独立した組織だし、他国の仕事を請け負う事もあるから、冒険者ギルドに所属している魔術師は、どこの国の魔術師協会にも所属してないフリー魔術師だ。

 エミーナはドルチェガッバーナ王国魔術師協会出身どころか、どの国の魔術師協会にも唯一のフリー魔術師なのだ。

 ヒューゴボス帝国魔術師学校中退(正しくは帝国滅亡により魔術師学校が強制的に廃校になった)だから、卒業試験を受けてないエミーナは3級魔術師、つまり正規魔術師の免許を持ってないのが理由だ。中退者は再入学できないし、他の魔術師学校への編入という制度もないから、エミーナが3級魔術師の資格を得る為にはもう1度、他国の魔術師学校の1年生からやり直す必要があるのだが、エミーナにそんな経済的余裕はなかったから「諦めた(本人の話)」のだ。

 実力はあっても正規の魔術師ではない、それがエミーナなのだ。

 ただ、レクサス支部長の仲介があったから、ドルチェガッバーナ王国魔術師協会の『準会員出身』という特例扱いで協会への出入りは認められている。形の上ではエウロパ大陸冒険者ギルドのファウナ支部所属のフリー魔術師だから、ドルチェガッバーナ王国魔術師協会経由で魔術の研究成果を発表すれば特許料を得る事も出来るが、借金返済のため一獲千金の遺跡調査に明け暮れていたから、新魔術の研究や魔法道具マジックアイテムの開発はやった事がない。公開済の魔術や魔法道具マジックアイテムについては、かつて堕天使リーザが恐怖したほどの知識力で、並みの魔術師を凌駕していると自負しているが、エミーナを上回る魔術師はゴロゴロいる。
 2級魔術師になると『導師』を名乗れるが、1級と2級の違いは・・・

「・・・あー、エミーナちゃんにルシーダちゃん、おはようー」

 今日もエミーナとルシーダは二人揃って『海の神ネプトゥーヌス』へ行ったけど、そこには既に敦盛と満里奈来ていて先に朝食を食べていた。以前は敦盛とエミーナ、ルシーダの3人が同じテーブルで食べるのが当たり前だったのだが・・・昨日から4人に増えている!そう、満里奈がいるからだ!
 満里奈はまだ自分の部屋を持ってない。だからファウナの街に最初に来た日から『海の神ネプトゥーヌス』2階の1号室を借りている。

「・・・マリナはこの国の朝食は2回目なんだろ?」
「そうなんですよー。ウチにとっては新鮮なんですけどー」
「アツモリはウンザリなんだろ?」
「みたいですよー」

 エミーナと満里奈はそう言って敦盛を見ながらニヤニヤしてるけど、ルシーダは聖職者らしくテーブルに座ってからは神に祈りを捧げているから会話に加わっていない。
「・・・悪かったな!俺はただ単に銀シャリに味噌汁の朝食が恋しいだけだ。別にトーストが嫌いとは一度も言ってないぞ!」
「はいはい、お兄ちゃんはホテルに行っても朝は和食でないとブーブー言う人でしたねえ」
「マリナ、その『ワショク』って何?」
 エミーナは素朴な疑問を口にしたのだが、たしかにこの世界には『和食』という言葉が存在しない。満里奈と敦盛にとっては常識かもしれないが。
 さすがの満里奈も自分たちの常識が通用しない事は昨日、一昨日のうちに実際に体験している。かと言って、他の一般のお客さんやエポを始めとした店の関係者にを聞かれるのもマズイというのは分かっている。ちょっとミスったと満里奈も認めざるを得なかった。

「・・・あー、みなさん、おはようございますー」

 いきなりエミーナたちは後ろから声を掛けられたからそっちの方を見たけど、そこにいたのは・・・ココアだ。
「あれっ?ココアちゃん、どうしたのー?」
 満里奈はココアが来た事でさっきの話が宙に浮いた格好(?)だから、ここぞとばかりにココアに話を振ったが、そのココアは満里奈の右の席に「よいしょ」と座った。
「・・・いやー、ただ単にアツモリさんたちと一緒に朝食を取りたいと思っただけですよ」
 ココアはニコッと微笑んで、通りがかったエポに「わたしの分、作れますか?」と尋ねたけどエポが「いいですよー」と答え、そのまま厨房の方へ歩いて行った。

 ココアの前には紅茶が置かれたが、その紅茶を飲みながら視線をエミーナに向けている。
 エミーナはそのココアの仕草を見て『ピン!』と来た。
「あのー・・・ココアさん、もしかしてボクに話したい事があるとか」
「あれっ?よく気付きましたねえ」
「なんとなくだけど、話し掛けたいけど何を言えばいいのか分からない、という雰囲気を醸し出していたからねえ」
「魔術師に隠し事は出来ない、という話は聞いた事がありますけど、こうもズバリ言い当てられると逆に怖くなっちゃいますー」
「おいおいー、ボクはホントに偶然だぞ」
「その偶然がビンゴだったから怖いんです!」
「わりーわりー」
 エミーナはそう言って左手を頭の後ろに廻しながら笑ったから、敦盛たちもそれにつられる形で笑った。
 ひとしきり笑った後、ココアは真面目な顔をしてエミーナの顔を見たけど、その目は真剣だった。

「あのー、エミーナさん・・・実は、お金をちょっと貸して欲しいんですけど」

 ココアはちょっとだけ躊躇したけど核心部分から話した。魔術師相手に小細工しても無駄だと思ったから直球勝負に出たのだ。
「・・・ボク個人としては金額次第ではOKしてもいいけど、アツモリの意見を聞かないなんとも言えないなー」
「どうしてですか?」
「ボクは財布番だけど、『ニャンニャンクラブ』は独立採算制を取ってない。あくまでパーティ全体の出費として考えるから、例えば仕事先でお昼ご飯を食べるにしても、一人50グッチまでと決めている。まあ、ボクとルシーダの二人しかいない時には、昼ご飯は二人で30グッチどころか食べないで我慢してた程だから、今でもそのケチケチ根性が抜けないと言うか、誰かが個人的理由でパーティの金を使い込まないよう、出費は全てオープンにして透明性を確保してる」
「要するにで相互監視ですか?」
「言い方を変えればそうなるけど、ココアさんがお金を使いたい理由を教えてくれ」
「分かりました」

 ココアは話した。
 亡くなったシビックの荷物の整理はもう終わっているに等しいけど、シビックの両親はシビックが亡くなった事を知らない。だからシビックが亡くなったのを伝えたい事と、『もし死んだら両親に渡して欲しい』と言っていた物を届けたい。
「・・・ですが、シビックさんの御両親というのは、今はヒューゴボス帝国領にはいないんです」
「それじゃあ、どこにいるんだ?」
「セレネーです」
「セレネー?ガニメデ大陸の?」
「そうです」
「でも、元はヒューゴボス帝国の騎士か貴族の令嬢だったんだろ?」
「それはそうですけど・・・恐らくエミーナさんの知識なら、これを見たらどこの家の出身か分かるんじゃあないですか?」

 ココアはそう言ってから自分の服のポケットから小さい箱を取り出したが、その箱に入っていたのは・・・指輪だ。
 エミーナはココアから箱ごと指輪を受け取り、その指輪に描かれた紋章を見たが、それを見た瞬間『ハッ!』と気付いた。
「そうか、バラード伯爵の・・・だから天使殺しエンゼルキラーを使えたのか」
「シビックさんは自分の出身の事をあまり話した事はなかったんですけど、ひょっとして名門なんですか?」
「超名門と言う訳じゃなあないけど、ヒューゴボス帝国の中では重鎮と言われていた家だ。何しろ、アプリオ皇帝に直接意見を言える、数少ない家だったからな」
「うっそー」
「本当だ。もしアプリオ皇帝がバラード伯爵の、多分シビックさんのお父さんになると思うけど、その人の忠言を真に受けていたら、世界は今のようになってなかった」
「どういう事ですか?」
「簡単に言えば、アプリオ皇帝が古代魔法王国の遺産『世界の扉』を復活させようとした時、堂々と皇帝に反対意見を述べたのがバラード伯爵だ。でも、その事で皇帝の怒りを買って伯爵家は取り潰された。ラルゴ皇后が助命を嘆願したから国外追放処分で済んだけど、本当なら一族全員、断頭台行きだったのさ」
「そうなんですか・・・」
「ま、それが当時帝国騎士団長だったレヴォーグ卿の抗議の辞任に繋がってるけど、もしレヴォーグ卿が帝国騎士団にいたら帝国軍は魔王軍との決戦に勝っていたとまで言われてるし、『世界の扉』が暴走して地上界と魔界をつなぐゲートが出現する事もなかったんだから、ある意味、セレナ王女と同様、シビックさんもアプリオ皇帝によって人生を狂わされた人間なんだよ。ラルゴ皇后も『世界の扉』復活に反対してたし、魔王が出現したという報告を聞いた直後に卒倒してそのまま亡くなっているから犠牲者といってもいい」
「「「「 ・・・・・ 」」」」
「バラード伯爵は国外追放処分になったけど、夫人の出身がティファニー王国の伯爵家だったから、そちらが身元引受人になってセレネーの街の屋敷を与えられて、そこでヒッソリと暮らしてるはずだ。魔術師学校の教官がバラード伯爵と繋がりがあったから、ボクも少しだけど事情は知ってる」
「ふーん」
「何なら、ボクがセレネーまでシビックさんの家族に届けてやってもいいよ」
「ふーん」

 ココアは何気に返事をしたし、敦盛や満里奈は話の大半が分かってないから特にエミーナの話におかしな点があったと思ってないが・・・ルシーダが『バン!』とテーブルを叩いて立ち上がった!
「ちょ、ちょっとエミーナ!今の話、本当なの!?」
「お、落ち着けルシーダ、何を慌ててるんだあ?」
「あんたがさっき言った話、『セレネーまで跳んで』って部分、それって本当なのって聞いてるのよ!」
 ルシーダはエミーナの襟首をつかみながら絶叫している程だが、ココアも敦盛も満里奈も、なぜルシーダが絶叫するのかが分かってない。
「・・・エミーナさあ、あんた、公式には『魔術師見習い』だけど本当は2級魔術師、『導師』を名乗れるんでしょ!」
「「「「 えーーっ! 」」」」

 さすがに敦盛や満里奈もエミーナから情報として聞かされているが、2級魔術師というのは『導師』と呼ばれているけど、その2級魔術師の課題の1つになっているのが『エウリュアレ海を一人で瞬間移動テレポートで渡れる』なのだ!つまり、エミーナは瞬間移動テレポートの呪文を使えると自ら暴露したと同じなのだ!!
「・・・ルシーダ、落ち着け!」
「これが落ち着いていられますか!2級魔術師と同等なら、最低でも『シルバー』クラス確定じゃあないの!支部長に掛け合ってでも『シルバー』になれば報酬だって上がるのよ!まさかとは思うけど、ココアさんを連れてセレネーまで行けるとか言わないでしょ!!」
「そのまさかだよ」
「「「「 嘘でしょー!! 」」」」

 ルシーダは絶叫と共にエミーナの襟を離してしまった程だけど、1級魔術師、つまり上級の導師の課題の1つは『エウリュアレ海を大人一人を連れて瞬間移動テレポートで渡れる』なのだ。つまり、自力でお客さんを連れて対岸まで瞬間移動テレポートで行ける事が条件なのだから、冒険者ギルドのクラスでいけばゴールドクラスなのだ!!
「・・・別に黙っているつもりはなかったけど、この前、エルフの集落へ行った時、とやり合った時に自分の魔法力がとてつもなく上がっている事に気付いただけだし、それを試したのが昨日の夕方だ。飲み薬ポーションで魔法力を回復させて往復したけど、帰って来た時の魔法力から見て、片道だけならココアさんを連れていっても問題ないって確信してるよ。もちろん、一人だけなら往復できる」
「それって、ゴールドどころか白金プラチナじゃあないの?」
「さすがに白金プラチナは無理だよ。ボクはエスクードさんと試合をしたら絶対に勝てない、それだけは自信がある」
「そんな事で『自信がある』とか自慢してどうするのよ!どーでもいいから、今日はギルドに行かなくてもいいからココアさんを連れてセレネーまで行ってこーい!行かなかったら私が強制的に『懺悔コンフェション』を受けさせるわよ!」
「勘弁してよー。私的に『懺悔コンフェション』を使ったら神が怒るぞ」
「問答無用!」

 結局・・・エミーナは渋々だけどココアを連れてセレネーの街へ行く事を了承した。
 当然だけど・・・ギルドの仕事をやらない事になるから、ルシーダはファウナのバレンティノ教団のボランティアをやった。しかも敦盛と満里奈を強引に連れ出して教会が運営する孤児院の掃除や給仕をやらせたのだから、二人から見ればいい迷惑だ(もっとも、子供たちは敦盛を見て『サムライさまだあ!』と熱狂してたけど)。シルフィはというと・・・どこへ行ってたのか全然分かりません、はい。
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