上 下
56 / 77

夢は見るもの語るもの

しおりを挟む
 出発からおよそ1ヶ月後、ソール騎士団が帰還した。

 俺は出迎えに行ける立場にはないから、ハンスが無事かをすぐには確かめることができなかった。

 こういう時に限ってジュンは部屋に来ない。

 
 いっそのこと、他の使用人に探りを入れてみるか?

 いやいや、自ら怪しまれにいくのは愚の骨頂。

 俺は部屋で悶々と過ごした。


 カツン。

 この音は、窓に石が投げられた時のものだ。


 ハンスだ!

 俺は一目散に窓際へと行き、下を見た――。


 だが、誰もいない。

 虫か鳥が窓に当たったんだろう。

 肩をがっくりと落とす。



 カツン――。

 またか……、と窓の下を見る。

 ハンスがいた。

 大きな負傷は見当たらない本物のハンスだ!!


 ハンスが人差し指を立てた。

 指を1本立てる――、「会える」の合図だ。

 良かった、元気なんだな。

 俺は今夜が楽しみで仕方なくなった。


 と、同時に例の約束を思い出す。

 生きて帰ったら――。

 何を期待してんだよ、俺!


 万が一オーケルマンに誘われたら、今世紀最高の演技で乗り切ろう。

 いつもより念入りに体を洗って、湖畔へと向かった。



「おかえり」

「心配かけたな」

 
 挨拶用の軽いキスとハグ。

 妙に意識してしまって、いつもより俺の動きがぎこちない。


「怪我はないのか?」

「ソール騎士団の負傷者は5名。いずれも軽傷だ。俺はこの通り」

 久しぶりに見たハンスの体は大きくて、手はやっぱり温かった。


「異民族は殲滅できたのか?」

「それが俺たちが到着すると、やや臨戦態勢をとりつつも、王国の外へと逃げてしまった。俺の報告に宰相たちは敵が敗走したと喜んだが、本当にそうだろうか。ソール騎士団を呼び寄せるために、意図的に目立った事件を起こしたようにも考えられる」

 ハンスの表情は険しく、任務の成果に手応えを感じていないようだ。


「ソール騎士団は貴族におもねらない。故に扱いにくい組織であり、貴族の一部はソール騎士団を疎ましく思っている。ソール騎士団の留守中は、悪事を謀るのにちょうど良い」

 ずっと王宮にいたけど、そんな感じはしなかったなあ……。

 俺がそういうことに全く関心がないから、気付けなかっただけかもしれない。

 他のことで頭がいっぱいだったし。

 ハンスの役に立つ情報はゼロだ。


「ああ、俺ばかり話してすまない」

「いいんだよ。ずっとハンスの声が聞きたかったんだ。腑に落ちない任務だったかもしれないけど、誰も死ななくて良かった。俺にとっては任務大成功だ!! ハンスも長い任務で疲れたんじゃないか?」

 今夜はゆっくり休んだ方がいいんじゃないか?

 そう言えない俺は、目の前に出された料理によだれを垂らしながら待てをしている犬だ。


「第5庭園のオンセン……だったか? あれに入ったら体の疲れが取れた」

 じゃあ、今夜はずっと愛し合えるな!

 そう言えない俺は、情けないほどウブだ。


 わずかな沈黙の後に口を開いたのはハンス。

「俺の任務は終わったが、お前はまだ果たすべき約束がある」

 全身の血液が沸騰した。


 俺から切り出すべきなのか?

 そもそも場所はどこなんだよ!?

 いっそのこと、ここで……。


 疑問と煩悩の波が押し寄せる。

 ゴクリと生唾を飲んだ。

「あっ、あのさあ……」

 あと一歩踏み出せばというところで、ハンスが言った。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

エンドルフィンと隠し事

BL / 完結 24h.ポイント:35pt お気に入り:48

花が散る、その夜に。

BL / 連載中 24h.ポイント:0pt お気に入り:31

そして、犬になる。

BL / 完結 24h.ポイント:63pt お気に入り:32

壁穴奴隷No.18 銀の髪の亡霊

BL / 完結 24h.ポイント:63pt お気に入り:186

壁穴奴隷No.19 麻袋の男

BL / 完結 24h.ポイント:99pt お気に入り:112

【BL:R18】ある高級男娼の始まり

BL / 完結 24h.ポイント:14pt お気に入り:44

永久に待つ春

BL / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:62

夢幻花を散らす

BL / 完結 24h.ポイント:42pt お気に入り:22

男娼と呼ばれた王子

BL / 完結 24h.ポイント:7pt お気に入り:46

夕闇に紅をひく

BL / 完結 24h.ポイント:71pt お気に入り:53

処理中です...