異世界では香りに包まれて幸せに暮らします

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傷心

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 たくさんの人とおしゃべりをして、ご馳走に舌鼓を打った私は、すっかりパーティーの雰囲気に酔っていた。

「アリア、ちょっとお手洗いに行ってくるね」



 研究室よりも広いお手洗い。

(お金持ちはトイレまでスケールが違うなぁ~)

 会場へ戻る途中、一人で廊下を歩くクロエにばったり会った。

「クロエさん、お招きいただきありがとうございます!」

「あら、サクラさん。今日はあなたの歓迎会でもあるの。楽しんでいただけているかしら?」

 この前よりも増えた宝石の数とゆったりとした口調で、さっきまでの酔いは冷め背筋をしゃんと伸ばした。

「そうだったんですね。とっても楽しいです! 食事も美味しくて――」

「わたくしの部屋でお話しましょう?」

 
 クロエの突然の提案に空気の流れが一瞬止まった。

 彼女のプライベートルームはそんな気軽に入れるものなのだろうか?

 煌びやかな雰囲気はパーティー会場で十分に楽しんだ。

 今は好奇心よりおこがましさが勝っている。

「私なんかが部屋に行くなんて無礼ですよ……!」

 慌てて会場に戻ろうとするが、腕を掴まれる。
 優しく、しかし確実に逃さないといった力加減が伝わる。

「遠慮なさらないで。あなたのことをもっと知りたいの」

 微笑んだクロエの善意を無下にするのも悪い気がしてきた。

「本当にいいんですか?」

「ええ、パーティーはまだまだ終わりませんから、少し休憩いたしましょう」


 部屋に行くまでの道のりは不思議なほど静かで、おしゃべりの相手が私で良いのか不安になる。

(どんな会話をしたらいいんだろう……)

 
 クロエの部屋は想像よりずっと落ち着いており、静寂に包まれていた。

 華美な調度品がないことで、より一層部屋が広く感じる。

 もっと宝石があるのかとキョロキョロさせていたところをクスッと笑われる。

「拍子抜けだったかしら? わたくし倹約家ですの」

 これで倹約家なら研究所はどうなるんだ?

 だが、多くの人が抱くクロエ嬢のイメージとは違うのも事実だ。

 
 部屋に言及するのは避けて、当たり障りないことから始める。

「クロエさんはいつも商船に乗って貿易をしているんですか?」

「3年前から父に同行しているの外国はとっても素敵ね」

 私も一応外国から来たことになっているので、話を合わせる。

「パラスリリーにない物がたくさんありますし、……えーっと、便利なことも多いですよね。でも私はパラスリリーの生活が好きです」

 クロエは背を向けて、何かを探しているようだ。

(話がつまらなかったかな……)


「サクラさん、これをご覧になって。誰だか分かるかしら?」

 手に持っていたのは1枚の写真。
 4人の子供が写っている。

(キャボット邸の玄関で撮ってるってことは……)

「この女の子はクロエさんですか?」

 お人形のような容姿で面影がバッチリある。

「うふふ、こっちがリック兄様で、その隣にいるのがオリーよ」

 言われてみると、あどけない頃の2人だ。

(2人とも笑ってて可愛い)

「3人は幼馴染だって聞きました。小さい頃から仲良しなんて羨ましいです」

「とても懐かしいわ。この頃はリック兄様も素直でしたのに」

 クロエはリチャードがパーティーに不参加であることを引きずっているようだ。

(すっごく怒ってたなんて言えない……)

「リチャードさんは責任あるお立場なので参加を遠慮したのかと……」

 両者の名誉を傷つけないように慎重に言葉を選ぶ。

 しかし失敗したようだ。

「オリーと同じことをおっしゃるのね」

 いつもの微笑みがなく、声がワントーン低い。

 真顔のクロエは美しいけれど本物の人形のようで怖い。


「えっ、あの、その――」

 何とか取り繕おうとする私を意に介さず、話し始めた。

「オリーはわたくしの婚約者なの。父は外の人と結婚させたいようだけど、わたくしは彼を選んだわ」

 ……婚約者?

 ケースに入れられた指輪が目の前に置かれる。

 大粒のダイヤモンドと、それを囲うメレダイヤが不規則に光る。

 クロエは両手を胸に当て、愛しい人を想いながら語る。

「だってわたくしを世界で一番愛しているのはオリーなのですから」

 言葉が出ない。

 突然そんなことを告げられて、平静を保っていられない。

 
 クロエはそんな私を見て続けた。

「驚いた顔をしてどうなさったの? もしかして彼から聞いてなかったのかしら? きっと部外者には黙っておこうと思ったのね。わたくし余計なことを言っちゃったみたいだわ」

 口角をキュッと上げるクロエに対し、私は俯いて返答する。

「あはは……私、全然知りませんでした~。言ってくれたら良かったのに、あはは……」

 強がりは私を本当に強くはしてくれない。

 今すぐに現実から目を背けて、聞かなかったことにしたい。

 願いは虚しく、はらりと涙がこぼれた。

「ごめんなさい、何でもないです。失礼します」

 碌に目も合わせずに部屋を飛び出した。

 それをクロエは止めなかった。


(……何で裏切られた気分になってるんだろう!)

 心の奥をギュッと締め付けられながら、廊下を走った。
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