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4.凛ちゃんは記憶喪失
しおりを挟む『ねぇ、ゆい』
「なぁに、凛ちゃん」
『どこに行くつもり?』
「んとね、おみまいだよ!」
『……誰の?』
わたしは振り返って、幽霊の凛ちゃんに向かって、にっこりと笑ってみせた。
「凛ちゃんに決まってるじゃん!」
明るくそう言うと、凛ちゃんはくちびるを尖らせて、不満そうにわたしを見た。
最近気づいたんだけど、どうやら凛ちゃんは、わたしがお見舞いに行くことをあまり良く思っていないみたいだ。
だけどわたしは、それに気付かないふりをして、病院へ向かった。
「あ、そうだ! 凛ちゃんに、お見舞い買っていこーっと!」
病院に行く前に気が付いて、進路変更。
商店街に入って、何がいいかなーって辺りをキョロキョロと見回した。
「ねぇ凛ちゃん! お見舞いはなにがいい? お花? 果物かな?」
『……なんにもいらないよ。どうせあいつ寝てるし』
幽霊の凛ちゃんは、眠っている凛ちゃんのことをあいつって呼ぶ。
本人なのに、すごく他人行儀だ。
「あ! あのリンゴは!? すっごくおいしそうだよ!」
わたしは凛ちゃんを無視して、八百屋さんへ駆け寄った。
真っ赤なリンゴを二つお願いすると、おばちゃんは一個おまけしてくれた。
やったね!
紙袋に入ったリンゴを抱えて、再び病院へと向かう。
凛ちゃんのお母さんがいるかもしれないから、おそるおそる病室に入った。
おばさんがいたら、こないだのことを、ちゃんと謝らなきゃって思って、ドキドキしたんだ。
だけど、病室には凛ちゃん以外、誰もいなくて、少しほっとする。
凛ちゃんの病室は、何にも変わらなかった。
相変わらず不気味なほど静まりかえっていて、心電図モニターの機械的な音だけが響いていた。
その無機質な音を聞くたびに、心の奥がぞわぞわして恐ろしくなる。
ベッドに乗って、凛ちゃんの顔をのぞきこんだ。
きれいな凛ちゃんの目は固く閉じられたまま、ぴくりとも動かない。
そっと腕に触れてみると、驚くほど冷たかった。
「……凛ちゃん、げんき? リンゴたべる?」
『食べられないって。呼吸器具つけてるでしょ』
「……じゃあ幽霊の凛ちゃん、食べる?」
『私は食べられないから、ゆいが食べて』
「うん、分かった」
ベッドの脇に簡易椅子を置いて、そこに座る。
紙袋からリンゴを取り出して、ナイフもお皿もないから、まるごとかじりついた。固くて甘くて、ちょっとすっぱい。
退屈そうにふよふよと浮いている、幽霊の凛ちゃんをちらっと見る。
今日で幽霊の凛ちゃんと出会って一週間。
わたしにしか見えない、凛ちゃんと過ごす奇妙な生活。
守護霊がいたらこんな感じなのかなぁって、不謹慎だけど、そんなことを考えてしまう。
凛ちゃん強そうだし、いい守護霊になりそうだけど、やっぱり凛ちゃんが幽霊なのは嫌だなぁ。
「……ねぇ、凛ちゃん」
残った二つのリンゴをテーブルの上に置いて、食べ終わったリンゴの芯を紙袋に入れる。
わたしはずっと、凛ちゃんに謝りそびれていることがあった。
凛ちゃんが昏睡状態になってしまったのは、わたしのせいなのに、幽霊になった凛ちゃんが現れたことに驚きすぎて、未だにちゃんとごめんなさいを言えていなかったんだ。
――それを今、言わなくちゃって、思った。
「……凛ちゃん、本当にごめんなさい。謝って済むことじゃないって、分かってるんだけど」
ふよふよと浮いている凛ちゃんを、真っ直ぐに見つめてそう言う。
凛ちゃんは少し目を見開いて驚いて。すぐに首をかしげた。
『え、何のこと?』
「何のことって、凛ちゃんが車に轢かれたのは、わたしのせいだから……」
『私、車に轢かれたの?』
「えっ?」
『え?』
しーんと静まり返る。
「……凛ちゃん、もしかして覚えてないの?」
『うん。覚えて、ない』
凛ちゃんは、そっけなくつぶやく。
「ほ、本当に覚えてないの? 凛ちゃん、わたしをかばって、車に轢かれちゃったんだよ……?」
『そうなんだ。まぁ、ゆいが無事ならよかったよ』
凛ちゃんは微笑みながらそう言って、透けた手でわたしの頭を撫でるしぐさをした。
わたしの頭を撫でるのは、凛ちゃんのクセだった。
今の凛ちゃんは身体がスケスケだから、触ってはもらえないけど。
胸の奥がざわざわと揺れる。
覚えてないって、どこから覚えていないんだろう。
もしかして、あの日、凛ちゃんがわたしに言ったことも、忘れてしまったんだろうか。
『ねぇ。どうして、ゆいは車に轢かれそうになったの?』
「えっ!? え、えっとね……」
変わらない声色でたずねられて、どきっとする。
わたしは、ごまかすように、へらっと笑った。
「わ、わたしはね、その……ぼーっとしちゃってて……ごめんね」
『そうなんだ』
わたしの適当な嘘に、凛ちゃんはあっさりと納得したみたい。
……そっか。凛ちゃんは、あの日のことを全部忘れちゃっているんだ。
ほっとしたような残念なような。
何ていうんだろう。フクザツな気持ちだった。
「……ねぇ、凛ちゃん。わたしね、どうしたらいいのか、全然分からないけど、何とか凛ちゃんに目が覚めてほしいって思ってるよ。本当にどうしたらいいのか、全然わかんないんだけどね、えへへ」
そういうと、凛ちゃんはちょっとだけ嬉しそうに笑って。
『うん、ありがと』
って、小さくつぶやいた。
どうしてかな。
わたしはそれを聞いて、ちょっと泣きそうになった。
***
『ねぇ、ゆい。もういいから、外に行こうよ』
「え? うん。わかった」
昼すぎまで病室で過ごしていたけど、凛ちゃんがそう言ったので、うなずいた。
わたしは、眠っている凛ちゃんにバイバイして、病院を出る。
やっぱり幽霊の凛ちゃんは、わたしが眠っている凛ちゃんと一緒にいるのが好きじゃないみたいだ。
病院を出た後は、凛ちゃんの提案で公園に行って、おしゃべりして過ごした。
凛ちゃんがこんなに大変なことになっているのに、わたしが遊んでちゃだめだよって。そう言っても凛ちゃんは、そんなのいいからって、わたしを日常に戻そうとする。
わたしはわたしで、こんなのだめだよって思っていてもね。
まるで凛ちゃんとの楽しかった日常が戻ってきた気がして、やめられなかった。
いつの間にか日が暮れて、辺りが茜色に染まる。
凛ちゃんと過ごす時間は、あっという間に過ぎていくんだ。
ぷかぷかとわたしの頭上を浮いている凛ちゃんを見上げた。
そっと、手を伸ばしてみる。
けれどやっぱり凛ちゃんはスケスケの透明な幽霊で、触ることはできなかった。
「凛ちゃんに、触りたいなあ……」
何でもないようにぽつりと呟くと、幽霊の凛ちゃんはびっくりしたような表情でわたしを見た。
スケスケのくせに、顔がちょっと赤くなっていた。
えへへ、おかしい。
「だから、早く起きてよ。凛ちゃん」
そういうと、凛ちゃんは困ったように微笑んで。
『がんばってみるね……』
そう、つぶやいた。
わたしは凛ちゃんに触りたいし、凛ちゃんもわたしに触ってほしい。
頭だって、前みたいに、いっぱい撫でてほしい。
わたしも凛ちゃんの冷たい手をたくさん握って温めてあげたい。
……わたしね、もうあの日、間違えたみたいに、凛ちゃんを拒んだりしないから。絶対。
だから、もう一度、凛ちゃんに触らせてよ。
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