とあるダンジョンのラスボス達は六周目に全てを賭ける

太嘉

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主と従者の章

踏み出された一歩 ─2─

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ダンジョンマスターが地下迷宮の再起動を決定してすぐ、領主は『学府アレクサンドリア』の書類を片手に『ミフネ』を伴って外に出た。
王都の見張りに、なるだけ動き出した事を悟られない様に、自分の足で全てのギルドを回るのだろう。

二人を見送った後、エルドナスは迷宮の地下十階から大量の紙片を持って戻り、その一部を師に手渡した。

「これは?」
「私の背中に、あの方から頂いた魔力を効率的に循環させる為の陣があります。その陣の式です。
出力は、十五年の時を遡る位です」

軽く言うが、人一人時を翔けさせるのに、どれだけの魔力が必要かなど分かったものではない。
一度は『跳んだ』事があるからそれなりに解る。
古代種のエルフの叡智を集めて造られたアーティファクトですら、一度で使い物にならなくなったのだ。
それを軽く言ってくれる、と、穏やかな表情のままフェンティセーザは心が冷える思いを抱いた。

「『試練場』と馴染ませる為のもので、『地下宝物庫』の遺産の一つです。」
式が判明していれば、調整の時間も短縮できるはずです、と何事もない様に続ける弟子は、一体どの様な思いで今まで過ごしてきたのだろうか──触れてはいけない、と、瞼を伏せる。

「他にもありったけ、レポート持って来てますが」
「とても心動かされるが、今はこれだけでいい」
後でじっくり検分しよう、と頭を撫でてやると、ふふ、と弟子の頃の表情を浮かべて、エルドナスは服を全て脱ぎ捨ててベッドにうつ伏せになった。
「フール」
呼吸がしやすい様に頭周りを整えると
「こっちで、手を握っていてくれないか?」
ベッドの外に腕を落とす。
小さな足音が近づいて来て、そっと落ちた手を取った。
「フール。この方がする事は、危険なことではない、安心していて、いいから…な…」
そう言い聞かせながら、徐々に、徐々に、意識が遠のいて行くのをエルドナスは感じた。

ああ、これは、きっと

師が───……

────

眠りの呪文で完全に二人が寝入ってしまったのを確認して、フェンティセーザは、調整に入る前に渡された紙片に顔を近づけてじっくり目を通した。

『学府』において、立場が上の者が弟子に自分の名の一部を「名乗らせる」というのは、名乗らせる者を庇護下に置いている、という暗黙の了解である。
しかし、エルフの中でも古代種エンシェントと言われる者たちにとって『名を渡す』のは更にもっと深く強い「縁組」に近い。
古代種とされている者が、異種族に名を渡して「縁組」をする事は、縁を組まれた方の魔力が莫大に上がる、老化の遅延などの〈森の民の加護〉と言われる変質が起きる為、滅多には行われない。
一つ名を渡すだけでこうなのだ。それをフェンティセーザの妹は「愛称」と「姓」の『二つ』も渡しているのである。

エルドナスの身体に、それに耐えうる器の素質があったのは、幸運だったとしか言いようがなかった。

紙片と照らし合わせて、陣を確認する。

何らかの手段を使って、どうにか背中に刻まれたのであろう陣は疲弊していて、そこから伸びる回路もあちこち寸断していた。

腕にも、足にも、紋を刻んである。
きっと、前身にも紋を入れてあるのだろう。

一瞥するに、重要なのは背中の陣だけであった。他は全て、背中の陣の補強なり補助的な役割の様だった。
これだけ入れるのに、どれだけの痛みを伴うのか──元よりそれらが不要な存在は、ただただここまでに至る経緯を想う位しかできない。

寸断された回路を繋ぎ、整え、流す。
生きている回路を必要以上に塞いだり、流れを止めたりするのは、血流と同じで死を招きかねない。なので、順番を見極めて、少しづつ、根気良く進めて行く。

繋がったところから徐々に疲弊が取れて行き、近くの回路をも回復させていくのを目の当たりにして、軽く息を吐いては作業に戻る。

言うほど簡単ではないし、本来ならばもっと日数を掛けて修復と調整を行うものなのだが、きちんと修復をしている時間的余裕は全く無いと師弟共に判断をしていたし、フェンティセーザにとっては血の繋がった、自分のものとよく似た妹の魔力を辿るのだから、赤の他人のものよりも調整は効かせやすい。

「ねえ、エル。
お前、ほとんど今まで休めてなかったのだろうね」

眠る弟子に、呆れた様に語りかける。
そう思わせる程に、どこそこに疲弊が溜まっていた。

これだけの素晴らしい組み立て方が成された複雑な陣を、フェンティセーザは初めて見た。

『学府』に於いて、魔力の強さ、質、量が高い事は一種のステータスでもある。底上げしたり、出力を補強したりと、術師が身体に陣を「入れる」事など日常茶飯事。しかしその陣の組み立てはどれも簡易的なもので、背面をここまで覆い尽くすようなものは無かったと記憶している。

何故なら、器が増えた魔力を保持しきれず、下手をすれば器が自壊しかねないからだ。
事実、最終的に器が自壊しての除籍というのも、『学府』では日常茶飯事である。

<森の民の加護>で膨らんだ分の魔力を身体全体に循環させ、器そのものを強化しながら、同じ循環の流れを更に器の外に拡げて結界の様な不可視の壁を作り出し、そこを器に収まりきれない分の魔力の保持スペースにする。
きっと、地下迷宮を維持する為だろう。器の自壊を防ぎながら、それでもその身に余る一定量の魔力を保ち続ける永久機関を組み上げたのだ。

「…相も変わらず、お前は馬鹿な子だな」

ぽろり、と思った事が漏れた。

誰かのためなら、何か役に立つのなら、それを「しない」理由にはならない──そんな根底を目敏く見抜いた狡い者達に『学府』に入ってからぞんざいに利用され続けて来た少年を、見るに見兼ねて『保護』した。
そんな馬鹿正直な所は、遠く離れたこの地でも変わらなかった。

「そんな所が好ましくも見えるのだけれどね。
もう少し、そうだな……他の者に荷を預ける位はできて欲しいものだが」

今は、荷を持ってくれる者も、預けられそうな者も、引き受けてくれそうな者も居るじゃないか。
私もしばらくここに居るし、妹だって、まあ、三倍くらいは『可愛がり』を返して来るだろうが、喜んで荷を受け取るだろう。

この国の前王都で十五年前に起こった五度にわたる「同時期魔力異常」と王都の壊滅は、きっとこの子のものだろう。
多数の死体の大半が焼け焦げや損壊がひどく判別不能、完膚なきまで破壊され尽くした跡から拾い出せたのは、地下深くに眠る迷宮システムの箱だけだった。
そこで旧王都で行われていた、控えめに言っても非道な行いは詳らかとなり、『学府』を中心とした各諸国から糾弾を受けたはずだったが──

『学府』ですらその瞬間に居合わせられず、解明出来なかった原因は、きっと。

彼の、やっと表に出せたエゴなのだろう。

時を翔け戻るなどという馬鹿げた荒技を、この弟子は五回も繰り返したのだ。
そうさせた何かが、そこにはあるのだ。

「今から無茶をさせる私が言うのもなんだが、もうこんな無茶はしてくれるなよ」

それは、師となった男が抱いた、親心の様なものだった。

────

元々の回路図があった事と、それを目を通してすぐに理解できる者が携わった為、回路の調整には三刻も掛からなかった。

「ありがとうございます。
身体が、軽いです、師匠」
「うまくいった様で良かった」

調整終了から更に一刻後、おもむろにむくりと身体を起こした弟子の頭をよしよし、と撫でてやると、気恥ずかしそうに嬉しそうな表情を浮かべる。
お互い既にいい年のはず、なのだが、外観にあまり変化が無いせいか、まるで『学府』の頃の様だ、と思わずにはいられない。

まだ眠りの中にいるフールを起こすエルドナスに「先に着なさい」と服を渡して、フェンティセーザは腰のポーチから小瓶を取り出すと、フールの鼻元に持っていった。
数秒後、バチっと目を開けて背後に飛び退ったフールに
「おや、効いてくれたか」
とのんびりとフェンティセーザが笑う。
「師匠のソレは効き過ぎます」
「こういったのは効き過ぎる方が良いのだよ」
軽く言い合う様に見えるが、二人とも目は笑っていなかった。

「……もしかして、すぐにでも行くのかね?」
「もうすぐ側まで、あの方が来てる様ですから」
調整された増強回路とダンジョンマスターとしての権限が為せる技か、エルドナスには、自分に名を授けてくれたエンシェントエルフの位置がはっきりと分かった。

この城から早馬を走らせて半日の所にいる。
端的に言ってヤバい。とにかくヤバい。捕まりたくない。しかし逃げられないのが分かっているのに逃げの手を打つのは更にヤバい。語彙力が溶けてヤバいという言葉しか出てこない位には、かつての普段の扱いを思い出すに──否、あまりに遠い思い出という言い訳を付けて思い出す事を思考が拒否する。

「今のこの勢いで、いって来ます」
「私は外に居よう」

フール、とエルドナスが手を伸ばすと、呼ばれた男がそっとその手を取る。

「どんな結果になろうとも、戻って来なさい」

もうこれ以上待たせてくれるな、と残して、フェンティセーザは二人に背を向けた。
「師匠」
その背中に、弟子は一言だけ、返した。

「後のことは、お願いいたします」
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