水の庭にて

遠海

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第1章

朝の漁港

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 朝の漁港は騒がしい。当たり前だ、仕事時間の真っ最中なのだから。漁港は基本的に3時から7時ごろまでが水揚げのピーク。今はようやく少し、落ち着いてきた、くらいの時間帯だ。
 サンダルにウェットスーツの俺はまるで浮いている。関係者以外立ち入り禁止ではあるが、俺は関係者だと認識されているため、誰もが慣れた様子で俺の姿を一瞥するだけだったり、軽く手を上げて挨拶をくれる。奥へ進むと、クーラーボックスにケツ乗せてオッサン達が集まってタバコを吹かしている。休憩中なのか、井戸端会議をしているのか分からないが、渚の目的の人物もそこにいた。

 その人物は50歳だったか60歳だったか、それくらいの男だ。『畠中漁業組合』と書かれたキャップを被って、オッサン達に囲まれている。仕事用の長靴を履いてはいるものの水濡れ一つない。ジャンパーの裾を捲って、持つものはタバコと書類。しかし、日に焼けた肌に太い手足は、妙齢になった今でも現場から離れていないことを物語っている。
 俺が近付くと、オッサンを囲んでいたオッサン達が挨拶をくれる。顔馴染みのオッサンばかりだ。ジジイがジジイ囲ってんじゃねえよ、という言葉は飲み込んだ。軽く会釈だけして、渚だ、瀬名の倅だ、という声は無視する。
「ヒコじい、荷物サンキュ」
「おう渚、もういいのか?」
「ああ、仕事行かねえと」
「おん?お前の職場はここだろ?」
「馬鹿言え」
 なんでだよお、と言いながらヒコじいはおもむろに立ち上がる。そうして、座っていたクーラーボックスから俺のリュックを取り出した。ほい、と渡されて受け取ると、再びクーラーボックスを閉めて座り直した。
「……おい、魚入ってた箱じゃねえだろうな」
「ここにある箱で魚入ってなかったやつなんかあんのか?」
 最悪すぎる。受け取ったバッグに慌てて鼻を近付けてみた。が、無臭。ヒコじいを睨みつけると、ニヤニヤと気色悪い顔をしていた。
「うっそー。これ今日送られてきた新品」
「クソジジイ……」
「はっはっは!お前はまだまだ可愛いなあ!」
 ぐしゃぐしゃと濡れた髪を乱暴にかき混ぜられる。ジジイの馬鹿力で、頭が勢いよく揺れた。
「ゴリラジジイ!離せ!」
「はいはい。シャワー浴びてかねえのか?」
「あっちで入る。どうせ朝から掃除すっから」
 それだけ言うと、ヒコじいは自分の膝に乗せていたタオルを俺に投げ渡した。風邪引くなよ、と言いながら手にしていたタバコを吸う。
 そして一息、煙を吐き出してから目線も合わせずに、言う。
「――渚、船には乗らねえか」
「乗らねえ。無理だ」
「そうか」
「ま、ジジイの海上ドライブくらいなら付きやってやるよ。ボケ防止にいいらしいぜ、本当か知らねえけど」
「クソガキが!」
 振り上げれた腕からヒョイと逃げる。空振りしたジジイへワハハ、と笑ってやってから、背を向けた。逃げるが勝ち。走り出してから、伝えるのを忘れていたことを思い出し、離れたジジイに向かって声を張り上げた。
「ジジイー!チャリ借りるぞ!」
「貸さねえよボケ!鍵付けとるわ!」
「裏の動かねえ軽トラのタイヤの上!そこに鍵隠してんの知ってっから!」
「なんで知ってんだ!」

 これで了解は得た。渡されたタオルで髪をガサガサと拭きながら、陽の元へ出る。時計を見ると6時30分を過ぎたくらい。余裕で間に合うどころか、早すぎる出勤になりそうだった。
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