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【四】-1 惰弱は敵だ
【四】
他の都市からの来客というのは、そうあるものではない。
それも、立場のある者が来るのは、
十年に一度もない。
交易都市マグリバの領主の娘と執事が訪れた。
それを知ると、パトリックの父親、
グランテイマーはすぐに二人を通させた。
歓迎というより、珍しい献上品を見に来た目だった。
「むう、水がヌルいぞ」
出された飲料水に口をつけ、
パトリックの父である領主は眉を顰め、
側にいた使用人らしき女を指招きした。
指名された者はびくり、と肩を震わせた。
前の時間でパトリックが言ったように、
立場のある者であることは、領主の周囲環境を見ても明らかだ。
つぎはぎのない服、刃毀れしてもいいように並べて設置された複数の武器。
空腹になったらいつでも食べられるようにした干し肉、干し果物。
バラック建ての都市で、
身分の高い者が受けられる
特別扱いを当然のように享受している。
薄汚れたローブの女性がビクビクと領主に近づき、
それから裏拳で殴りつけられて無惨に床を転がった。
「氷室でいい具合に冷やしておけと言っただろう!」
「待て」
エルシアが鎖分銅を放つ刹那、
ノーマンが椅子を蹴るように間合いを殺し、
彼女の凶器を自らの腕ごと強引に締め上げた。
さっきのモヒカンへの対応でわかっていてよかった。
このお嬢様は死人とモヒカンには一切の情を向けないが、
そうでない人々が理不尽に苦しむというなら、即座に殺意を向けて動き出すタイプだ。
「ここは堪えてください。
お父様の言う都市間連携を確かなものにするためです。
貴女の一太刀は、それすなわち
リチャード様の一太刀と取られますよ」
「いつまで我慢すればいい?」
そう言われても、領主があの男である以上は、
事実上、半永久的だろう。
剣邪に領主が殺されない限りは、パトリックが跡を継ぐこともない。
「早いうちにここを出ます。
それまではいい子でいてください」
先のわからない約束をしてしまった。
「ハッハッハ、すまなかったな君達。
家畜の躾がまだなっていなくて」
「家畜……?」
何を指しているのかわからずに首を傾げたエルシア。
人間を人間として扱わない傲慢さと思想に触れたのは、初めてのはずだ。
「君達も来る途中に見たことだろう。
我が都市、チニスは外をモヒカンに囲まれている。
ならば、それに対抗するには? 怠惰と惰弱を消し去らねば」
よくない傾向だ。ノーマンとしては、
エルシアにはそういった醜いものに触れることなく、
純粋な美しさを保ったままに剣の頂点に立ってほしい。
反感を持つのも、染まるのも、歓迎はしない。
初対面から早々に、空気が悪くなった。
頬を腫らした使用人の女性が床を自らの服で拭いている。
ノーマンも不快感が湧き起こるのを抑えられない。
弱き者が強き者に支配される法則自体は、ノーマンも賛成だ。
だが、不当に扱うことがいいわけではない。
反乱を起こされても武で鎮圧できるのだから、
使用人に恐怖を植え付ける意味も薄い。
むしろ、モヒカンという人型の悪意に囲まれる土地環境なら、
外敵に向けて内側の結束を強め続けるのが正解のはずだ。
美味くもない、盛り付けと飾り付けだけ気取った食事を終えた。
「いや、楽しい食卓だった!
リチャード殿の提唱する行商人に規定を設ける案。
熟慮しようではないか」
「ありがとうございます。
ところで、失礼ですがご家族は?」
家族のことを尋ねられ、
グランテイマーは事もなげに言った。
「息子は庭にいるはずだ」
「では、同年代とのことですし、挨拶して来ます」
そう言って隣のお嬢様を連れて席を立つ。
「ガッハッハ! 酒も呑めない客を迎えるなど、初めてだ!
マグリバ領主の腰抜けぶりも推して知れようものよ!」
扉が背後で閉まった。
その向こうから、呵々大笑する声が聞こえる。
名家としての傲慢と侮蔑。
それはいいが、リチャードのことを愚弄された。
父を馬鹿にされたエルシアの様子をすぐに見たが、平然としている。
ノーマンの約束を守っている。
ほっと胸を撫で下ろした。
彼女が隣にいなければ、ノーマンは危うくその首を刎ねる算段を立てていた。
徐々に、この都市と領主が見えてくる。
ここに来る前に遭った母娘が、荒野に追放されたのも、
どういう理由か見えてきそうな気がしてきた。
助けて正解だったと言えるだろう。
「埃があるぞ! 貴様に教導をくれてやる!!」
衛兵が掃除している者を殴り、
それから周囲の使用人に命じてリンチさせた。
「惰弱は敵! 惰弱は敵だ!!」
同僚を殴る使用人を槍の穂先で小突きながら、衛兵が狂気じみた調子で口ずさむ。
この都市の実態が見えてきた。
古代の物資やガソリンの輸出が基本産業だが、
それらの裏には、人々の奴隷的奉仕があるようだ。
「こんな所にパトリックがいるのか……?」
「誰のこと?」
うっかり口に出してしまった、
知っているはずのない名前。
他の都市からの来客というのは、そうあるものではない。
それも、立場のある者が来るのは、
十年に一度もない。
交易都市マグリバの領主の娘と執事が訪れた。
それを知ると、パトリックの父親、
グランテイマーはすぐに二人を通させた。
歓迎というより、珍しい献上品を見に来た目だった。
「むう、水がヌルいぞ」
出された飲料水に口をつけ、
パトリックの父である領主は眉を顰め、
側にいた使用人らしき女を指招きした。
指名された者はびくり、と肩を震わせた。
前の時間でパトリックが言ったように、
立場のある者であることは、領主の周囲環境を見ても明らかだ。
つぎはぎのない服、刃毀れしてもいいように並べて設置された複数の武器。
空腹になったらいつでも食べられるようにした干し肉、干し果物。
バラック建ての都市で、
身分の高い者が受けられる
特別扱いを当然のように享受している。
薄汚れたローブの女性がビクビクと領主に近づき、
それから裏拳で殴りつけられて無惨に床を転がった。
「氷室でいい具合に冷やしておけと言っただろう!」
「待て」
エルシアが鎖分銅を放つ刹那、
ノーマンが椅子を蹴るように間合いを殺し、
彼女の凶器を自らの腕ごと強引に締め上げた。
さっきのモヒカンへの対応でわかっていてよかった。
このお嬢様は死人とモヒカンには一切の情を向けないが、
そうでない人々が理不尽に苦しむというなら、即座に殺意を向けて動き出すタイプだ。
「ここは堪えてください。
お父様の言う都市間連携を確かなものにするためです。
貴女の一太刀は、それすなわち
リチャード様の一太刀と取られますよ」
「いつまで我慢すればいい?」
そう言われても、領主があの男である以上は、
事実上、半永久的だろう。
剣邪に領主が殺されない限りは、パトリックが跡を継ぐこともない。
「早いうちにここを出ます。
それまではいい子でいてください」
先のわからない約束をしてしまった。
「ハッハッハ、すまなかったな君達。
家畜の躾がまだなっていなくて」
「家畜……?」
何を指しているのかわからずに首を傾げたエルシア。
人間を人間として扱わない傲慢さと思想に触れたのは、初めてのはずだ。
「君達も来る途中に見たことだろう。
我が都市、チニスは外をモヒカンに囲まれている。
ならば、それに対抗するには? 怠惰と惰弱を消し去らねば」
よくない傾向だ。ノーマンとしては、
エルシアにはそういった醜いものに触れることなく、
純粋な美しさを保ったままに剣の頂点に立ってほしい。
反感を持つのも、染まるのも、歓迎はしない。
初対面から早々に、空気が悪くなった。
頬を腫らした使用人の女性が床を自らの服で拭いている。
ノーマンも不快感が湧き起こるのを抑えられない。
弱き者が強き者に支配される法則自体は、ノーマンも賛成だ。
だが、不当に扱うことがいいわけではない。
反乱を起こされても武で鎮圧できるのだから、
使用人に恐怖を植え付ける意味も薄い。
むしろ、モヒカンという人型の悪意に囲まれる土地環境なら、
外敵に向けて内側の結束を強め続けるのが正解のはずだ。
美味くもない、盛り付けと飾り付けだけ気取った食事を終えた。
「いや、楽しい食卓だった!
リチャード殿の提唱する行商人に規定を設ける案。
熟慮しようではないか」
「ありがとうございます。
ところで、失礼ですがご家族は?」
家族のことを尋ねられ、
グランテイマーは事もなげに言った。
「息子は庭にいるはずだ」
「では、同年代とのことですし、挨拶して来ます」
そう言って隣のお嬢様を連れて席を立つ。
「ガッハッハ! 酒も呑めない客を迎えるなど、初めてだ!
マグリバ領主の腰抜けぶりも推して知れようものよ!」
扉が背後で閉まった。
その向こうから、呵々大笑する声が聞こえる。
名家としての傲慢と侮蔑。
それはいいが、リチャードのことを愚弄された。
父を馬鹿にされたエルシアの様子をすぐに見たが、平然としている。
ノーマンの約束を守っている。
ほっと胸を撫で下ろした。
彼女が隣にいなければ、ノーマンは危うくその首を刎ねる算段を立てていた。
徐々に、この都市と領主が見えてくる。
ここに来る前に遭った母娘が、荒野に追放されたのも、
どういう理由か見えてきそうな気がしてきた。
助けて正解だったと言えるだろう。
「埃があるぞ! 貴様に教導をくれてやる!!」
衛兵が掃除している者を殴り、
それから周囲の使用人に命じてリンチさせた。
「惰弱は敵! 惰弱は敵だ!!」
同僚を殴る使用人を槍の穂先で小突きながら、衛兵が狂気じみた調子で口ずさむ。
この都市の実態が見えてきた。
古代の物資やガソリンの輸出が基本産業だが、
それらの裏には、人々の奴隷的奉仕があるようだ。
「こんな所にパトリックがいるのか……?」
「誰のこと?」
うっかり口に出してしまった、
知っているはずのない名前。
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