35 / 92
2章 Secret Origins

【五】両親に恵まれすぎたことが玉に瑕

しおりを挟む


王都は今、奇っ怪を極めていた。
何もしなくても食べていけるため、暇を持て余した人々が、毎日だらだらと浮かれ騒いでいる。

働かなくてもいいが、
かといって、働かずに自分が何をするべきかはわからない。
学問を志そうにも、学びたいことが見つからない。
そのような人々のことを、
僕の時代では三文字で「大学生」と呼んだものだ。

この時代では、彼らは大学生ではない。
したがって、学位のない大学生という奇妙な存在になっている。
酒に酔い、休みなく煙草を吸い、あちこちで市民が寝転がっている。

露店にはカラフルな衣装が並び、
店先では、色々なものを混ぜた酒類が売られ、
ところどころで人々が喧嘩をしていた。

熊留学生のような、
他国から来た人間の姿も見られる。
ここが世界一の学業国になったとはいえ、
やることが飲んだくれでは、
国とご両親が鮭を涙で塩漬けにする
(秋田クマ王国の慣用句)
だろう。

「相変わらず、騒がしくて臭いわね……」

毎日続く惰性的な乱痴気騒ぎを横目に、
ドミノマスクで身分を隠したジェーンと、
あえてフードを被る程度の扮装で囮を担うシスマが通りを進んだ。

目元を隠すのは、本当に良い案だった。
ジェーン──正式にはクレオの領地でも、
学も職もない人々が自己表現として奇抜な服装をしていたが、
王都ともなれば、人体改造がすでに普遍的になっている。
入墨、差し歯、無数のピアス、
義手や義足の装着。

それらに比べれば、マスクなど些細なものだ。

「クレオは、どこにいるのかな」

──まだ彼女を疑っているのかい?

まったく、嘆かわしい。
あれだけ、人を信頼することの大切さを説いたというのに。
親友を疑われて、クレオは何を思うだろうか。
想像するだけで胸が痛む。

たしかに、理由もわからぬまま叛乱罪を着せられ、
聖女の座を奪われ、
一日で追われる立場になった。
そしてクレオは国王の信任が厚く、
実質的に政治の実権を握っている。
だが、それだけで彼女が怪しいなど、ありえない。

なのに、どれだけ言っても耳を貸してくれない。
ついには、
「なんで子供でも怪しむことに気づかねーんだよ」
と怒鳴られてしまった。
それも、聖女らしからぬ言葉遣いで。

「クレオ様が貴女を陥れたと、決まったわけではありませんよ」

そうだ。さすがはメイド長だ。
言うべきことを、きちんと言ってくれる。
ジェーンは一瞬、
「こいつまで話にならないのか……?」
という顔をしたが、
その表情はすぐに、親友を疑ったことへの後悔に染まるだろう。

「無論、決まっていないわけでもありませんので、
 直接コンタクトを取りたいところです。
 私たちではない、動ける人材が欲しいですね。
 クレオ様は、あくまで最有力容疑者と見なし、
 他の可能性も常に考慮しましょう」

「まあ……それはそうかあ」

納得できない気持ちはある。
だが、人手が欲しいのは事実だ。
何をするにも、協力者は必要だ。

「ですので、ジェーン様の御生家へ向かいましょう」

「やだ」

ぷいっと顔を背け、ジェーンは拒否した。
彼女は食料革命を成し遂げ、
国から飢餓を根絶した異常な才覚ゆえに、
実の両親からは化物として嫌悪された。

だから今でも、実家に行くのを嫌がっている。
人間的な苦手意識もあるのだろう。
親に拒絶された経験は、
彼女にとって、“僕”という前世人格を切り離すほどのストレスだった。

「ていうか、絶対に敵になるわ」

「その可能性はありますね。
 その場合は、力でエルロンド家を制圧しましょう。
 ご両親は地下牢に幽閉しておけば、
 あとは拠点になります。
 ご両親以外は、貴女の味方になるでしょう」

そんな主の両親を、平然と幽閉すると言うのか。

「父と母以外は、使用人と衛兵しかいないでしょ」

「人手です。
 それに、公爵家で働ける人材は、
 それだけで能力が保証されています。
 あらゆる面で、です」

「うーん……でもなあ……
 どうせ……絶対に……」

ジェーンらしからぬ、弱腰で逃げ腰な態度だった。
理性ではシスマの方針に賛成しているのに、
心が拒絶している。

だが、そんな時こそ安心だ。

──僕を出してみて。

そう呼びかけ、
彼女の首飾りを作動させる。
僕はジェーンの前世であり、
魂というものは血に宿る。

今世の血液を溜め込んだ首飾りを媒介に、
僕は真紅のマントとなって顕現した。

「僕が一緒にいるから、大丈夫だよ。
 一緒にご両親と話そう。
 ただし、喧嘩はあくまで最終手段だ。
 相手は、君の家族なんだから」

僕は、さまざまな家族の形を見てきた。
結局、家族であり続けるために必要なのは、
どれだけ多くの出来事と感情を共有してきたかだ。

その点で言えば、ジェーンの両親は不十分だ。
だが、そこで諦めるには、あまりに悲しい。

彼女が望むかどうかは別として、
いつか関係が変わる可能性は、残しておきたい。
ジェーンの未来のためにも。

「まあ……それならいいか。
 でも、貴方って両親に好かれなさそうなのよね」

「なぜ?」

「あの人たち、性格悪い凡人だから、
 凡人のお人好しが嫌いなのよ」

「言い草が酷すぎる」

どちらにとっても。
僕は気にしない(シティボーイとしての自負がある)が、
これから会いに行くご両親に、
そんな言い方をすれば溝はさらに深まる。

「とにかく、内心はどうあれ、
 これから会うご両親の前で、そんな言葉を口にしてはいけない。
 言葉は時として、想像以上の結果を招くんだから」

「はい」

目を見て、穏やかに、ゆっくりと伝えると、
ちゃんと納得してくれたようだ。
よかった。彼女は、僕にはかなり心を開いてくれている。

これが相撲の力だ。
肌と肌をぶつけ合い、取っ組み合うことで、
真正面から向き合う清々しさが生まれ、
関取の心の壁が取り払われる──きっと、そんな仕組みだ。

長年彼女を支えてきたシスマも、
ジェーンの素直さに軽い衝撃を受けていた。
口を小さく開け、目を丸くしている。

「スゲーマン様、凄いですね」

「二人なら、気まずい空気なんて何のそのさ!」

石畳の、ゴミが多いがよく整備された道を進む。
さすが公爵家だ。
大通りだけで屋敷に辿り着ける。

とても広大で、庭に森を抱えた屋敷。

裏山を持っていた僕の実家ほどではないが、
森があるのは大したものだ。
四方を門番が固め、
家紋を刻んだ扉は、
要塞さながらの堅牢さを誇っている。

九歳までここで育っていたというのに、
公爵令嬢は眉間に皺を寄せ、唸っている。
威嚇する犬のようだった。

「よーし。いっせーので、門を開けて入ろう」

マントとして、耳元で囁く。
衛兵はシスマが手際よく気絶させてくれた。

基本は単純な行動方針で動くジェーンでも、
今の頭の中には、さまざまな想像が渦巻いているのだろう。
受け入れられる未来、
拒絶される未来、
攻撃される未来。

どれも乗り越える力はある。
だが、再び親に否定されるかもしれないという不安は、
どれだけ覚悟しても心を挫きかねない。

こういう時、
僕が両親に恵まれすぎていたことが、
逆に足枷になる。
どうしても「わかるよ」とは言えない。
口にした瞬間、嘘つきの親不孝者になってしまうからだ。

たまたまとはいえ、
宇宙一の両親に巡り会えた幸運がある以上、
僕は家族関係の不和に完全に共感する資格を失っている。

僕にできるのは、
彼女の側にいること。
そして、もし辛い結果になったなら、
気持ちが落ち着くまで話し相手になることだけだ。

「よーし!」

覚悟を決め、
重々しい巨大な鉄扉を押し開けた。
力みすぎて、根元から捻れ、ひしゃげ、転がる。

豪快な侵入に、屋敷中の兵士が集まるかと思ったが、誰もいない。

広間から、鬨の声が染み入るように響いていた。
シスマと視線を交わし、静かに進むと、
懐かしい祖国の広間で、
元聖女の父が剣を掲げ、叫んでいた。

「これは我らの天命である!!
 愛娘に不当な汚名を浴びせ、
 黙っていては何のための剣か!!
 今こそ、ジェーン・エルロンドの起立に呼応し、
 我らも玉座へ攻め入り、
 卑劣な謀略を練りし者どもの首を並べん!!」

軍国の最高権力者に相応しい、
堂々たる振る舞い。
演説に、兵士たちは熱狂していた。
防音の効いた広間でさえ、
地響きとして伝わるほどの熱気がそこにあった。

ジェーンの父は、
喜び勇んで国王と戦を起こそうとしていた。

「あー……」

状況を把握し、シスマが納得した。
ジェーン本人は目を白黒させている。
予想外ではあったが、
拒絶されていないだけでも、ひとまず安心だ。

彼女の父は、
娘を言い訳と象徴にして、
戦争をしたがっている。

……まあ、なんとかなるだろう。
親子なのだから。

「いや、無理だろ」

僕の独り言が聞こえたのか、
神輿にされそうになっている少女が、
小さくツッコミを入れた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】悪役令嬢は3歳?〜断罪されていたのは、幼女でした〜

白崎りか
恋愛
魔法学園の卒業式に招かれた保護者達は、突然、王太子の始めた蛮行に驚愕した。 舞台上で、大柄な男子生徒が幼い子供を押さえつけているのだ。 王太子は、それを見下ろし、子供に向って婚約破棄を告げた。 「ヒナコのノートを汚したな!」 「ちがうもん。ミア、お絵かきしてただけだもん!」 小説家になろう様でも投稿しています。

神託が下りまして、今日から神の愛し子です! 最強チート承りました。では、我慢はいたしません!

しののめ あき
ファンタジー
旧題:最強チート承りました。では、我慢はいたしません! 神託が下りまして、今日から神の愛し子です!〜最強チート承りました!では、我慢はいたしません!〜 と、いうタイトルで12月8日にアルファポリス様より書籍発売されます! 3万字程の加筆と修正をさせて頂いております。 ぜひ、読んで頂ければ嬉しいです! ⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎ 非常に申し訳ない… と、言ったのは、立派な白髭の仙人みたいな人だろうか? 色々手違いがあって… と、目を逸らしたのは、そちらのピンク色の髪の女の人だっけ? 代わりにといってはなんだけど… と、眉を下げながら申し訳なさそうな顔をしたのは、手前の黒髪イケメン? 私の周りをぐるっと8人に囲まれて、謝罪を受けている事は分かった。 なんの謝罪だっけ? そして、最後に言われた言葉 どうか、幸せになって(くれ) んん? 弩級最強チート公爵令嬢が爆誕致します。 ※同タイトルの掲載不可との事で、1.2.番外編をまとめる作業をします 完了後、更新開始致しますのでよろしくお願いします

処刑前夜に逃亡した悪役令嬢、五年後に氷の公爵様に捕まる〜冷徹旦那様が溺愛パパに豹変しましたが私の抱いている赤ちゃん実は人生2周目です〜

放浪人
恋愛
「処刑されるなんて真っ平ごめんです!」 無実の罪で投獄された悪役令嬢レティシア(中身は元社畜のアラサー日本人)は、処刑前夜、お腹の子供と共に脱獄し、辺境の田舎村へ逃亡した。 それから五年。薬師として穏やかに暮らしていた彼女のもとに、かつて自分を冷遇し、処刑を命じた夫――「氷の公爵」アレクセイが現れる。 殺される!と震えるレティシアだったが、再会した彼は地面に頭を擦り付け、まさかの溺愛キャラに豹変していて!? 「愛しているレティシア! 二度と離さない!」 「(顔が怖いです公爵様……!)」 不器用すぎて顔が怖い旦那様の暴走する溺愛。 そして、二人の息子であるシオン(1歳)は、実は前世で魔王を倒した「英雄」の生まれ変わりだった! 「パパとママは僕が守る(物理)」 最強の赤ちゃんが裏で暗躍し、聖女(自称)の陰謀も、帝国の侵略も、古代兵器も、ガラガラ一振りで粉砕していく。

私と子供より、夫は幼馴染とその子供のほうが大切でした。

小野 まい
恋愛
結婚記念日のディナーに夫のオスカーは現れない。 「マリアが熱を出したらしい」 駆けつけた先で、オスカーがマリアと息子カイルと楽しげに食事をする姿を妻のエリザが目撃する。 「また裏切られた……」 いつも幼馴染を優先するオスカーに、エリザの不満は限界に達していた。 「あなたは家族よりも幼馴染のほうが大事なのね」 離婚する気持ちが固まっていく。

異世界ママ、今日も元気に無双中!

チャチャ
ファンタジー
> 地球で5人の子どもを育てていた明るく元気な主婦・春子。 ある日、建設現場の事故で命を落としたと思ったら――なんと剣と魔法の異世界に転生!? 目が覚めたら村の片隅、魔法も戦闘知識もゼロ……でも家事スキルは超一流! 「洗濯魔法? お掃除召喚? いえいえ、ただの生活の知恵です!」 おせっかい上等! お節介で世界を変える異世界ママ、今日も笑顔で大奮闘! 魔法も剣もぶっ飛ばせ♪ ほんわかテンポの“無双系ほんわかファンタジー”開幕!

追放された悪役令嬢、農業チートと“もふもふ”で国を救い、いつの間にか騎士団長と宰相に溺愛されていました

黒崎隼人
ファンタジー
公爵令嬢のエリナは、婚約者である第一王子から「とんでもない悪役令嬢だ!」と罵られ、婚約破棄されてしまう。しかも、見知らぬ辺境の地に追放されることに。 絶望の淵に立たされたエリナだったが、彼女には誰にも知られていない秘密のスキルがあった。それは、植物を育て、その成長を何倍にも加速させる規格外の「農業チート」! 畑を耕し、作物を育て始めたエリナの周りには、なぜか不思議な生き物たちが集まってきて……。もふもふな魔物たちに囲まれ、マイペースに農業に勤しむエリナ。 はじめは彼女を蔑んでいた辺境の人々も、彼女が作る美味しくて不思議な作物に魅了されていく。そして、彼女を追放したはずの元婚約者や、彼女の力を狙う者たちも現れて……。 これは、追放された悪役令嬢が、農業の力と少しのもふもふに助けられ、世界の常識をひっくり返していく、痛快でハートフルな成り上がりストーリー!

公爵令嬢やめて15年、噂の森でスローライフしてたら最強になりました!〜レベルカンストなので冒険に出る準備、なんて思ったけどハプニングだらけ〜

咲月ねむと
ファンタジー
息苦しい貴族社会から逃げ出して15年。 元公爵令嬢の私、リーナは「魔物の森」の奥で、相棒のもふもふフェンリルと気ままなスローライフを満喫していた。 そんなある日、ひょんなことから自分のレベルがカンストしていることに気づいてしまう。 ​「せっかくだし、冒険に出てみようかしら?」 ​軽い気持ちで始めた“冒険の準備”は、しかし、初日からハプニングの連続! 金策のために採った薬草は、国宝級の秘薬で鑑定士が気絶。 街でチンピラに絡まれれば、無自覚な威圧で撃退し、 初仕事では天災級の魔法でギルドの備品を物理的に破壊! 気づけばいきなり最高ランクの「Sランク冒険者」に認定され、 ボロボロの城壁を「日曜大工のノリ」で修理したら、神々しすぎる城塞が爆誕してしまった。 ​本人はいたって平和に、堅実に、お金を稼ぎたいだけなのに、規格外の生活魔法は今日も今日とて大暴走! ついには帝国の精鋭部隊に追われる亡国の王子様まで保護してしまい、私の「冒険の準備」は、いつの間にか世界の運命を左右する壮大な旅へと変わってしまって……!? ​これは、最強の力を持ってしまったおっとり元令嬢が、その力に全く気づかないまま、周囲に勘違いと畏怖と伝説を振りまいていく、勘違いスローライフ・コメディ! 本人はいつでも、至って真面目にお掃除とお料理をしたいだけなんです。信じてください!

伯爵令嬢の秘密の知識

シマセイ
ファンタジー
16歳の女子高生 佐藤美咲は、神のミスで交通事故に巻き込まれて死んでしまう。異世界のグランディア王国ルナリス伯爵家のミアとして転生し、前世の記憶と知識チートを授かる。魔法と魔道具を秘密裏に研究しつつ、科学と魔法を融合させた夢を追い、小さな一歩を踏み出す。

処理中です...