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第一章:セシリア、10歳。ついに社交界デビューの日を迎える。
第6話 やり返して、構わん
しおりを挟むそんな2人の隣で、今度はワルターが口を開く。
「セシリア。人には『個性』がある事を、お前は学んだ。今日からは偏見や悪意という、邪魔が存在する世界を生きていく事になる。その中でお前は、偏見に惑わされず、『個性』を尊重し、誰かに不当な悪意向ける事無く、自分の心眼で物事を見極め、判断する。そういう力が必要になるよ」
子供の成長を願い、身の危険が無い限り個人の気持ちを尊重し、普段からこうして何かを諭す事が無い両親である。
そんな親の言葉だからこそ、しっかりと胸に刻む。
(そして何よりも、私も「そうありたい」と思うから)
だからこそ、深く頷いた。
するとクレアリンゼは満足げに微笑んで、言葉を続ける。
「1つ目の理由は、貴方の内面的な成長を考慮したからこその理由。でも2つ目の理由は外的要因にあるわ。そして今日の本題でもある」
クレアリンゼはそう言うとワルターをチラリと見た。
2人はほんの一瞬、互いに視線で会話をした。
そしてクレアリンゼが「2つ目」と指を作り、ゆっくりと口を開く。
「先程ワルターが『代々うちの血筋は知能指数が高い傾向にある』と言ったけど、この事は社交界でもある程度知られているの。そして知能指数が他よりも突出しているという事は、案外目立つのよ」
そしてそれは、周りから奇異の目に晒されるのと同義だ。
「たとえ自分では筋が通った行動でも、その思考についていけない者の目から見ればただの突飛な行動だ。そしてそういう振る舞いは、必ず社交場での噂の的になる」
社交場には、噂好きが多い。
特に婦人方は領地経営を夫に任せている事が多い。
その為、大してする事が無い。
そう言う人種であればある程暇を持て余し、暇つぶしに他人の事を面白おかしく語る。
「そうして広がった噂を信じた阿呆共は、たとえ子供相手だったとしても心無い言葉を投げかけたり、逆に利用する為にすり寄ってきたりする。まぁ、簡単に言うと……色々と面倒なのだ」
そういう周りの目や実害から子供を守るために、社交を強制される社交界デビューの年齢までは子供達を貴族の交流の場には出さない。
それがオルトガン伯爵家代々の、暗黙の掟だ。
ワルターは、ため息交じりにそう言った。
そこからは「そんな阿呆共が居なければ、少しはやり易いんだがな」という心の声が透けて見える。
そして「だから」と言葉を続けた。
「今日の社交界デビューに際して、お前は次の2つを心に留めておく必要がある」
そう言われて、セシリアは彼へと視線を向ける。
セシリアが、聞く姿勢を整えた。
そこから真剣さを確かに感じ取って、ワルターは少し安心した様に笑う。
「1つ目は、『周りにどんな嫌味を言われても、お前が気にする必要は無い』という事だ。奴らの心無い言葉にお前が傷つく必要など、微塵も無い」
「はい」
ワルターの言葉に、セシリアは素直に頷く。
確かに噂を真に受けて嫌味を言ってくるような奴の言葉に影響されるなんて、全く以って馬鹿げている。
「そして2つ目。いつまでも突っかかってくる性質の悪いのが貴族の中には一定数、必ず存在する。穏便に済むに越した事は無いが、自分の主義主張に合わない事を言われたり、やらされたりするような事があれば……やり返して構わん」
「やり返して、良いんですか?」
セシリアは少し驚いた。
社交界デビューと言えば、子供が大人の世界に入るための儀式の様なものである。
普通は『行儀よくしていろ』などと言われそうなものなのに。
そんなセシリアの心中を察して、ワルターはクツクツと喉で笑う。
「構わん。勿論そこには正当な理由と、度が過ぎない行動が求められるが……相手に反論の余地を与えない方が賢明だからな、『やるなら徹底的に』だ」
構わん、やれ。
そもそも向こうから突っかかって来たのなら、しっぺ返しが来る覚悟も出来ている筈だ。
彼はそう言って、非常に良い笑顔で笑った。
その笑顔は『人が良い』ではない。
悪巧みする『良い』笑顔だ。
ワルターのこんな表情を見るのは初めてだ。
だからこそセシリアは、彼のその顔の理由が気になった。
「お父様は先程、私達は周りから目立つと仰っていましたが……もしかして社交界デビューで、オルトガン伯爵家は何か『やらかして』いたりするのですか?」
2人はきっと、出来るだけ長く私が『普通』である事を望んでいた。
だから当日の朝というギリギリまで、この話をする事を引っ張った。
逆に今日私が奇異の目に晒されるだろうと確信していたからこそ、今日この話をする必要があった。
そして『心に留めておくべき事』として「やり返しても構わん」と伝えたのは、正に今日セシリアがその様な状況に置かれる可能性があると思っているからだろう。
窺う様なセシリアの視線に、ワルターが少し驚いた様な顔をした。
対するクレアリンゼは、クスクスと笑う。
「えぇ。確かにセシリアの言う通り、オルトガン伯爵家の子供達は代々みんな、デビューを『華々しく』迎える。そのシーズン中はおろか、何年先も語り継がれるくらいにね」
「因みに、お父様も?」
「えぇ、勿論」
そう答えたクレアリンゼは何故かとても楽しそうだ。
そんな彼女に、隣でワルターが苦笑いするが、彼女はまるで気にする様子が無い。
「どうせ止めても、社交界に出ればセシリアの耳に入るだろう内容だからな」
言いながら、諦め顔で「やってくれ」と手を振る。
それを承認と受け取って、クレアリンゼは喜々として話し始めた。
「ワルターはね、王族に言われた嫌味に嫌味を返したのよ。しかも上手く言葉選びをして、時間差で効果が出る様にして。お陰でその場では嫌味だという事には気付かれず、王族を煙に巻く事に成功したの」
お陰で御咎めは無しよ。
その当時の事を思い出しているのか。
「流石はワルター、素晴らしい手腕だわ」と言い、ふふふっと笑う。
話を一通り聞いた後、セシリアは思わず引いてしまった。
ワルターに対してでは無い。
彼に仕掛けてきた相手に対してだ。
(子供に舌論で嵌められる大人もどうかと思うけど、それ以前に社交界デビューしたばかりの子供に嫌味を言ってくる王族というのも、人間的にどうなのか)
そう思わずにはいられない。
しかし話の腰を折るのも悪いかと思ったので、実際に口に出しはしなかった。
代わりに持ち出したのはこんな言葉だ。
「王弟殿下を相手に立ち回り、あまつさえ国の方針さえも変えてしまうなんて……お父様、凄いです」
代わりではあったが、これもまた本心である。
父が優秀な人だという事は知っていたが、それでもこうして具体例を出されるとそれを一層実感する。
そういう心境だ。
そんな娘のまっすぐで純粋な尊敬の眼差しに、ワルターは少し照れたように顔をそむける。
「……別に、大した事ではない」
そう言いつつもセシリアの頭を撫でるために腕を伸ばしている辺り、嬉しさは残念ながら隠しきれていなかった。
=====
ワルターの『やらかし』について詳しくお知りたい方は、
<【完結】伯爵子息・ワルターは、国を想ってほくそ笑む。>
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