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第一章:セシリア、10歳。ついに社交界デビューの日を迎える。
第7話 まるでアクティビティーかのように
しおりを挟む一通りの事を話し終えると、クレアリンゼはティーカップへと手を掛けた。
「この話は私のお気に入りなのです。また今度ゆっくりと、お話してあげますね」
機嫌よくそう言って、彼女は優雅に紅茶を一口飲む。
権力も暴力も無く、ただ純粋な口上のみで相手を打ち負かす。
そういう類の話が、クレアリンゼは好きだ。
しかしその中でもワルターの話は、とりわけ彼女の大好物なのである。
クレアリンゼもたまに、社交場で舌論を繰り広げる事がある。
それはワルターの時の様な揉め事関係というよりは交渉の中で発揮させる力だが、その戦法は彼に少し似ている所があったりもする。
しかし「似ている」というからには、異なる部分が存在するのだ。
舌論になる時、クレアリンゼは相手の心を起点にして作戦を練る。
心の機微をつぶさに観察し、作戦に微修正を加えつつ最大効果を目指す戦い方だ。
一方ワルターは、客観的な事実を起点として作戦を練る。
多少相手の心の機微を読み違えた所で結果は絶対に変わらない。
そんな作戦を緻密に組み立て、完成させてから行動に移す。
ワルターのそんな戦い方は、知能指数がワルター程高くは無いクレアリンゼにはどう頑張ったって出来ない。
だからこそ、彼女の心は踊るのである。
一方、セシリアは自身の思考に浸かり込んで考える。
王族を掌の上で転がす事が一貴族にとって如何に難しい事なのか。
少なくともそれくらいは、今のセシリアにだって分かる。
それを理解し、だからこそ興味を抱いた。
私と同じく、お父様の血を引く二人。
兄と姉は一体何を『やらかした』のだろうか、と。
「お父様。キリルお兄様やマリーお姉様は、どのような事を『やらかした』のですか?」
そう問えば、今度はクレアリンゼがほのほのとした調子でこう言った。
「セシリア、それは本人たちに聞きなさいな」
参考までに知りたいのだと言えば、きっと教えてくれるわ。
そう言われて、セシリアは「確かにそうか」と思い直す。
2人は『やらかす』事を「血筋だ」と表現したのだ。
つまりセシリアにとっても、それらは決して他人事ではないのである。
ならば主観的に語って貰えた方が、セシリアとしてもおそらくより勉強になるだろう。
だから。
「分かりました」
そう素直に頷くとワルターがフッと笑った。
「確か2人もそれぞれにそれなりの大物を釣り上げていた。きっと良い参考になるだろう」
大物を釣り上げる。
そんな父の表現に、セシリアは思わずクスリと笑う。
(この言い方と声色じゃ、まるで「アクティビティーか何かの一環だ」とでも思っているかの様に聞こえちゃう)
一旦そんな風に思ったセシリアだったが、よくよく考えてみればオルトガン伯爵家にとってそれらのトラブル達は全て等しく遊びのための催し物、つまりは紛うことなきアクティビティなのかもしれない。
結局彼らにとって、相手の大小は関係ない。
噛み付いてきたものを半ばオートではたき落とす、もしかしたらただそれだけなのかもしれない。
***
ここまで話し終えると、セシリアは此処で一度紅茶で口を湿らせた。
その合間を縫って、兄妹達の感想合戦が始まる。
「お父様のあの話は、確かにインパクトが大きかったよね」
自分が父の話を聞いた時の事を思い出したのだろうか、キリルは少し楽しそうに笑いながらそう言った。
その瞳には、あの時のクレアリンゼと同種の色が灯っている。
やはり家族なだけの事はあって趣向は似ている様だ。
そして、そんな彼の顔を見れば、どうしたって期待してしまう。
「私はまだ聞いていないのですが、楽しみで仕方がないです」
ワクワクしながらそう答えると、今度はマリーシアがほのほのと笑う。
「私も同じようにデビュー当日に同じ様な話をされたのだけど、その時のお母様があまりにも目を輝かせているものだから『もしかして私も何か期待されているのかしら』って、少し思ってしまったわ」
そんな彼女の言葉には、激しく同意せざるを得なかった。
確かにあの時、クレアリンゼからは間違いなく『この子は一体何をしてくれるかしら』という期待が覗いていたのである。
そして思うのだ。
結果として、そんな母の期待に十分応えられたんじゃなかろうか、と。
(だって昨日2人に事の次第をお話しした時の彼女の顔といったら、それはもう酷く楽しそうだったもの)
あんな顔をしていたのに「期待外れだった」なんて、まさかそんな筈は無い。
「それで、セシリー。その後は?」
先を促すキリルの声に、セシリアは思考の中から意識を抜き取った。
そして「その後は――」とセシリアは再び話を再開させたのだった。
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