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第一章:都市伝説
第8話 無表情な牛と、鈍色の牙
しおりを挟む高架下に居る、妙にリアルな牛のかぶり物をした男。
その光景はどう考えても異常だった。
ドクリ、ドクリ、ドクリ、ドクリ。
耳の奥からそんな音が聞こえてくる。
何の音なのか。
その正体が自身の心拍だと気が付いた瞬間、同時に自分がどれだけ緊張しているかに気付かされる。
こんなにも自分の気持ちへの感度が低くなってしまっているのは、もしかしたら自己防衛本能の一部だったのかもしれない。
そう気付くのはすべてが終わりこの時の事を思い返した時だ。
この時は、そんな事を思う余裕なんて全く無かった。
ーー都市伝説。
そんなものは迷信だと思っていたのに、その片鱗らしきモノを目の当たりにして初めて「まさか」と呟いた。
しかしその言葉は、掠れて殆ど言葉になんかならない。
チカチカと電灯が明滅する度に、牛のかぶり物をしたソレの左手元でキラリと何かが主張した。
ソレとの距離は、およそ10メートル。
光量が十分ではない中、グッと目を凝らして確認しその正体に気が付いた。
瞬間、喉が意図せずヒュッと鳴る。
無表情の牛が持っているのは、俺もよく知る物だった。
ほの暗く光る、鈍色の凶器。
そんなものを家の外まで携帯しているなんて、もしこの場に警察がいれば明らかに銃刀法違反で捕まっただろう。
まるで地面に縫い付けられでもしているかのように、足はまったく動かせない。
それどころか、身じろぎ一つするのが恐ろしい。
無表情な目前の牛から、今すぐ目を逸らしたい。
しかし逸らした瞬間に何かされたらと思うと、一秒だって逸らせなかった。
そうして、一体殿くらいの時間をソレと睨めっ子して過ごしただろうか。
ソレがユラリと動いたのと同時に俺の肩が大きく跳ねた。
瞬間、俺の視界がブラックアウトした。
否、何も俺の意識が刈り取られた訳ではない。
高架下の電灯が一斉に消えたのだ、物理的に。
不規則に明滅していたソレの頭上の電灯も、ちゃんと点いていた俺の周りの電灯も。
まるでスイッチがオフにでもされたかのように一斉に消灯し視界は黒く染まったが、俺の頭は逆に真っ白になった。
得体の知れない物への恐怖。
凶器から感じた、命の危険に晒される恐怖。
そして、以前として動いてくれない足。
必死になって眼球を右に左にと動かすが、得られる情報は殆ど無いに等しい。
せめてもの救いは、ブラックアウトの時間がそれほど長くはなかった事だろう。
すべての電気が消えてから、ゆっくり5秒ほど経った後。
急に一斉に天井の明かりが灯り、眩しさに眩目が眩むど同時に何故か体がビクンと跳ねた。
左右に振っていた視線をバッと戻し、そして驚く。
「……居ない」
すっかり乾いた口の中から紡がれた掠れ声を、俺はまるで他人事のように知覚したのだった。
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