【完結】マスクの下が知りたくて。

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第1話 邪魔だよなぁー……。

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 大きな黒板を背にして話す大学教授を眺めながら、頬杖をついて考える。

 布1枚。
 たったの布1枚だ。
 そんなものに、俺はこんなにも翻弄されてしまっている。

 心を掻き乱され、何だか無性にムズムズとさせられて、つい乱暴な事をしたくなる。
 そんな『敵』に、俺はこう思うのだ。

「邪魔だよなぁー……」

 そんな心中の呟きが思わず声に出てしまったと気が付いたのは、全てを口にした後だった。

 
 教授からは距離があるし、マイクだって使ってる。
 おそらく聞こえたという事は無いだろう。
 しかし、だ。
 
「えっ、教授が?」

 そんな少しくぐもった声が、俺に向かって掛けられた。
 そちらを見遣ると、見知った男の目のすぐさまかち合う。


 この男は、俺の友達。
 同じ授業に出る時にはこうして隣同士に座る程度には、仲が良い。

 そんな彼に、俺は思わず呆れ丸出しの視線を向ける。

「そんな訳ないだろ、何なのアホなの?」
「だってお前、教授見ながら言ってたじゃんか。そしたら教授絡みなのかなぁって思うだろ? 普通」

 今は講義の最中である。
 だから周りに配慮して小声で言えば、似た様な声量の言葉が返された。
 
 しかし内容は何とも残念なものだ。
 だって何だよ「普通」って。
 あまりに安直すぎるだろ。

「授業中なんだから教授の方を見るのは当たり前だ」

 己の勤勉さを分かりやすく主張するかの様に俺は、少しズレかかっていた眼鏡をクイッと上げて定位置に戻す。
 するとそんな俺のある意味カッコつけ動作に彼は、キョトンとした顔になった。

「その割には、ノート全然取ってないけど?」

 言いながら彼が示した指の先にあったのは、何を隠そう真っ白けな俺のノートだ。
 対して教授の後ろには、文字の書かれた黒板がある。


 そうでなくとも、勤勉な大学生は話を聞いてメモを取る。
 ソレさえ書かれていないのだから、これには言い訳のしようがない。
 というか、言われてみれば確かにちょっと紛らわしかったかもしれない。

 そう思えば、咄嗟にグッと押し黙らざるを得なかった。
 
 
 チラリと隣を見てみれば、つい先程まではおそらく授業に退屈していただろう彼の瞳が「じゃぁ何?」と言っている様な気がする。
 そんな彼に「違うから」と、俺は俺はため息混じりに言った。

「……そうじゃなくて、ちょっと考え事をしててだな」
「うん、それで?」
「で、ちょっと邪魔だなぁって思って」
「何が?」
「……マスクが」

 ボソリとそう呟けば、彼は少しキョトンとした。
 しかしすぐに「あぁ!」と手を叩いて納得する。

「お前メガネ族だもんな!」

 マスクしてると曇るからなぁ。
 大変だよなぁ、メガネ族。

 そんな風に「メガネ族」を連呼する彼に、俺はまず苦笑した。
 そして想像の斜め上を貫き去る勢いでしきりに肯首している彼に、その認識の間違いを指摘する。

「俺じゃないから」
「えっ、じゃぁ誰よ」

 依然として頬杖体制を崩さない俺の顔を、彼が覗き込みながら聞いてくる。
 そんな彼の視線から気不味げに視線を逸らしながら「誰って……」と口籠れば、何故か彼がニヤリと笑う。

「あ、分かった。アオイちゃんだろ」
「えっ」

 思い浮かべた彼女の名前を突然出されて、当然ながらビックリとした。

「な、何で――」
「何でって、だってお前……」

 やっぱり正解か。
 そんな風に言いながら、彼はニヤリと笑みを向けてくる。
 そして。

「聞いた瞬間、アオイちゃんの方見てたしな」
「……マジかよ」
「マジマジ」

 まさかの無意識だった。
 そんな自分に恥ずかしさを感じてバッと両手で顔を覆えば、肩にポンッと手が乗せられる。

「ま、お前って結構分かりやすいしな」

 ……いっそう恥ずかしさが増した。

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